ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読『入菩提行論 第六章』」

2016-11-30 21:25:17 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読『入菩提行論 第6章』」です。
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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第45話」

2016-11-29 20:43:45 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第45話」です。
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叡智の翼

2016-11-29 20:23:10 | 松川先生のお話

叡智の翼



得ることと失うこと
成功と失敗
この世のマーヤーに
とらわれず あれますように

希望と恐怖の
ゲームを乗り越えて
真理の海の明智が
ピチピチと跳びあがる

何も心配はいらない
いつも真実はここにある
立ち返る場所 思い出し
今の瞬間に感謝して

一番大事なことは
いつも言葉じゃあらわせぬ
だから心を澄まして
天の導きに身をゆだねて


私を苦しめる
私という幻
私の幸福は
私を捨てたときにある

よけいな迷いはいらない
ただ愛だけがあればいい
言い訳など風に捨て
勇気と誠実があればいい

たとえ世界が終わるとも
僕の本性は終わらない
今の喜びも苦しみも
いつか叡智へと変わるだろう


どんなに後悔しても
過ぎ去りし日は帰らない
後悔なく死ねるように
常に 全力を 尽くすんだ

何も心配はいらない
主はいつも君のそばにいる
立ち返る場所 思い出し
今の瞬間に感謝して
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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2016-11-28 18:56:51 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。



曲目

1.OM NAMAH SHIVAYA【NEW!】
2.Kailas KI SHAKTI SHIVA【NEW!】
3.アヴァターラ(AVATARA)
4.無限の恩寵
5.我が主
6.シッダールタ(SIDDHARTA)
7.ハヌマーン(HANUMAN)

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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 完全版 第11話」

2016-11-27 08:40:37 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 完全版 第11話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話より『ラーマクリシュナの福音 第80回』」

2016-11-25 07:01:17 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話より『ラーマクリシュナの福音』第80回」です。
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読『入菩提行論 第一章~第四章』」

2016-11-23 17:11:49 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読『入菩提行論 第1章~第4章』」です。
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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第44話」

2016-11-22 21:35:13 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第44話」です。
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勉強会講話より「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第六回(12)

2016-11-22 08:32:41 | 勉強会より抜粋


【本文】

⑱菩薩が修習(しゅじゅう)すべきことに心を向けず、世間が要求していることに心を向けることは魔事である。


 はい、これも深くは言いませんが、皆さんそれぞれ考えてくださいね。これはこの書いてあるとおりです。つまり、菩薩が注意すべきこと、もしくは、バクティヨーガにおける、神のしもべが修習しなきゃいけないことがある。しかしそうじゃなくて、世間が要求すること。この世間が要求することっていうのは、皆さんそれぞれ考えてください。ね。もちろんね、世間が――広い意味でね、あらゆる意味で世間が要求することを無視しろとは言わないよ。当然この、わたしもいつも言ってるけど、電気代払ってるしね。それ無視したら捕まっちゃうよね(笑)。「電気代払っていないんですけど」とか言われて、「菩薩である」とか言って、「世間の要求は関係ない」とか言ったら電気止められちゃうからね(笑)。それは意味のない抵抗だけども。じゃなくて、もちろんこの世間において、世間の一員としてね、もちろん義務っていうかな、果たさなきゃいけないことは果たさなきゃいけないんだけど。じゃなくて、たぶん皆さん、言っている意味わかるでしょ? 教えと関係がない、あるいは教えと反する、世間が要求することです。つまりそれは本当に細かいことから大きなことまでいろいろあります。で、もちろん何度も言うけどさ、ケースバイケースでそれをやった方がいいときもあるよ。やった方がいいときっていうのは、なんとも言えないけどね、なんとも言えないんだけど、今の自分の置かれた状況とかにおいてね、それは世間的なことではあるが、例えば家族の気持ちをはかってね、こういうことはやった方がいいとかね、それはいろいろあるでしょう。しかしそうじゃなくて、根本的なその菩薩の生き方、菩薩の道を主に置くっていうことを忘れて、なんていうかな、世間に合わせることが、あるいはその、世間一般の常識的に、こうしなきゃいけない、こうすることがいいんだ、ってやることに自分を合わせることにちょっとこう心が向いてしまっているとしたら、それは魔事ですよ、ということですね。これは微妙な問題なので、それぞれで考えてください。
 はい、じゃあ次。



