yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

479 イタリア紀行2004-26 ヴェネツィアの巨匠ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」に目を奪われる

2015年04月21日 | 旅行

イタリア紀行2004-26 イタリア4日目 ウルビーノのヴィーナス オルサンミケーレ教会 サンタ・マリア・デル・フィオーレ

ウフィツィ美術館見学の最後は、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」である。ティツィアーノはヴェネツィアを代表する巨匠で、ヴェネツィアの公認画家として数多くの作品を残している。
50代のころ、ローマに出て描いたのが「ウルビーノのヴィーナス」で、ますます名声が高まり、神聖ローマ帝国のカール5世=スペイン王カルロス1世、息子のスペイン王フェリペ2世からも信望が厚かったそうだ。
ルネサンスはフィレンツェで花開き、その後ローマが中心となり、そしてヴェネツィアでルネサンスが盛んとなる。その絶頂期の一人がティツィアーノである。
ウルビーノはフィレンツェの東110kmほどに位置する公国で、君主のグイドバルド2世が妻のためにティツィアーノに依頼したのが「ウルビーノのヴィーナス」である。
ほぼ等身大の女性がベッドの上で裸のまま横になり、妖艶な目でこちらを見つめているなかなか官能的な絵である。
ヴィーナスの足もとには犬が寝ている。犬は従順の象徴だそうだから、主人に対する愛と忠誠を意味しているらしい・・絵を贈られた夫人はどんな心境だったのだろうか?・・。
この絵は、その後、ゴヤの「裸のマハ」やマネの「オランピア」、さらにはアングルの裸婦像にも影響を与えたそうだ。
ウフィツィ美術館でルネサンスの醍醐味を鑑賞することができたのだから、これだけの名作を集めたメディチ家の財力と芸術への理解に感謝しなければならない。
それにしても、どうしてこの時期にフィレンツェに集中して天才が生まれたのか、不思議だ。
疑問を考える間もなく、ガイドはサンタ・マリア・デル・フィオーレに向かった。
その当時、世界最大の大聖堂で、いまでも世界3位?4位?の大きさを誇っている。石を積んで・・レンガも使うが・・高さ114mの大天蓋を築いたのだから素晴らしいを超え、すごいと思う。114mは38階建てのビルに相当するのだから。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする