歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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「毛抜」 けぬき

2016年03月21日 | 歌舞伎
鳴神不動北山桜(なるかみ ふどう きたやまざくら)」という古いお芝居の三段目でもあります。
近年復活通し上演されましたが、初演時の上演台本は残っていません。

歌舞伎には、「歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)」というものがあります。単語を聞いたことがあるかたも多いかと思います。
江戸初期の代表的な「荒事歌舞伎」を中心とした18の作品群です。
「毛抜」はそのなかのひとつです。

同じ「鳴神不動北山桜」から四段目の=「鳴神」=と五段目の「不動」も歌舞伎十八番の演目として残っていますが、
ストーリー上の関連性はすでに殆どありません。

当時(江戸前半期)の江戸歌舞伎は、派手な演出を重視し、華やかで豪快な主人公たちの言動を楽しむような内容でした。
ストーリーはあまりしっかりしていないものが多いです。見た目重視です。
その中でこのお芝居はかなり「お芝居らしい」雰囲気で、ストーリーも比較的しっかりしています。

舞台は平安時代です。「小野春道(おのの はるみち)」さんという貴族の御殿です。
書家で有名な、小野道風(おのの とうふう)に似た名前なのでそっちの子孫かと思ってしまいますが、
「小野小町」のほうの子孫という設定です。えー。
平安貴族という設定ですが、登場人物の衣装が一部それっぽいだけで、感覚は武家屋敷と同じです。
お大名の家のお話と思ってご覧になっていいです。


・小野春道館(おのの はるみち やかた)の場

お家騒動の反乱派の家老の息子の「数馬(かずま)」くんと忠臣派の家来の弟の「秀太郎(ひでたろう)」くんがケンカをしているところから始まります。
というかそれぞれの父親の「八剣玄蕃(やつるぎ げんば)」と兄の「秦民部(はたの みんぶ)」もそばにいてけしかけています。

腰元の「巻絹(まきぎぬ)」ちゃんたちが止めています。

ここの流れがちょっとわかりにくいのですが、

まず、若いのが「命がけだ」と言い出したのでオトナが止めます。

しかし、悪人のほうの玄蕃が「子供の喧嘩は大人の裁き」と言ったのが民部は気に入りません。
これは、子供が喧嘩で言う悪口はだいたい本当のことが多く、大人の実情をよくあらわしている。つまり大人を裁いている、
というかんじの意味です。
まるでこっちに悪いことがあるような言い方です。怒った民部と言い返す玄蕃の間で、今度は大人のケンカになります。
若いのも一緒になって刀を抜きかけます。一所懸命に止める腰元たち。

現行上演ですと、オトナのほうの喧嘩はカットかもしれません。

というかんじでさわいでいると「勅使(ちょくし)」がやってくるという知らせです。
「勅使」というのは天皇からの直々の公式の使者です。えらいです。ケンカどころではありません。一同準備をします。

勅使の「桜町中将清房(さくらまち ちゅうじょう きよふさ)」がやってきます。
館の主人の「小野春道(おのの はるみち)」と、息子の「春風(はるかぜ)」が出迎えます。
このへんの「えらい人たち」が平安風俗で、やっていることも平安風なのですが、
家来たちはお侍の服でお侍の理屈で行動するというかんじです。

用というのは、近頃の干ばつのことです、もう何十日も雨が降っていないのです。
このへんは四段目の「鳴神(なるかみ)」につながる部分です。

ところで以前の干ばつのとき、この小野家の家宝の、小野小町の直筆の短冊を「神泉苑(しんせんえん)」の池に流したところ、雨が降ったのです。
今回もその短冊を使って雨乞いをしたいので貸して、というのが勅使さまの用事です。

これは、実際に小町が生きていたころに小町が歌を詠んで雨乞いをしたという伝説があり、それをふまえています。
セリフでは「ことわりや」の短冊、と言っています。
これは

 ことわりや 日の本ならば 照りもせめ さりとては又 天が下とは

という歌を指します。

 この国は日本であるから「日」、つまり太陽のもと、という意味もあります。その意味であればまったく日が照るのは道理です。
 このように激しく日が照ることもありましょう。
 しかしまた天皇がこの国を治める様子を「天の下」とも言います。音で言うと「あめのした」、「雨の下」になります。
 その言葉のようにこの国に雨が降らないことはあるでしょうか。きっと振るはずです。