【本文】

⑲大乗の仲間をよりどころとせず、小乗の仲間とともにいることを好むのは、魔事である。


 はい、これはこのままですね。つまりこれは法友の影響っていうのは、あるいは友の影響って人は受けるので、大乗の仲間、つまり同じ菩薩道歩くような仲間とその共にいるべきであってね。そうじゃなくて、修行者であっても菩薩道を否定し、ただ解脱だけを求める仲間と、あまり仲良くするべきではないっていうことだね。はい、じゃあ最後。




【本文】

⑳豊かな真理の法を持つ者たちをよりどころとせず、現世的な権力を持つ者たちとともにいることを好むのは、魔事である。


 はい。これもまあ読めば当たり前のことです。当たり前のことだけども、さっきから言ってるけども、当たり前のことにこうはまってしまう場合があるっていうことですね。だからこれも皆さん気を付けて――ふと気付いたらね、「あれ、最近カイラス行ってないな」と。「最近、法友と話してない」と。で、でも仕事はうまくいっていると。仕事はうまくいってて、で、無意識のうちに、仕事をうまくいかせるために、権力者とかととても仲良くなってると。それは確かに社会的な世俗的なことはうまくいってるけども、「ああ、でも最近、カイラス行ってないな」と。「修行してないな」と。「法友たちと接してないな」っていう状況があるとしたら、それは魔事ですよ、ってことだね。まあ当たり前のことですけどね。

 はい、じゃあバーッと二十項目いきましたが、ここまでで終わりにして、質問がね、あったら、最後に聞いて終わりにしましょう。
 はい、何か全体的にある人はいますか? 特にないかな?


(質問者)魔事っていうのを、神の愛だっていうふうに考えてもいいわけですか?


 それは、究極の正しい答えだね。うん。だから、もちろん真実には段階があるからさ、いつも言うように例えば、「このコップは何でできていますか?」って言った場合、「ガラス」っていうのが正解なんだけど、でも、「本当のことをいうと原子である」と、ね(笑)。それと同じで、魔事っていうのはわれわれが闘わなければいけないやつなんだけど、でも本当のことをいうと神の愛なんだね。でも、神の愛っていう意味っていうのは、実際はもちろん神はなぜそれをやっているかっていうと、われわれがその、魔事――ちょっとこれは誤解を恐れずに言うとね、魔事にわれわれが引っかかり、引っかかりつつ、どっかで気付き、闘い、乗り越え、成長すると。これを望んでるんだね。よって、魔も神の手下なんだね。

 はい、ほかに何かありますか?

 はい、ではなかったら、また最後は「シャーンティ・マントラ」ね、これを一緒に歌って終わりにしましょう。
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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2016-11-21 18:59:36 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。



曲目

1.Chamundaye Kali Ma【NEW!】
2.He Maha Lakshmi【NEW!】
3.シッダールタ
4.月光
5.Jay Shri Ma
6.Jay Jay Ma Durga
7.アヴァターラ

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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 完全版 第10話」

2016-11-19 20:57:17 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 完全版 第10話」です。
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マルパの生涯(5)

2016-11-18 22:14:18 | 聖者の生涯


 主ナーローパは、最初にマルパに、シュリー・へーヴァジュラとへーヴァジュラ・タントラの第二章のアビシェーカを与え、ヴァジュラパンジャラとサンプタで締めくくりました。マルパはこれらの教えを一年間研究し、その後、しばらく休暇を取って町に出かけました。そこで彼はニュに出くわしました。

