ヨーガスクール・カイラス blog

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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(20)

2018-02-28 21:24:32 | 聖者の生涯




【プリーへ戻る】


 チャイタニヤはラーマーナンダ・ローイに、統治者を辞めてプリーを訪ねるようにと再び助言し、クリシュナ信仰の布教と二年間の巡礼を経て、最後の目的地に到着しました。チャイタニヤはヴァースデーヴァ・サルヴァバウマに温かい歓迎と崇敬を受け、彼に二つの嬉しい知らせを打ち明けました。その一つ目は偉大な信者であるラーマーナンダ・ローイとの出会い、二つ目は最も貴重な所有物となった無類のクリシュナ信仰の福音であるブラフマ・サンヒターとクリシュナ・カルナームリタを得たことでした。
 彼はオリッサとベンガルの学者や信徒たちに、これらの書物を広めました。

 チャイタニヤの帰参は、プリーの人々にとって大きな喜びでした。カーシ・ミスラは自分の家を出て、主がそこに宿泊できるよう手配しました。サルヴァバウマは地域の重要な住民全員でもある、ジャガンナート寺院のすべての従者に彼を紹介しました。
 主への謁見許可を求めていた者の中の一人に、オリッサの君主のプラターパ・ルドラがいました。彼は偉大な信者でしたが、チャイタニヤは出家修行者の身分としてそのような世間的地位と身分を持つ人物に会うべきではないとして面談を拒みました。そこでサルヴァバウマたちは、山車祭の日にジャガンナートの列の前で信者達と共にチャイタニヤが踊って歌っているときに、彼の前に普通の信者の装いをさせた王を連れてくる計画を立てました。主が恍惚状態に入っているとき、プラターパ・ルドラ王は主の前に平伏し御足に触れました。そしてそのとき王が美しい旋律で詠唱したバーガヴァタの詩は、魂が震えるような影響をチャイタニヤに及ぼしました。チャイタニヤは高い霊的ムードで王を抱擁し、それによってクリシュナ・バクティが王にもたらされました。

 ニラーチャルにチャイタニヤが帰還したことで、ナヴァディープの信者達の心は大きな期待に膨らみました。約二百人にもなった彼らの一団は、チャイタニヤに会うためにプリーに四ヶ月滞在し、その間彼らはサルヴァバウマによって配慮されたプリーの寺院の手厚いもてなしを楽しみました。
 日夜、主は恍惚状態の中で彼らと歌い踊りました。彼は途中で集団を四つに分けました。ハリの叫びと共に八つのドラムと32のシンバルが地区に鳴り響き、プリー中が情熱的信仰の洪水によってハリの御名の波を浴びました。主は四つのキールタン集団を従えて寺院を一周し始めました。彼はたびたび恍惚状態に入ったため、身体が地面に叩きつけられぬように、ラーマーナンダのサポートを必要としました。このようにしてチャイタニヤは信者達と共に、絶え間ないサンキールタンの中で、この上なく幸せな時間を過ごしたのでした。
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(19)

2018-02-28 17:26:04 | 聖者の生涯

【巡礼中のいくつかの重要な出来事】


 チャイタニヤの巡礼は二年を要しました。セートゥバンダとカンニャークマーリーに至るまでの旅の途中、彼は全ての聖地の重要な中心地に行き、数ヶ所の重要な中心地以外は、聖地から聖地へとすばやく移動しました。
 シュリーランガムという所では、主はヴェーンカタ・バッタという信仰深い人物とチャトゥルマースヤ(季節祭)の四ヶ月間滞在しました。毎日彼はカーヴェーリで沐浴をして歌い、ランガナータの前で踊りました。そこで主は、神の前で意味も分からずに毎日ギーターを読んでいるブラーフマナに会いました。ある学者たちはその男に侮辱的な言葉を吐いて小ばかにしていましたが、彼はそんな学者たちのあざけりを気にすることなく、うっとりとした様子で読んでいました。男の打ち震える身体と歓喜の涙を見て、主は、何に刺激を受けてそれほど有頂天になっているのかとたずねました。男は答えました。

「私はギーターの意味も分からない無知な者です。私はただグルの命に従って読んでいるのです。うっとりした気持ちになると、私は自分の心の目の前に、二輪馬車に座った黒く美しいクリシュナが、その御者であるアルジュナに話を聞かせているところを見るのです。」

 チャイタニヤは、「あなただけがギーターを読むにふさわしい。あなただけがその本質を理解している」と言いました。

 チャイタニヤと共に滞在していたヴェーンカタ・バッタは、ラクシュミー・ナーラーヤナを信仰していました。彼はナーラーヤナを神とするシュリー・ヴィシュヌ派に属していました。チャイタニヤは多数の発言や聖典の引用を通じて、クリシュナが神であり、ナーラーヤナはその放たれた輝きであることを彼に理解させました。

