歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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「鎌髭」 かまひげ

2016年02月20日 | 歌舞伎
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)」のひとつになります。

短い作品です。基本的にはこれ単独で上演されるものではなく、
長いお芝居の中にこの場面が定番の趣向として取り入れられる、という形態で上演されていたものです。

江戸時代の台本はすでになく、今存在するのは少し前に復活上演されたときの台本です。これは短いものを単体で上演しました。
この作品の説明をここでは書きます。
歌舞伎を知っているひとたちが「歌舞伎十八番」を復活上演するために、江戸荒事の約束ごとをていねいに構成していくとこうなる、という
ある意味教科書のような内容です。
「歌舞伎十八番」や「江戸荒事」の雰囲気を知っていただく上でご一読いただいてムダはないかと思います。

とあるお屋敷の豪華な「持仏堂(じぶつどう)」が舞台になります。
「持仏堂」というのは、個人が自分の庭に自分専用に作った「マイお堂」です。「マイ仏像」を安置します。
広い庭も必要ですから、豪華な「持仏堂」が庭にあるということは、ここはお金とそこそこの権力のある人の家ということになるのです。

ここでは、そのお金持ちの家の「持仏堂」に、旅人が数人泊まっている、という設定から始まります。
べつにお芝居の進行上、「旅の途中」でありさえすれば場面設定はなんでもよく、
江戸時代の上演記録ではふつうに田舎の貧乏な家です。
ここでは画面の派手さを重視して「持仏堂」にしたのだと思います。
よく考えたら素性のわからない旅人をこんな金目のものが多そうな場所に泊めたりしませんが気にしないでください。

まず、「浅葱幕(あさぎまく)」と呼ばれる薄い青い布幕の前に、この持仏堂に泊めてもらっているあやしげな旅人が4人集まって
会話するところから始まります。
この4人の職業については風俗資料としておもしろいので下に少し書きます。

4人は旅人に化けていますが、「猪熊入道(いのくま にゅうどう)」というひとの家来です。
「猪熊入道」についてはあとで説明します。基本的に悪役です。

ところで、このお芝居の主人公は「将軍太郎良門(しょうぐん たろう よしかど)」という人です。
これは、「平将門の乱」を起こして関東地方を恐怖に陥れ、朝廷に反逆した、あの「平将門(たいらの まさかど)」の息子です。
将門はもう死に、反乱は鎮圧されましたが、息子の「良門」が父の遺志をついで将軍を名乗り、今も戦っているという設定です。
4人は、この「良門」を追っています。

これも、主人公は歴史上の英雄的な人物で、しかも追われているという設定なら誰でもよかったので、
初演では源平の戦で有名だった「悪七兵衛景清(あくしちびょうえ かげきよ)」でした。

というわけで、4人は旅人のふりをしてとあるお屋敷に泊めてもらっているのですが、
一緒に泊まっている「六部(ろくぶ)」が怪しい。たぶんあいつが良門だ、という会話をします。

「六部」というのは「六十六部(ろくじゅうろくぶ)」の略です。
まずお経を66部書写します。そして全国66箇所にある決められたお寺を回って、そのお経を1部ずつ奉納します。
ということをしている一種の修行のひとです。お坊さんではなく一般人です。
四国四十八ヶ所を回るひとに似ていますが、全国66箇所は時間が桁違いにかかります。ほぼ人生をかけた行いになります。
服装も決まっており、「謎の放浪者」役にぴったりなのでお芝居にもよく出てきます。
というわけで、いかにも追われている政治犯が変装しそうな職業なのです。

うまいこと捕まえよう、と相談して、一同は引っ込みます。

語句説明が長いので手間取りました。ここまでは冒頭の導入部なので、じっさいはすぐ終わる場面です。
さて、「浅葱幕(あさぎまく)」が引かれていたので舞台は見えなかったのですが、
ここでその幕が振り落とされます。下に落とすので一瞬でこの幕は消えます。そういう演出です。
紅葉が美しい庭を背景に、金ピカの「持仏堂」のセットが見えます。セットの豪華さを引き立たせる演出です。

