運行供用者責任の当事者

2024-08-16 11:25:52 | 交通・保険法

【例題】Aが運転し、Bが同乗する自動車甲が、赤信号を看過して交差点に進入し、青信号で進入したCが運転する自動車乙と衝突した。この事故により、A、B、Cのそれぞれが負傷した。甲の所有者はD、使用者はEである。

 

[義務者となる運行供用者:運行支配と運行利益]

・自動車損害賠償保障法が人身損害の責任を負わせる主体は「自己のために自動車を運行の用に供する者」である(同法3条本文)。

・運行供用者は、「自動車の使用についての支配権(運行支配)を有し、かつ、その使用により享受する利益(運行利益)が自己に帰属する者」と定義される(最三判昭和43年9月24日集民第92号369頁)。現在の民事裁判実務は、この二元説に立ちつつも、規範的に把握される運行支配に重点を置いている(運行利益の内容は抽象化されている)。□LP44-6、村主5

・[1]所有者or使用者→原則的に有責:現在の裁判実務(抗弁説=法的地位説=抽象説)では、運行供用者責任を追及したい被害者(原告)は、請求原因として「加害者(被告)が自動車の所有権又は使用権を有していたこと」を主張立証すれば足りる(※)。この請求を受けた加害者(被告)は、抗弁として「自身が運行支配と運行利益を失っていたこと」を主張立証する。□LP47、村主5

※法文との乖離は承知の上で、被告側の内部事情に通じない原告の立証負担の軽減を重視した見解といえよう。□LP47-8

・[2]運転をしていた者(※)→原則的に有責:通常は、運行支配と運行利益が肯定されて運行供用者責任を負う。もっとも、例外的に(定義に基づいて)これらが否定される者、すなわち「他人のために(他人所有の)自動車を運転していた者」は運行供用者責任を負わない(民法709条責任を負うことは当然)。典型例として、「社有車を業務で運転していた従業員」が挙げられる(→自賠法上の「運転者」に該当)。□逐条25、LP43,12,44

※自動車損害賠償保障法は「運転者:他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者」と定義する(2条4項)。すなわち、自賠法上の「運転者(広義)」概念は、「日常用語にいう運転者」から「運行供用者」を除外して「運転補助者」を加えたジャーゴンである。□逐条17

・[3]請負人の事故についての注文者→指揮監督の有無:事故車両について所有権も使用権もない者でも、運転をしていた者への指揮監督を及ぼしていた者は、運行供用者責任を負う。この構成による場合は、ストレートに当該指揮監督関係の存在を主張立証することになろう。□逐条36-7、筈井7

 

[権利者となる他人]

・運行供用者に課せられるのは「他人の生命又は身体」の保護である(自動車損害賠償保障法3条本文)。換言すれば、他人性を否定される者は被害者とはなれず、具体的には次の者は「他人」から除外されるのが原則である。□LP57、桃崎38

×運行供用者(最二判昭和42年9月29日集民第88号629頁)

×自賠法上の「運転者(狭義)」(最二判昭和37年12月14日民集第16巻12号2407頁)

×自賠法上の「運転補助者」(最三判昭和57年4月27日集民第135号793頁)

・もっとも、1台の自動車に2名以上の運行供用者(共同運行供用者)が観念される場合がある。この場合、「人身損害を負ったαは共同運行供用者の一人であるものの、他の共同運行供用者βとの関係では『他人』と言えるのではないか?」という問題が生じる。□逐条59

[a]非同乗型:α([例]直前まで自ら運転していたが事故当時はたまたま別人に運転を交代していた同乗者)が、自動車に同乗していなかったβ([例]所有者)に請求する場合。両者の運行支配が比較され、車内にいた者の運行支配が「直接的、顕在的、具体的」であるのに対し、車外の者のそれが「間接的、潜在的、抽象的」であるから、前者は、後者との関係では他人性を主張できない(最三判昭和50年11月4日民集第29巻10号1501頁[代々木トルコ風呂事件])。□逐条54-6、LP58-9、桃崎38-9

