【例題】B弁護士は、債務者Sから自己破産申立ての依頼を受けた。
(case1)B弁護士が申立てに時間を要している間、Sの財産が散逸した。
(case2)B弁護士がSから受領した弁護士費用が過大である。
[対内的な委任契約上の義務]
・債務者と弁護士との間で委任契約が締結されることにより、代理人となった当該弁護士が、債務者との関係で「合理的期間内に破産手続開始の申立てをする義務」「債務者が破産手続上の不利益を負わないよう配慮する義務(例えば、否認や免責不許可を招く行為をさせないよう助言する)」を負うことは争いがないと思われる。□山本47
・「代理人による申立ての遅滞」という債務不履行があったとしても、ストレートに「債務者の具体的損害の発生」が肯定できるかは大いに疑問である。せいぜい「適時に裁判を受けることができなかった」ことを理由とする慰謝料(→破産財団への帰属性の問題が生じる)が観念できる程度か。□山本49-50
[対外的な財産散逸防止義務(1):根拠論一般]
・委任契約による当事者間の権利義務関係を超えて、当該弁護士は「公益や債権者の利益」にも配慮した行動をすべき法的義務を負うか。近時の下級審裁判例(+東京地裁民事20部)は、根拠となる明文がないことを認めつつ、破産制度の趣旨を根拠に「代理人の財産散逸防止義務」を肯定する傾向にある(「可及的速やかに破産申立てを行うべきこと」が前提とされている)。この理解は、財産散逸防止義務を負う相手方は管財人or債権者としているか。財産散逸防止義務を懈怠した当該弁護士は、受領した弁護士報酬の範囲に限定されない不法行為による損害賠償義務を負う。□野村206-8
・以上の「財産散逸防止義務単純肯定説」に対しては、実務家や学者からの批判が強い。[1]明文がなく根拠が薄弱である。[2]仮に「代理人に債権者への義務を負わせる」ならば、弁護士報酬は財団債権として処理されるべきところ、実際は破産債権にとどまっている。□山本52-3、一弁88
[対外的な財産散逸防止義務(2):受任通知との関係]
・受任通知は、対外的に次の効果を持つ。[1]貸金業者やサービサーに対しては個別回収停止の発生要件となり(貸金業法21条1項9号、債権管理回収業に関する特別措置法18条8項)、金融機関に対しても事実上の回収停止が期待される。[2]支払停止となって相殺禁止や否認の時的基準となる。[3]回収行為を制約される債権者としては、適切に自己破産申立てが行われるという期待を有する。□高木37-8
・「財産散逸防止義務単純肯定説」に立てば、受任通知が発出されたという事情は、代理人の不法行為責任を肯定する一事情となろうか(たぶん)。例えば、東京地判平成21年2月13日判時2036号43頁[財産散逸防止義務を肯定したリーディングケース]も、受任通知の意義を強調する。□高木39
・単純肯定説を批判する立場であっても、受任通知が持つ法律上の効果・事実上の効果に着目して、代理人の法的責任の根拠とする見解がある。もっとも、受任通知を受領していない債権者がいる場合の処理などの疑問は残る。□山本53-4
[過大な報酬の否認]
・債務者が代理人に支払った報酬額が役務の提供と合理的均衡を失する場合は、詐害行為否認の対象となる。その考慮要素は、「経済的利益、事案の難易、時間、労力、その他の事情」となろう(日弁連弁護士の報酬に関する規程2条)。□一弁86-7,532-3、進士影浦39-40
・さらに、均衡を失する部分について無償行為否認を認める見解(裁判例)と、否定する見解(裁判例)がある。□一弁532-3、進士影浦39-40
進士肇・影浦直人「否認訴訟」島岡大雄・住友隆行・岡伸浩・小畑英一編『倒産と訴訟』[2013]
高木裕泰「受任通知と申立代理人の責任」自由と正義2017年3月号35頁 ※「高」はハシゴ。
伊藤眞「破産者代理人(破産手続開始申立代理人)の地位と責任」全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産申立代理人の地位と責任』[2017]
山本和彦「破産手続開始申立代理人の責任」全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産申立代理人の地位と責任』[2017]
籠池信宏「判批(東京地判決平成21年2月13日)」全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産申立代理人の地位と責任』[2017]
石岡隆司「評釈に対するコメント(東京地判決平成21年2月13日)」全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産申立代理人の地位と責任』[2017]
野村剛司「判批(東京地判決平成25年2月6日)」全国倒産処理弁護士ネットワーク編『破産申立代理人の地位と責任』[2017]
第一東京弁護士会総合法律研究所倒産法研究部会編『破産管財の実務〔第3版〕』[2019]