「それが全衆生の心を勝ち取ったクリシュナの魅力なのです。ヴリンダーヴァンの人々にとっては、彼は仲間の一人であり、神だとは思っていませんでした。彼らにとってはクリシュナはヴラジャの長の息子であって、神だとは知らなかったのです。クリシュナをヴリンダーヴァンの人々のように崇敬した人々のみが、彼に達することができました。しかしナーラーヤナとクリシュナは本質的に同一です。それはラクシュミーとゴーピーたちも同じです。ゴーピーの格好をしたラクシュミーは、クリシュナの仲間であることを体験しました。しかし信仰的教義は、神の中に複数の存在を認めていません。よって、信者達は与えられた異なる彼の姿を瞑想するのです。」

 シュリー・ヴィシュヌ派のヴェーンカタ・バッタはこのようにして、クリシュナ信仰の実践をするように説得されたのでした。

 マドゥライでは、チャイタニヤはラーマダースという名の信者と共に滞在しました。ラーマダースは、ラーマーヤナの中でラーヴァナがシーター女神を連れ去ったことを悲嘆して、断食をしていました。チャイタニヤは彼に、それは正しいことではないと伝えました。
 セートゥバンダに到着すると、クールマ・プラーナの朗読が聞こえてきました。その内容は、ラーヴァナが連れ去ったシーターは実は火の神の世話を受けて身代わりに置かれた幻のシーターであり、ラーヴァナ破滅後のシーターの厳しい火の試練は、本物のシーターを取り戻すためだったというものでした。チャイタニヤはその内容をプラーナからコピーし、帰国後マドゥライに到着してからラーマダースにそのコピーを渡し、彼の嘆きを和らげました。

 帰国時、チャイタニヤはカンニャークマリーから以前のトラヴァンコル州を通り過ぎました。ティルヴァッタール(インド南部のタミル・ナードゥ州)のアディ・ケーシャヴァ寺院で彼はブラフマ・サンヒターと呼ばれる珍しい手書き原稿を見つけました。それはヴィシュヌ派経典の真髄であり、そこには全ての教義と実践が数語にまとめて書かれていました。彼はそのコピーを作り、大事な所有物として持ち歩きました。

 チャイタニヤはその後、西インドと中央インド地域を通りました。ゴーンド族の地で、部族の首領のナオーロージが、身代金を支払わなければ彼に危害を加えると脅しました。チャイタニヤは意思の力で彼を信者に改宗させました。ナオーロージは悪の道を放棄して苦行者となったばかりでなく、チャイタニヤの忠実な従者となりました。

 ドワーラカーは、チャイタニヤが西インドで立ち止まった重要な場所のうちの一つでした。大事な所有物として偉大な書物であるクリシュナ・カルナームリタの写しを持ち歩いていたのも、この地域を旅行中のときでした。その後、彼はプリーに向けて、彼の偉大な信者であり友人であるラーマーナンダ・ローイの地ヴィディヤーナガルに到着するまで、ゴーダーヴァリー、ナルマダーやタプティの土手などの数々の聖地を通り抜けました。

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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(18)

2018-02-28 17:17:04 | 聖者の生涯


【ラーダーとクリシュナの人格を持つチャイタニヤ】


 このようにして、チャイタニヤとラーマーナンダ・ローイは、ラーダー・クリシュナとその崇高な愛の形について語り合い、歌と踊りと共に10日間を過ごしました。そしてついにチャイタニヤは、ラーマーナンダに本性を現しました。ローイの視界から苦行者の姿は消え、彼は究極の受容的歓びであるラーダーと歓喜の王子クリシュナが融合した姿を見ました。
 ローイは、チャイタニヤの権化はクリシュナが彼自身の歓喜を味わうために、ラーディカーの美しさと彼自身の感情を併せ持ったのだということを知り、その光景を見て恍惚状態に入りました。チャイタニヤはローイに触れ、彼を通常意識に戻して、その本性についてのローイの理解を確固たるものにしました。

「私はこの姿をあなたに見せた。この身体は色白ではなく金色だが、それはラーダーに触れたせいである。彼女は牛飼いの王子以外には触れない。私は自分の心で彼女の感情を思い、クリシュナの素晴らしい甘さを経験するのだ。このことは秘密にしておくように。」

 そして10日が経過した後、チャイタニヤは、出発する際にローイに命じました。

「この世の心配事は捨てて、プリーへ行きなさい。私も巡礼を終えたらすぐにそこへ戻る。プリーでクリシュナのことを語りながら、共に幸せに暮らそうではないか。」
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(17)

2018-02-28 15:33:46 | 聖者の生涯


【サキーの概念】


「クリシュナとラーダーの遊戯はきわめて深く、サキー(仲間。ラーダーの同性の友人)のみがそれを理解できました。サキーの魂としてクリシュナを崇敬していた者達だけが、この遊戯の充足感を楽しみました。それゆえ帰依者たちは、魅惑の戯れをおこなうラーダーとクリシュナに注目するサキーの態度に順応することで、献身的信仰を実践しました。

 しかしサキー自身はクリシュナとの遊戯を望んでおらず、クリシュナとラーダーの戯れを企てることに情熱を感じていました。ラーダーは真にクリシュナの愛の希望の柔らかい蔓(カルパラタ)であり、サキーはそのつる植物の葉であり花であり芽でした。ラーダーとクリシュナの戯れの花の蜜は、歓喜の葉や花の形をとったサキーが流したそれの千万倍以上もあふれ出しました。互いに向けた無私の愛は滋味(ラサ)を強め、クリシュナはそのような無欲の愛の光景を喜びました。

