JW脱出計画(進行中)

エホバの証人2世(現在不活発)の思いをつらつらと・・・

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心を許してみる

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早いものでもうすぐ9月も終わりですね。今の会社に入って1年が経ちました。さすがに仕事にも慣れ、会社の人達とも打ち解け、平穏な日々が続いています。

先日、休憩時間に50代後半の先輩社員と話していまして。

今年は我が地域で日本でも有数の大規模な祭りがあって社内の大半の人も仕事を休んで参加していたんですが、僕がそういうものに興味がなくて一切関わっていないと話すと、唐突にその先輩から「それって宗教の問題?」と聴かれドキっとしました。

「ええ、昔キリスト教やってたので」と一言言うとむこうも察したようでそれ以上は聴いてきませんでしたが、こっちは変な緊張が暫く続いて困りました。

忘れた頃にやってくる、とは正にこの事でしょうか。相変わらずのビビリですw

別の見方をすれば、そういう話に過敏に反応してしまう位に自分がその環境の中でリラックスできているという事になるのかもしれませんが。

なにしろ冗談か本気か分かりませんが、社長などがわざわざ「いいお嫁さんを紹介する」等と言ってくれるようなアットホームな会社なんです。そして間違いなく、人生の中でここまで他人に心を許しているのは自分として初めてです。

他人とは僕の事を利用し踏みにじるものだと思って生きてきました。だから他人に利用されたくないと片意地張ってやってきました。でも、そうではない人間もいるんだとやっと思えるようになりました。32歳になって漸くです。5年かかりました。

今のままでも幸せなのですが、そこから更に幸せを求めてしまう自分はちょっと欲深いのでしょうか。

この生活に特に不満はないんですが、何だかこのまま1年が終わるのはつまらないな、と思ってしまう今日この頃です。





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親を突き放す

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今の自分は親にとって悩みのタネになっているという実感があります。

JWを辞めてから幾度か仕事も変わり、ある時は親にかなり心配をかけてしまいました。(金銭的なトラブルとかではなかったので実害はなかったんですが)。

今の仕事は肉体労働ですが個人的にかなり合っているし、会社側のほうもある程度評価してくれているので続けられそうです。

そんな迷惑をかけっぱなしの自分ですが、お世辞にも親孝行をしている人間とは言えません。むしろ家族とはここ何年も必要な事以外は口も聞かないような状態です。別に暴力振るったりしている訳ではなく、距離を置いているという感じです。

おそらく父は「宗教のせいでこんな息子になったんだ」と思っているでしょうし、母は「神の組織を離れたせいだ」と嘆いていると思います。決して自分達の中に責任があるとは気付いてくれないでしょう。

僕個人としては家族と距離を置く事で良い事があったと思っています。

というのもウチの親は、20歳過ぎた息子の日常の行動を逐一聞いてきては意見したり、勝手に部屋の掃除をしたり、挙句にはお付き合いしている女性の事をあれこれ言ってきたりと、今思えば「過干渉」タイプの人たちです。

JWにいた頃はこれも仕方ない事と諦めていましたが、JWを離れて「一般の」若い人の普段の生活というものが分かってくるに付け、いかに自分が親の意向に縛られた人生を歩んできたかを知りました。

僕の自主性を尊重して欲しいと何度か親に言いましたが、いつも「親はお前より人生経験が豊富なんだからその親の言う事を聞いていれば絶対に幸せになれる」と言って取り合ってくれませんでした。

というわけで、僕は自分から強制的に親離れする事にした訳です。

親のほうは僕の様子を親戚に話したりして自分らの正当性を強調したようで、何度かその親戚から小言のようなものを聞きましたが適当に無視しておきました。

最近は親のほうも慣れてきたようで、僕に何も言わずに夫婦で旅行に行ったりと、徐々に子離れしてきてくれました。といってもいまだに自分達は「被害者意識」のままでしょうが、こちらも「加害者上等」で行きたいと思います。
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素を出せる幸せ

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JWの真っ只中にいた頃、僕の周りにいるのは僕に過度な期待を背負わせる人ばかりでした。彼らにとってはそうする事が僕のためになると思っていたのでしょうが、当の本人からすれば地獄の日々でした。

「今の自分は本当の自分じゃない」という事は常に感じていたけど、仮に本来の自分の姿を曝け出しても喜んでくれる人は独りもいない事は分かっていたのでどうしようもなかったんですが。

それに比べれば今は正に天国のような心境です。素の姿を出しても「○○はそういう人間だ」と周りの人が思ってくれているのが分かるので。

ただそれが出来るのも今のこの時期だからだと思います。JWを離れて最初の数年は素の姿を出す方法が分からず、それまで通りの飾った姿しか見せられませんでした。素を出す勇気がなかったからです。案の定、その数年間は苦しい毎日でした。

今の職場に来てからそれまで肩に背負っていたものをすっかり下ろせたという実感があります。そう実感できるのも今までの苦しい年月があったからこそなのだと思います。そう思えば今までの苦労も必要なものだったのかなと感じています。