みたいな意味です。
この歌に感心したのか、雨がざあざあ降ったという伝説が残っています。

春道さまは、蔵にある短冊を持って来いと息子の春風くんに言いつけますが、春風くんはぐずぐずしています。
蔵の鍵を持っているのは忠臣の秦民部です。民部の弟の秀太郎くんが、言われて短冊の箱を持ってきます。
だいたいどうなるか予測おできかと思いますが、箱の中身は空です。先日盗まれたのです。

民部は責任を取ると言って切腹しようとするので弟の秀太郎があわてて止めます。
すると代わりに春風くんが切腹しようとするので、腰元の巻絹ちゃんが止めます。
巻絹ちゃんは春風くんと恋仲なのです。

「春風」というのは平安風に読むと「しゅんぷう」ですが、役名の読みは「はるかぜ」です。かわいすぎです。
そういう、腰元に手を出すような、ちょっと頼りないふわふわした役柄です。

勅使の清房さまは、どうにか言い訳の方法を考えろとさっきから言っているのですが、
やっと春道さまが「切腹はいいから短冊を探しだせ」と言います。そう、そう言えばいいんだよ。

春風くんが、じゃあ今日中に、と張り切っていいます。清房さまは、まあ数日中でいいよとユルい返答です。いい人です。

ここで、玄蕃が異様に嬉しそうに春風さまを責めるのが不自然です。
清房さまが見つかるまで待つよと言っているのに春風くんを断罪すべきだと強硬に主張して叱られたりもします。

お芝居を最後まで見てもはっきりセリフでは言わないのですが、ようするに、短冊を盗んだのはこいつです。
お家騒動の悪役の常套手段で、家宝を盗んで家を一度お取り潰しにし、
そのあと自分が家宝を見つけたかのように申告して自分が当主として家を再興する、という計画です。
これはもうお芝居の世界では決まった設定なので、この作品ではあまりちゃんと説明されていません。

というわけで、
使者の清房さまは奥の部屋で待つことになります。清房さまと春道さま、春風くんは退場します。

ここまで、現行上演ですとカットの可能性が高いです。
その場合はセリフで「家宝の小町の短冊が紛失(ふんじつ)した。今日中に見つけてお上に差し上げないとやばい」
みたいな事を言います。


さて、
清房さまと入れ替わりに、また使者がやってきます。「粂寺弾正(くめでら だんじょう)」という人です。
この人が主人公です。
現行上演ですと、冒頭の若者たちの喧嘩と色紙についての説明のあと、
すぐに「使者のお入り」で弾正が出てくる流れになるかもしれません。

家のひとり娘、「錦の前(にしきのまえ)」には婚約者がいます。
「文屋豊秀(ぶんやの とよひで)」さんといいます。このひとはこのお芝居には出てきません。

とくに説明はないですが、平安初期のとても有名な歌人である「文屋泰秀(ふんやの やすひで)」の子孫という設定です。
「文屋泰秀」は小野小町と同じ「六歌仙」のひとりでもあります。
ところで「文屋」は本来は「ふんや」と清音で読みますが、お芝居の世界では、「ぶんや」と読むことになっています。
ですのでこの人の名前も「ぶんやの とよひで」です。

話を戻します。
ところが錦の前は病気を理由になかなかお嫁入りの手続きを始めないのです。
たまりかねて文屋さんの家来の、この「粂寺弾正(くめでら だんじょう)」が様子を見に来たのです。

一応言うと、錦の前は豊秀さんが嫌いでお嫁入りしたくないのではありません。
豊秀さんは「今の世の優男(やさおとこ)」とセリフでも言っており、
かの「在原業平(ありわらの なりひら)」を思わせるようなモテモテの色男という設定です。
ここで「優男(やさおとこ)」とあるのはほぼ固有名詞的に「業平」を指します。
というわけで錦の前は豊秀さまが好きでしかたなく、絶対に結婚したいのです。しかも相思相愛です。

なのになぜ、結婚の話が進まないのか。病気とは何なのか。状況をはっきりさせたいのは当然です。

忠臣派の民部が、どうにかごまかして帰ってもらおうとするのですが、
ここでも悪人の玄蕃がしゃしゃり出てきて「姫の病気はもう治らないひどい病気なので破談にしてほしい」と言い出します。

