契約書の成立と契約の成立

2023-06-28 23:39:41 | 民事証拠法

【例題】Xは、Yに対し、100万円の貸金返還訴訟を提起した。金銭消費貸借契約書と題する文書が存在し、貸主をX、借主をYとする記名押印がある。

(case1)Yは「この印影は自分の印章によるものではない」と主張している。

(case2)Yは「Xの自宅で白紙に押印をしたことはあるが、金銭消費貸借契約書に押印したことはない」と主張している。

(case3)Yは「Xから『100万円を貸し借りした形にしてほしい』と頼まれて金銭消費貸借契約書に押印したが、互いに仮装であると認識していた」と主張している。

(case4)Yは「Xから強迫されて押印しただけだ」と主張している。

 

[文書の成立の真正(その1):一段目の推定]→《民事訴訟の本証と反証》

・書証の申出にあたっては証拠説明書の提出が要求され、その中で「当該文書の作成者」を明らかにする必要がある(民訴規則137条1項本文)。□ジレカン15-6

・この書証申出に対し、相手方が「当該文書は、作成者と主張される者の意思に基づいて作成されていない」と成立を否認することがある(否認の理由を明示する必要がある)(民訴規則145条)。成立が否認されれば、挙証者は成立の真正(=作成者の意思に基づいて作成されたこと)を証明する責任を負う(民訴法228条1項)。□ジレカン23,17

・「当該文書の成立の真正」を証明するためには、まず、「当該文書の印影は、作成者の印章によって顕出されたものである」という事実を本証することが考えられる(通常は、印鑑証明書に依ることになろう)。この事実が証明できれば、「印章は作成者が適切に保管しており、むやみに他人が使用することができないのが通例である」という経験則を媒介として、「当該文書の印影は、’作成者の意思に基づいて’顕出されたものである」という事実が推認(事実上の推定)できる(最三判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)。□ジレカン18

・この推認(事実上の推定)を潰したい相手方としては、「印章が盗まれた」「印章が冒用された」「作成者が押印することは不自然である」といった特段の事情(※)の存在を証明する必要がある。□ジレカン19-21

※「他人に手をつかまれて無理やり押印させられた」という弁解もこの一種か(たぶん)。□佐久間57

 

[文書の成立の真正(その2):二段目の推定]→《民事訴訟の本証と反証》

・「当該文書の印影は、’作成者の意思に基づいて’顕出されたものである」という事実が存在すれば、「本人は、文書全体の内容を確認した上で押印をするのが通例である」という経験則を媒介として、「当該文書全体は、作成者の意思に基づいて作成されたものである」という事実が推認(事実上の推定)できる(民訴法228条4項)。□ジレカン17-8

・この推認(事実上の推定かつ法定証拠法則)を覆したい相手方としては、「白紙に押印した後に他人が文書を完成させた」「押印した後に他人が文書を改ざんした」といった特段の事情の存在を証明する必要がある。□ジレカン21-2

 

[処分証書と契約の成立]

・意思表示が具現化された文書を「処分証書」と称する。典型的には、契約書、手形、解除通知書、遺言書など。□ジレカン14,26-7

・処分証書の外観を有する文書の成立の真正が認められば、原則として、「作成者が、当該文書に記載された意思表示を行なった」と認定される。契約書を例にとれば、真正に成立した契約書によって「当事者間における承諾と申込みの合致=契約の成立」が認定される(民法522条1項)。□ジレカン26-7、佐久間60

・実務的には相当マレな例であろうが、相手方としては、「処分証書の外観を有するものの、単なる『遊び』で作成したものにすぎず、記載の意思表示など存在しない」という特段の事情を主張することが考えられる(※)。□ジレカン26-7

※心裡留保の議論とオーバーラップする(たぶん)。相手方としては、[1]上記のように意思表示の成立自体を否定するか(現実には苦しい主張?)、[2]契約成立を認めた上で民法93条ただし書を援用するか、のいずれかだろう。□佐久間114

 

[「請求原因事実としての契約成立要件」対「抗弁事実としての無効事由や取消事由」]

・契約が成立すれば、原則として、その効力が生じると認められる。つまり、契約の効力に基づく請求を行う者は、請求原因事実として契約が成立したことのみを主張立証すれば足りる(契約の有効性まで論ずる必要はない)。□牧野牧野4,7-8、佐久間117

・これに対して、実体法上、「契約は成立したが、無効である」「契約は成立したが、取消権を行使する」という場合がある。先の請求との関係では、これらは契約の効力発生障害事由(=抗弁事実)として位置付けられる。□牧野牧野4-5、ジレカン26-7

 

[補足:署名のある処分証書]

・なお、記名押印ではなく作成者の署名(押印)がある文書については(←作成者による署名か否かのレベルで争点となる余地はある)、一段目の推定(=署名が本人の意思によるものか否か)が問題になることはマレであり、通常は、いきなり二段目の推定(=本人の意思による署名があることで文書全体に意思が及んでいるといえるか)のみが問題となる。□ジレカン19

・署名のある処分証書に対する「強迫されて署名したにすぎない」という反論は、「処分証書の成立の真正=契約の成立」を前提とした上での効力発生障害事由(=取消事由)の主張だと位置付けられよう。□ジレカン19

 

牧野利秋・牧野知彦「契約問題に関して考えるべき総論的問題」伊藤滋夫総括編集『民事要件事実講座第3巻』[2005]

佐久間毅『民法の基礎1〔第4版〕』[2018]

司法研修所編『改訂事例で考える民事事実認定』[2023] ※民事事実認定の必読本。

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