さきほど噂になっていた「六部(ろくぶ)」がいます。
「妙典(みょうてん)」という名前ですがどうせ偽名なので覚えなくていいです。
お屋敷の下男の「茂作(もさく)」が、横で大きな鎌をといでいます。

「六部」さんのあごひげがのびてしまったので、下男の茂作さんに頼んで切ってもらおうとしています。
しかしちょうどいい刃物がないので鎌を使おうとしているのです。

この「六部」が「将軍太郎良門」なわけですが。
下男の「茂作」も、じつは仮の姿です。「俵小藤太守郷(たわらの ことうた もりさと)」といいます。
この人は朝廷側のひとで、やはり良門を殺そうとしています。

というわけで、髭を切ると見せかけて、六部(良門)の首をこの鎌で掻っ切ろうとしているのです。

ここでの演出は2パターンあります。
江戸時代の記録にある古典的なのは、六部が目を閉じてじっとしており、茂作は本当に鎌で首を切ります。
切ったあと「死んだかな」と様子を見てみると六部は目を見開く。ひー生きてる!
というのを繰り返すものです。
六部(良門)の超人的な不気味さがよく出る演出ですが、茂作の役は少し安っぽくなります。

今回書いた作品では、茂作が首を切ろうとすると六部がこちらを向きます。あわててやめる茂作。
お互いに笑ってごまかします。

この、「殺そうとしたら相手に気づかれた。お互い見つめ合いながらゆっくりと笑ってごまかす」
というのは歌舞伎の定番の演出になります。緊張感をユーモアに乗せて表現するおもしろいやりかただと思います。

ここで
六部「首を斬られるところだった。ハハハ」
茂作「鎌がよく切れるから斬っちゃうかも」
六部「心配するな、ワシは不死身だ。この体に刃物はたたない」
というやりとりがあり、六部(良門)が不死身であることが語られます。

ところで、六部さんは髭(ひげ)を濡らすために手に盥(たらい)を持っているのですが、
このタライに、不思議な星が映ります。
当時(平安から室町くらいにかけて)は「陰陽道」や「占星術」は学問とされており、気象や天文の変化から世界の動きを読み取るのは、優れた武将の必須教養ということになっていました。
ふたりは星の様子から「名将があらわれて天下を治める」ということを読み取るのですが、
ですのでここはふたりの武人としてのランクの高さをあらわすかっこいい場面なのです。
そして、一文無しの放浪の旅人とお屋敷の下男にすぎないはずの二人が、お互いの知識レベルの高さに大して驚かないところから、
お互いをすでに「ただものではない」と見抜いていることがわかります。

ところで、この、急に星があらわれて、それが盃や刃物に映るので主人公が気付く、というのはこういう様式美に富んだ作品ではよくある展開で、お約束です。
昔のお客さんは「そろそろ星が光るかな」と思って見ていたのです。
今ファンタジーを読むひとが「そろそろ主人公がはめている謎の指輪が光るかな」とか思うのと似た感じです。

急に展開が変わり、ふたりは同時になにか落とします。
これも同じように定番の演出です。お客さんは「何か落とすかな」と(略)

落としたのは、位牌です。それぞれ「平将門(たいらの まさかど)」と「俵藤太秀郷(たわらの とうた ひでさと)」のものです。
「平将門」は帝に反乱した重罪人です。その位牌を大事そうに持っているやつはその身内でしょうから、怪しいです。
しかも六部の顔には特徴的なほくろがありますから、ほぼ息子の良門だとバレています。
問い詰める茂作ですが、六部は否定します。

ここで「そうまのよるい」よな、と言います。「相馬の余類」です。
「相馬」というのは福島県の一部です。平将門が関東一円を支配したときに相馬に大御殿を作ったのです。
なので「相馬」と言えば将門のことです。

ところで
「俵藤太」は「将門」を討ち取ったひとです。つまり良門にとっては父親の敵になります。
六部(良門)は、父の仇の位牌だ、と言ってこの位牌を叩き割ります。
って、自分で本人だって言ってるじゃんと思いますが、気にしなくていいです。

