冬桃ブログ

日常雑記です。

早世が似合う人ではあったけど……

2010年10月30日 | 雑記

 「ポケットモンスター」「魔法のプリンセス ミンキーモモ」などの人気アニメの脚本家、
首藤剛志さんが亡くなった─というニュースをネットで見た。
 61才。そうか、私より年下だったんだ。なんだか同い年みたいな気がしてた。
 あの頃、私は28才か29才。すると2才年下の首藤さんは、まだ26、7才だったんだ。

 その頃、脚本家の卵だった私は、ある方の紹介で「一休さん」「まんが世界昔話」
などの脚本を書かせてもらえることになった。
 何人かの脚本家が交替で書いていたのだが、そこに首藤さんがいた。
 後に向田邦子賞に輝いた筒井ともみさんもいた。
 みんなまだ、名もないライターだった。

 首藤さんは生意気で野心家で自意識過剰、映画と酒と煙草が大好きな美青年……
いや、「少年」だった(おそらくは最後まで)。娯楽物の基本はきっちりわきまえている
書き手だったが、時としておそろしく「純文学」なアニメ脚本を書いた。
 なんという作品だったか忘れたが、30分間、最初から最後まで登場人物二人の会話だけ。
 それも死生観みたいな高尚なことをぶつけあっている。
 当時、アニメはすべからく子供向けだった。ありえない脚本だ。
しかも書いたのは名の通った脚本家ではなく新人だ。
 アニメの新人ライターなんて、人間扱いされないことも多かった。
 なのに彼は、その型破りな脚本を通してしまったのだから凄い。
 私と彼は仲良しな時もあり大喧嘩もあり、という間柄だったが、
お互い、書いたものをけなしたりしたことはなかった。
 書き手としては、一応、認め合っていたと思う。
 しかし彼の野心や思い込みが、たいへん迷惑なこともあった。

 ある時、新しいアニメシリーズが始まることになり、私も彼も
その書き手の中に入っていた。
 それが新聞のテレビ欄で、小さくではあるが紹介された。
脚本家として、私の名前が出ていた。 むろん、「○○など」と記されていた。
 その夜、私はたまたま実家に泊まっていた。電話が鳴ったのは夜中の二時頃だ。
 家には両親と私がいたが、みんなもう寝ていた。起きて電話を取ったのは母だった。
 「あんたに」と、じつに腹立たしげに、母が私を呼んだ。
そりゃそうだ。こんな時間に男から電話なんて。
 それが首藤さんからだった。

「新聞見たか? なんで、あんたの名前が出るんだよ。
あんた、プロデューサーに色目使ったのかよ」
 彼がなにを言ってるのか、しばらくはわからなかった。
ようやく理解して、もちろん私は烈火のごとく怒った。
 が、彼は非常識なことをしたとはまったく思っていないようだった。
 私が誰にも色目なんか使ってないことを、彼は百も承知していたはずだ。
 それでも、なんで自分の名前が出なかったのか、
なんで自分よりキャリアの浅い私の名前が出たのか、
こんな夜中に怒りの電話をせずにはいられないほどショックだったのだ。

 そんな小さな欄の小さな名前、誰も気に留めたりしない。
 脚本家の名前が何人も並んでいる中から、適当にピックアップされたただけだ。
 しかし彼は、このシリーズのトップライターは私だと世間に示された
ような気がして、我慢ならなかったのだろう。
 それほど、自分の仕事に対して、誇りと執念を持っている人だった。
 
 映画を一緒に観にいったことがあった。
終わって、私が席を立つと、彼が声を荒げて言った。
「ちょっと待てよ。なんでスタッフの名前をちゃんと見ないんだよ!」
 洋画だった。そりゃ、監督や役者の名前は見るけど、ずらずらとテロップで流れる
その他のスタッフなど、見てもどうせ覚えられない。全部、横文字だし。
 でも彼としては、「映画好きなら全スタッフに敬意を払って当然だ。
物語が終わったからって、さっさと席を立つのは失礼じゃないか」というわけだ。
 もっともではあるが、執拗にそのことを責め続ける彼を、
うっとうしく思ったことも事実だ。
 そして、自分の主義を押しつける彼に、なんて傲慢な人だろうと腹を立てた。

 だが、傲慢は不安の裏返しでもある。この先、自分はどうなるのだろう。
 この仕事をやっていけるのか。世の中に受け入れてもらえるのか。
 そもそも才能があるのかないのか。絶えず、そんな不安が渦巻いている。
 私などいまは、これだけの力しか自分にはなかったのだと悟っているが、
 若い頃は、不安と同時に傲慢なほどの自信を持たなければ
先へ進むことなどできなかった。 
 執念は情熱だ。それを失わなかったからこそ、彼はトップライターとして
活躍することができたのだろう。

 今日、もうひとつの訃報をニュースで知った。声優の野沢那智さん。
お目にかかったことはないが、高校生の頃、ラジオで白石冬美さんとのコンビによる
「なっちゃん、ちゃこちゃん」を、熱心に聴いていたものだ。
 若かった頃の友達、若かった頃のスターが亡くなると、
なんだか取り残されたようで辛い。

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