ふぶきの部屋

侍ブロガー、ふぶきが宝塚とドラマ、皇室からワイドショーまで語ります。連載中の小説もお見逃しなく。

日本一運のいい女ー新皇后の肖像 3

2018-10-10 07:00:00 | 皇室報道

 後々になって「馬鹿野郎」という言葉が雅子さんの口から出て来た・・それを国民が事前に知っていたら誰も「ご優秀でお妃にふさわしい」などとは思わなかった筈ですが、愚かなことに庶民には大本営は何も知らせず、本人すら知らなかったのです。

まさか自分が本気で「浩宮妃候補」だなんてねーー

何で1986年の写真週刊誌に載った写真。見るからに綺麗すぎるキッチンで油もひかずにウインナーを炒めている小和田さんですが、無邪気な笑顔が得意満面でしょうがない。

マスコミにやたらサービス旺盛な顔。要するにこれは「勉強も語学も出来るけど実は家庭的」であるという演出に他ならない。

ちょっと美智子妃殿下の

これとよく似てます・・・・不必要な台所を作らせて大仰に離乳食作りをするお姑さんとよく似ていますよね。

でも小和田雅子さんとしては「私が小和田恒の娘でハーバード出て東大入って外務省試験にも合格したからこんなにマスコミに取り上げられるんだわ」と思っていた・・筈です。

この時点ではお妃候補に出てこないんですから。

でもこのくったくのない笑顔のまま、よそのもっとお金持ちで好き勝手やらせてくれる男性と結婚していれば本人なりに幸せだったんじゃないか?と思われて仕方ありません。

娘の幸せより「権力と権威」を望んだのは父親の小和田恒です。

これらの明るい笑顔から「雅子さん入内作戦」は見事にスタートしたんですから。

綺麗なキッチン、すごい成績、結構美人、みんなが欲しかったものをこの女性は持っていたんですよね。あきらかに。

でも一方で冷静な方々としてはまだ小和田雅子を妃候補とは考えていなかったようで

 

  「1987年11月写真週刊誌。

急がれる浩宮妃の条件。有力候補8人に見る血統と才色」

三井史子さん、渋沢肇子さん、服部聡子さん、徳川冬子さん・直子さん(姉妹) 、徳川恵子さん・純子さん(姉妹) 、明石牧子さんの8人。

その中でも当時、最有力と言われたのが渋沢肇子さんだったような気がします。

・日本人であること

・心身共に健康であること

・容姿端麗であること

・語学が堪能であること

この4つが当時の「お妃の条件」とされていたようですが、日本人であることと心身共に健康であることはいいとして、どうしてそこに「容姿端麗」「語学堪能」が出てくるのか。モデルは明らかに正田美智子さん。

家柄より金持ちであること、血筋より学歴があって特に英語がペラペラじゃないと・・という価値観は全て正田美智子さんをモデルにした結果のことなのです。

1980年代はイギリスのダイアナ妃を始めとするきらびやかなイギリス王室が「もてはやされた時代です。ダイアナは家柄がよく皇太子が初恋で本当の「レディ」であったけど実は高卒で保母さんだったという経歴。かの大英帝国王室の皇太子妃選びは学歴より血筋を尊ばれたというのに、「英国のような開かれた皇室」を目指していた日本は真逆の価値観を持っていました。

美しくなければお妃じゃない・・・華やかなお妃、華麗なる皇室外交をするにはまずは英語!ってな所でしょうか。この時代の日本人は誰も「皇室の本義は祭祀である」なんて思ってもいませんでしたね。

浩宮がイギリスに留学し、美智子妃が世界のベスト・ドレッサーに選ばれ、「これからの皇族は華やかなのが一番」と思っていたのかも。

 

そんな中、高円宮邸に招かれた小和田雅子は浩宮と深夜まで楽しくおしゃべり。

宮邸に深夜までい続けるという非常識さも、「この二人は気があっているんだ」となればまあ大目にみるでしょうし、この件で浩宮は「小和田雅子は自分を好きだ」と思ったに違いないのです。

まさか(こればっかりですが)雅子さんの尻が重いのはしつけの悪さのせいだとは・・・誰も考えなかったのでした。

私達庶民は密かな「小和田雅子浩宮妃」作戦が始まっているのも知らずに浮かれていたんですね。あるいは昭和天皇の病気にかかりきりになっていたというか。

サブリミナルのように出てくる小和田さんの写真。

まさに「お妃になる気満々」と言われてもしょうがないけど、本人はさっぱりその気なし!

