ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

治療

2019-07-31 06:43:04 | 松川先生のお話




人を苦しめてきた分だけ、自分も苦しまなければならない。
それは簡単にカルマともいえるが、もっと別の言い方をすれば、自分の心の、元に戻ろうとする力ともいえる。
つまり人を傷つけたとき、自分も傷ついているのだ。
しかし実は、苦しんだからといって元に戻れるわけではない。
元に戻るには、正しい方法、ルートが必要だ。
例えば傷口が痛いからといって回復しているとは限らない。回復の途上の痛みの場合もあれば、悪化の痛みの場合もある。
あるいは正しい治療法をとらず、一時的に痛みを軽減させることをやっても、逆にそれによって傷自体は悪化する場合もある。
他者を苦しめてきたことによる心の傷への正しい対処法、治療法、それがダルマである。
よって、ダルマに巡り合えることは素晴らしいのだ。
巡り合えなければ道はない。
そしてその治療法の要点を簡潔に言うならば、
神やブッダや師への帰依、他者への愛、そしてエゴの放棄である。
そして、正しい治療法に巡り合えても、治療には一定の時間がかかる。
よって忍耐が必要だ。あるいは自己を投げ出し、医師である神や師に明け渡し、道を貫く覚悟が必要だ。
そうしてすべての傷が癒されたとき、そこには完全な安らぎと歓喜と自由が待っているだろう。
なぜならそれが我々の本性、つまり魂の健康な状態だからだ。

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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話」

2019-07-31 00:04:20 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・マハーバーラタ 第76話 後編「若き英雄の弔い/アルジュナの誓い」」

2019-07-26 21:10:21 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「実写ドラマ・マハーバーラタ 第76話 後編「若き英雄の弔い/アルジュナの誓い」」です。
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マルパの生涯(9)

2019-07-25 20:23:53 | 聖者の生涯


 そしてマルパはナーローパに、マイトリーパに会いに行く許可を求めました。ナーローパは喜んで許可を与えました。マルパはグル・ナーローパを喜ばせるために供物を捧げ、ダーカ、ダーキニー、ヴァジュラの兄弟姉妹たちに、祝いのトルマを捧げました。彼は、障害なく、多くの不思議なサインが現われるようにと祈りました。そして彼は出発したのでした。

 道の途上でマルパは、他の旅人たちに、マイトリーパはどこに住んでいるのか尋ねました。彼らは答えました。
「彼は、燃える炎の山の僧院に住んでいる。そこへ行くのは難しい。行かないほうがいいよ。」
 マルパは考えました。
「わたしはこの人生において、富を探しているわけではない。死のうが死ぬまいが、わたしはダルマを求めなければならない。」
 彼はためらうことなく進んでいき、半日で、マイトリーパが住んでいる場所に着きました。彼はバンヤン樹の木陰に座っているマイトリーパに会い、ちょうどサダープラルディタ菩薩がダルモードガダ菩薩に会ったときのような、大いなる喜びを感じました。彼は完全な五体投地を七回行い、金その他を供養し、マイトリーパの身口意を称賛する、この歌を歌いました。


 ジャンブ州の衆生を利するために、
 あなたは王家に生まれました。
 あなたは外と内の様々なサーダナーをご存知です。
 わたしはあなたに礼拝いたします、マイトリーパよ。

 聖ターラーはあなたに予言と
 障害なき祝福を与えました。
 あなたは、主シャヴァリの御足の塵に触れました。
 わたしはあなたを称賛いたします、アヴァドゥーティよ。
 
 あなたのお体は、貴重な黄金の山です。
 あなたの叡智、発願などは、純粋です。
 あなたは、煩悩という病を鎮めます。
 わたしはあなたを称賛いたします、ダルマの太陽よ。

 あなたの心の空性のヴァジュラは
 自我への信という大いなる山脈を粉々にします。
 あなたにはすべてのダルマの性質が見えます。
 わたしはあなたを称賛いたします、比類なき主よ。

 すべてのジャンブ州の飾りであり、
 ヴァジュラサットヴァの精髄であり、
 衆生の避難処であり、慈愛という宝をお持ちになっているニルマーナカーヤ、
 わたしはあなたを称賛いたします、頭頂の飾りよ。

 人間、霊、そして悪魔たちの群れの中で、
 すべての悪しき者たちは、例外なく、
 あなたのヨーガ修行によって、あなたの命令に従います。
 わたしはあなたを称賛いたします、ヴァジュラを持つお方よ。

 親切なスガタであられるグル方よ、
 あなた方は、聖なるダルマを実践するために、すべてを捨てました。
 マハーパンディタ・ナーローパ、そして他のグル方から
 わたしは教えを受け、
 そして、タントラの学習を終えました。

 南の沸騰する毒の湖にある山の島で、
 わたしが、シュリー・シャーンティバドラの御足のもとにとどまっていたとき、
 聖なるお方よ、あなたは私を受け入れてくださいました。
 命の危険も顧みず、わたしはあなたに会いに来ました。
 
 燃える炎の山の僧院の
 バンヤン樹の涼しい木陰で
 師であり、王子であるマイトリーパ
 父なる仏陀よ、今、わたしはあなたにお目にかかります。

 太陽のように信が昇り
 わたしは、死んでもいいくらいに、信によって感動しています。
 わたしは偽りなく懇願いたします。
 どうか、ずっとわたしを祝福してください。

 あなたは偉大なブラフマンの伝統を持ち
 化身であられる主シャヴァリとともに住んでおられました。
 彼らによってよく説かれた聖なるダルマを、
 すべてのヤーナの頂点の精髄の意味を、
 極端のない、空間のようなマハームドラーを、
 わたしにお与えください。

 
 マルパはこのように懇願しました。
 マイトリーパはマルパを受け入れ、彼に完全なアビシェーカと、ヴァジュラチッタという秘密の名前を与えました。マルパはマイトリーパを喜ばせるために供物をささげ、ダーキニーたちを喜ばせるために祝いのトルマを並べました。これによって、多くの不思議なサインが生じました。
 マイトリーパはマルパに、マハームドラー、アーリヤマンジュシュリー・ナーマ・サンギーティとその解説、そして説明付きのドーハーの、口頭の教えと直接伝授を与えました。マルパの疑念は完全に取り払われました。これらの教えを修行すると、彼の心に優れた経験と悟りが生じ、彼はとても喜びました。マイトリーパに感謝として捧げたガナチャクラのときに、マルパは彼の悟りと経験を、歌のかたちで表現しました。


 けがれなき蓮華、太陽、月の上の
 私の頭頂の上の至福の宮殿に
 愛する守護者、グルが住んでおられる。
 どうか、わたしの心に祝福をお与えください。

 過去・現在・未来のすべてのブッダ方
 そして無数のイダムと神々たちは
 あなたから分離できるものではありません。
 栄光あるアヴァドゥーティよ。
 わたしの心の蓮華の上におとどまりください。
 わたしに、言葉を自在に支配する力をお与えください。

 インドという純粋な国に
 マハーパンディタ・ナーローパと他の方たちが住まわれている。
 それらのシッダたちの御足の塵に
 わたしは頭頂で触れました。
 
 タントラの多くの言葉を聞きましたが、
 これによってすら、わたしは満足しませんでした。
 それゆえ、わたしはジェツンのもとへ来て、
 聖なるダルマの祝福をきちんとお願いしました。