 ゴーピーたちが感じていた愛は、欲望とは完全に別物でした。カーマ(愛欲)または性的欲望はただ個人の感覚的満足を目的としますが、ゴーピーたちはただクリシュナの喜びだけを探し求めていました。

 ヴェーダ崇拝を放棄してクリシュナを崇敬していたゴーピー達の情熱の甘露は、クリシュナの心を動かしました。クリシュナと同時代に生きたヴラジャの人々のような渇仰的な愛の道を進むことで、人は次の生で、模範としていた渇仰を持つヴラジャの人の姿をとり、クリシュナを得るのです。
 ラーダーとクリシュナの戯れを心に思い巡らすことで、私たちはサキーに生まれます。クリシュナを単に神としてどれほど崇拝しても、彼に到達することはできません。サキーとして、ゴーピーとしてクリシュナに奉仕をすることによって、彼に到達します。アストラル体でサキーによるクリシュナへの模範的奉仕に思いを巡らせることで、次の生でサキーとしてラーダー・クリシュナの御足に到達するのです。」
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(16)

2018-02-28 08:59:37 | 聖者の生涯

【クリシュナとラーダーの物語】


 次に、クリシュナ物語の全体の謎を明らかにするよう求められたローイは、次のように述べました。

「クリシュナは究極の実在であり、全ての動機、全ての根源です。彼には永遠に存在する永遠なる住処があり、その身体はサット(純粋実在)、チット(純粋意識)、そしてアーナンダ(純粋歓喜)です。
 ヴリンダーヴァンでは超自然的な美少年として顕現し、彼の信仰においては愛の種子である捧げられた愛が提唱され、男性・女性、生物・無生物のすべての心を魅了しました。

 クリシュナの力は無限で、そのうち最も重要なのがチット・シャクティー、マーヤー・シャクティー、ジーヴァ・シャクティーです。一番目は彼の内在的で本質的な力(スワルーパ・シャクティー)、二番目は彼の外的な創造力(マーヤー・シャクティー)、三番目は彼の保存力(ジーヴァ・シャクティー)です。
 このうち、クリシュナのスワルーパ・シャクティーは、サット、チット、アーナンダの三種類の特徴にしたがって三種類の顕現を持っていました。
 アーナンダの特徴は至福を与えるヒラーディニー、サットは創造のサンディニー、チットの特徴はジーヴァの本性であるサンヴィトです。
 歓喜のクリシュナは、ヒラーディニーという名前でした。クリシュナ自身が歓喜であり、また歓喜を楽しんでもいます。ヒラーディニーは帰依者に歓喜を与え、その本質はプレーマ(愛)と呼ばれます。プレーマは感情の流れでマハーバーヴァとして知られる究極の形です。ラーダーは最も高度なヒラーディニー・シャクティーの表現であるこのマハーバーヴァの象徴でした。」
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(15)

2018-02-28 08:47:08 | 聖者の生涯


【ラーマーナンダ・ローイとの出会い】


 この巡礼の中で最も注目すべき出来事は、ヴィディヤーナガルで、ヴァースデーヴァ・サルヴァバウマが勧めた、ラーマーナンダ・ローイとの出会いでした。ヴィディヤーナガルは現在のラージャムンドリの東の戦略的ポイントに位置しており、ラーマーナンダ・ローイはその地域の支配者でした。
 聖なるゴーダーヴァリのガートで沐浴後の休息をとっているときに、チャイタニヤとラーマーナンダ・ローイは出会いました。チャイタニヤの霊的光輝はローイを惹きつけ、彼はチャイタニヤのそばへ行き、謙虚に敬礼をしました。すぐに二人は話を始めて、お互いの信仰と智慧を称賛し合いました。チャイタニヤの神性に気付き、ローイはチャイタニヤにヴィディヤーナガルで最低10日間の滞在を請い願い、チャイタニヤはその要求に応じました。
 夜通し交わされた会話の中で、チャイタニヤは、ローイを彼の道具にするために、絶えず質問を繰り返しながら、クリシュナ信仰について微細な教えを明らかにしていきました。

 最初にチャイタニヤはローイに、無私の愛を得ることはどういうことかと聞き、ローイは、神への捧げものとして個人の義務を果たすことだと答えました。チャイタニヤはもっと細かく答えるように要求し、ローイは、神への愛のためにすべてのカーストの義務を放棄し、彼のみに避難処を求めることだと答えました。さらなる意味を示すよう命じられたローイは、少しずつクリシュナへの愛の深さを明らかにしていきました。

 ローイは次に、バララーマのクリシュナへの愛のような兄弟愛の深い愛のかたちについて述べました。
 さらに深い段階として、ローイは、子供のクリシュナに対するナンダとヤショーダーの親の愛について述べました。
 それよりもさらに深い愛の形があるかと聞かれ、ローイは、ルクミニーや他のクリシュナの妻たちが持っていたタイプの、夫婦の愛だと答えました。
 主はしかし、これにさえも満足しませんでした。そのためローイは、ゴーピーたちのクリシュナへの愛はさらに深いと言いました。そのような愛で、ゴーピーたちは、どんな社会的批判も気にかけず、クリシュナを追いかけました。彼女たちは彼のために自分自身をも放棄したのです。したがって信者は、クリシュナのために彼自身を放棄するべきでしょう。