[b]同乗型:α(所有者)が、自動車に同乗していたβ(運転者)に請求する場合。非同乗型と同様に両者の運行支配が比較されるが、特段の事情のない限り所有者や常時使用する者の運行支配の程度が優るので、所有者等は、運転者に他人性を主張できない(最二判昭和57年11月26日民集第36巻11号2318頁[青砥事件]最二判平成9年10月31日民集第51巻9号3962頁[代行事件])。例外的に他人性を肯定する「特段の事情」として、自身が飲酒したので代行運転を依頼した場合(前掲最二判平成9年10月31日[代行事件])、運転者が指示を守らなかった場合(最二判昭和57年11月26日民集第36巻11号2318頁)、が指摘される。□逐条56-9、LP59-61、桃崎39、中舎40-1、齊藤42-3

・「他人性の有無」の立証責任は、被告側の抗弁(=他人性の欠缺)として分配されている。□逐条59-61

 

[責任保険との連動:運行供用者≠保有者]

・被保険者=保有者≠運行供用者:自賠責保険の被保険者は「保有者」である(自動車損害賠償保障法11条1項)。「保有者」は「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するもの」と定義されるので(自動車損害賠償保障法2条3項)、運行供用者のうちでさらに所有権等を有する者に限定される(運行供用者責任を負う無権限者≠保有者)。被害者にとって「保有者が運行供用者責任を負うか」という点は極めて深刻である。□逐条19,16-7、すべて93、村山44

[a]保有者が運行供用者責任を負う場合:被害者は、自賠責保険に対して被害者請求ができる(自動車損害賠償保障法16条1項)。

[b]保有者が運行供用者責任を負わない場合:泥棒運転や無断運転が典型例。被害者請求は「保有者の損害賠償責任」を前提とする以上(自動車損害賠償保障法16条1項)、もはや被害者請求はできず、被害者は政府保障事業を利用するほかない(自動車損害賠償保障法72条1項1号)。

・任意保険である対人賠償保険の約款では、「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して、自賠責保険によって支払われる額を超過する額」につき保険金を支払う旨が定められている。□解説[2023]22-3

・なお、上述のとおり、自賠法上の「運転者」は限定的に定義されている。「保有者が運行供用者責任を負う+『運転者』も民法709条責任を負う」場合に限り、「運転者」も自賠責保険の被保険者となる(自動車損害賠償保障法11条1項)。この結果、最終的な負担が「運転者」に転嫁されることが回避できる。□逐条17-8,129、すべて44-5、村山44

 

佐久間邦夫・八木一洋編『リーガル・プログレッシブ・シリーズ交通損害関係訴訟〔補訂版〕』[2013]

村主隆之「返還約束違反と運行供用者責任(判批)」新美育文・山本豊・古笛恵子編『交通事故判例百選〔第5版〕』[2017]

筈井卓矢「元請・下請関係(判批)」新美育文・山本豊・古笛恵子編『交通事故判例百選〔第5版〕』[2017]

桃崎剛「共同運行供用者の他人性ー代々木事件(判批)」新美育文・山本豊・古笛恵子編『交通事故判例百選〔第5版〕』[2017]

中舎寛樹「自動車の所有者の他人性ー青砥事件(判批)」新美育文・山本豊・古笛恵子編『交通事故判例百選〔第5版〕』[2017]

齊藤顕「代行運転車両に同乗中の保有者の他人性(判批)」新美育文・山本豊・古笛恵子編『交通事故判例百選〔第5版〕』[2017]

村山琢栄「盗難自動車による事故と責任保険—近時の裁判例を題材として—」保険学雑誌第647号43頁[2019]

損害保険料率算出機構編『自賠責保険のすべて〔13訂版〕』[2020]

「自動車保険の解説」編集委員会『自動車保険の解説2023』[2023]

北河隆之・中西茂・小賀野昌一・八島宏平『逐条解説自動車損害賠償保障法〔第3版〕』[2024]

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