 特にわたしは、マハームドラーを請いました。
 わたしが知っていた教えについての疑いが断ち切られました。
 わたしが知らなかった教えを学びました。
 主サラハの伝承にある
 至福と悟りが、すかさず起こりました。

 わたしは歌を歌って、わたしの悟りを主に供養します。
 外的・内的の様々なすべての学派は
 マハームドラーの中で実現され、一体となるのです。
 人を惑わせる無限の現われのすべては、
 平等の統一の顕現として生起します。

 この絶えることのないダルマターは
 遮るもののない、自己を照らす正観です。
 生来の正観の中で、一つであること、
 自然に生じる智慧が見解なのです。

 流れる川のように、三つの時の中で区別することのできない
 後瞑想の四つの活動を通して
 このヨーガは透明に輝き、曇りがありません。
 瞑想とは、注意の散漫がないことです。

 身体と言葉と心と三つの時というダルマは、一つの飾りで飾られた、
 予測することのできない多様なものです。
 途切れることがなく、努力が要らず、本質は同じです。
 行為は幻です。

 悟りの本質は、
 同時に生起し、付け加えたり差し引いたりするものが何もない「今であること」です。
 自己解放、生来の大いなる至福、希望と恐怖から解放されていることが、果報です。

 どれほど多くの言葉を聞くかに関係なく、
 最後には、土台はダルマカーヤとして認識されます。
 最後には、わたしの疑いは尽き果てます。
 最後には、困惑の土台と根は破壊されます。
 わたしは、詭弁による解脱を望みません。

 このように、偉大なる主である師の前で、
 本質を修行する果報を通じて、
 そしてもろもろの系統の祝福を通じて、
 わたしはこの理解、経験、そして悟りを捧げます。
 願わくば、ジェツン・グルと、ここに集まった法友たちが喜びますように!



 このようにマルパは歌を供養しました。
 マイトリーパはマルパに、この12の教えのヴァジュラの歌を歌いました。


 おお、息子よ、もし帰依の根がしっかりしていないと、
 非二元という根はしっかりしないだろう。

 もしあなたが偏りのない慈悲を培わないなら、
 二つのルーパカーヤは達成されないだろう。

 もし三つの智慧を修行しないなら、
 悟りは生じないだろう。

 もしあなたがジェツン・グルに仕えないなら、
 二つの成就は達成されないだろう。

 もしあなたが心の根を断ち切っていないなら、
 不注意により正智を捨ててはならない。

 もしあなたがムドラーで現象を打つことができないなら、
 大いなる至福に引きこもってはいけない。

 もし欲望的思考が生起したら、
 あなたは、喜んでいる象のようにふるまわなければならない。

 もしときどき煩悩が生起するなら、
 心を見て、散漫になることなく瞑想しなさい。

 もし心が不都合な条件で害されているなら、
 四つのアビシェーカを頻繁に実行しなさい。

 もし煩悩があなたの中に生じるなら、
 グルの教えを思い出しなさい。

 もし一心に懇願しないなら、
 どうして神聖な者の意図をかなえることができようか?

 もしあなたがウトパッティとサンパンナクラマの合一の中で瞑想しないなら、
 どうしてサンサーラとニルヴァーナの不可分性を悟ることができようか?

 これが12の教えのヴァジュラの歌である。
 これを覚えることが13番目である。

 もし、これらのヨーガを修行するなら、
 13番目のブーミにとどまるであろう。


 マイトリーパはこのように歌いました。
 マルパはこの教えに歓喜し、それを完全に理解しました。そしてマイトリーパへのゆるぎなき信を持ってマルパはそこを去り、プッラハリのナーローパのもとへと帰りました。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(107)

2019-07-25 19:38:42 | 聖者の生涯



◎乞食とマニ石の石工


 パトゥルは、乞食が近づいてくるのを見るといつも、まるで何か”絶対的に素晴らしいもの”がやって来ているかのように、非常に喜んだ。彼は普通に人と会話をすることよりも、乞食から物乞いされることを好んだ。乞食が求めてくるものをすべて与えることができると、パトゥルは、それをもらった乞食よりも喜ぶのだった。

 貧しいマニ石彫りが食物と衣服を物乞いにやって来たときも、パトゥルの眼に涙が込み上げてきて、実際に涙を流したのだった。人に譲れるものを手にしたときは、大喜びですぐに人に譲った。何も人にあげるものがないときには、悲しそうに「なんてこったい」と言って、苦しげに虚空を見つめるのだった。

 あるとき、プルキャブという名の貧しい石工がパトゥルのもとにやって来て、お金を乞うた。その石工が少し貪りが強いと感じたパトゥルは、こう言った。

「”このお金はいりません”と繰り返し唱えなさい。そうしたらお金をあげるから。」

 その男はうろたえて、最初は何も言わなかったが、パトゥルがこの指示を三回繰り返すと、あきれながら、遂に「このお金はいりません」と言ったのだった。
 そしてパトゥルはお金を彼にあげた。
 のちに、ある人はパトゥルにこのことについて説明してほしいと頼んだ。
 パトゥルはそれに答えてこう言った。

「あるとき、在家信者のアナータピンディカが、仏陀釈迦牟尼に、ラドゥというおいしい豪華なお菓子を供養した。ある貪欲なブラーフマナはそれを見ていて、ブッダにそのお菓子を乞うたのだ。ブッダはこう答えた。

『”ゴータマよ、このラドゥはいりません”と言いなさい。そうしたらこのラドゥをあなたに差し上げよう。』

 ブラーフマナは言われた通りに、ブッダから指示された言葉を繰り返した。そしてブッダは彼にラドゥをあげたのだった。のちにブッダの従者であるアーナンダは、ブッダにその行動についての解説を求めた。ブッダはこう答えた。

『五百生もの間、あのブラーフマナは一度も”わたしはいりません”と言ったことがなかった。だからわたしは、彼の心に”知足の習慣”をつけさせるために、そうするように指示し、”わたしはいりません”と繰り返し言わせたのだ。』」

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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(106)

2019-07-25 19:22:38 | 聖者の生涯


◎パトゥルが立派な曼陀羅を手放す


 供物をめったに受け取らないというのは、パトゥルの良く知られた習慣であった。供物を受け取った場合も、すぐに手放すのであった。
 ときどき、人々は宗教的なもの――ヴァジュラやベル、曼陀羅、ダマル太鼓、寺院で供養に使うお椀など――をパトゥルに布施した。パトゥルはそれらを受け取ることもあったが、それらがさまざまな善行や瞑想修行に使われるものであると分かると、他の修行者に譲るのだった。
 クンペルという名のゲロン僧院の僧がいた。彼はパトゥルの妹の夫の甥であった。極貧の家の出なので、出家したときはまったく教育を受けていなかった。誰も、彼の将来のことを期待する者はいなかった。彼は、ろうそくやバターランプを買うことすらできなかったので、夜に勉強するときには、月明りの下で本を読んだ。
 ある日、ある人が特別に、鐘青銅でできた立派な曼陀羅をパトゥルに供養しているときに、このクンペルがちょうどそこに居合わせた。そこに居合わせた人々は驚いた。クンペルがずうずうしく、「その立派な曼陀羅を僕にください」とパトゥルに頼んだのだ。そしてさらに彼らが驚いたのは、パトゥルがそれに同意したのである。