 さらに深い愛の形を思索せよと言われ、ローイは、ラーダーの愛が最も高度であると答えました。この愛は、身勝手さで汚染されたものが皆無であるというのです。クリシュナの慰めだけが彼女の唯一の関心であり、少なくとも個人的悩みや社会的迫害は、彼女を思いとどまらせることはありませんでした。ラーダーは歌いました。

「彼に思い出させて、もし忘れてしまっているなら。最初にお会いしたときに瞬間的に感じた愛を。なお大きくなっていくそれは、私をどこにいざなうのでしょう。男性と女性は恋に落ちると人は言う。しかし私には、男女の意識はないのです。クリシュナへの愛は、測ることができないのです。」

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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(14)

2018-02-28 08:44:06 | 聖者の生涯


【南への巡礼】

 この最初のプリーへのチャイタニヤの滞在はごく短期間で、2週間または4ヶ月とされています。チャイタニヤは、兄のヴィシュヴァルーパを探すために一人で南方巡礼に行くという決意を表明しましたが、本当の理由は、愛の宗教を広めるためでした。巡礼は1510年の4月10日に始まり、2年間を要しました。二ティヤーナンダをはじめとするナヴァディープの信者やサルヴァバウマら新しい信者たち全員がその表明を非常に悲しみましたが、情け深いチャイタニヤもこのときは一度決めた決意を譲りませんでした。唯一の友としてのクリシュナと共に、水筒と腰布だけを持ち物として、チャイタニヤは出発しました。
 サルヴァバウマは、チャイタニヤにゴーダーヴァリの湖畔にあるヴィディヤーナガルにあるカリンガのガジャパティ・プラターパ・ルドラ君主の代理人であるラーマーナンダ・ローイという男と、旅の途中で会うように頼みました。ラーマーナンダ・ローイは、ブラーフマナ・パンディットではありませんでしたが、類まれな信仰心を持つ男でした。

 チャイタニヤは東海岸沿いにカンニャークマーリーとセートゥバンダに向かって南へ進み、そこからプリーへ向かって中央インド、西インドとガンガー渓谷を抜けて旅を続けました。さらに数々の村を通り抜け、52カ所の聖地に様々な期間、滞在しました。チャイタニヤの魅力はいたるところで大勢の群集をひきつけ、その恍惚的ダンスとクリシュナの御名の詠唱は人々に多大な影響と刺激を与えました。チャイタニヤはこの旅行中、ナディアにいた頃よりもさらに強い情熱的信仰の磁気的パワーを顕しました。いくつかの地では、カーストやその信条に関わらず、クリシュナの御名と踊りで村全体を真のヴィシュヌ派に改宗させました。学問の重要な中心地や宗教宗派の重要なセンターで、チャイタニヤは神学の権力者たちに会い、カーストの差異に関係なく尊敬を集めました。
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(13)

2018-02-27 22:26:01 | 聖者の生涯


【プリーに到着、そしてサルヴァバウマの改宗】
 
 その後、ブワネーシュワルを抜け、チャイタニヤはプリーから6マイル離れた、寺院塔が見えるバーグリ河に到着しました。彼はクリシュナがその寺院の頂上から手招きしていると感じ、その直後に恍惚状態になり、ゆっくりとした動作で踊り、叫び、笑いました。このような調子で彼はプリーまでの6マイルの間に大勢の仲間を作ったのでした。

 プリーに到着し、チャイタニヤは寺院内に入ると、神の彫像は寺院職員が厳重にガードしており誰も立ち入れないという信者の説明も無視して、ジャガンナート像を抱擁するために警備を突破しました。狂ったように突進して途中で転んでしまったチャイタニヤを懲らしめようと、怒った警備員が近づいていくと、背丈のある立派な、いわば信者を守るために神によって送られたブラーフマナがあらわれ、それを阻止しました。その人物は他でもない、当時のオリッサを支配していたプラターパルドラ王の招待を受けてナヴァディープからやってきたヴァースデーヴァ・サルヴァバウマ教授でした。チャイタニヤも、ナヴァディープにいた頃、サルヴァバウマ教授の生徒でした。この偉大なパンディットは、この若い出家修行者に不思議な魅力を感じ、生徒たちに彼を家まで運ばせました。チャイタニヤのほんの少しの影響で、皆に信仰的情熱のうねりが起きました。全員が恍惚状態に入ってハリ・ボロを叫び踊る姿を見て、教授は感動をおぼえました。サルヴァバウマは学者であり伝統的正統派の信者でしたが、内実はバクタではなく、この時点ではなんとか信仰心をたよりとしてチャイタニヤの御足に触れたのでした。

