観劇&感激記

大好きなお芝居の感想記です

人は見た目が9割

2007-08-24 22:46:09 | 本・CD・DVD
人は見た目が9割 (新潮新書)
竹内 一郎
新潮社

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ビジュアルが平均以下の私にとって、この本のタイトルには「ムカムカ」した

               がっ、

意を決して図書館に予約を入れ、読んでみた。




読んでみて…
題名とは雰囲気の違った外面的な「見た目」以外の芯の底から自然と現れる「見た目」を考えさせてくれる本でびっくりした。
(主題の見た目の話がほとんどなかった…けどね…)


著者自身「舞台の演出」や「漫画の原作」に携わっている方せいか?学術的ではない「見た目」について書かれてあり、拒否反応を感じにずに最後まで読めた。

この「舞台の演出」「漫画の原作」の仕事をしている、という経験から生まれた言葉が妙に納得させられてしまう。


第五話の【日本人は無口なおしゃべり】の

------ 以下抜粋 ---------
ところが日本人のノンバール・コミュニケーションは、そもそも発想が異なる。その根本原理は、中世の天才能楽師・世阿弥が全てを言い当てている。「秘すれば花」なのである。Aは本当のことを言葉では語らない。Bは「Aが伝えたいであろうことを察する」。その両者の気持ちが通じ合ったときに、「深く関われた」と満足する。
日本には。動きを考える上で対照的な芸能がある。「能」と「歌舞伎」である。
武家階級に愛された「能」は、動きが刈り込まれ、表現が研ぎ澄まされえている。「小さな変化」に大きな世界を感じ取るのが、見巧者である。
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↑能楽鑑賞好きな私にとって「こんな言葉待ってました!」とコレを読んだ瞬間は心の中で手をたたいた。


それに続き「語らぬ文化」「わからせぬ文化」「いたわる文化」「ひかえる文化」「修める文化」「ささやかな文化」「流れる文化」ということに書かれてあり…

『人の見た目』とは別に日本文化についても感じさせてくれる間口の広い本でした。




題名で拒否反応を示してしまった方、ちょっとヘソを曲げて(?)読んでみることをお薦めします。

また、舞台を観るのが三度の飯よりも好きな方も読んでみることをお薦めします。
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表現すること…

2007-08-22 22:59:11 | 古典芸能以外の舞台
先日、とある小劇団の舞台を観に行った。
(100人入るか入らないかの小さな劇場)

小劇団とあってか?出演者も観客も10代後半から20代前半の人ばかりだった。
ちょっと場違いな気がして気恥ずかしかったが…現代劇は観客席の照明が暗いのでホッとした…のもつかの間…


芝居が始まったとたん…
      見ているこっちが気恥ずかしくなった。

背景画もないところで、顔の筋肉を大きく動かし「力説」でもするかのように言葉をまくしたてて芝居をし始めたのである。

古典の曲を題材とした芝居だったせいか?そのオーバーな顔の表現に驚いた。
「えっ、どこが歌舞伎をモチーフにしてんの?」「着物着ているわけでもなし…」「何をもって歌舞伎としてるの?」「あ~この感覚わかんな~いっ」「言葉で説明しているけれど…この役者がどんな役の人なのかも見えてこな~いっ!」
(シェークスピア系とも蜷川系とも違うタイプの言葉責め)


  「表現することって難しいんだなぁ~」と改めて感じた。



結局、芝居が終るまで「恍惚のような状態で観ることができる舞台と、この苦痛な舞台は何が違うのか?」そればかり考えていた。

なんつーか…役者からその役自身の空気が流れてこないなぁ~。役になりきれていないっていうのはこういうことなのかな?
どこまでいっても役者個人が舞台に立っているなぁ~。
役が、話が、舞台に出てこないなぁ~。普通の個人が立っているだけだなぁ~。
これじゃ、なんかの弁論大会と同じだなぁ~。
騒いでいるようにしか見えないなぁ~。
言葉でどんなに説明されても、その役の人だと思えないなぁ~。
面白いなぁ~と思う芝居の役者は、舞台に出て来た瞬間からその役の人だぁ~って言わなくても空気でわかるなぁ~。
そうそう、その威圧するような空気に圧倒させるんだよなぁ~。
出てきた瞬間、客席の空気までも変わるのを感じるんだよなぁ~。
そこが観ていて快感だったりするよなぁ~。
舞台と客席の一体感っていうのかなぁ~それって他では味輪得ない面白さだよなぁ~。
空気が伝わるから生の舞台が面白いのであって、空気が面白くなければTVでこと足りるんだよね。
プロで舞台に立つということと、趣味で舞台に立つことの違いって背中に背負う「空気の違い」なのかなぁ~?
基礎はともかくとして…その人の持ち味みたいな…他の人には真似のできない自分の経験が背中から感じる、感じさせる空気感みたいなものを持っていないと、舞台では生えないなぁ~。
舞台ってすごいなぁ~役者の人生観みたいなものを表しちゃうんだなぁ~。
言葉(セリフ)の限界ってあるんだなぁ~。
言葉(セリフ)で表現できるところって結構狭い範囲なんだなぁ~。
言葉(セリフ)を超えた目に見えない「気持ち」の部分が、芝居を面白くさせるか?させないか?の違いなのかな~?
他人を説得させようとするとき…自分自身の気迫というか、そういうものがないと不思議と説得できないときと同じなのかな~。言葉を超えた何か…が大事なんだなぁ。


私にとってつまらなかったこの舞台がかえって、面白いものとは何なのか?考えさせてくれました。そういう意味ではチケット代¥2500も無駄ではなかったかも?



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後日読んだ、赤川次郎さんの本「赤川次郎の文楽入門―人形は口ほどにものを言い」にあの夜、芝居を見ながらモンモンと思ったことが書いてあった。嬉しくなった。

----- 以下本文抜粋 -----
胸中に渦巻く様々な思いを、じっとかみしめつつ歩いて来た由良助が、パッと顔を上げ、腰の刀に手をかけたところで「はったとにらんで」の、たったひと言。
ここまでの三味線だけの長い長い張りつめた空気。---正に由良助の人形をつかう玉男さんの芸の深さを発揮した場面である。
こんなにみごとに「沈黙」を使った舞台を見ると、大変によくしゃべることの多い現代劇も、少しこういうところから学んだらいいのに、と思ってしまう。
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赤川次郎の文楽入門―人形は口ほどにものを言い (小学館文庫 あ 7-1)
赤川 次郎
小学館

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