「もちろんだとも!」

 パトゥルは言った。そして、その曼陀羅をクンペルに渡し、こう言った。

「将来、君が大衆に向かってダルマの教えを説くときに、このような立派な曼陀羅が必要になる。そうではないかね?」

 それを聞いたある者は、パトゥルが少し皮肉を言ったのかと思った。その当時は(パトゥルを除いた)誰もが、この極貧の家の出の、一見普通に見える僧の将来を予知できなかったからである。この僧は、貧乏過ぎて、履く靴がなく、足からは出血していた。貧乏過ぎて、服は汚れており、継ぎはぎだらけだった。貧乏過ぎて、夜には本当に月の光で勉強をしていたのだった。誰も全く彼に注意を払わなかったし、彼の信仰、努力、勇気、そしてパトゥルのような師たちの祝福によって、この貧しい僧が最終的に名高い学者であり修行者である、偉大なるケンポ・クンペルへと変貌するとは、全く夢にも思っていなかった。パトゥルは彼を息子のように可愛がったのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(105)

2019-07-25 19:15:32 | 聖者の生涯


◎警告の言葉


 あなた、ロンチェンパと
 あなたの霊性の息子たち
 そしてあなたの系統のすべての者たちは
 至高なる守護者
 ボーディチッタの支配者。
 あなたの広大な慈悲から生じる
 渇仰の祈りを通じて
 あなたは輪廻を彷徨う者たちを集め
 絶対に離さない。
 わたしはあなたに祈りを捧げます。

 幾カルパを通じて、これらの衆生は
 一人ひとりが、かつてはわが母であり
 わたしを優しく育ててくれた。
 彼らは大量の悪しきカルマの重荷を背負い
 苦しみの雨にさらされている。
 わたしは、これを見ることに耐えられない。
 わたしのハートは砕け散ってしまう!

 悪しきカルマ、悪業という”友達”は
 捨てるのが難しい。
 彼らは、策略、騙し、混乱を引き起こすことに長け
 別のところへとわたしの焦点を向けさせる。
 わたしの心が聖なるダルマを実践する気にならない限り
 わたしは輪廻という牢獄の中で腐り続けるだろう。
 若い頃は、他の影響力に逆らうことができず
 ダルマを実践することができなかった。
 成長すると、感覚的欲求にとらわれ
 ダルマの実践をしなかった。
 今や老いてしまい
 わたしの心身の能力が衰えてしまって
 ダルマを実践することができない。 
 今、わたしに何ができるだろうか?
 ああ、ああ!

 この堕落の時代において
 思考と行為は歪んでいる。
 心が曲がった人々と時間を過ごすことは
 教えに反すること。
 たとえ時を過ごすとしても
 わたしは彼らを全く喜ばすことができないだろう。
 もううんざりだ!
 何があろうと、わたしは山に籠りに行く!

 たとえどんなに財産や権力を得ても、わたしは決して満足できたことはなかった。
 たとえどんなに様々なものを達成しても、絶対にまたさらに次にやることが現われる。
 たとえいつも人に媚びへつらっているとしても、絶対にまた次もゴマを摺ろうとする。
 もううんざりだ!
 もう何があっても、人との関係を制限しよう!

 どんなに多くの喜びを享受しても、わたしの欲望は決して満たされない。
 どんなに多く学んでも、それはただの意味のない言葉に過ぎない。
 たとえどんなに時間を費やしても、娯楽をやり尽くすことはできない。
 もううんざりだ!
 心のおしゃべり、一切の計画、希望と恐怖をすべて断とう!

 実践に移さなければ、学ぶことに何の意味があろう?
 もしただ虚像を生み出すだけならば、内省することに何の意味があろう?
 もしただ根拠のない希望と恐怖を引き起こすだけならば、瞑想に何の意味があろう?
 もううんざりだ!
 たとえ何が起ころうとわたしは、概念から解放された、自由で裸の境地にやすらぐのだ!

 もし教えが見せかけで偽善であるならば、戒律に何の意味があろう?
 もし修行が単なる中身のない言葉に過ぎなかったら、経典に何の意味があろう?
 もし叡智が単なる何の意味もない言葉だったら、アビダルマに何の意味があろう?
 もううんざりだ!
 狂人のように、わたしはたとえ何が起ころうとも、心に思い浮かぶものをすべて実践するぞ!

 得難く、守り難い――富の何がそんなに素晴らしいというのだ?
 管理し難く、満足させ難い――従者の何がそんなに素晴らしいというのだ?
 手に入り難く、去り難い――マイホーム(家)の何がそんなに素晴らしいというのだ?
 もううんざりだ! 
 たとえどんなことがあっても、わたしは路傍の乞食のように、托鉢で生きてゆく!

 現象を敵だと見なすシュラーヴァカ(声聞)に何の価値がある?
 泣き上戸の老婆のような菩提心を培うことに何の価値がある?
 悪しき感情によって歪められたタントリカ(タントラ行者)に何の価値がある?
 もううんざりだ!
 どんなことがあっても、わたしは心の本性にやすらぎ続ける!

 自分の行為について考えるとき
 わたしはただただ笑うことしかできない。
 他者の行為について考えるとき
 わたしはただただため息をつくことしかできない。
 現状では、心に浮かぶものすべてが悲惨。
 わたしが目で見るものすべてが悲惨だ。
 
 自然界の力が敵として現われるとき
 わたしは全く、宇宙にうんざりする!
 偽善、見せかけ、策略が現われるとき
 わたしは全く、宇宙に住む者すべてにうんざりする!
 悪しきカルマの終わりなき川を眺め
 人生のすべてが何の意味もなく過ぎてゆくことを見ると
 わたしは人々にうんざりする!
 わたしはもう、すべてにうんざりだ!

 わたしの帰依処であり守護者であられるあなたは
 最初から、慈悲を有しておられます。
 非常に長い間、輪廻の世界を彷徨い
 悪しきカルマという重荷におしつぶされている、
 衆生の惨めな状態を見て、あなたが心を動かさなければ
 一体誰が彼らを救済できるのでしょうか?

 「はい、そうです!」
 「いいえ、違います!」
 そんなものは、ただの戯言に過ぎない!
 「こんな感じです!」
 「そんな感じです!」
 そんなものは、ただの言葉上の偽りに過ぎない!
 わたしは豚の頭のように頑固な学者の理論に騙されていた。
 やつらの見解を外に叩き出してやりたい!

 神々を見て、悪魔を見て
 真の瞑想の経験は減少してゆく。
 こういった口を大きく開いている
 狂ったような憤怒尊たちの観想法は
 おまえを悪霊に変化させる。 
 騙されて、わたしは頑張ってこんなバカげた修行を行なってきた。
 こんな瞑想は、風に捨ててしまいたい!

 世俗的な目標を達成することを目指していても
 おまえの戒律の行為は、外側からは良いものに見える。
 ただただ欲望だけを目的として
 おまえのマントラヤーナの行為は、陰部を目指してまっしぐら。
 騙されて、わたしは無益な目標を追い求めてしまった。
 そんな行為など、どぶに捨ててしまいたい!