家と家との婚約について、親に話も通さずに破談を言い出すとは非常識のきわみです。
とにかく状況を説明しろという弾正。

錦の前が連れ出されます。お姫様の衣装ですが、薄い布を頭からかぶっています。

錦の前はお姫様なので男性と会うことすらありません。こんな大勢の前に出るだけですごくかわいそうなのです。

粂寺弾正は優しくご機嫌をうかがいながら、不幸な運命に悲しむ錦の前をなぐさめます。
ここはセリフが長い場面なのですが、粂寺弾正のやさしさと、大人としてこなれた部分が伝わる、いい場面です。

とにかく病気の様子を見せようと言って、悪臣の玄蕃が強引に錦の前がかぶっている布を剥ぎ取ります。
これも、家臣がお姫様にやる行為ではありません。ものすごく失礼です。

このお芝居は本来、この悪人の玄蕃がいろいろ憎らしい行動をして、最後に粂寺弾正がそれをやっつけるお話です。
ですので玄蕃の言動はことさら憎らしく、見る側がイライラするように描かれているのですが、
今は、玄蕃は脇役っぽくなっていてインパクトが弱いかもしれません。

さて、ここからお芝居の本題に入ります。
かぶっている布をはぎ取られたお姫様の、髪の毛が、逆立ちます。なにこれこわい。

民部が、呪文をとなえながら布をかぶせると、髪の毛はおさまります。
この布には、有名な高僧である「鳴神上人(なるかみしょうにん)」が祈念を込めたお守りが縫い付けてあります。
お守りのご利益で、布をかぶっている間は髪の毛は逆立たないのです。

というわけでここでチラっと、四段目の「鳴神(なるかみ)」の主人公である「鳴神上人」が出てきています。

玄蕃は、これは姫の髪が蛇になったのだと主張します。姫は蛇身になったのである。
ということはすでに人間ではないのだから結婚などできるはずがない。よって破談だと再び言いつのります。

このように玄蕃は自分の主君である姫をひどい言葉で貶しますが、じつはこの縁談を破談にして自分が姫と結婚しようとしています。
この下心がわかっていないと、ただ女の子を罵っているだけに見えてしまいますが、本心はそういうかんじです。

粂寺弾正は、双方の親が決めた縁談を家臣レベルで破談にはできないと繰り返します。
当主の小野春道に会わせろ。話はそれからだ。

春道さまは今、天皇の使者の清房さまに会っています。すぐには会えません。
どうにかとりつぐまで待っていてもらうことになります。
粂寺弾正を残して全員退場します。

ここから有名な楽しい場面が続きます。

まず、忠臣の民部の弟の秀太郎くんが出てきます。待っている間ヒマな粂寺弾正のために、煙草盆を持ってきました。
秀太郎くんが気に入る弾正。
武術の稽古について会話を始め、馬術の稽古をしていないと知ると、教えてやると言い出します。
後ろから抱きかかえて秀太郎を馬に例えてまたがり、「乗り方」を手取り足取り教えるという、完全なセクハラです。
セリフでも「ひと馬場責めてご指南申そう」とロコツなことを言っています。
強気で口説くのかと思ったら「拝む拝む」とお願いモードなので、そうとうスケベです。

秀太郎くんは怒って行ってしまいます。
残念そうにしながら、みっともないところを見られたので客席に向いて謝るところも楽しいところです。

次に腰元の巻絹(まきぎぬ)ちゃんがお茶を持ってくるので、また口説きます。
お茶は、お姫様がわざわざいれてくれたものです。ありがたく飲んでおけばいいのですが、
弾正はお姫様の心遣いよりも目の前にいて手が出せる巻絹ちゃんのほうがいいのです。口説きます。

ここで姫君のお茶は「おとがいのしずく」だと言います。「顎(おとがい)」は、顎(あご)のことです。
アゴについた食べ物の滴(しずく)は、すぐそばにあるのになめて取ることもできず、指で取って口に入れるのもままなりません。
このようにすぐそばにあるようで思い通りにならないものを「顎の滴」と言います。

もちろん巻絹ちゃんにもふられます。行ってしまう巻絹ちゃん。

というように主人公の粂寺弾正は職務に忠実で仕事のできる男でもありますが、
オンオフの切り替えができる上になかなか色っぽい男でもあるのです。

誰も遊んでくれないので本気でヒマになった弾正は、しかたがないので毛抜きを出して髭(ひげ)を抜き始めます。

弾正が持っているのはもちろんふつうサイズの毛抜きですが、
ここで、後見さん(こうけんさん、黒衣さん)が出てきて巨大な毛抜きを出します。
これは、現代の映像作品で言えばクローズアップの手法です。見やすくしています。
この巨大な毛抜きが、畳の上に立ってぴょこぴょこ動きます。
驚く弾正。

