ふぶきの部屋

侍ブロガー、ふぶきが宝塚とドラマ、皇室からワイドショーまで語ります。連載中の小説もお見逃しなく。

皇室ウイークリー

2020-09-20 07:00:00 | 皇室ウイークリー

ご日程

両陛下

9月11日・・・天皇陛下 → 通常業務

9月15日・・・天皇陛下 → 稲刈り

              通常業務

       両陛下 → 新任皇宮護衛官等に会う

             陵墓監区事務所副所長に会う

9月16日・・・天皇陛下 → 認証官任命式

         赴任大使(ウガンダ,アンゴラ,トンガ,スロベニア,イラン,ジブチ,パラグアイ,トルクメニスタン,エルサルバドル,エチオピア,チェコ,中華人民共和国,トルコ,イラク,アフリカ連合日本政府代表部)に会う

             離任大使に会う

             衆議院議長・参議院議長から奏上を受ける

             新任式・認証官任命式

9月17日・・・天皇陛下 → 国会開会式

 

秋篠宮家

9月15日・・・両殿下 → 熊本県知事より豪雨災害の報告を受ける(オンライン)

9月16日・・・眞子内親王 → 第67回日本伝統工芸展」展示を見る

              第67回日本伝統工芸展授賞式

 天皇に沢山お仕事があってよかったね・・・という感じですが、まず、稲刈り。これは20株しか刈らなかったそうです。100株植えていた筈なのに。

 海外青年協力隊には会えるのに身内の誕生日挨拶での参内はさせない天皇。

 国会とか・・認証官任命式などでは、マスクを外してもいい、いや、外すべきではないでしょうか?何となくみっともないし、今はそこまでじゃないだろうと。

 

 皇室とパンデミック 

歴史学者の磯田道史氏が「文芸春秋」に寄稿した文を朝のバス待ちの時間に斜め読みしました。これらの件では磯田氏は本を出しており、そのうち欲しいなと思いました。

興味深かったのは、スペイン風邪が流行った時、昭和天皇がまだ皇太子だった頃に罹患していたこと。秩父宮も罹患し、かなり重症だった様子。

貞明皇后はひどく心配し、秩父宮に毎日お手製のスープを届けさせたとか。しかし、皇太子の方には一度もそれをしていない。

秩父の宮の方が重症だったから・・・皇太子には遠慮があった・・・などと磯田氏は書いているけど、当時から貞明皇后と昭和天皇間には「確執」があったんだろうなと思います。

その理由がもし、「摂政」を置くことや、「女官」を通い制にして側室制度をやめてしまったこと、祭祀を重要視しなかった事などに端を発していたとすれば、のちの昭和天皇と上皇の確執の大元には貞明皇后がいたかもしれない。

素直な上皇・・・皇太子はバイニング夫人の教えを素直に聞いて「日本は悪」であると思い込んでしまった。貞明皇后はその気はなくてもちらりと「摂政制度」について忸怩たる思いがあった事を漏らされたかもしれない。

それが後々、生前退位に繋がってしまったとしたら・・・恐ろしい想像ですが。

まあ、とにかく当時は「密を避ける」とかいう概念がなかったので、皇室にもスペイン風邪が入り込んでしまったんですね。

幸い、大正天皇は罹患しなかったそうです。

 

 ベルギーのエリザベート王女 士官学校で訓練を受ける 

 18歳成年のベルギーでは将来の女王、エリザベート王女が王立士官学校へ進学しました。

 歴代の王や王女が進学先に選んで来たことで、「王位継承権」を持つ人にふさわしい進学先とみられています。確実に「女王」になる為の布石です。

彼女が体育会系かどうかわかりませんけれど、そういうことは別にして、進学が必要だったと言えるでしょう。

 

 スペインのレオノール王女自主隔離 

 新学期が始まったスペインでは、王位継承権1位のレオノール王女が自主隔離に入ったと発表

 クラスメイトの一人がコロナに感染したため

 

自称「女帝候補」は何をしているのだか・・・・・顔も見せずに過去の文章をひっくり返して「優秀さ」をアピールしても意味がないのにね。

 

 

 

 


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8 コメント

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小田部雄次氏の寄稿文 (しまき)
2020-09-20 12:36:49
磯田氏の寄稿文ご紹介ありがとうございます。