 利己心が凝り固まっていたら
 どうやって利他行をするというのだ?
 おまえは死体に向かって
 バルドの中で見えてくるものに関して有益なアドバイスをするが
 いまだ、自分の心を理解していない!
 自分自身を助けられないのに
 どうして他者を助けるという希望が持てようか?
 こんな”利他行”など、崖から投げ捨ててしまいたい! 
 
 先入観をたくさん詰め込んでから
 おまえは意識を眺めたいと考えている。
 しかし、それは全くのでっちあげられたもの。
 おまえのそのボーッとしたシャマタの修行は
 ”瞑想経験”と呼ばれる蚕の繭の中に
 おまえを巻き込むだけである。
 おまえはそれで、”高い達成”に達したなどと
 のぼせ上がった憶測を立てるのか?
 そんな”果報”など、わたしは奈落の底へと投げ捨ててしまいたい!

 おまえは修行を怠っているが
 他者に教えを説いている。
 おまえの学識は最悪の敵
 おまえの心の連続体を誤謬見解で破壊する。 
 用語について延々と議論して
 おまえは学んだものによって、判断を誤っている。
 これを理解して、わたしは「勉強と思案」を風に捨ててしまいたい! 

――――――――――

 自分の系統の中では
 何も達成できなかったがゆえに
 おまえは他の系統を求めて走り去ってゆく。
 おまえはきっと、一つの修行を修めないで
 また別の修行を始める。
 なぜなら、”そっちの方がより深淵だから”などと言って!
 おまえの心は自制心を失い
 完全に分別を失い
 騙されて、経典を詰め込み過ぎた!
 これを理解して、わたしはただただ実践だけを行ないたくなる!

 おまえは、しみったれたけちん坊
 裕福になるために儀式を行なっている。
 しかし、それはただ、”死の悪魔”を惹きつけているだけ。

 おまえは、菩提心が欠如しているのに
 他者を管理しているから 
 最後には、自己管理を失ってしまう。
 おまえは、最上の目的を達成するための努力を怠り
 大量の儀式をこなすことに、物凄い努力をしている!
 これを理解すれば、わたしは自分の心を調御したくなる!

 わたしが立てるすべての計画
 それらを成し遂げている時間はない。
 わたしがやることはすべて
 結局無益に終わる。
 ”これをやってから、修行をするのだ!”
 これは全くの自己欺瞞である。
 これを理解しているがゆえに
 わたしは、死ぬまで計画を立てない!

 取り留めのない思考はもうたくさん。
 そのせいで、どれだけわたしが道に迷ってきたことか!
 おしゃべりなんてもうたくさん。
 おしゃべりが、どれだけ気を散らすことか!
 仕事はもうたくさん。
 そのせいで、どれだけわたしが活動という罠に捕らえられてきたことか!

 わたしは、迷子の犬のように彷徨い歩きたい。
 わたしは、老いたキツネのようにねぐらで寝たい。
 わたしは、好き勝手やって、何も計画を立てたくない 
 わたしは、浮浪者のようにブラブラと歩き回りたい。

 わたしにはラマは必要ない。自分の心の連続体を正智しているから。
 わたしには召使いは必要ない。自分の世話は自分でみれるから。
 わたしには計画で騒々しい心は必要ない。帰依をする方法を知っているから。

 さあ、何が起ころうとも、どうなろうとも、おまかせ!

 わたしは
 死体のように
 不動に
 野望なく
 衰えたようにみえる……
 ”老犬”だ。
 

―――――――――――――

 一切の衆生に吉兆がありますように!
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グル・リンポチェ(大聖パドマサンバヴァ)(6)

2019-07-24 17:00:43 | 聖者の生涯


☆グルリンポチェの五人の主要な配偶者たち



◎チベットのイェシェー・ツォギャル


 イェシェー・ツォギャルは、人間の形をまとったヴァジュラヴァーラーヒーであり、ターラーとブッダローチャナーの化身でもあります。
 彼女はカルチェンのタグダで、吉兆な印に囲まれて生まれました。ツォギャルの父はナムカ・イエシェーという中央チベットの重要な公国であるカルチェンの王で、母親はゲワ・ブムといいました。
 ツォギャルの出生時、自宅の横に突然、湖が現われました。それは「ツォギャルの魂の湖」と呼ばれ、今でも湖の跡である池が残っています。また、彼女が子供の頃に家の近くの岩につけた足跡が、近年まで残っていました。
 当初ツォギャルはティソン・デツェン王の配偶者でしたが、王がアビシェーカを受ける前にマンダラの供物として彼女をグル・リンポチェに捧げたため、ツォギャルはグル・リンポチェの配偶者となりました。
 ツォギャルはグル・リンポチェからアビシェーカを受け、その儀式において、彼女が投げた花はヴァジュラキーラのマンダラに落ちました。そしてヴァジュラキーラのサーダナの実践によって、彼女はヴァジュラキーラのヴィジョンを見、成就を達成しました。


 ツォギャルはチベットで、グル・リンポチェから与えられた教えのほとんどすべてを学び、修行することによって、成就と最高の悟りに達しました。奇跡的な力によって、または何百もの場所で瞑想したり、土地を祝福しながら、グル・リンポチェと共にチベット中を巡りました。絶対的記憶力の成就を獲得したことにより、ツォギャルはその記憶の力を通じて、チベットでグル・リンポチェによって与えられた、想像もつかぬほど膨大な教えを心の中に蓄積していました。そしてグル・リンポチェの命令に従い、ツォギャルは、将来の支持者の利益となるように、さまざまな場所に教えを隠しました。


 イェシェー・ツォギャルは、グル・リンポチェがチベットを離れてからも何年もチベットに留まり、テルマを違う場所に隠し直しました。最期には、カラシッディとタシ・チテンと共に、肉体の遺骸を残さずに、グル・リンポチェの浄土である【銅色に輝く聖山】に向かって、空を飛んでいきました。

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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第11話」

2019-07-23 22:06:24 | 松川先生のお話
今日のAMRITAチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第11話」です。

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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(104)

2019-07-23 19:28:50 | 聖者の生涯

◎パトゥルの自然への敬意


 パトゥルは、一般の人々からの依頼に応じて、天候を変える目的――例えば雨を降らせたり止めたりするとったような目的で魔術的な儀式を行なうタントラ行者に向けて、厳しい言葉を放った。

「このような魔術師の心にとりついているのは、邪悪な悪魔だ。」

 パトゥルはあるときこう言った。

「彼らは”壮大な”思い違いをしているが、その”壮大な”計画は何も成し遂げることができないどころか、国を滅ぼしてしまう。
 彼らがやっていることを見ろ。チベットの短い三か月の夏は心地よい季節で、その時期は気持ちの良い気候を楽しむのものだ。草原は色とりどりの花で覆いつくされ、鳥たちはさえずり、そして動物たちは至る所を嬉しそうに飛び回っている。その季節は同様に、厄介者たちがやって来て、天候のような自然の力に干渉するためのさまざまな儀式を捏造し始める時期でもある。彼らは霊を呼び寄せると言うが、彼らが呼び寄せるものは破滅でしかない。
 彼らの”おせっかい”は、農家や遊牧民のような人たちに損害を与える。干ばつや伝染病を引き起こすからだ。考えてもみろ。彼らは魔術で動物たちを皆殺しにするのだ。小さなおたまじゃくし、カエル、魚といったものが、殺される生き物の中を多くを占める。このような生き物を害することで、彼らは自分たち自身、悪いカルマを積んでいるだけなのである。」
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(103)