 彼の学識のプライドは、十分な証明がないままこの若い出家修行者を評価することに疑問を呈しましたが、彼はチャイタニヤとその信者達に、手厚いもてなしをしました。そして教授は、チャイタニヤの歌や踊りの信仰の情熱は逸脱した奇行に過ぎず、チャイタニヤは出家修行者になるには若過ぎるという理由を述べて、今は自分の下でヴェーダーンタを学んだほうが良いと助言しました。チャイタニヤはその提案を謙虚に受け入れました。

 ある日のこと、サルヴァバウマ教授は、ヴェーダーンタのいくつかの節に対するシャンカラの解説の、非常に学術的な説明をしていました。しばらくして教授は若い出家修行者・チャイタニヤにその解釈が理解できるかと聞くと、チャイタニヤから、ヴェーダーンタの書物は簡単に理解できるが、シャンカラの解釈は不合理に思えて言葉さえ理解できない、という衝撃的な答えが返ってきました。

 サルヴァバウマの学識に対するこの挑戦は、ディベートにおいて無敵であると自負していた教授に大きな衝撃を与えました。その後、教授が九つの意義を添えたバーガヴァタからの一節について、チャイタニヤはその解釈の中の誤りを指摘した後、より多くの意義を詩に添えました。学識に慢心はあったものの偏見のなかった教授は、この若い出家修行者の明晰さと説得力を知り、チャイタニヤが指導を必要としていないことを理解しました。チャイタニヤは、自分はヴェーダマーヤー(あらゆるヴェーダの智慧)であり、ヴェーダは自分にとって遊び道具のようなものであると言明し、ヴェーダはプレーマとバクティを説いたものであり、もったいぶった味気ない論法ではないのだと言いました。

 自らの専門分野で敗北したサルヴァバウマは、降参し、チャイタニヤの足下に平伏しました。起き上がった彼が若い苦行者の代わりにそこに見たものは、六本の腕を持つ神でした。二本の腕には弓と矢を持ち、もう二本の腕で横笛を奏で、残りの二本で托鉢用の杖とお椀を持っていました。その光景を見たサルヴァバウマは恍惚としたサマーディの境地に入りました。サマーディが過ぎると、神の姿があった場所には若い物乞いが立っているだけでした。学者はラーマとクリシュナが今度は物乞いとして転生したのだと理解しましたが、それでもなお、彼はまだ自分が体験したことは全て幻覚だったのではないかとしつこく疑念を抱いていました。

 翌日の早朝、主は寺院での礼拝のあと、捧げ物の食べ物を持ってサルヴァバウマの部屋のドアをノックしました。主は教授と共に座り、捧げ物の食物を教授に勧めました。朝のサンディヤー・ヴァンダナと沐浴の前に食事をとることは、ブラーフマナの固い慣習に逆らうことでしたが、教授は神のための最も神聖な規則さえも破り、主の命令に従う覚悟でした。

 プレーマ・バクティの法則を、ラーダーはこのように歌っています。

「ねえ、愛しいお方の横笛に、私は引き寄せられるのです。行かなくては。
 もし誰かの言うことが気になるなら、私に近づかないでください。犠牲なくして、愛するお方のおそばには行けません。彼を切望するのなら、最初にあなたのすべてを彼に明け渡さねばならないのです。」

 サルヴァバウマは、この明け渡しを実行しました。そしてチャイタニヤ(主)が彼を抱擁すると、サルヴァバウマは恍惚状態に入りました。通常意識を取り戻すと、彼はハリの御名を唱え、ダンスと共にバクティの祝福に酔いしれました。学者としてのプライドを完全になくしたサルヴァバウマは、主に平伏した後、主を崇める長い詩を即興で作り、朗唱しました。普通の男性に見えるチャイタニヤが実は神であることを悟り、頑固な論理学者は、チャイタニヤのひと触れによって、柔らかなバクティの波に浸りました。彼の改心はプリーの全学者界の、チャイタニヤへの敬虔な崇拝への改宗を意味していました。最終的にはサルヴァバウマの後援者でありカリンガの君主であったプラターパ・ルドラも、チャイタニヤの偉大さに敬意を表すためにたびたび訪れるようになりました。チャイタニヤのプレーマ・バクティの洪水が、クリシュナ賛歌と共に徐々にオリッサ全土に広がっていきました。
 サルヴァバウマが見た6本腕の神の像は、プリーの寺院に現存しています。


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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第101話」

2018-02-27 19:34:16 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第101話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第13話」

2018-02-24 21:02:28 | 聖者の生涯
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第13
話」
です。
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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(12)

2018-02-24 14:56:11 | 聖者の生涯

【ジャガンナート・プリへの旅】


 ヴリンダーヴァンでクリシュナに会いたいというチャイタニヤの強烈な切望は、ニーラーチャルの(クリシュナ自身にほかならない)至高なる存在に会いたいという熱望に変わりました。ほんの少しの食べ物と休息だけをとり、チャイタニヤはほとんどの距離を走ってカルカッタ(当時はジャングル)を駆け抜けました。程なくしてベンガルとオリッサ(当時はカリンガ)の国境にたどり着きましたが、両国は対立しており、誰も越境することを許されていませんでした。しかし若い出家修行者チャイタニヤは、その人柄で国境部隊のリーダーを口説き落とし、目的地へと進んでいったのでした。