 

 

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7 コメント

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ネットが無かった時代ですから (猫カフェ)
2018-10-10 09:55:08
国民は皇太子が弟宮に先を越されて独身なのが、皇太子が理想も高いせいだけどそんな理想的な女性は他のカッコいい男性に嫁ぐだろうと思って皇太子に同情していたのではと思います。そこにまさかの紀子さまより華やかな女性が来てくれたという大逆転に文句をつける余裕が無かったと思います。
ちょうど眞子様ともあろう御方が変な男を連れてくるわけがないと信じ込んでいたときのように、皇太子妃になる人なら心根も素性もいい人に違いないと信じ込んでいました。ですがマサコはヒロノミヤを愛せずその結果、公務も懐妊も努力しようとしない、皇室には合わないタイプというのも、国民の直感が的中したのです。
マスコミの悲願の一つはマサコさんを追い出すことですがマスコミの完敗。もう一つの悲願であるアイコ擁立に向けては手を組んで悪あがきをしているように思います。アイコちゃん単独では無理そうに見て天敵の旧皇族を養子案でまで引っ張り出してきて安倍総理の気を引こうとしているんでしょう。
Unknown (味彩)
2018-10-10 09:56:30
何というか〜出てくる写真全部に見覚えがある自分に驚いています。さり気なく頻繁に載ってたんですね。
父親の地位と母方の財力を有意義につかうのはハイソサイティらしくて、本人は関係なく話が進んで、軽い気持ちで皇太子に会ってしまったんでしょうね。深く考えたら有り得ないですもの。
他コメントに頷きます (満開彼岸花)
2018-10-10 13:01:42
こんにちは。

今段階で出ている猫カフェさま、味彩さまのコメに「そうそう」と頷きました。
皇太子妃が決まった報道で、祖母が「こういう家(皇室)は、次男より長男の嫁のほうが劣るようではいけないけど、よかったね」と言ったのを思い出します。
私もハーバード出の才媛で美人、親は外務官僚という事ですっかりハイソな人と思っていました。
そして雅子さんは皇太子を好きとは思えず、押し切られて結婚した感じがしたものです。
けれど、いくらなんでも結婚するからには、自分のほうが背が高いことも賢いことも、いろいろ納得済みで決心されたんだろうと思っていました。
この人、決してして幸せとは言えなかったんじゃないかと思います。
遊んでばかりでは充実感なく虚しくもあったのではないでしょうか。
でも精神的におかしくなっていっていたんだったら、きちんとしようにもできなかった(もともとの素地?)のかな。
1枚目の写真の既視感 (しまき)
2018-10-10 14:12:34
ご紹介ありがとうございます。時として非常に空しくなるんですけどね。来年の5月にはこの人は皇后になります。
1枚目の写真の大口あけて笑っている写真。これつい最近も静養先で見ませんでしたか?
要するにこの方は、全く「物事をわきまえる」とか「TPOに応じた態度をとれる」ということのできない方なのです。
皇室というのは本来、品格が大切なので、徳仁殿下は、この女性の余りにもあけっぴろげ、感情ダダ漏れ(下品とも言う)に、新鮮な魅力を感じてしまわれたのでは。そしてお母様の方は、この人のハリボテの学歴に魅せられてしまった。
皇太子のオツムが決してよくないことをよく知っていた母親は、何とか知的水準の高い女性に、未来の天皇を産ませたかったんじゃないですかね。全て水泡に帰しましたけどね。

私はこの雅子さんという方は、お気の毒な方だと思っています。常に親に道筋をつけられて、手配されて、レールの上に乗せられて歩くばかりの人生で、自分で何かを成し遂げた達成感は、愛子さんを生んだときぐらいじゃないかな。涙くんでましたね。でもそれさえ、余り周囲には褒めてもらえなかった。
全体的に「褒めてもらうこと、認めてもらうことの少ない人生」を送ってしまっている気がします。(週刊誌のアゲアゲはこれからも続くでしょうが、どんな皇后になるのやら。国民は皆知ることになるでしょう)

オワダ父は、「道長」を夢見ていたのかも。つまり未来の天皇の外祖父です。自分の出自にコンプレックスがあって、最高の血筋との結婚を夢見たのかもしれません。「マイドーター・イズ・プリンセス」の方ですから。
何もかも、規格外の方です。(「でした」と言えないところがツライ)

私は今でも不思議です。
上記の候補者の中で、徳仁殿下が気に入った(と言われている方)で、お話が進みそうな方はいたんですよ。
特に明石さんちの令嬢。
何しろ今上陛下と、明石さんは「ご学友」で、皇室に入内すること、そんなに抵抗感がなかった様子だったのに。
おじいさんだったかが台湾統治時代のエライ方だったということで、横槍が入りました。
チッソの社長の孫でいいのなら、別に台湾政府高官の孫の、どこがいけなかったのかと今でも残念です。
何だったの?あれって? (睡蓮)
2018-10-10 16:59:31
まさに待ち望んでいた皇太子妃を、絵に描いたような方が、小和田雅子という人でした。