2019-07-23 19:15:39 | 聖者の生涯


◎ある者は彼を愛し、ある者は彼を恐れる


 ある人がパトゥルにこう言った。

「ある人はあなたのことを愛し、ある人はあなたのことを恐れます――その人たちはあなたの前で言葉を発することもできません。なぜでしょうか?」

 パトゥルはしばらく考えて、こう答えた。

「たぶん、ある人たちは、わたしが慈悲と慈愛を絶え間なく培っているから、わたしのことを愛している。そしておそらく、また別のある人たちは、わたしが自分と現象は同等に生来的本性の空であると見なしていているから、わたしを恐れているのだ。」

 この話を説明する際に、現代のラマ、ケンポ・ペマ・ワンギャルは、人々は自然と、心が慈悲で満たされている人に魅力を感じ、その一方で、すべての現象の空性を本当に理解している人には畏敬の念を感じると述べている。そのような深淵な悟りを得た修行者たちは、際だって力強く、かつ静かな存在感を持っている。彼らは、世俗的な期待と恐怖の風にびくともしない巨大な山のようである。
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グル・リンポチェ(大聖パドマサンバヴァ)(5)

2019-07-22 16:58:49 | 聖者の生涯


◎チベットにおける救済活動


 グル・リンポチェがタクマル・ティンザン寺で供養をおこなっているとき、神像がまるで生きているように動いて、供物を召し上がりました。
 その後、グル・リンポチェはヘポリの丘の頂上に行き、熾烈なヴァジュラのステップで空を駆け巡って踊り、次のような「すべての尊大な存在を打ちのめす」ための歌をうたい、チベットの霊たちを支配下に置きました。

「おお、神よ、悪魔よ、寺院を建てよ
 働くためここにいる群衆と、謙虚さと順守さをもって、
 ティソン・デツェンの願いを叶えよ!」

 その後、霊たちの助けを借りて、摩訶不思議な僧院は支障なく建てられました。インドのオーダンタプリー僧院をモデルとして、伝統的インドの宇宙観に基づいた設計で建設されたサムイェーの中心部の主要な寺院は、スメール山を象徴する三層から成り、ニルマーナカーヤの浄土を表す下層階は、インド建築の様式で建設されました。またサンボーガカーヤを表す中間階は中国建築の様式で建設され、ダルマカーヤを象徴した上層階はチベット建築の様式で建設されました。八つの半島を表わす八つの小さな寺院の間に、四つの大陸を表わす四つの大寺院が中心部から四方向に建設されました。太陽と月を象徴する二つの寺が東と西に建てられ、聖なる四隅には四つの大きなストゥーパが建てられました。風呂、更衣室、住宅施設もまた配置されました。


 またそのすべての建造物は、108の小さな仏塔を乗せた高い壁に囲まれ、壁の外には三人の女王によって三つの大寺院が建てられました。すべての僧院は五年で完成し、グル・リンポチェとシャーンタラクシタによって、吉兆の素晴らしいサインに溢れた式典がおこなわれました。寺に安置されていた神々の像はまるで生きているように出入りをし、空からは花々の雨が降り注ぎ、甘い音楽が流れ続けました。驚きに包まれた人々は驚嘆と熱気の中で式典を祝いました。食べ物やその他のもてなしが提供され、皆がそれを楽しみました。人間の姿をまとった真の仏陀であるグル・リンポチェと、シャーンタラクシタは、あらゆる職業や階級の人々と共に式典に出席していました。真理の光は来たるべき時代のためにチベットで確立され、そこにはただ歓びと安らぎだけがありました。


 サムイェーは、瞑想や礼拝、教学、研究、執筆を行なう重要な場所となりました。この僧院は仏教の聖なる経典や、像や、それらと共にインド、中国、ネパール、中央アジアから持ち込まれた貴重な宝物の大きな図書館、博物館でした。また、偉大な師たちが教えを説き、熟練した学者や成就者となった幸運な生徒達、チベットへ仏教の経典を翻訳したインドやチベットの学者たちを送り出す場所となりました。


 ティソン・デツェン王やシャーンタラクシタ僧院長、グル・リンポチェ、ヴィマラミトラ師と、インドやチベットの学者たちの支援のもと、仏教はチベットにおいて確実に確立されていきました。学者たちはスートラとタントラの両方の教えを説き、多くのチベット人が偉大な学者や成就者になりました。ヴァイローチャナをはじめとした多くの偉大なチベットの翻訳者たちは、ヴィマラミトラやシャーンタラクシタ、グル・リンポチェ、そしてカマラシーラといった偉大なインドの学者たちの指揮のもと、多数のスートラやタントラをチベット語に翻訳しました。

 シャーンタラクシタは、チベットで最初の仏教僧として、七人の若いチベット人を選びました。彼らが僧院の規律に従い、合格したあと、数百人がそれに続き、世界で最も巨大な僧院組織のひとつになりました。


 グル・リンポチェは、ティソン・デツェン王やその家臣たちに、さまざまな教えやアビシェーカ、そしてタントラの伝授、特にグル・リンポチェがインドで八人の偉大な師から受け取った八つのマンダラの偉大なサーダナを授けました。このアビシェーカの多くの受取り手の中で、八人がそれら八つのサーダナの有名な熟達者となりました。
 この時期のあいだに、サフラン色の僧衣をまとった僧院に住む禁欲主義の出家修行者と、白衣をまとい長髪で寺や村に住む在家の修行者という二つの体系が確立されました。
 白衣の在家の修行者の体系の導入により、ダルマは草の根レベルで保持され広がりました。


 グル・リンポチェと彼の配偶者のイェシェー・ツォギャルは、神通力を使ってチベット中を移動し、チベット人や他の生類の幸福、安全、未来の智慧のために絶えず働きました。二人はサーダナを行い、祝福を与え、体や手足の印を残し、そしてたくさんのテルマを隠していきました。


 グル・リンポチェは、たとえばタクツァン(今のブータン)などの十三の異なる場所で、ドルジェ・トロ(気の荒い激怒のヴァジュラ)として憤怒の姿で現われ、すべての非人間的存在を調伏しました。
 グル・リンポチェがチベットを訪れているあいだ、彼は三つの主な目的を成就しました。
 はじめに、チベットでの仏法の確立の障害となっていた人間や非人間的存在の力を、霊的な力によって制圧しました。
 次にグル・リンポチェは、多くのチベット人弟子たちや支持者たちのために、一般的には仏教の教えを伝達し、特別にはタントラの祝福された力をもたらしました。
 そして、遠い将来において深遠な教えや神聖な書物などが雑に混合したり損なわれたりしないよう、また未来の支持者たちに彼らの祝福の力が再び注がれるように、グル・リンポチェは、ツォギャルと共に深遠な教えをテルマとして隠しました。グル・リンポチェの支持者たちは、彼のテルマの伝承によって、今日でもありありとした祝福の力と共に、彼の教えと予言を適宜に受け取っています。

