米屋不動産ブログ

大田区池上周辺の賃貸/売買情報やスキー情報等いろいろです。

チャップリンのベストスピーチ

2013-12-16 15:17:42 | 旅行
チャップリンのベストスピーチです。

http://www.youtube.com/watch?v=RzTmkoR6mMQ&feature=player_embedded
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2013-12-12 16:00:09 | 旅行
昨日(12月11日)旧東海道の元箱根から三島までウォーキングに挑戦してまいりました。

小田原から箱根鉄道、バスを乗り継ぎ5月の箱根越えの後の旧東海道を元箱根
から三島大社まで約16キロ程の行程を20キロ以上かけて歩いて参りました。
4キロ程通常の行程とは違っておりますが道標を見間違えた為の寄り道となりました。

箱根関所の直ぐ隣のバス停から歩き始めたのが午前10時10分頃。
50分程は順調に舗装されている国道1号線をゆるやかに下りながら下りて
行きました。
途中箱根旧街道山中城跡、三島宿の看板を発見、『これぞ私の進むべき道』との
思いで元気よく未舗装の旧道を登って行きました。
ほとんど誰も通らないと思われる道を登ること約20分。
途中にはもののけ姫やととろが出てくるような樹木のトンネルや苔むした倒木が道を
完全に塞いでいる場所も通り抜け椅子、テーブルの設置されている所に現地の
案内図発見。
もう少し登れば山中城に着くのではないかと思い、今度は舗装されている道を
ひたすら登ることさらに約20分。
ついに芦ノ湖カントリークラブの作業車倉庫に到着。
そこの作業員に山中城への道を尋ねると、、、。

な、なんと地図の往復を全く逆に見ていたことが解り暫し呆然。
汗をかきながら折角登った道を逆走、途中の椅子、テーブルの設置してあった所
まで戻り昼食となりました。
この時点で体力の半分、気力の七割程度減退。

それでも長い下りを出来るだけ旧道を選びながらようやく
山中城跡に到着。この時点で午後2時近かったと思います。
山中城はかなり本格的な山城でめったに落城しないと思われる縄張りでしたが
説明書を読むと秀吉の小田原攻めの時、わずか1日で落城したそうです。

山中城を後にさらに三島を目指してひたすら下ること1時間。
旧道は人の頭程の大きさの『ごろた石』が敷かれていますが不揃いで苔も生えていて
滑りやすく、さらに落ち葉や枯れ枝がたくさん落ちていて何度も転びそうになりましたが、
ついに足を滑らせて転んでしまいました。
怪我や打身は無かったのですが転んだ拍子に左足のふくらはぎが攣って暫し歩けず。
直ぐ後ろを歩いていた方の応急処置(つま先を反り返らせる)により約3分後に復活。
右に綺麗な富士山を見ながら好天に恵まれたことに感謝。
峠の途中の売店で小休止。さらに下って行くと江戸時代『こわ飯阪』と呼ばれた急勾配の阪を下り三島の町外れに出ました。
『こわ飯阪』の由来は江戸時代の人足が背中に米を背負って登ると背中の汗が蒸気となり
生米がこわ飯のようになった、、、との言い伝えが道標に書かれていました。

さらに国道1号線に沿って松並木を下り途中の喫茶店で小休止。
茶店の先客に三島でお勧めの温泉を聞いてみると『極楽湯』があるとのこと。

小休止の後さらに三島の街を進み三島大社に到着したのが既に午後4時をかなり
過ぎていたと思います。
三島大社参詣の後『極楽湯』を目指しましたが誰に聞いてもかなり距離があるとの
こと。タクシーを捜しましたが三島では流しのタクシーがほとんど無く、タクシー探しに
約15分程歩いてようやくタクシーを捕まえて『極楽湯』に辿り着いてたのが午後5時過ぎ。

『極楽湯』で汗を流し、ついでに夕食も摂って呼んでもらったタクシーで三島駅に着いたのが
午後7時30分頃。
9時半頃には家に帰れると思っていましたが戸塚付近強風の影響で電車は大幅に遅れ
池上に着いたのは午後10時を10分以上回っていました。

今朝は筋肉痛が少し残っておりますがなんとか仕事に復帰しております。
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少し早し夏休み

2013-07-18 12:07:06 | 旅行
私7月8日~10日まで少し早い夏休みをとらせて頂きました。
高校時代の同期生4人と伊豆の下田へ行きましたが天気にも恵まれて本当に楽しい旅行でした。
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箱根越え

2013-05-24 16:56:19 | 旅行
少し前のことになりますが私、高校時代の友人二人と合計3名で箱根旧街道を
湯元側から芦ノ湖畔の箱根関所跡までハイキングに行って来ました。

午前9:30分小田原集合の予定でしたが有楽町駅での人身事故の影響とやらで
ダイヤは大幅に乱れ、私も蒲田から川崎経由、東海道線で小田原に行く予定
だったところJR蒲田から京急蒲田駅まで走り、横浜から湘南新宿ライン経由で
小田原に着いたのが10時15分過ぎ。私は45分の遅刻。
(他の二人もも15~30分の遅刻だったようです。)

駅のコンビニで昼食のおにぎりとペットボトルの水を仕込んで箱根鉄道で湯元
まで。湯元を出発してあじさい橋を渡ったのが11時過ぎでした。
あじさい橋を渡ってすぐ左は通常のハイキングコース、右は健脚コースの看板。
当然我々は右は健脚コースを登ることに。
ガイドブックには箱根湯元から芦ノ湖畔まで約4時間とのことでしたが、今までの
我々の歩速から考えて3時間程度で踏破できるのではと甘く考えておりましたが
はじめの1キロ程を歩いただけで息が切れてきて本当に生還できるかどうか?
かなり心配になる状況でした。

友人から何度も逆コース(下りが多いコース)の提案がありましたが私と
が頑強に抵抗して江戸時代の登りコースをとりました。
舗装されているバス通りを縫うように石畳や果てしない石段の急な登りを
1時間、途中の小川の川原で10分程小休止、さらに1時間登りっぱなしで
全身汗だくになりながら昼食に適した場所を探しましたが見つからず、
石段の途中で1時過ぎに昼食。
(既にこの時点で私も含めて全員無口になるほどの状況)

昼食後、前から来る下りの多い逆コースのハイカーと何人もすれ違い
ましたが我々のようにほとんど登りのコースを行くハイカーとは一組も
出会いませんでした。
前から来るハイカーに後どの程度の登りかを聞くたびに『まだ一持間
以上登りですよ』の答えに3名とも息も絶え絶え状態。
石段など右手は手摺につかまり左手は膝に手を添えてようやく一歩一歩
登り、足がふらつき始めた頃ようやく頂上近くの甘酒茶屋に到着。
甘酒茶屋で小休止の後、芦ノ湖まで30分の看板を発見、私はいきなり
元気が出てゆるい下りを小走りで下りることが出来ました。
この時友人のうち一名は足が攣ったとのことで我々より2分程度遅れましたが
3人とも無事芦ノ湖畔まで到着。

さらに湖畔を歩いて関所に着いたのが3時頃。湯元を出発してから
ちょうど4時間歩いたことになります。
まさにガイドブックの通りで、さすがに箱根の山は天下の険と言われている
通りの我々老体にとってはかなり厳しいハイキングコースでした。
関所観光の入館料を払った以上内部をゆっくり見学、お土産を購入したりで
帰りのバスに乗ったのが4時半近くだったと思います。

湯元一つ手前のバス停で下りてバス停留所近くの『弥次喜多の湯』で
ゆっくり汗を流しましたが入浴時から出てくるまで我々3名以外一人の
入浴客もなく、まさに貸切状態。
私は露天風呂で泳いだり寝そべったりと、すっかり疲れをとる事ができました。
6時30頃湯元から箱根電鉄で小田原に着いたのが7時ごろ。
駅ビル内の和食堂で晩飯となりましたが空腹のせいか3名とも実に
おいしくいただく事ができました。

午後8時過ぎの東海道線で帰ってきましたが実に充実した楽しい
一日でした。
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戦場ヶ原ハイキング

2013-01-07 16:13:45 | 旅行
私1月3日から5日まで日光に行って参りました。
中日の1月4日は日光駅から路線バスで1時間半かけて終点の湯元まで行き、
湯の湖と湯滝を見て寒風吹きすさぶ戦場ヶ原を歩き抜け三本松で昼食。
戦場ヶ原の風はものすごく、地吹雪で前が見えない程の時もあり、
体も風圧でまっすぐ歩けないこともありましたが私にとりましては
誠に印象深い旅行となりました。
昼食の後竜頭の滝上流部から瀬音を聞きながら凍った階段を半分歩き、
半分手すりに摑まりながら滑りながらようやく滝壺近くの売店まで辿り着きました。
よくもまー転倒しなかったと思うくらいの危険な階段でした。
売店でおしるこを食べて小休止の後再びバスで1時間以上かけてホテルに
戻りましたが、私の耳が軽い凍傷のようになってなかなか感覚が戻りませんでした。
(写真は同行して頂きました友人の写真です。)
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箱物行政の理由

2011-11-03 16:47:32 | 旅行
今日は何故行政は箱(ビルや橋、道路等)が好きなのか?私の理解をご紹介します。

まず行政を実務面で取り仕切っているのは国も地方も役人です。
役人には定年制があるのですが上位の役人は同期の人が事務次官や助役になった場合、
早期退職が慣例になっているようです。
早期退職と言ってもさまざまな特殊法人や公益法人、公的建物の管理法人等の理事等に
なって天下るのが今までごく普通に行われています。
また天下りの場合の多くは在職中より収入面で優遇されるのが一般的なようです。

どんな箱(建物等)でも(例えば『私の仕事館』のような)一旦作ってしまえばその箱の
管理が必要になります。(ビルの保守管理や掃除、テナントの募集要綱、等々)
これが公的な箱の場合、その管理に多くの法人をつくったり、法人を作らない場合でも
多くの管理ポストが必要になります。
その管理ポストのほとんどが役人の天下り指定席に成り得る訳です。

そんな訳でこれからも日本は必要、不要を問わずどんどん箱が増えて行くと思われます。
なにしろ日本の公的予算の使い道は政治家がどんなにがんばっても役人の力には到底
及ばないことがここ数年の国家予算の編成で良く解りました。
自民党から民主党に替わっても結局ほとんど何も変わりませんでしたしねー。

本当に今使うべきお金は復興予算以外は箱ではなく、国民が便利に暮らせるシステム構築に
あると思うんですけどねー。

皆様は如何思われますか。
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連休のお知らせ

2011-05-02 10:01:15 | 旅行
米屋不動産は5月3日(火)~5月5日(木)まで連休とさせて頂きます。
どちら様も充実した連休となりますことをお祈り致します。
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奈良、京都旅行

2010-12-17 17:33:35 | 旅行
今月も私12月14日~16日まで奈良、明日香、京都に行って参りました。
奈良でも京都でもシーズンオフの為かメインの観光地で歩いている人は
修学旅行の生徒を除けばほとんど全ての人が外国人(中国、韓国、台湾、
アメリカ、オーストラリア等)で日本人にはほとんど出会うことが無い
ぐらいでした。
私にとりまして奈良、京都は実に40年ぶり、あまりに時間が経ちすぎていて
どの観光地を見ても初めて見るような感覚でした。
明日香は初めて見るものばかりで蘇我入鹿が住んでいたと言われる甘樫丘
(アマカシノオカ)も見てみましたが天皇の御所を見下ろせるすぐそばの
丘に邸宅を構えていたのですから、その権力の大きさが良く解る気がしま
した。(まさに百聞は一見にしかず)
京都は12月15日16日と観光地を見て回りましたが一番印象に残ったのは
京都の寒さでした。薄着の私には本当に底冷えのする感じで極力歩いて
回りたかったのですが寒さには勝てずあっさり断念、タクシーで見て
回った為予想外の出費となりました。
私的には真冬の札幌を歩いているのとたいして変わらない感じでした。
皆様も冬の京都に出かける時は暖かいものを着てゆくことをお勧めします。
写真は最近(昨年?)改装の終わった銀閣寺です。

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ラオス旅行

2010-11-22 16:40:00 | 旅行
私11月17日(水)~11月21日(日)までインドシナ半島真ん中のラオスに行って
参りました。
インドシナ半島の他の国、タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア等には
行ったことがあるのですがラオスは今回の旅行が初めて訪れた国でした。
人口はラオス全体で約600万人、首都のビィエンチャンは60万人程が住んで
いるそうです。

ヴィエンチャンは社会主義の国とは思えないとても活気のある町でどこの市場も
大勢の人々で賑わっていました。

ラオスの気候は既に乾季に入っていて(雨季、乾季の季節があるようです。)
私の訪れましたヴィエンチャンはメコン川に面した町で日中は25度以上に
なりますが朝晩は涼しく(日本の4月中旬~5月初旬の感じ)川風に吹かれて
誠に気持ちの良い気候でした。

またメコン川の対岸は既にタイとのことでメコン川がタイとの国境に
なっていました。

ラオスではほとんどの人にとても親切にしてもらえて、物価は日本の約
10分の1程度、私のような観光客にも高値をふっかけられることはほとんど
有りませんでした。

全体的印象としては今から40年ほど前に初めてタイへ行った時のような
懐かしい感じがしました。
これからも私の好印象があまり変わって欲しくない気持ちで一杯です。
写真はラオス、ヴィエンチャンに在る凱旋門です。(フランスの凱旋門を
模した様です。)

それではまたねー。(^。^)
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