ここでの驚く動きが「見得」になっており、いくつかの派手な動きをします。
ここが見どころのひとつです。

さて、科学の実験になります。
まず「煙管(きせる)」を畳に起きます。踊りません。
また毛抜きを起きます。踊ります。
次に「小柄(こづか)」を起きます。「小柄」というのは小さな手のひらに入るくらいの刀です。踊ります。

ようするに鉄製品は動き、それ以外は動かないのですが、
いろいろ不気味なのでここは化物屋敷なのかと気味悪がる弾正です。
この部分が、お姫様の病気の問題を解決する手がかりになるのですが、


その前にもうひとつ別のエピソードが入ります。わりと急展開になります。

お侍がやってきて、知らない男が押し入ってきたとさわぐので、弾正は一度後ろに下がります。
以降、後ろのほうで様子を見ながらいろいろ動いているので眺めていると楽しいです。

やってきたのは身分の低い男です。「小原の万兵衛(おはらの まんべえ)」といいます。
こいつが名乗ったとき、後ろで見ている粂寺弾正が意味ありげにじっと見ています。伏線です。

忠臣派の民部は不法侵入してきた身分の低いこの男を厳しい口調で追い返そうとしますが、
悪人の玄蕃が、なぜか話のわかるいい人ぶって、話を聞いてやろうと言います。

万兵衛には妹がいます。「小磯(こいそ)」ちゃんといいます。ちょっと前までここのお屋敷で腰元をしていました。
小磯ちゃんの名前を聞いて若殿の春風(はるかぜ)さまが出てきてなつかしがります。

万兵衛は小磯ちゃんは死んだといい、春風さまを人殺しだと言います。

ところで、忠臣の民部の弟の「秀太郎」くんと、悪人の玄蕃の息子の「数馬」くんとは冒頭でケンカしていましたが、
主君の春風さまを人殺しだと言われてふたりとも怒り、仲良く力を合わせて万兵衛を叩きだそうとします。
数馬くんは、父親は悪人ですが本人はマトモな子のようです。

小磯ちゃんは、春風さまと「そういう仲」になり、妊娠しました。
って、前半であんた巻絹ちゃんと恋人だって言ってたじゃんと思ってしまいますが、
まあ、悪い人ではありませんがそういう残念なタイプの若殿なのです。

妊娠した小磯ちゃんはお屋敷をクビになって実家に戻されました。
春風さまは「出産までちゃんと金銭的にめんどうを見る。見捨てることはない」という手紙を小磯ちゃんに渡しました。
万兵衛は証拠としてこの手紙を持ってきています。

お金をかけまくって妊婦のめんどうを見た万兵衛ですが、小磯ちゃんは出産前に死にました。
春風さまにムリヤリ関係を持たれたせいで妊娠して死ぬことになった。恨めしいと言って死んだと主張して怒る万兵衛。
玄蕃が喜々としてくわしく話を聞きます。

仕返しに春風さまを殺すわけにも行かないので、「料簡(りょうけん)しましょう」と万兵衛がいいます。
これは、一定の条件を出すのでそれを飲めば示談にするという意味です。
ほっとする一同。
しかし、この条件というのは「妹を返せ」なのです。ムリ。

はじめは二百両、次に五百両と大金を出して話をつけようとする忠臣の民部ですが万兵衛は聞き入れません。

悪人の玄蕃が、小磯ちゃんを戻すか、無理なら春風さまの首を切るしかないとうれしそうに言い始めます。
玄蕃ははじめからそれが目的です。もちろん万兵衛をあやつっているのも玄蕃です。
家宝の短冊の紛失事件と今回の事件との二段攻撃で小野の家をつぶし、跡取りの春風さまも殺す計画なのです。

みんなが困り切っているところに、後ろでずっと見ていた粂寺弾正が声をかけ、
自分が解決してやろうと言い出します。
弾正は外部の人間ですから口を出す権限はないのですが、
自分の主君が錦の前と婚約しているのだからそういう意味ではここの家臣も同然だと言うことで出動します。

一度整理しますと、いまこの家が抱えているトラブルは、

・家宝の短冊が紛失(ふんじつ)した。
・お姫様の髪の毛が逆立つので結婚できない。
・若殿様のお手つきの腰元が死んで、その兄がゴネている。

この3つです。

ここから、主人公の粂寺弾正がこれを順番に解決します。

まず、死んだ妹を返せという万兵衛に対して、手紙を書いて渡します。
手紙は「閻魔大王(えんまだいおう)」あてです。
自分は閻魔とは友達で仲がいいから手紙を渡したら妹を返してくれると言います。