恥ずかしながら死を考えた時期もありましたが、今は少しでも長く生きていたいと思える毎日です。
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振り返る

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いよいよ今日で東日本も梅雨明けかと朝からワクワクしていましたが、どうやらまだみたいですね。でも楽しみです。一年の中で「梅雨明けから真夏に変わる瞬間」が一番好きなので。

相変わらず仕事がそれなりに忙しく、過去を振り返る事は本当に少なくなってしまったのですが、なぜか夢ではよく見ます。にしても、そのだいたいが「割り当て出来てないのに当日になってしまい死ぬほど追い込まれる」か「奉仕の司会者なのに道に迷って集合場所に辿りつけず死ぬほど焦る」というパターンなのは何故でしょう?(←多分、前科があるからw)

今でも、当時の自分には周囲から過剰なまでの期待と負担が与えられていたんだなと思います。まあ、そのどちらにも耐えられず潰れてしまったおかげでこうしてまっとうな生活が営めているんですが。

こう考えるとJWのお偉いさん達というのにはつくづく「人を見る目が無い」方が揃っていたんだと思います。僕の上辺だけの行動にコロリとひっかかって次々に彼らの言うところの「特権」を与えてきましたから。企業の経営者ならその会社はとっくに潰れてますね。まあ実際はこちらはひっかけるつもりは毛頭無く、単に親を(具体的には母を)喜ばせたいという一心で「模範的な若者」をやっていただけなんですが。

それでも今思えば、当時の同年代の「模範的でない若者」達を見下していた自分が恥ずかしいです。いざ自分が彼らのように心も体も開放されてみると、こっちのほうがどれだけ「生きている」という実感を得られたか知れません。願わくば15年程過去に戻った時点でこういう生き方が出来ていたら・・・と、つい思ってしまいます。それなら母にも周囲にも余計な期待などさせることなく、もっと早くフェイドアウトできていたでしょう。

過去を振り返っても仕方ない、なんてカッコよい言葉を吐けるほど僕はまだ大人にはなれていないようです。



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近況

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お久しぶりです。あまりにお久しぶり過ぎて、自分でもこのブログの存在を忘れるところでしたw

27歳でJWの魔の手から逃れ、大海に漕ぎ出す小船のようにこちらの世界に漂い出して5年が経ちました。苦しかった最初の2,3年から比べれば今は本当に落ち着いて生活できています。

といっても周囲の状況が変わったわけではありません。あいかわらず母は自分が一番の被害者であるかのような顔をして生きています。ただ、そんな母の姿も大して気にならなくなった自分は随分と図々しい人間になったものだと思いますw

仕事の方は順調・・・というか、無難にこなしているというのが正直な所です。以前ならば自分の出来ない所や至らない所ばかりが気になってしまい勝手に苦しんでいたかもしれませんが、今は自分の得意な部分をアピールして、逆に出来ない部分をカモフラージュしよう等と小癪な考えで生きています。そしてそれが何故か奏功しているようですw

今の僕の姿は、以前の僕の様子を知っている人から見れば想像も出来ないかもしれません。そのくらいお調子者でいつもケラケラ笑っているのが普通になってきました。

楽です、生きていて。

今はもう死にたいとか消えて無くなりたいなんて、もったいない考えはありません。それはきっと今まで抱えていた、「自分は常に誰かから尊敬されなければいけない」というような強迫観念のようなものが無くなったからだと思います。

まあでも、まだまだです。相変わらずプライベートは寂しいものです。今年・・・といってももう半年経ってしまいましたが、目標としては、もう少しプライベートを充実させていけたらと思います。
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思わぬところを褒められる

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最近、会社で上司の方から「いつもいい笑顔してるね」と言われて嬉しいというよりちょっとビックリしました。

確かに仕事に慣れてきたこの頃は自分でもよく笑うようになった気がします。

しかしまさかそれを褒められるとは・・・。

JWにドップリの頃は、とにかく暗い顔をしてました。親からも「もっとみんなの前で笑顔を見せなさい」とよく注意されました。

でも笑顔なんて出来る空気じゃなかったんです、あの頃は。できても「造り笑い」が精一杯。

でも下手に暗い顔してると親や上層部から何を言われるか分からないのでK.H.内では何とか造り笑いを保ち、玄関を出た途端に元の顔に戻す・・・そんな毎日の繰り返しでした。

思えばあそこは笑顔=感情までかくあるべしと強制される宗教でした。

今はだんだん自分の本来の「素」の姿というものに、自分の感情が近づいてきたんじゃないかと思います。

良い同僚や先輩にも恵まれているのでこのまま真人間になれたらと願う今日この頃です。

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旅先から

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ここ数年、旅先で新年を迎えるのが恒例になっています。

家にいても家族と新年おめでとう!!と言い合うわけではないし、田舎の祖父母も亡くなったので新年を一緒に過ごす必要もなくなったので特に支障はありません。

そもそも年末年始に旅に出るようななったのは、母が排斥者の父に気を遣って毎回一応は正月料理を用意するんですが、僕はいつもどおり手早く済ませるだけなので多分家族は気分が悪いからそれなら居ないほうがいいかと思ったのがきっかけです。