 ニュは言いました。
「君は何を学んだんだい?」

 マルパは答えました。
「私はへーヴァジュラを学びました。」

 ニュは言いました。
「では、お互いの理解を比べてみようじゃないか。」

 二人はそうしました。そしてマルパの方が、へーヴァジュラについてより深く理解していることが判明しました。

 ニュは言いました。
「へーヴァジュラはすでにチベットに知れ渡っている。これよりも良い、グヒャサマージャと呼ばれる父タントラがある。それはプラーナが指の先まで流れることを可能にし、手のひらの上に仏陀を乗せることを可能にする。それこそが我々に必要なものだ。」

 ニュがグヒャサマージャというダルマの専門用語を使うと、マルパは何も言えなくなってしまいました。

 それからマルパはナーローパのもとへと戻り、言いました。
「今日私は街へ行き、ニュに会いました。我々はお互いのへーヴァジュラへの理解を比較し、私の方が勝っていました。しかしニュは、我々に必要なものはグヒャサマージャだと言いました。どうか私にそれをお教えください。」

 ナーローパは言いました。
「西の方角にあるラクシェートラの僧院のヴィハーラ・プールナチャンドラ(満月精舎)に、父タントラの大家がいる。ジュニャーナガルバと呼ばれるパンディタであり、スワタントラ・マディヤマカ(中観自立論証派)の典型である成就者だ。そこに行ってダルマを請いなさい。何の障害もないだろう。」

 マルパはラクシェートラに向かいました。そして栄光あるジュニャーナガルバに教えを請い、クリヤーの儀式的伝統、ヨーガタントラ、様々なヨーガの応用はもちろんのこと、シュリー・グヒャサマージャのアビシェーカと口頭の教えを受け取りました。秘密のマントラの意味の完全な悟りが、彼の中に生じました。
 そのとき、マルパは考えました。
「私はチベットからネパールにやって来て、その地で二人のネパール人の師に出会った。二人から助言を受け、口頭の教えを受けたが、それらに対して今、私が確信を持つことができるのは、ひとえに、偉大なるグル・ナーローパの祝福を受けたからだ。」

 明け方、彼はとてもうれしく感じて、ジュニャーナガルバに、このヴァジュラの歌のマンダラを捧げました。


 主よ、あなたはすべてのブッダに匹敵するお方
 私はグルに礼拝いたします。
 純粋なる領域、マハーパンディタ・ナーローパ
 そして栄光あるジュニャーナガルバ
 私はあなた方の御足に恭しく礼拝いたします。

 私はカルマの力によって、チベットのロタクに生まれました。
 父母が私を育ててくれました。
 マルパ・ロドゥーの名で知られるこの者は
 彼らの思いやりによって、ダルマの中に定着しました。
 私は父母に、献身と共に礼拝いたします。
 彼らの思いやりが、ダルマによって報われるよう、あなたの祝福をお与えください。

 生まれていない性質のマンダラの上に
 私は、種々の現象の花を活けます。
 グルのお体に、供養を捧げます。
 私の体に祝福をお与えください。

 完全に純粋な空のマンダラの上に
 私は、絶え間ないサハジャの花を活けます。
 グルのお言葉に、供養を捧げます、
 私の言葉に祝福をお与えください。

 大いなる至福の心のマンダラの上に
 私は、突然切断された思考の花を活けます。
 グルの御心に、供養を捧げます。
 私の心に祝福をお与えください。

 宝石で装飾された大地のマンダラの上に
 私は、メール山と四つの州の花を活けます。
 グルの身口意に、供養を捧げます。
 私の身口意に祝福をお与えください。

 純粋な領域の宇宙の大地の上に
 五つの元素から、
 飲み水、花、お香、
 光、香水、食べ物、音楽、そしてその他の供物が生起する。
 優れているものはいかなるものでも
 私は、主であるグルに捧げます。
 私が障害から自由であるように、祝福をお与えください。

 宇宙のように限りなく、
 日傘、勝利の旗、音楽、
 天蓋、垂れ幕、そして似たようなものが
 私の心から生じ、私はそれを捧げます。
 私の悟りが増大するよう、祝福をお与えください。