 チャイタニヤは、オリッサのバーレーシュワルの北西から6マイルのところにあるレームナのゴーピナート寺院に立ち寄りました。イーシュワル・プリーの導師であったマーダヴ・プリーは、以前ヴリンダーヴァンから二千マイル放浪してこの地にたどり着き、様々な奇跡的体験をしていました。
 マーダヴ・プリーは、礼拝像としてゴーヴァルダナ・ダーリー(ゴーヴァルダナを持ち上げた者)のゴーパーラの彫像をヴリンダーヴァンの近くの丘に設置しました。するとゴーヴァルダナ・ダーリーがプリーの夢に現れ、ニーラーチャルでサンダルウッドを手に入れ、それを像の身体を冷やすために擦り込むようにと命令しました。敬虔なマーダヴ・プリーはレームナのゴーピナート寺院へ行き、その美しい彫像の前で恍惚状態になり、歌を歌いながら踊りました。
 プリーは、神に捧げる"ボーグ"について調べていると、アムリタ・ケーリの12個の壺や、濃縮牛乳で作られた非常に美味な蜜のクリームが毎日捧げられていることを知り、味わってみたくなりましたが、その思いを表現しませんでした。しかし不思議なことに主ご自身が、その壺をプリーにあげるようにと寺僧に命令しました。

 マーダヴ・プリーはその後、ニラーカルへ行き、国王の代理人の助けを借りて1マウンドのサンダルウッドと12トウラの樟脳を手に入れました。そしてその旅から戻る途中、彼は再びゴーピナート寺院に立ち寄り、そこで以前ヴリンダーヴァンに設置したゴーヴァルダナ・ダーリーの彫像の夢を見ました。夢の中でゴーヴァルダナ・ダーリーはプリーに、ヴリンダーヴァンへ戻るにはイスラム支配の危険な国々を通らなければならないので、すべての荷物を持って帰る必要はないと言いました。主はあらゆる苦難をプリーに与え、彼の信を試したのでした。

 ガウラーンガは信者たちにマーダヴ・プリーについての全経緯を詳細に語り、プリーが彼の生涯の最期に創作した、クリシュナに対するラーダーの愛と彼の帰依を表現した詩を朗読しました。

「おお主よ! 今はマトゥラーにいらっしゃる、慈悲深きお方 
 いつ会いに来てくださいますか、愛しきお方よ
 あなたへの想いで心が痛みます。どうすればよいのでしょうか」

 この詩が朗読されると、主チャイタニヤは強烈な愛によって恍惚状態に落ち、二ティヤーナンダに支えられて、神への愛に満たされて叫び、笑い、踊り歌いながらあちこちを走り回り、興奮で声を詰まらせ、涙を流しました。さらに顔色を変えて汗をかきながら震えて歓喜に泣き、じっと立っていました。そして茫然自失や有頂天になったり、悔恨や苦悩といった感情、高慢さや柔和さを見せました。彼はゴーピナート寺院で夜通し歌い踊りました。寺僧たちは、チャイタニヤと信者達に、とびきりの四つのアムリタ・ケーリ(甘い米のようなもの)の壺を進呈しました。





【シャクシ・ゴーパール寺院】


 チャイタニヤは次にジャイプールに立ち寄り、恍惚状態で歌い踊りながらヴァーラーハ聖堂で礼拝しました。カタではシャクシ・ゴーパール寺院に礼拝に行き、その彫像の美しさを見て、彼は恍惚状態に入りました。
 寺院に以前訪れたことのある二ティヤーナンダは、シャクシ神にまつわる話を語りました。伝説によると、厄介な状況に陥っていた信者を救うために、旅の間決して振り返ってはならないという条件を付けて、彫像が信者に付き添ってヴリンダーヴァンからはるばる歩いてきたというのです。カタから40マイル離れた村にたどり着いたとき、その信者は本当に神が一緒に歩いてきたのかどうかを確かめようと後ろを振り返ったため、彫像はそこで止まりました。その彫像は今でもその場所で見ることができるようです。

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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(11)

2018-02-24 14:43:13 | 聖者の生涯

【サンニャーサ(放棄)の選択】

 カトヴァでは、以前から連絡を取り合っていたケーシャヴ・バーラティと共に暮らしました。正式なサンニャーシン(出家修行者)になるためにケーシャヴのところへ行きましたが、それを実現するまでにニマイは様々な困難に直面しなければなりませんでした。

 その頃、二ティヤーナンダをリーダーとした捜索隊が、ニマイがある出家修行者に面会したのではないかという推測のもとに、カトヴァに向かっていました。ケーシャヴ・バーラティは、自分がどうすべきかについて困惑していました。裕福に育ち、高齢の母と若い妻と共に暮らす顔立ちの良い青年は、あらゆる危険性を含んだ出家修行という放浪生活を選んだのです。金色に輝くニマイの立派な人柄は群衆を惹きつけましたが、ニマイは自分の周囲のことを感知できていませんでした。彼はクリシュナから引き離されたラーダーの感情と強烈な渇仰心にすっかり心を奪われており、世の足かせをすべて捨て、ヴリンダーヴァンへ行く必要がありました。ヴィシュヌ派における放棄とは、主と結ばれることを意味していました。