まったくつまらない人間です。

そんなつまらない自分ですが、こうして四国のとある街でどーでもいいようなテレビ番組を見ながら弁当をつついていると何となく寂しさを感じます。

おそらく今年はそれだけ(家族以外の)人間と接する機会が多かったからではないかと勝手に思ってます。

自分の事を知ってる人が独りもいない街で寂しいと感じられるような今のこのまともな感情が来年も続くよう願います。

皆さんよいお年を。
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ある意味幸せな結末

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最近とある美容室の美容師さんの事が気になりだしまして。

月1回通うだけの店なんですが、カットされながら話をしていると素朴で感じの良い子だなあと思うようになってもう少し仲良くなれたらと願うようになり、先月、帰り際に満を持して連絡先を書いたカードを渡してみました。

それから1ヶ月・・・連絡はありませんでした(泣)。

ダメならダメで「結果」を知りたいと思い、今月も普通にカットしに行ってみることに。

彼女はプロらしく普通に客として迎えてくれました。そしていつものように談笑しつつカットが終わり、最後に彼女は小声で「カードありがとう。でも店でお客さんとメールとかしちゃいけないと言われてるから・・・」と言ってくれました。

残念でしたが、これで気持ちに区切りが付いたし、何より彼女にも迷惑を掛ける前に結論が出て良かったと思います。

年末に少しの間ですが幸せな気持ちがなれた1ヶ月でした(笑)

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無題

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早いものでもう年末ですね。「師走」とはよく言ったものですw

新しい会社に入って2ヶ月が経ちました。色々な意味で充実していると思います。

仕事の事は置いておいて(←おいw)個人的な面で色々と成長、ではないのかもしれないけど動きがあったと思います。

以前のように作り笑いやおべっかを使う事も無く、何かに怯える事も無く、本来の自分を出せている気がします。

JWにいた頃、そしてそこから這いずり出してからの何年かは、「良い子」「模範的な人」という役を演じる事から逃げ出せずにいました。勿論人前では、ですが。

でも今の会社に入り、年齢の近い気の置けない仲間を持つようになって、元々の自分を曝け出せるようになった事を感じています。

元々の自分は、言い方は悪いかもしれないけどもっと「軽い」人間だったと思います。

決して模範的な人間になるような器ではなく、同年代の周りの人と同じように、遊ぶ事が好きだし、騒ぐ事も嫌いじゃないし、女の子にも興味深々のw

ただ、そういう飾らない姿の自分を見た時の親(特に母親)の、まるで絶望したかのような面持ちを見ると、自分はこの人を悲しませてはいけない、悲しませる位なら自分など存在しない方が良いと思わされ、必死に演技を続けていました。

僕が初めて公開講演をする事になって、周りの姉妹たちから祝福されていた時の母の誇らしげな顔を見た時、自分に少しだけ存在する意義のあったように感じられました。

でもそれからの無味乾燥な日々に絶えられず、結局挫折したわけですが。

僕がJWを去るという決意を語った時、母は一度は「自分も一緒に辞める」と言いました。でもすぐにその言葉を撤回し、今に至っています。

今母にとって自分は一体どういう存在なのだろうと思う事もあります。昔のような存在ではあり得ないとは分かっています。金銭的には必要だけど、人間的には不要なのかもしれないと思います。

昔ならそんな扱いには耐えられなかったかもしれないけど、今はそれならそれで仕方ないと思います。

これから自分に何が起きるのか分かりません。悔いの無い人生を送ろうと意気込んでいるわけでもありません。ただ何か一つ、支えになるものを見つけたいと思います。
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やっぱり変わった人達

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英国人女性殺害の件で逃走していた市橋という男が逮捕されましたね。

男の両親がTVの前で会見をしていて、その勇気というか度胸には驚きましたが、会見の最後に「でも、わたしたちにとっては優しい息子でした」みたいな事を言っていたのを聞いてちょっと違和感を覚えました。

学校を出てから定職に就かず、たっぷりと仕送りを貰いながらマンションで所謂ニート生活をし、最後には殺人(容疑ですが)を犯した息子を「優しい、良い子」と言えるその神経。

何だかJWの親もこういう感覚を持った人が多いんじゃないかと。

自分の息子(あるいは娘)はまともな仕事にも就かず、頼まれもしないのに人ん家に押しかけて聖書を読めだ雑誌を受け取れだ言っている。世間から見れば「外れている」存在かもしれない。でもこの子は良い子だ。

そうやって己と子供のやっている事を自分達の勝手な論理で正当化して、加害者の立場なのに「被害者」に写ろうとしているJW達と何だか被るところがあるような気がしました。

こうやって考えると、やっぱりJWの人間というのは普通の感覚から外れている人間だったんだなと思えたのでした。
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