 覚者ジュニャーナガルバから
 私は、偉大なるタントラ、グヒャサマージャを聞きました。
 私はそれを、方法と智慧の結合として理解しました。
 私はそれを、ダルマのキーとして理解しました。
 私はそれを、タントラの大海として理解しました。
 私は、物質の贈り物とダルマの両方を受け取りました。
 私の心の木は生長させられ、 
 そして、欠点のないダルマの言葉という葉が生い茂りました。
 五つの叡智を所有して、
 私は衆生を利します。
 五つのステージの至高の道を旅することは喜びです。
 光、幻身、そして夢――
 これらすべての貴重な口頭の教えは、
 あなた方が私にお与えくださったものです。

 ジュニャーナガルバよ、あなたはとても親切なお方
 今より、無類の解脱の成就が達成されるまで、
 どうか、大いなる至福の王冠の宝石で、
 私の頭頂を飾ってください。
 あなた方は私の心の中心から決して切り離されることはありません。
 悲しみと恐怖から解放されて、私はあなた方に救いを求めます。
 光り輝く慈悲の鉤をお持ちのお方、
 どうか、無明の闇を追い払ってください。
 どうか、私の身口意を受け入れてください。


 このようにマルパは懇願しました。
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読『入菩提行論 第五章』」

2016-11-16 21:06:25 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読『入菩提行論 第5章』」です。

 最近欧米や日本でも流行っている「マインドフルネス瞑想」のマインドフルネスとは、もともとは仏教やヨーガで使われる修行用語で、パーリ語でサティ、サンスクリット語でスムリティと呼ばれる言葉の英訳です。
 現代でおこなわれているマインドフルネス瞑想と呼ばれているものは、仏教のサティ、スムリティの瞑想の一部を現代風にアレンジしたものですが、これらには大きな問題があります。
 それは大前提としてのダルマがないということです。
 ダルマのないサティ、スムリティでは、一時的なストレス軽減などには役立つかもしれませんが、本質的なメリットはえられません。

 サティ、スムリティは、日本語では念、正念などと訳されます。そしてこの正念は、正智という言葉とセットで、正念正智という言葉でよく使われます。
 正念を保てているかどうか、自分の心を監視し続けることが正智です。

 では正念とは何なのか? ダルマに基づいた正念正智とは? 特に菩薩道のダルマに基づいた正念正智とは、どうすればいいのか?
 ――それについて美しい言葉で書き連ねられているのが、この入菩提行論の第五章です。
 
 入菩提行論はシャーンティデーヴァによる仏教の論書の傑作で、ダライ・ラマ法王がチベットから亡命するときに唯一持ち出した聖典としても知られています。

 そしてこの入菩提行論の核の一つともいえる重要性を持つのが、この第五章「正智の守護」の章なのです。

 菩薩道の正念正智、真のマインドフルネスの世界をお楽しみください。



 
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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第43話」

2016-11-15 22:57:15 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第43話」です。
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覚醒の太陽(終)

2016-11-15 09:59:07 | 経典の言葉・聖者の言葉

4.この実践による結果


 相対的なものを魔術の幻影、あるいは夢における経験のような単なる心の幻であると理解することで、われわれは、七種の執着――
1.所有物に対する執着、
2.修行を後回しにすること、
3.たった少しの修行で満足すること、
4.見返りを求めること、
5.カルマの果報への執着、
6.逆境にとらわれること、
7.心の散漫さ
――から解放された、広大なる悟りの活動に習熟するだろう。そして、究極的にはすべての事象には真実在性が微塵も存在していないということを理解すれば、われわれは何にも未練を持たずに、この実践を喜んで受け入れるであろう。



 世界の苦しみに対する唯一の医薬であり、
 全ての幸福と楽の源である教えは、
 供養と尊敬を伴って、長くあり続けますように。
 



 すべてのものが徳高く、幸運なるものとなりますように!

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