 ケーシャヴ・バーラティは当初、ニマイが自分より優れていたことと、母と妻の快諾がないことを理由に、ニマイをサンニャーシンとして正式にイニシエートすることを拒否しました。またナディアの信者と地元住民たちは全員でニマイの決意を阻止するために尽力しましたが、何もニマイを変えることはできませんでした。一切の世俗的足かせを放棄してクリシュナに会うためにヴリンダーヴァンへ行くというニマイの思いは、すべての観念や取り巻きの信者のことさえ忘れさせてしまうのでした。ニマイはその賢明な説得と放棄精神の迫力で、ケーシャヴ・バーラティを説得し、ケーシャヴは遂にニマイを出家修行者としてイニシエートしました。ニマイはクリシュナ・チャイタニヤという名を与えられ、人々の心にクリシュナ意識を呼び起こしていきました。

 発狂しそうなほどの憧憬に駆り立てられ、チャイタニヤはクリシュナに会うためにヴリンダーヴァンへ向けてすぐに西方へと旅立ちました。
 ラール地方では道に迷うまで五日間何も食べず休息もとらずに歩き続けた後、通行人にヴリンダーヴァンへの行き方を尋ねました。チャイタニヤを追いかけていた二ティヤーナンダは先回りをしてその地域の牛飼いの集団に会い、ハリ・ボロの歌を教え、またチャイタニヤにヴリンダーヴァンへの行き方の代わりにガンガーへの道を教えるよう指示しました。これが若い苦行者をアドワイタ・アーチャーリヤの故郷であるシャーンティプルにいざなう結果となりました。策略は成功し、チャイタニヤは通常意識を戻したとき、自分がシャーンティプルにいることに気付きました。

 このニュースは瞬く間にナヴァディープに広がり、直ちに結束した信者達は、出家修行者シュリー・クリシュナ・チャイタニヤとしてのニマイに会うため、シャーンティプルに向けて出発しました。
 シャーンティプルではハリ・ボロを叫び泣く声と熱狂的ダンスが止むことなく、ナディアの尊大な知識人たちまでもが、チャイタニヤが体現した放棄の力によって改心しました。
 二ティヤーナンダが、チャイタニヤの母親のサチをそこへ連れてきました。彼女もまた陽気なお祭りムードに参加し、アドワイタの家にチャイタニヤが滞在する10日間、自分の息子のために宴の食事を料理したいと主張しました。
 チャイタニヤは母に恩義を感じずにはいられなくなり、もし母親が切望するならナディアに帰って構わないと言いました。しかし気高い女性であったサチは、母としての自分の愛着よりも、出家修行者としての息子の評判のほうが大いなる関心だったため、ヴリンダーヴァンの代わりにニーラーチャル(ジャガンナート・プリ)へ行くことを条件として、息子がサンニャーシンとして出家することに全面的に同意しました。ニーラーチャルは、サチが息子のニュースを入手しやすく、必要であればチャイタニヤがベンガルを訪ねることもできる距離の場所でした。
 承諾を得たチャイタニヤは直ちに"ハリ・ボロ"と言って立ち上がり、二ティヤーナンダ、ムクンダ、ジャガダーナンダ、ゴーヴィンダ、ダーモダルとハリダースを同伴して、ニーラーチャルへ向けて足早に歩き出しました。


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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(10)

2018-02-24 14:37:28 | 聖者の生涯

【ラーダーのムード】


 ヴィシュヌ派の学者達は、チャイタニヤの一つの身体にラーダーとクリシュナが顕現していたと主張しています。ヴリンダーヴァンでは、ラーダーは様々な愛のかたちのクリシュナの歓喜を味わっていました。ラーダーの歓喜を自らも体験したいと感じたクリシュナがそれを実現するために、二つの人格を有するチャイタニヤが誕生しました。そのためチャイタニヤはあるムードの中でクリシュナになり、また別のムードではラーダーになることができました。
 それまでのニマイには、バクティの施与者でありすべての擁護者であるクリシュナが頻繁に顕れていましたが、彼が24歳になる頃から、ラーダーのムードが多く顕れ始めました。自分自身を例として、彼はプレーマ(神への忘我の愛)を説こうとしていました。愛人としてのラーダーの強烈で親密なクリシュナへの愛は、彼自身が例となって説明されました。これが彼のラーダームードの覚醒の意義であったといわれています。

 イーシュワル・プリーのイニシエーションを受けてガヤーから戻ってきたときから、このムードの前兆として、精神障害と混乱が頻発していました。その後、これらは部分的に治まるようになり、ニマイはこのような状態のコントロールを取り戻しました。