 テルマの発掘方法は、主に二つに分類されます。第一は地球上の物質的テルマ(サテル)で、たとえば黄色い紙の巻物に書かれた象徴文字などがあります。しかしその象徴文字は、単なる発掘のための鍵に過ぎません。テルトンが象徴文字を発掘したとき、象徴文字を読み取り、ありのままの智性によって、彼の中に隠されていたグル・リンポチェのヴァジュラの説法の智慧の力を呼び起こします。それによって言葉の解読が可能になり、隠された成就と隠された教えの伝達が、テルトン自身の中に次々と呼び覚まされます。テルマやテルマの実体を支えるものとして、象徴文字に加えて、岩や湖、土や空から発見された完全な書物や薬材、画像や儀式の道具といった何千もの発見物もあります。

 二番目のカテゴリーは、精神的テルマ(ゴンテル)で、外的な要素に頼らないこと以外は、地球上の物質的テルマと同様です。 
 精神的テルマの多くは、発掘の要因となる象徴的な言葉や音をヴィジョンで見たり聞いたりしますが、テルマを発見する方法として、通常は外界の情報源に頼りません。テルトンは、環境や機が熟したときに、内在的覚醒の広がりから無意識のうちに、精神的テルマを発見します。

 また、「純粋なヴィジョン」として知られる、教えの神秘的発見の三つめの重要な体系があります。それはテルマではありませんが、仏陀やダーキニー、ヴィジョンの中の師によって与えられる教えです。
 ただし、これによってテルマが発見される場合もあります。


 ニンティクの教えに関して、十七のタントラと、カンドゥ・ニンティクも含めたゾクチェンのメンガグデのタントラを、グル・リンポチェは、ツォギャルに内々に伝えました。
 その後、サムイェーの近くのチンプーで、ティソン・デツェン王の娘のペマサル王女が八歳でこの世を去ったとき、グル・リンポチェはその力によって王女の意識を肉体に呼び戻し、王女はニンティクのメッセージと教示を法の相続として受け取り、死にました。グル・リンポチェはツォギャルに、「今はヴィマ・ニンティクが人々に利益をもたらす時期だ。だからカンドゥ・ニンティクの教えは、テルマとして隠しなさい」と指示しました。


 そしてグル・リンポチェは王に言いました。


「エマホ! 偉大なる王よ、わたしの話を聞きなさい。
 この世には本質はない
 代わりにこの世には、際限なく回り続ける苦しみの循環だけがある。
 ダルマカーヤの王国の不朽の統治を必ず達成しなさい。
 不生なる究極の領域の本質を悟りなさい。
 森の中で、孤独の本質にとどまりなさい。
 隠居所、究極の本性、清澄と空の融合の本質を探しなさい。
 生まれもった精神の本性の家の中でくつろぎなさい。
 念と正智の調理場の本質を築きなさい。
 悟りの二重の精神という宝物の本質を育てなさい。
 智慧と徳の二つの富の集積という本質を持ちなさい。
 十の高徳な行ないの利点の本質の中で、自身を発揮させなさい。
 あらゆる存在への慈悲という、父なる神の本質を見つけなさい。
 空の本性という母なる神の本質を維持しなさい。
 完成と発達のステージの不可分性という子供たちの本質を持ちなさい。
 輝き、至福、無分別という生涯の伴侶の本質を瞑想しなさい。
 スガタの教えという友の本質を見つめなさい。
 不変の明瞭さの曼荼羅の本質をよく観察しなさい。
 心の従順さの教えの本質に従いなさい。
 不変の透明と空という景色の実体を目撃しなさい。
 ありのままの心の本性という瞑想の中でくつろぎなさい。
 活動の根底である二元的妄想を取り除きなさい。
 努力のない自発的完全性の結果の本質を成就しなさい。
 そうすれば、今生も来世も幸せでいられるだろう。
 そしてまもなく、ブッダの境地に到達するだろう。」


 グル・リンポチェの指示通りに、ツォギャルはメンガクデの指示書とタントラ、そしてカンドゥ・ニンティクの教えを隠しました。数世紀後、ペマ・レデルツァルというペマサル王女の生まれ変わりが、タモ・タクに隠されていたカンドゥ・ニンティクのテルマを持ち出しました。
 王女の次の転生はロンチェン・ラブジャムで、ニンティクの教えを、説法や執筆によって広く流布する使命にありました。





 サムイェー僧院の中央礼拝所の二階で、グル・リンポチェは、ティソン・デツェン王、イェシェー・ツォギャル、ヴァイローチャナに、ロンチェン・ニンティクのメッセージと教えを与えました。そしてさらにグル・リンポチェは、これらの教えはティソン・デツェン王の転生であるジグメ・リンパとヴィマラミトラによって発見されるだろうという予言を添えました。
 ティソン・デツェン王は六十九歳で死に、ムーネ・ツェポ王子が後継しましたが、彼はたった一年と六~七ヶ月のあいだ在位したあとに死んでしまったため、彼の弟のムティ・ツェポ王子が後を継ぎました。

 それから五十五年と六ヶ月が経ったあと、木の猿の年(西暦864年)、グル・リンポチェは、ムティ・ツェポ王と大臣たちが止めるのも聞かずに、チベットを離れ、彼が顕在する浄土である【サンド・ペリ(銅色に輝く山)】へと向かうことになりました。王と膨大な数の信者達は、マンユルのクンタン峠まで、グル・リンポチェにお供しました。クンタン峠において、王は次のように言って嘆きました。

「ティソン・デツェン王は天へと旅立たれた。
 ウッディヤーナのグルは、彼の浄土へ行こうとしている。
 ムティは、チベットに残されてしまうのか。
 父の生はとても短く、
 グルの思いやりはあまりにも限られている。
 わたしの功績はあまりにも貧しい。
 今や、ダルマの法の機関は減退してしまった。
 チベットの民の喜びの対象は尽きてしまった。
 グルと父がいらっしゃるあいだに
 どうして私は死ななかったのか!」

 グル・リンポチェは、王と家臣たちを慰めてこう言いました。

「若いあいだにダルマの実践をし、自身の力を発揮せよ。
 老人になると、ダルマを理解することはむずかしい。
 おお、王よ、家臣たちよ。人生は束の間である。
 野暮な考えを持ってしまったときは、その対象と自己の心を見よ。
 識別をせず、自然にくつろぎなさい。
 おお、王よ、家臣たちよ。見識を解明することは極めて重要である。
 慈悲がなければ ダルマの訓練の根は腐っているということだ。
 輪廻の苦しみの特徴について、繰り返し考えなさい。
 おお、王よ、家臣たちよ。ダルマへの専念を先延ばしにしてはならない。

 敬虔な人々は、自分たちで目的に到達する。
 ダルマから離れるいかなる理由も存在しない。
 生きているうちに、ダルマの経験を努力して獲得しなさい。
 死のあとに儀式に頼るのでは遅すぎる。
 敬虔な人々のために、パドマサンバヴァはここにいる。
 祈る人々のために、彼らの扉のところに私はいる。
 今、パドマサンバヴァは、チベットに留まらず、ラークシャサの地へ向かう。
 木の上から飛び立つ鳥のように。」