小田部雄次氏の寄稿文にはこんなことが記載されています。
「コロナが深刻化し、歴史におけるパンデミックが注目
され、皇室と100年前のスペイン風邪との関係への関心も高まった。竹田宮恒久王の急逝、皇位継承第二位であった秩父宮殿下の感染などが知られていた。東宮であった昭和天皇も罹患したといわれる。」
(中略と結び)
「現在、コロナのため皇室と国民とが直接触れ合う機会がない。このまま何もしなければ、国民の心は離れてゆくだろう。悩ましい問題である。」

貞明皇后と東宮との軋轢?人の心がその時どう動いたか。興味深いですね。またそのお話、機会があったらご披歴いただければと思います。

ところで私ぼんやりとは知っていたんですが、秩父宮殿下は、昭和天皇が即位して明仁殿下ご誕生までの7年間「皇嗣殿下」でおられたんですね。立皇嗣の礼は聞いたことがないので、その7年は「そう呼ばれていた」という話でしょうか。「上皇后」は完全造語だけど、「皇嗣殿下」というのは歴史があるのだと失念しておりました。
と、同時に「皇嗣」は、必ずしも確定的なる次代の天皇とはイコールではないんだという屁理屈も成り立つのかと、少し慄然とした気持ちにもなりました。
稲刈り (キャバレロ)
2020-09-21 10:14:23
おはようございます。しばしば見させて頂いています。
稲刈りは最初から最後までずっとお一人での公務と決まっていますからお気持ち的には楽だったと思いました。
燕尾服は、ある程度、背がないと腹の気になる方には厳しいのでしょうか?
もっともそれをカバーするオーラが有れば良いのですが残念です。
Unknown (胡蝶)
2020-09-21 19:05:16
ふぶき様の皇室ウイークリー毎回楽しみに拝見しています。
今回はお一人様でガッカリです。皇室離れしていく人達の気持ちが分かります。スマホでは、おどろおどろしいSNSが多過ぎて胸が悪くなります。
いつかは犯罪が起こると思っていました。
商品関係ではヤラセで主犯と共犯者が捕まっていましたが、
秋篠宮家をターゲットにした誹謗中傷で稼いでいるSNSのヤラセレビューは、いつまで野放しにされているのでしょうか?

両刃の剣のSNSではイジメの荒らしで、多くの自殺や被害者が続いている日本です。二年後のデジタル庁やIT基本法を待っている余裕は全くないと思います。
刈り取りの写真は無し (木芙蓉)
2020-09-21 21:38:15
“心配な人間”改め「木芙蓉」です。
刈り取りの写真が無いのは残念ですね。
それに服装がとても稲刈りの服装には見えません。
上天さんの時はシャツをまくり上げていたと思います。
Unknown (はらちゃん)
2020-09-22 00:35:09
私も小田部氏の寄稿文を拝見しましたので、磯田氏の寄稿したものも拝見したいと思いました。

秩父宮様と皇太子だった昭和天皇がスペイン風邪に罹患したのは、1920年初め頃だったようです。
その当時から、貞明皇后と昭和天皇には「確執」はあったとは思いますが、いつからだったのでしょう。

その理由として挙げていらっしゃる「摂政」の検討は同年9月からで、「女官」の通い制は1924年にご結婚されてからです。祭祀を重視しなかったのは理由としてあるかもしれませんが、明治天皇も大正天皇も祭祀を重視されていなかったそうです。(昭和天皇はのちに重視されるようになりました。)
昭和天皇が摂政宮になることに、確かに貞明皇后は反対だったそうですが、貞明皇后も政治に介入していたのは事例がたくさんありますので、反対の理由は何かなとは思いました。

「確執」の理由、、私も機会がありましたら、お考えをぜひ伺いたいと思います。
Unknown (胡蝶)
2020-09-22 13:34:56
ふぶき様、貞明皇太后、秩父宮様、昭和天皇との「確執」説明有り難うございます。
貞明皇太后は、上皇様のお祖母様ですから、
大人の事情が御父上の昭和天皇通しで
叔父様の秩父宮様、及び貞明皇太后様との「確執」が、口伝で残されているかどうかも確かめるすべもありません。
例え伝聞があったとしても、その後の歴史上のタラレバは無要のことかも知れません。
Unknown (Unknown)
2020-09-23 00:12:27
稲刈りについて。
普通は長袖が一般的だと思います。
稲穂も葉の部分も触るとかゆくなるからです。
実家が農家で子供の頃毎年手伝っていました。
暑い日でも我慢して長袖でした。
稲刈り (木芙蓉)
2020-09-25 15:30:57
Unknown様
稲刈りの時のご苦労に伴う
服装のことを教えて頂き大変
ありがとうございました。
実体験に基づくご意見はナルホドと
納得致しました。

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