位牌を割ると、その祟りで六部(良門)は気絶します。

将門の位牌を手にとった茂作も気絶しますが、すぐに気が付きます、
怪しいと思っていた男は、やはり間違いなく良門でした。
「頼信さまに言って討手を手配しよう」と言います。

ここでイキナリ「頼信さま」と言います。「源頼信(みなもとの よりのぶ)」です。
「源頼朝(みなもとの よりとも)」の先祖にあたり、「平将門の乱」を平定したひとです。
以降、頼義(よりよし)、義家(よしいえ)と三代にわたって東北の反乱分子を鎮圧して源氏の礎をきずきます。
この「頼信」が今も朝廷の命令で「良門」を討伐すべく探している、という設定なのですが、
このお芝居の中ではとくにこのへんの説明はありません。
このへんの登場人物の位置関係は定番なので、みんな知っているのが前提なのです。
というわけで3分くらいの展開の説明に膨大な文字数が必要になります。

そんなこんなで茂作は退場します。

と、
幽霊が出てきます。幽霊というか、魂の力が強いので死んでも実体化して出てきたというかんじです。
「滝夜叉姫(たきやしゃひめ)」の霊です。
「滝夜叉姫」は将門の娘です。死んでしまいました。この人も父親の遺志をついで暗躍したことで有名です。
忍夜恋曲者(しのびよる こいはくせもの)」というお芝居が有名です。

滝夜叉姫が、気を失った良門に「この屋敷は探している源頼信の家だ」と教えます。
良門にとっては、将門を直接殺したのが「俵藤太」、そのときの指揮者が頼信ということです。
どちらも親の敵です。
目を覚まして喜び勇む良門。

というところに、「猪熊入道(いのくまにゅうどう)」という人が、最初に出ていたアヤシイ4人組や手下を連れて出てきます。

この「猪熊入道」も特に説明なく出てくる定番キャラクターです。
権力者ではあるが現政権とは対立している人物、の手下、という設定が振られています。
が、そのボスについての設定は基本的にあいまいで、「悪いやつの手下」というばくぜんとしたイメージだけの役です。
常に「鯰坊主(なまずぼうず)」と呼ばれる手下を連れており、扮装も決まっています。
こういう様式性が強い舞台や、おめでたい舞台などに「吉例として形式的に出てくる悪役」なのです。

正体がバレて追っ手も来たので、これまでと判断した六部(良門)は、正体を顕すことにします。

というわけで、荒事らしい堂々とした「名乗り」をします。けっこう長いです。何言っているかわからないと思いますが、雰囲気を楽しんでください。
ここはお芝居の流れを無視したサービスシーンになります。
アニメや特撮でロボットの合体シーンが毎回すごく長いのと方向性が似ています。

「名乗り」のあと、猪熊入道と家来たちが「いよー」と良門をほめます。
これも舞台上のストーリーを無視した「主人公を目立たせる」演出です。「暫(しばらく)」の「どっこい」などの掛け声も同じです。

ここで良門の衣装の上半身がぶっかえって荒事風に変わります。

お芝居の筋に戻って、猪熊入道が良門に襲いかかりますが、睨まれて尻もちをつきます。
こういうのも主人公の強さを表現するお約束です。

手下たちが良門に斬り付けますが、良門は不死身なので斬られても傷が付きません。

といっても良門は死んでいますから、寿命や病気では死ぬのでしょう。物理攻撃への耐性があるということだと思います。
良門は影武者がたくさんいて、死んだと思われてはまた出現したらしいです。なので「不死身」という伝説が生まれたということらしいです。

さらに立ち回りになり、良門は全員をやっつけます。
猪熊入道とその家来は退場します。

ただ、彼らは朝廷側ではありますが、別系統の指揮下で動いています。
朝廷から正式な命令を受けて良門を探しているのは「源頼信」のほうです。

正体がバレたことだし遠慮することはありません。頼信を殺しに行こうと、持仏堂に上がろうとする良門ですが、
声をかけてこれを止めるひとがいます。
さっきの下男の「茂作」、実は「俵小藤太守郷(たわらの ことうた もりさと)」です。
こっちも荒事風の派手な衣装に変わっています。一瞬誰だかわからないかもしれませんが、さっきの人です。