 今や彼はラーダーのムードの中で切望のため息をつき、別離に苦悶し気絶しそうな様子で顕現し始め、加えて、ナヴァディープを離れ、唯一クリシュナに会えるヴリンダーヴァンへ行きたいと言い始めました。これはニマイの兄のように、苦行者となるために、家や生活、母や妻、友人や信者達を捨てることを意味していました。
 また、親類や自らの資産、彼の批評家であるナディアの垢抜けたブラーフマナパンディット達と共にパンディット・ニマイとして留まっている限り、彼が伝道した新教義の確信は得られず、みずからが苦行者にならない限り人生の目的は果たされないだろうという思いがニマイの中にありました。
 これを察知した信者達は、最善を尽くしてニマイを思い留まらせようとしました。
 ニマイにとって最大のハードルは、母親のサチと妻のヴィシュヌプリヤーでした。非常な説得力と巧妙なアピールで、二人の大変不本意な承諾を得たニマイは、1510年1月、ナヴァディープが静けさに包まれたある夜、静かに家を出て、誰にも追跡されないよう泳いで川を渡り、16マイル離れたカトヴァまで走りました。


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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(9)

2018-02-24 14:34:27 | 聖者の生涯


【アドワイタ・アーチャーリヤ】

 主がバクティの信仰に改宗させたまた別の重要人物は、アドワイタでした。このアーチャーリヤがニマイの神性を知るチャンスは何度も訪れましたが、彼はまだ確信が持てず、ニマイが見ているのは架空の幻影なのだと考えていました。
 アドワイタはヴィシュヌ派のリーダーとして尊敬されていましたが、彼はニマイが広めていた感情的なバクティを信じていませんでした。アドワイタはジュニャーナ(哲学的叡智)が根本規律であり、宗教的情熱(バクティ)は下等な人々が生きるための道であると考えていました。ニマイはその考えを完全に変えるために、ある日ナヴァディープから12マイル離れたところにあるシャーンティプルのアドワイタの家まで行きました。ニマイは有頂天のムードの中で、なぜジュニャーナはバクティより優れているという間違った理論を教えているのかと、アドワイタに尋ねました。アドワイタが答えないでいると、ニマイは棒で彼に何度も殴打を浴びせました。居合わせた者達がニマイの行動に抗議をしても、アドワイタ本人は打たれていることに喜びを感じていました。歓喜に満ちた光り輝く表情で、アドワイタは叫びました。

「私は彼を忘れていたのです! そして今ここに、彼は私を連れ戻すためにやってきてくださったのです! 私の主のなんと慈悲深いことか!」

 ややあって、主は大声で言いました。

「もしお前が救いのためにジュニャーナに頼るなら、神に祈る権利はない。」

 人々の心が正しい道に進むようにとの彼の祈りに応えて主自らがこの地に降誕されたことを、アドワイタは思い出しました。主は、ひと触れや一瞥によって、または祝福によって人々にバクティを吹き込んでいきましたが、アドワイタにはこのような過激な方法が取られたのでした。

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シュリー・チャイタニヤ・マハープラブ(8)

2018-02-24 14:32:03 | 聖者の生涯

【カージの変容】

 ジャガイとマダイの改心は人々に多大な影響を及ぼし、ニマイの信者は驚異的に増加する結果となり、ナディアの通りには昼も夜も神の賛美歌が鳴り響きました。しかし学識ある貴族階級のブラーフマナ達は、ニマイの寛大な受入れ姿勢と彼の教義を、まったく喜びませんでした。特に霊的問題においてのカースト放棄は、彼らに忌み嫌われていました。そしてそのことが社会においての彼らの重要性と影響力の消失につながるだろうと考えていました。

 そのためブラーフマナ達は、ベンガルのイスラム君主の地元総督であるカージのところへ行き、土着宗教を弱体化させているニマイと信者達の行為が阻止されない限り、いずれは社会情勢の不安定につながると訴えました。ムスリムにとってはブラーフマナもヴィシュヌ派と同様に異教徒でしたが、カージは国家の安定に影響を及ぼす問題であるなら自らの介入は義務だと感じました。しかし彼が即座に布告した賛美歌禁止令も効果はなく、逮捕するために出動させた警察もニマイらを取り巻く巨大な群集に揉まれてしまいました。これがカージを激昂させ、反抗的集団を容赦なく攻撃するための軍隊が投入されました。
 人々の心にあった恐れは、神への無私の愛と強い信仰心によって取り除かれました。しかし町の一角が攻撃を受けたとき、別の場所でしばらくキールタンを続けていた一行も、遂には黙ってしまいました。

 そして今、主ご自身がこの問題に着手しました。召集された人々は、主を中心にした巨大なキールタン集団となりました。信仰的狂乱ムードの中、カージの家へ向かった人々は、カージとの会見を求めました。
 主と向かい合ったとき、カージの強い態度は即座に変化し、彼は謙虚な態度で話すようになりました。主に「ハリ・ガウル」と呼びかけ、今までの自分の行動は自らの意志ではなく、ヒンドゥー教徒に駆り立てられたためだと言い、また、
「ヒンドゥー教徒がナーラーヤナと呼んでいる、神のみがただいらっしゃるのです。人々はあなたこそが彼だと言っていました。そうなのでしょうか?」
と聞きました。すると主はカージの指を握りしめて、
「お前は、ハリ、キールタン、そしてナーラヤナという聖なる名前を口にした。すべての罪は赦された。」
と仰いました。カージは直ちに変容し始め、その目から滝のように涙を流しながら、謙虚で従順な姿勢で主の前にひれ伏しました。そしてカージはすぐに、誰もキールタンの妨害をしてはならないという命令を発布しました。
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