 空に浮かぶ色とりどりの雲の中央から、装飾された聖なる馬が現れ、賛美歌と甘い音楽に包まれて、グル・リンポチェはイェシェー・ツォギャルと多くの聖なる存在たちと共に、西の空へ向かって高く上っていきました。
 そしてグル・リンポチェと一行の影はだんだん小さくなり、音楽もゆっくりと消えていきました。王と集まった家臣たちの頭上には、ただ静かに澄み切った何もないチベットの空だけがありました。
 一方で、グル・リンポチェの出発を違う形でとらえていた人々もいました。ある人々にはグル・リンポチェがライオンに乗って去ったように見え、ある人々には太陽光線に乗っていったように見えました。
 グル・リンポチェとイェシェー・ツォギャルは、チベットを去ったあと、ツァワ・ロンの神聖な洞窟に降りたちました。グル・リンポチェはさらなる教えと予言をツォギャルに与えたあと、愛と思いやりをもって別れを告げ、次のような言葉を残し、光とともに空へと昇っていきました。


「おお、イェシェー・ツォギャルよ、聞きなさい。
 パドマサンバヴァは、素晴らしい至福の地へと行く。
 わたしは、不滅の神性の中にとどまる。
 一般的な死における心身の分離と共通するものは何もない。
 鍛錬の真髄であるグルヨーガを瞑想しなさい。
 あなたの王冠の上にある蓮華と月の上に、光の真ん中にある二本の足、
 あらゆる存在のグルであるパドマサンバヴァを思い描きなさい。
 観想が明確になってきたら、力を受け取り、熟考しなさい。
 祈りの心の真髄である、グルのシッディ・マントラを唱えなさい。
 最後に、あなたの三つの扉をわたしに密接に統一させなさい。
 グルの心の本性を悟ることに、強い願望を生じさせ、捧げなさい。

 ゾクチェンの本質を易々と熟考しなさい。
 これより優れた教えはない。
 パドマサンバヴァの愛は、常にそこにある。
 たとえわたしがこの場所を離れても、チベットへの深い私の哀れみの光の輪は、絶たれることはない。
 祈りを捧げる子供たちのために、わたしはいつも彼らの前にいる。
 わたしに信を持つ人々は、決してわたしと離れることはないだろう。」



 グル・リンポチェは、自発的成就のヴィディヤーダラとして、目に見えない世界の明らかな浄土であるサンド・ペリ(銅色に輝く山) に、今なお存在していると信じられています。自発的成就のヴィディヤーダラは、成就の最後のステージで、完全な仏陀になるほんの手前のステージです。その悟りと活動は仏陀のそれと似ていて、その姿形はサンボーガカーヤと同等です。この成就は、菩薩の十番目のステージと同等です。


 チベットにおけるグル・リンポチェの数多くの弟子たちの中で特に偉大なる者は、王と二十五人の家臣であり、イェルパで虹の身体を獲得した八人の成就者であり、百八のチュウォ山の瞑想家であり、三十人のタク谷のタントリカであり、五十五人のヤルルン谷で悟り得た者たちであり、二十五人のダーキニーと七人のヨーギーです。

 また、グル・リンポチェには、高い悟りを得たチベットの女性の弟子たちがいました。 
 トのティサムは、空を飛びました。 
 マゴのリンチェンツォは、太陽の光に彼女の服を掛けました。 
 オチェのカルギャルパクは、ダーキニーのヴィジョンを見ました。 
 チョクロのチャンチュプは、火と水を体の中に同時にあらわしてみせました。
 カルチェンのイェシェー・ツォギャルは、体の各々の部分に、さまざまな仏陀の存在をあらわしてみせました。
 ジンのラカルマは、空を飛び、障害なく地面の中に入っていきました。
 シュクのシェーラプ・パクマは、記憶の中に膨大な仏陀の教えの集積を持っていました。
 バのラモヤンは、瞑想的没頭の完全なる力を通して、人々のさまざまな願いを叶えました。
 シーカルのドルジェツォは、竹の杖の上に立って、ブラフマプトラ川を渡りました。

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ラクシュミーンカラー

2019-07-22 10:15:00 | 聖者の生涯





 ラクシュミーンカラーは、ウディヤーナという地のサンボーラという町のインドラブーティ王の妹であり、幼い頃からその高貴な位の利点を大いに享受していました。偉大なシッダ・カンバラから教えを学び、またタントラの経典について多くの事を知っていました。
 兄のインドラブーティ王は、彼女をランカープラの王ジャレーンドラの息子のもとへ嫁がせました。迎えの使者が来たとき、清浄な財産とともに、彼女は一連のダルマについての多大な知識を持って、ランカーへと赴きました。
 ランカーの町に着いたとき、出会った多くの人々はみな非仏教徒であったので、彼女は大変悲しくなりました。「惑星や星の配置が悪い」ということで王宮に入れてもらえず、町にとどまっていたとき、王子の側近者たちが肉をたくさん持って狩りから戻り、ラクシュミーンカラーの前にやってきました。それを見て彼女は言いました。

「な、何ですか、これは! 誰がそれらの動物を殺したのですか。どこから持ってきたのですか。何なのですか。」

「我々は狩りに行って来たのです。あなたの夫である王子が、野に入ってこれらを射止めました。」

 彼女は、狩りの話と、また、ただ胃を満たすためだけに食べることに、大変な嫌悪を感じました。

「私の兄はダルマを保護している王であるのに、このような仏教を信奉しない人のもとに、どうして嫁いでいることができようか。」

 このように思い、彼女は気を失いました。意識を取り戻したとき、彼女は、財はその町の市民に、装飾品は従者たちに渡し、宮殿に行きました。
 それから後、十日間、誰も中に入らないように言って、ラクシュミーンカラーは引きこもりました。髪を切り、衣装を脱ぎ捨てて裸になって、身体に灰やごま油を塗り、気の触れたように振る舞いましたが、彼女は心の目指す精髄のところに向かって、確実な一歩を踏み出していました。
 ジャレーンドラ王たちは悲しみに踏みにじられました。医者に薬を持って行かせましたが、近づく者を彼女はみな、真鍮の装身具を振り回して追い出しました。兄のインドラブーティ王のもとにも使者が送られましたが、彼女の心は依然として変わりませんでした。
 王女は脱走を考えました。彼女の心は法楽の中に安住し、輪廻に失望していたからでした。彼女は気が狂った苦行者のように振るまい、ランカーの宮殿を脱出して、残飯を食べ、死体捨て場で眠り、精髄の意味を体験し、七年で成就を得ました。
 ジャレーンドラ王に仕える掃除夫が彼女に奉仕し、教えを授けられました。彼は、いくつかの功徳を得、さらに他の経験のために修行をしていました。他の人たちはそれを知りませんでした。
 そんなある日、ジャレーンドラ王が従者を連れて狩りにやってきました。王は道に迷い、ついに森から抜け出せず、その夜は自分の家に戻ることができませんでした。王が休憩する場所を探していたところ、ラクシュミーンカラーが寝ている洞窟に来ました。

「このキチガイ女が、また何をしているのだろう?」

 そう思いながら覗いてみると、中にはまばゆい光がありました。そして無数の天女がすべての方向から彼女を礼拝し、供養をしていました。王は正しい浄信を生じ、その夜はそこへ泊まり、その後、自分の宮殿へと帰っていきました。
 そして再び王はラクシュミーンカラーの洞窟へ戻り、彼女に礼拝しました。

