世なおし倶楽部

①ことば遊びから哲学へ②安全な国産の農産物等の生産、流通③人に健康社会に平和④地球環境とエネルギー⑤矛盾の活用

失言大臣のこと

2007-07-08 01:06:09 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
罪を憎んで、人を憎まず

宇宙のルールでは、済んでしまったことは戻りませんから、「しょうがない発言」は自然なことです。しかし、人間の世界では、利害損得、自分の都合などの理由が色々あります。ましてや、一国の大臣となれば、国民の総意の代弁者でなければなりません。個人の考えは棚上げにして、国民総意に近い発想と発言を「演じ」無ければお役になりません。演じ料として「税金から歳費」を支払っているわけですから、個人的発言は控えめにして当然なことです。それを「癖で深い意味は無いのですが」といいながら「消極姿勢の心根」の吐露になっています。

アメリカ人が悪いのではありません。原爆を使用したことが、重大問題なのです。将来に向けて核兵器廃絶の意志が強いのであれば、しょうがない気持ちはあってもそれは抑えて、核兵器反対発言を積極的に発言すべきと思います。そうすることで、「しょうがない」頼りない発言は自動的に出来ないことになるのです。

大臣の役をはずし、一人の人間として、「しょうがない」を発言されるなら、しょうがないことです。立場、役柄で発言、台詞が変わります。

今の日本政府の統一見解のヒトツは「アメリカの後を追いましょう。アメリカの真似をして豊かな生活を実現し謳歌しましょう。」です。国民の1/3はアメリカ的生活が幸せのバロメーターと思っているのでしょうし、その代弁者が「与党・政府」です。官僚・大方のサラリーマン諸氏は現在の生活を平均値に近くあれば満足で幸せな生き物でしょうから、アメリカ追随経済、思想は当分続くと思います。
当然アメリカが破綻すれば、日本もつられて破綻するでしょう。

しょうがない発言のセンスは「純日本的」で、アメリカ的発想ではないと思います
。何か変ですね。「アメリカに追随」はアメリカ的ではないということに気づかないと、アメリカとの友好関係を維持することはむつかしくなるでしょう。

相手の弱みに付け込む同盟や友好は「インチキ」であることの認識ができない政治家に国の運営を任せていれば、日本の国の自立的発展は実現不能です。

youtube

今風活動写真