yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

M.シモネッタ著「ロレンツォ・デ・メディチ暗殺」

2015年04月04日 | 斜読

b391 ロレンツォ・デ・メディチ暗殺 マルチェロ・シモネッタ 早川書房 2009  <斜読・海外の作家index

 原題はThe Montefeltro Conspiracy -A Renaissance Mystery Decoded で、副題にも中世史を覆す「モンテフェルトロの陰謀」とある。もしタイトルが原題=副題であったら、イタリア史に疎い私はこの本を見過ごしたかも知れない。
 訳者は、日本人はモンテフェルトロよりもロレンツォ・デ・メディチの暗殺事件(1478年)の方が馴染んでいると判断したようだ。確かに、メディチ家によってルネサンスは開花したのであるし、フィレンツェのウフィツィ美術館にはメディチ家が収集したルネサンス美術であふれていて、イタリアを訪問する日本人は間違いなくフィレンツェを行程に入れるはずだ。
 そして、サンタ・マリア・デル・フィオーレ=花の聖母大聖堂でメディチ家の跡を継いだロレンツォ(1449-1492)とジュリアーノ(1453-1478)兄弟が敵対するパッツィ家に襲われ、ロレンツォが重傷、ジュリアーノが絶命する悲劇を知り、悲しみにめげずメディチ家を支えたロレンツォと悲劇のジュリアーノに同情の気持ちを寄せるのではないか。
 学校教育でも、ルネサンス美術を学ぶとき、先生からメディチ家の悲劇を聞かされたかも知れない。

 パッツィ家は名門の家柄だったらしい。対してメディチ家は銀行業で大成功し、フィレンツェ共和国を実質取りしきるほどの実力をみせた。単純に考えれば、パッツィ家が積年の恨みを晴らそうとした暗殺劇にみえる。
 しかし、実に多くの歴史学者が真実を探求していて、1471年、教皇に就いたシクストゥス4世(1414-1484)が一説にはフィレンツェの富を手に入れ、フィレンツェを教皇領に組み込もうと画策し、シクストゥス4世の甥であるジローラモ・リアーリオ伯爵、ピサ大司教サルヴィアーティ、教皇軍兵士モンテセッコ、そしてパッツィ家が首謀者となって暗殺を実行した、とされる。
 著者はイタリア・パヴィーアに生まれ、ローマ大学卒業後はドキュメンタリー番組の制作に従事し、その後アメリカ・イェール大学で博士号取得の研究を進めているとき、ミラノの支配者スフォルツァ家に仕えたチッコ・シモネッタ(1410-1480)の外交文書の膨大なマイクロフィルムを手にすることができた。
 外交文書は暗号化されていたが解読に成功し、その結果、イタリア傭兵隊長として功を成したウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(1422-1482)が暗殺事件で重要な役割を担っていたことを明らかにした。だから原題はモンテフェルトロの陰謀であり、表紙にはモンテフェルトロの横顔の絵が載せられている。

 本書は、チッコの暗号化された外交文書をもとに新たな視点を盛り込んでロレンツォ暗殺事件を説き起こしている。故に訳者は「中世史を覆す」と書き加えたのであろう。ただし、チッコの外交文書が基礎となっているため、チッコやミラノ公スフォルツァ家も登場するし、モンテフェルトロの動静が再三詳述される。ロレンツォ暗殺劇はどちらかというと一場面になっているから、ルネサンス・ミステリーとして読んだ方が期待を裏切られないかも知れない。
 もちろん著者は読者の期待にもしっかり応えようと、メディチ家と親交の深いボッティチェッリ(1445-1510)を登場させ、シクストゥス4世から依頼されたシスティーナ礼拝堂の壁画でシクストゥス4世には分からないようにメディチ家を称え、「春」でもパッツィ家の敗退とメディチ家の隆盛、フィレンツェの再生を暗示していることを証している。
 さらに、チッコが処刑され、モンテフェルトロが死に、シクストゥス4世も息を引き取り、ロレンツォも亡くなったあと、ジュリアーノと愛人のあいだに生まれたジューリオがクレメンス7世(1478-1534)として教皇に就き、シクストゥス4世が所望していたシスティーナ礼拝堂の壁画を削り取り、代わりにミケランジェロ(1475-1564)に「最後の審判」を描かせて、非業の死をとげた父ジュリアーノの敵を討ったことを物語の締めにしている。
 書き方は木訥としたところが気になるが、イタリア中世の表舞台、裏舞台を知ることができた。

 目次で本書の流れを紹介する。
主な登場人物
プロローグ
第1部 1476年冬~1478年春
1 ミラノのMは殺人のM
2 過度の用心
3 すべてが語られた
4 見えざる手
5 彼らを消せ!
第2部 1478年春~1482年夏
6 フィレンツェのFは恐怖のF
7 過激な手段
8 生命の危機
9 南行き
10 安らかに眠れ
第3部 システィーナ礼拝堂とボッティチェッリの「春」
11 不吉な終焉
あとがき
 中世イタリア、ルネサンスを舞台とした壮大でミステリアスな物語である。 (2014.2)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする