観劇&感激記

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レッドクリフ2を見て思ったこと

2009-03-25 12:56:10 | Weblog
阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)
魯 迅
岩波書店

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この本の「阿Q正伝」を読んでいたとき・
友達が「レッドクリフ2」の試写会が当ったということで、いっしょに見に行った。

ちょうど、

----- ↓以下本文抜粋↓ -----

中国の男は、もと大部分が聖賢になれるはずだが、惜しいことにみな女によって妨害されるのだ。商はダッキ(漢字出ないのでカタカナ)に滅ぼされ、周は褒姒(ホウジ)に毒された。秦は・歴史に明文ではないが、これもまた女のためと推定しておそらく大過あるまい。そして漢の董卓(トウタク)は、あきらかに貂蝉(チョウゼン)に殺されたのだ。
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の文を読んだ後に、「レッドクリフ2」を見たせいか?映画を見て思いっきり納得した。





この魯迅の短編集を読んで、島国:日本 と 大陸:中国の歴史の流れの違いを感じました。
レッドクリフ2」を見ても思ったけど…

 「大陸:隣接する国々からの占領・統治の繰り返し」 と 「島国:ひとつの国だけで続いている歴史の国」 の育ち感覚が生み出す創造の違いは大きい。


ふと、
以前の何かの本で読んだ内容を思い出した。

建築家は、幼い頃、
「天井の高い広い家に住んでいた人」と、「狭い家に住んでいた人」では、建築家なってから創る建築物の空間の大きさみたいなものがどうしても違ってしまう、と、いうようなこと。

デザイン・才能がどうのこうのではなく…
育って生まれた環境がそのひとが感じる心地良いと感じる間取り・空間として作品に出てしまうらしい。
(人間の手から作り出されるものはその人らしさがどうしても出てしまいますが…)


そういう「らしさ」みたいなものって、島国・大陸育ちでも大きく違うんだろう。


「レッドクリフ」のような人間の数・土地の広さ・歴史観 の大きな映画はきっと、日本人は創りにくいと思う。
(あんなに何人も殺される瞬間の姿をど・アップで見せられるのもどうかな?とは思ったが…)
きっと、どうがんばって創ってみても「金銭感覚」「興行」のことを考えてしまいCGを駆使してみても、どこか小さくまとまってしまうのだろう。

でも、茶の湯の席のように、小さい空間から表現する「雄大な懐の大きさ」みたいなものは日本人にしか創れるんだろうなぁ~と、思った。
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