ちなみに、これは「歌舞伎十八番」の作品ですから代々の市川団十郎が演じてきたわけですが、
団十郎は、その屋号が「成田屋(なりたや)」であるように、成田不動尊の化身とされています。
一方で、仏教には。不動明王を閻魔を同一視する考え方があります。
そういう意味でも「粂寺弾正と閻魔は仲がいい」という設定は説得力があるのです。

ところで、閻魔に会いに行くためには死ななければなりません。
俺が殺してやるから行って来い、という弾正。驚く万兵衛。

あれこれ言い訳をして逃げようとする万兵衛を、弾正は斬って殺します。
驚く周囲。とくに玄蕃は非常に怒ります。

弾正が説明します。
まず、万兵衛は「小原の万兵衛」と名乗りました。この「小原」は住んでいる土地名です。
そして小原は、弾正の主君の「文屋豊秀(ぶんやの とよひで)」さまの領地なのです。
先月、小原で人殺しがありました。小磯という女性が殺されて持っていた手紙が奪われたということで、小磯の兄が訴えてきたのです。
訴えてきた「万兵衛」という男は、今もお役所で保護しています。

というわけで、「小磯の兄」と名乗ってやってきたこの男は間違いなくニセモノなのです。
春風さまの手紙を持っていたのも、むしろこいつが小磯ちゃんを殺したという証拠になります。
さらに、小磯ちゃんは手紙のほかにも「大切な一品」を持っていたのも盗まれたと、兄(本物)は言っていました。
万兵衛の死骸を探してみたら、万兵衛は例の盗まれた短冊を持っているではないですか。

ここは、そもそも悪人方に盗まれたはずの短冊をなぜ小磯ちゃんが持っていたのかよくわからない上に、
盗んだ短冊をわざわざ持ったまま、万兵衛がこの家にやってきたというのも妙な話なのですが、どこかに置いてこいよと。
古い作品ですのであまり突っ込まずにご覧ください。

弾正はさっきから嫌がらせばかり言う悪人の玄蕃が嫌いなので、手に入れた短冊を玄蕃ではなく忠臣派の民部に渡します。喜ぶ民部です。

これでトラブルのうちの2つはカタが付きました。
ところで粂寺弾正の使者としての本来の目的は、姫君の結婚をどうするのか聞くことです。返事がほしいと言います。

短冊が見つかったと聞いて、当主の「小野春道(おのの はるみち)」さまも登場します。錦の前も一緒です。

錦の前はこの通りの病気なので、やはり結婚はとりやめにするという春道さま。
錦の前は絶望して自害しようとします。

ここで姫が、「豊秀さまはわたくしと結婚しなかったらきっと、あの「雲の絶間さま」と結婚するのだろう」と言います。
この「雲の絶間さま」が、四段目の「鳴神(なるかみ)」に出てくる人です。
宮中に仕える非常に美しい女官です。
三段目と四段目はここでもビミョウにつながっています。

あわてて姫の自害を止めた粂寺弾正が、自分が豊秀さまと結婚させてあげるから、と元気付けます。
全体に弾正のお姫様への態度は非常に優しく、見ていて気持ちがいいです。

お姫様は、お姫様ですのできれいな櫛や簪(かんざし)を付けています。最近宮中で流行しているという銀製のキレイなものです。
女子がトレンドにこだわるところは今も昔も同じです。
弾正がこの飾りを全部抜き取ると、お姫様の髪の毛は逆立たなくなります。周囲はびっくり。よろこぶお姫様。

しかし悪人の玄蕃が、一時的に症状がおさまっても意味がないと言い出します。またいつ発作がおきるかわからないから結婚は無理だと言うのです。

粂寺弾正は病気を根本的に治療すると言い、部屋に飾ってある槍(やり)を取って天井に突き刺します。
人が落ちてきます。巨大な磁石を持っています。

天井裏に常に磁石を持ったこの男がかくれており、櫛や簪(かんざし)がじつは鉄製なので磁石で引っ張られた、という仕組みです。
セリフによると髪の毛に付ける油にも鉄の粉を混ぜてあり、髪の毛全体が鉄を帯びていた、ということになっています。

