横井克俊のブログ

2008-09-17~

法治国家論Rechtsstaat

2016-09-18 09:07:55 | 公法実務・政治学

大浜啓吉『「法の支配」とは何か』[2016]を読む(まだ途中)。法学者の書く岩波新書は当たりが多い。

 

[法治国家論とは]

・<法治国家(法治主義)Rechtsstaat>とは、ドイツ帝国の立憲君主制を支えた統治原理。絶対的な君主の権力を議会制定法によって制限しようとする体制。ドイツを範とした明治国家は法治国家論も輸入した。

・概要1;絶対王政の恣意的支配がおこなわれたいた警察国家Polizeistaatを克服する形で「法治国家論」は登場した。その意味で自由主義的原理を内包している。

・概要2;法治国家論は議会制定法を中心に国政をおこなう。もっとも、君主は本質的にオールマイティーだから、立法権が君主権力を制限できるのは「自由と財産」に限定された。また「行政が公益判断を独占する」というドグマも生まれ、対国家紛争は司法裁判所の管轄外とされて行政裁判所(行政機関)で裁定された。

・概要3:法治国家論には「社会」「基本的人権」がない。同じく「国家/市民社会」の欠如を説くものに、阪本昌成『憲法1国制クラシック〔全訂第3版〕』[2011]p31-2。

 

[法律による行政の原理]

・オットー・マイヤーは、法治国家論から引き出される行政法の原理を「法律の支配Herrshaft des Gesetzes」と呼んだ。その内容は、(1)法律の法規創造力、(2)法律の優位、(3)法律の留保。同説も輸入した日本では、法律による行政の原理として通説化した。

・批判1;明治憲法下では、立法権すら天皇にあった。したがって「法律による行政の原理」とはいっても、ここでの「法律」は国民の意思を化体したものではなかった。

・批判2;「法律の法規創造力」の問題。ここでの眼目は、行政と司法の等価値性にある。(1)行政の活動は司法的統制を受けない。(2)行政と司法はいずれも法執行機関と理解される。私人は、裁判所の判決にしたがうのと同様、行政処分にしたがわなければならない(公定力)。いずれにせよ、「法律の法規創造力」原則は、法律の支配の前提を述べたに過ぎず、行政による法執行をコントロールする原理を含まない。

・批判3;「法律の優位」の問題。(?)

・批判4;「法律の留保」の問題。同原則は「議会が法律を制定することができない領域(天皇大権)はどこか」との発想に染まっている。したがって、議会を国権の最高機関とする現行憲法体制とは整合しないのが本来。判例立法実務の侵害留保説と批判学説の対立はあるが、いずれも「法律の留保」原則の土俵で論じている限りでは共通。同原則は、行政権力の行使に歯止めをかける役割をもつ一方で、「行政は(法律の授権を待たずして)アプリオリな権力をもっている」との命題を再確認する機能ももつ。

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