雅子様は若い世代には、学歴・外交官というキャリアで絶賛されました。
熟年世代からは、その由緒正しい家柄が絶賛されました。
特に父方の小和田家は、村上藩士ので150年前の祭礼の記録にも名前が残る武士の家柄。
その証拠に新潟の村上市に雅子様のお祖母様の旧宅が、古民家として移築されている等。
母方の江頭家は軍人。確か海軍中将か大将何かだったか? 早世しなければ海軍大臣だったとう逸材。これで戦中派もコロリでした。
(他のお妃候補が、旧財閥系、皇室公家華族という華々しい系譜なのに、逆に堅実だけど非のない家系として絶賛されていたと思います)

こんなスーパーウーマンがいるんだ・・・と、
当時マスコミが提供する情報を、私達はただ凄い凄いと、入れ食い状態でした。
他の方がご指摘の様に、ネットがない時代の事。自分で調べるなんて発想を持つ事もありませんでした。

今は逆に怖いです。
あの勇ましい「どこの記者? 社名は?」「名刺を出しなさい」が、お父様のアドバイスだったとか。
テレビカメラに向かって切った「私はずっと外務省の省員として歩いて行きます」というタンカが、江頭のお祖母様の入れ知恵だったとか。
何でこんな事までという事も晒されちゃう。
ぜ~んぶバレちゃうんだもの。

ふぶき様のブログやここのコメントを読めば、当時でも冷静に分析されていた方はいらっしゃるので、本当に自分が恥ずかしいです。

先日姪に言われましたけど、
「生きてれば海軍大臣って、敗戦時じゃ戦犯でしょ。皇太子妃は無理じゃん。そんな経歴が何でありがたいの。誰もそこ突っ込まないの」
「他にもツッコミどころ満載だけど」
「古語だけどフィーバーってやつ?」

そうなの・・・かな。
そして今そのつけを払ってるのかしら・・・。
だとしてら余りにも大きすぎるわ。
いろいろあったんでしょう。 (花物語)
2018-10-10 19:57:41
そして、このころ雅子様には「好きな人」がいらしたんですのよねっ。
結婚後に、ちらーっと報道されたことを覚えておられるかたもいらっしゃるでしょうが、「防衛庁(現防衛省)では知らない人がいないくらい有名な話よ。」と、ご子息が防衛庁へ行っていたご婦人が教えてくださいました。
「ほら、この人。」と指さした集合写真の男性は背が高く目鼻立ち凜々しく、いかにも頭の切れそうな・・・要するに皇太子とはまるで正反対の男性的魅力にあふれたかたでした。
雅子様はその男性との結婚を強く望んでいたのですが、男性が雅子様の資質を見抜いて振ったのか、彼女をどうしても皇太子妃にしたかった勢力が結婚に反対したのか、雅子様は失恋。
そりゃ、その男性と比べたら皇太子に触られたく無いって気持ちもわかるような気がしますわね。
ダイアナさんが処女だった(彼女は処女証明のための検診を受けいれている)ことも彼女が皇太子妃に選ばれた理由の一つでしたが、雅子様はなんとなくですが、皇太子に出会った時は既に経験済みだったような気がするのですが・・・。
男性として全く魅力を感じない、かといって人として尊敬もできない男と結婚生活を送るのは彼女にとっては苦痛だったのかもね。
この上ない「地位」は手にしたけれど、いろんな意味で能力のなさが露呈してしまっては、大変でしょうね。
マスコミの印象操作 (みかんちゃんだったかしら)
2018-10-10 20:23:19
ふぶきさま

体調はいかがですか。
気温が定まらないので、どうかくれぐれもご自愛ください。

あの当時は、日本の為に、元気な子供をたくさん産んでくれる、頭の良い活発なお嬢様と思わされていました。
BBさんの仰る通り、ネットもないし、テレビや週刊誌で情報を得るしか有りませんでしたから。
仕方ないですね。
まさか、日本弱体化の大きな力が動いていたなどとは、思いもしませんでした。

今ネットニュースで、靖國神社の小堀宮司様が辞任に追い込まれたと載っていました。
誰もかばう人は無かったのでしょうか。
本当の事を言うと辞めさせられるのですね。
辞任させられる大きな力を持つのは、今の日本では、美O子皇后さまだけではないでしょうか。
雅子妃が神社が嫌いだ〜発言を無かった事になさりたかった?
私の勘違いだと良いのですが。

自分の気に触る人を端から辞めさせたら、北の国と同じ、独裁ですもの。
あー怖い。

日本と皇室が、より良くなりますように。
皇室が弱体化勢力から、守られますように。

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