「なぜ、わたしのような女に礼拝するのか。」

とラクシュミーンカラーは尋ねました。王は教えを願いましたが、ラクシュミーンカラーはこう言いました。

 輪廻のすべての衆生は、苦悩を有している。
 幸福や至福は何もない。
 誕生と老いと死などに襲われ、
 輪廻の最高位である神々でさえも、
 それらから逃れることはできない。
 三つの悪い世界は苦しみである。
 あちらこちらで食べても常に飢えており、
 熱さと寒さに限りなく苦しめられる。
 それ故に、王よ! 解脱の大楽を求めなさい。

「あなたはわたしの弟子ではない。あなたのところのある掃除夫がわたしの弟子であり、彼があなたの師となるだろう。」

「掃除夫はたくさんいます。どのように見分ければいいでしょうか。」

「彼は人々に食べ物を施しているだろう。夜、彼のところへ弟子入りしなさい。」

 王はそのような掃除夫を見つけ、注意深く観察し、呼び寄せました。彼を玉座につけ、礼拝し、教えを求めると、掃除夫は精神的な祝福を与えるアビシェーカを伝授しました。

 その後、掃除夫とラクシュミーンカラーの二人は、ランカープラで神変を示した後、ヴァジュラヴァーラーヒーの生起次第と完成次第のステージを示し、そしてその身のままでダーカの領域へ行きました。


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マニバドラーあるいはヨーギニー・バフリ

2019-07-21 11:56:27 | 聖者の生涯





 マニバドラーは、またの名をヨーギニー・バフリといいます。
 アガルツェという町に、13歳の娘を持つ裕福な家長が住んでいました。この娘は自分と同じ階級の男に嫁ぎましたが、その後、両親の家を訪ねて来ていたある日、グル・クックリーパが娘のところにやってきて、食べ物を求めました。

「あなたは容姿がこのように美しいのに、どうして托鉢で生活し、ぼろ布を縫い合わせただけの服を着ているのですか。同じ階級の妻をめとるのが本当です。」

 クックリーパは、答えて言いました。

「わたしはサンサーラにおびえ、恐れている。それ故、解脱である最も優れた大楽を修行する。
 もしも、この幸運な生涯において修行しなければ、
 どうしてまた来世でダルマに出合えようか?
 宝石のように貴重なこの生が、
 もしも、配偶者のような不純なものに包み込まれてしまうならば、
 わたしの人生の望みは、無に帰してしまうことだろう。
 わたしにはそうなることがわかっているから、妻をめとらないのだ。」


 彼女は信を生じさせ、施しを捧げ、言いました。

「わたしに解脱を得る方法を教えてください。」

 クックリーパは告げました。

「わたしのすみかは死体捨て場の中にある。もし欲しいのならば、そこに来なさい。」

 非常に困難でしたが、娘はその夜、真夜中近くに、死体捨て場へと行きました。娘に教えを受ける準備が整っているのを見て、クックリーパはチャクラサンヴァラのイニシエートをし、生起次第と完成次第、そしてそれらを完全に一体とする教示を伝授しました。そこで彼女は数日間修行しました。
 
 両親の元へ戻ると、娘は二人から打たれ、罵倒されました。彼女はこう言いました。

「この宇宙の三つの世界には、父と母でなかった魂はありません。
 階級や偉大な血筋もまた、輪廻の鎌首から解脱するものではありません。
 わたしはグルをよりどころとして、解放に向けて努力します。
 だから、ぶってください。・・・・・・私はそれを道として受け入れます。」

 両親は、わずかに信仰を生じさせ、それ以上何も言いませんでした。

 彼女はグルの教示を瞑想し、世俗の行為と義務を放棄しました。そうして一年間修行すると、かつての夫がやってきて、彼女を自分の家に連れて帰りました。夫の家では、普通に皆がやるように、世間の行為と義務に従って振る舞いました。言動も慎み、優しい言葉を話していました。また、男の子が一人と、女の子が二人生まれました。ある日のこと、彼女は男の子を祝福に連れて行きました。そのとき、グルと出会ってからすでに12年が経過していました。

 水を汲みに行き、家に戻ろうとしたとき、木の根元につまずいて、水瓶を割ってしまいました。壊れた瓶をじっと見つめながら、彼女はその場に立ちすくみ、昼になっても家に帰りませんでした。夫がやってきて、そこにいる彼女を見つけました。彼女は割れた瓶を見つめたままでした。彼女に誰が何を話しかけても、彼女は聞こえていない様子でした。ただ割れた瓶をひたすら見つめ続けていました。人々は皆、「霊にとりつかれたのだろうか」と言いました。

 そして太陽が沈む頃、彼女は口を開きました。

「無始の過去から、生き物たちは
 肉体という瓶を壊します。
 どうして家へ帰れましょう?
 わたしの瓶はたった今、壊れました。
 サンサーラの家には帰りません。大楽へと赴きます。
 ああ、グルは大いにすばらしきかな!
 至福を得たいならば、彼に帰依しなさい。」

 そう語ると、彼女は空に浮かび上がり、そして21日間、アガルツェの人々に教えを説きました。その後、ダーカの世界に行きました。
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クックリーパ

2019-07-21 11:43:34 | 聖者の生涯



 昔、マントラヤーナに信を生じさせたカピラサクルという地出身のあるブラーフマナがいました。ヨーギーの修行を行いながら、彼は食料を乞うて歩き回りました。
 ルンビニーの町に至る道ばたに、飢えた雌の子犬が一匹いました。ヨーギーは子犬に対して哀れみを生じさせ、子犬を連れて町に行くことにしました。あたりを探し回ったあげく、食料を調達するあいだ子犬を残しておける、空っぽの洞窟を見つけました。彼はその洞窟で修行することにしました。
 12年の後、彼は世間的なシッディである、透視や遠視などを得ました。
 そこで三十三天の神々は、ヨーギーを天界へ招待しました。ヨーギーは子犬を洞窟に置いたまま出かけました。置き去りにされた雌犬は、地を掘りました。すると水と食べ物があらわれたので、それらを飲み食いしながら洞窟にとどまりました。
 神々はヨーギーに布施をしました。しかし彼は雌犬のことを思い出し、帰ろうとしました。すると神々は、こう言って彼を止めました。

「あなたのような功徳を得ておきながら、犬のようなものへの思いが断ちきれないのはよくありません。ですからここにお残りになるべきです。」

 彼らはこう何度も繰り返し、彼を引き留めました。
 しかしある日、ヨーギーは彼らの言うことを無視し、洞窟へ帰りました。彼が雌犬をなでると、犬はダーキニーになってこう言いました。


 よくできました。それでよいのです。あなたは生まれの良い息子です!
 あなたは障害となる、あれらの絶え間ない力のところにとどまりませんでした。
 もっと高いシッディを得るでしょう。
 以前の成就は偽りです。
 あなたは見解を浄化しました。
 ああいった力を持つことは、すばらしいことではありません。
 母が、けがれのないすばらしい大楽の最上の成就を授けましょう。


 そして彼女は、方便と智慧を合一する象徴の教えを与え、ヨーギーは不変なるものを絶え間なく正しく観察し、最も優れた成就を得ました。それ以降、ルンビニーの誰もが、彼をグル・クックリーパと呼ぶようになりました。彼は魂の利益のために働いた後、カピラサクルの町の会衆とともに、その身のままで、ダーカの領域に行きました。

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