なぜ、「護符」がついた布をかぶると引っ張られなくなったのかは説明がありません。
磁力の絶縁について充分な知識がなかったので布でも絶縁できると思ったのか、
実際に護符の法力で磁力に対して結界が作られる設定だったのか、はっきりしないと思います。そのへんはてきとうにご覧ください。

近年の復活通し上演での設定では、悪人の玄蕃に頼まれて鳴神上人がこのお守りを作ったことになっています。つまり陰謀に加担しています。
古い設定では上人がどこまで関係していたのか不明です。

磁石を持っているこの男はもちろん下っ端です。命令した奴がいるはずです。
粂寺弾正がこの下っ端を取り調べようとしていると、悪人の玄蕃がすかさず斬り殺します。

玄蕃はこいつが首謀者に決まっていると言い張り、お家の安定のために斬ったのだと言い張ります。
もちろん首謀者は玄蕃で、自分の名前が出るとまずいので殺したのです。

玄蕃以外の全員が納得していませんが、まあとりあえず表面的には一件落着です。
今日は春道さまの死んだ母上の命日なのでちょっとまずいので、明日お嫁入りすることになります。

春道さまは、婿になる文屋豊秀さまへの引き出物として、使者の粂寺弾正に、家宝の刀を渡します。

ここの手順は大切で、春道さまはわざと悪人の玄蕃に刀を取り次がせます。
玄蕃は鞘(さや)のほうを持ち、弾正に刀を渡します。弾正は柄をつかむことになります。
柄をつかんだ弾正は、そのまま刀を引き抜き、玄蕃の首を打ち落とします。きゃー。

ここで仕掛けで切られた首は前に飛び、首の目が動きます。舞台に近い席だと見えます。
昔の劇場ですと今よりも客席が小さかったのでどの席からでも見え、みんな大喜びしたことでしょう。

切るときに粂寺弾正は「舅(しゅうと)どのに頼みのしるしを贈る」と言います。
「頼み」というのは、結婚の結納(ゆいのう)の品のことをこう言うのです。
結納の品としてお家の病の根を断つために悪人の玄蕃の首を斬った。たしかに「たのみ」をお送りしました。という弾正です。

春道さまと中心の民部は「たしかに受け取りました」と平和な感じで言います。
目の前で重臣の首が切られたのですから少しは驚いてもいいのですが、
これは江戸荒事のお芝居ですので、こういう展開もお約束です。ここは平然と、ゆったりとしたかんじで受けます。

ここでまた、客席にむかってあいさつをし、ゆったりと粂寺弾正は退場します。

おわりです。

この弾正の役は、すっきりした男前の役者さんがなさるパターンと、わりとゴツい役者さんがなさるパターンとあります。
前者ですと「さばき役」の雰囲気も併せ持つかんじで非常にいいところ取りの楽しい舞台になり、
後者の場合は荒事らしい豪放で華やかな舞台になります。

原型はかなり古い作品ですので風俗的に通じにくい部分があります。細かい説明をいくつか書きます。

・「毛抜」というタイトルといい、イキナリ毛抜きを持ち出すところといい、
現代の感覚では「そんなもんいつも持ち歩いてるの?」と違和感があるかと思いますが、
江戸も初期だと、ヒゲは剃るのではなく、抜いていたのです。まだキレイに剃れる薄い刃物が普及していなかったのです。
剃ったとしても剃り残しが多く、抜く必要があったのです。

じつは生え際の毛も、剃らずに抜いていました、血が出ます。でも抜いてました。
割れ竹に毛をたくさん挟んでイッキに抜く、なんてこともしていたそうです。痛い痛い痛い。
というわけで、「毛抜き」は、かなり日常的な常備小道具だったのです。

女性も首筋の後れ毛を、剃らずに抜いていました。痛い絶対痛い。

・後半出てくる磁石ですが、いかにも「磁石」というかんじの巨大なU字磁石を使う型と、巨大な羅針盤(コンパス)を使う型とがあります。
昔は家庭にU字型磁石なんてなかったのです。考えてみたらあれは小学校で配布するから家にあるのであって、いちいち買ったりはしないかもしれません。
というわけで「磁気を帯びたもの」というと羅針盤が連想されたみたいです。

・「弾正(だんじょう)」というのはもともと役職名です。しかしここではただの名前として使われています。
役職名が名前に変化して行った事情については、
=名前と官職の関係=に説明があります。

=鳴神=
=鳴神不動北山桜=
=歌舞伎十八番の説明=

=50音索引に戻る=

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