小藤太も「名乗り」をします。
小藤太のポジションの役はもっと軽い位置づけのこともあるので、その場合は「名乗り」はありませんが、
この作品ではりっぱに名乗ります。

ふたりが戦います。
猪熊入道たちも横でちょろちょろしています。

ここに、頼信の家来の「渡辺源吾弘綱(わたなべの げんご ひろつな)」、「碓氷平次貞垣(うすい へいじ さだがき)」がやってきます。
この名前は、頼信の兄である「源頼光(みなもとの よりみつ)」が擁する「頼光四天王」の中の「渡辺源次綱(わたなべの げんじ つな)」と「碓氷貞光(うすい さだみつ)」からとっているのですが、
まあ、小ネタです。違う名前でもいいのですが、聞いたような名前のほうが親しみやすいというだけだと思います。

このふたりが、頼信のことばを伝えます。
旅人をどんどん泊めていたのは良門をおびき寄せるためだった。最初から計略だった。
とはいえ、今回は戦わない。
良門は残党を集めてまた挙兵するがいい。そのときあらためて戦場で会おう。
というようなことを言います。

猪熊入道がぶつくさ言いますが、良門ににらまれてだまります。

全員で「さらばさらば」で「引っぱりの見得」で幕になります。


おわりです。


猪熊入道の家来のアヤシイ旅人に化けた4人ですが、彼らの職業についてお話には関係ないですが、風俗資料として楽しいので書きます。
「鹿島踊り(かしまおどり)」「旅座頭(たびざとう)」「金毘羅参り(こんぴらまいり)」「馬子(まご)」

「鹿島踊り(かしまおどり)」
「鹿島踊り」という大道芸人も存在はするのですがそれほどメジャーではなく、歴史的な活動時期も短いです。
むしろこれは「鹿島の言触(かしまのことぶれ)」であろうと思います。
鹿島明神からの神託を告げてあるく人たち、と言えば聞こえはいいですが、基本的に天災とか疫病とかの悪いことしか言わず、
その災厄から身を守るためのお守りなどを売るというエグい商売です。

「旅座頭(たびざとう)」
当時は盲人は「官位」をもらえ、官位に応じて年金をもらえました。福祉の一環です。
しかし官位を買うには大金が必要だったので誰でも官位が持てたわけではありません。制度的にはタダでももらえたはずなのですが実際はもらえなかったようです。
「座頭(ざとう)」はその官位のひとつです。ただ、盲人一般を慣習的に「座頭」と呼んだので、ここではそっちの意味でしょう。
そして、「官位」をもらうためには京都に行かなければならなかったので、盲人が旅をするのはさほど不自然ではありませんでした。
当時の旅行は徒歩ですから、疲れた旅人の足腰をマッサージすることで路銀を得ることができます。なのでずっと旅で稼ぐ盲人もいたわけです。
ただ、この手の盲人は、ニセモノも多いです。ニセモノは寝入った旅人から金品を盗みます。
ここに出てくる「旅座頭」は、捕り物に来ているのですから間違いなくニセ盲です。というわけでかなりタチの悪い人物設定です。

「金比羅参り(こんぴらまいり)」
金毘羅さまといえば四国のあれですから、金比羅参りは、四国のお遍路さんのことですが、
ここに出てくるのは、
・金比羅参りだと言い張って人々から金品の施しをうけ、タダで宿泊してあるく無宿もの
・金比羅参りの代行を有料で請け負う乞食坊主
どちらかの設定です。まじめなお遍路さんではありません。

「馬子(まご)」
・「子」が付きますがべつに子供ではありません。馬方です。おっさんです。荷物や人を乗せて歩く馬を引くお仕事です。
ただし、正規の「馬子」は、街道沿いにある「立場(たてば)」と契約して「立場」を通して仕事を取り、次の「立場」までしか客を運びません。
夜になると「立場」は閉まるので、馬子も家に帰って寝ます。
街道をウロウロして寝る場所もない「馬子」は、つまり、「モグリ」です。「雲助」というやつです。ぼったくり運賃を取ったり、最悪、荷物や乗客をよそに売り払ったりします。

というかんじに、みなさん危ないかたがたです。


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