ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(12)

2016-08-31 21:29:22 | 経典の言葉・聖者の言葉

10.世界はマーヤー


 一つここに、確かなことがある。――すべての者が死する。
 一つここに、確かなことがある。――花々は萎れる。
 一つここに、確かなことがある。――青年期はすぐに過ぎ去る。
 一つここに、確かなことがある。――病などがあらゆる苦しみをもたらす。
 一つここに、確かなことがある。――金と女は幸せをもたらさない。
 一つここに、確かなことがある。――人生は不確かである。
 一つここに、確かなことがある。――富と女は中毒を起こさしめる。
 一つここに、確かなことがある。――誰もが利己的で貪欲である。
 一つここに、確かなことがある。――愛欲は平安の敵である。
 一つここに、確かなことがある。――あらゆる行動には善悪の反作用が含まれている。
 一つここに、確かなことがある。――サットサンガは人の神性を生じさせる。
 一つここに、確かなことがある。――神を悟ることだけが、あなたを不滅にし幸福にする。


コメント

今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読『松川慧照エッセイ集』その1」

2016-08-31 21:25:52 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読『松川慧照エッセイ集』その1」です。
コメント

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(11)

2016-08-31 18:08:10 | 経典の言葉・聖者の言葉


9.マーヤーの負の螺旋


 私は薪割りに問うた。
 「なぜ薪を割るのですか?」
 彼は答える。
 「腹一杯食わなくてはならないからさ。」
 私はまた、彼に問うた。
 「なぜ腹一杯食べなくてはならないのですか?」
 彼は答える。
 「薪を割らなくてはならないからさ。」
 これが負のチャクラ(螺旋)だ。

 皿にサンバー(インド南部のスープ料理)がさらに盛られると、
 男は米をもっと食べたがる。
 サンバーがさらに盛られたゆえ、
 さらに米の量が増えてしまったのだ。
 そして彼はサンバーをもっと欲する。
 これもまた、負のチャクラ(螺旋)である。

 一人の男が最初の妻を亡くした。
 彼は子供達のことが心配だ。
 彼は最初の妻の子供の世話をさせるため、二人目の妻を娶る。
 そしてさらに何人もの子供が生まれる。
 これもまた、負のチャクラ(螺旋)である。

 人はカルマを積む。
 彼はその果実を楽しみ、ヴァーサナー(残存印象)を増殖させる、
 ヴァーサナーは、カルマを再び為させるために彼を支配する。
 行為、ヴァーサナー、そしてまた行為、そしてまたヴァーサナーというように。

 これこそが負の螺旋。
 おお、霊性の英雄よ! 真我の叡智に到達し、
 そのようなすべての螺旋を打ち破り、自由になりなさい。
コメント

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(10)

2016-08-31 06:52:58 | 経典の言葉・聖者の言葉


8.すべてがマーヤー


 ある子供は二つの頭を持って生まれ、
 また別の子供は額に二つの目を持って生まれる。
 ある子供は長い歯を持って生まれる。
 双子が臀部を一体化させて生まれる。
 五つ子が生きのびる。
 これらすべては奇形の造物。

 マーヤーはあらゆることを為せるのだ。
 ヴェーダーンティンにとって、この点には何の不思議もない。
 彼は、
「これらはすべてマーヤーのトリックと手段。この世界がまやかしであることを指し示している」
 と理解している。
 智慧を使って、マーヤーを超えていきなさい。
 唯一の実在のリアリティ――ブラフマンに到達しなさい。
 そして永遠に幸福になりなさい。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第32話」

2016-08-30 21:23:30 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第32話」です。
コメント

グル・バクティヨーガ(104)「献身の意味」

2016-08-30 09:49:57 | 経典の言葉・聖者の言葉

◎献身の意味


 グルへの献身は、霊性の聖堂の土台である。

 感情的な興奮は、グルへの献身ではない。

 サットグルの御足への献身のみが、あなたに神の恩寵を得させることができる。

 肉体の愛は、グルへの愛を打ち消してしまう。

 グルへの真の誠実なる明け渡しは、グル・バクティヨーガのエッセンスである。

 グルのご意思に、完璧に自己を明け渡しなさい。

 グルに完全に明け渡しなさい。彼は人生というフィールドの御者となるであろう。彼はあなたの馬車を上手く走らせるだろう。そうしてあなたは、目的地――恐怖のない永遠の至福の浄土に達するであろう。

 グルの恩寵に達成不可能なものはない。

 求道者の悪しき性質を治すための唯一の治療薬は、グルへの奉仕である。

 グル・バクティの第一のステップは、エゴの崩壊である。

 グルへの自己の明け渡しは、グル・バクティヨーガの階梯におけるまさに最高の段階である。

 グル・バクティヨーガの道において、自己の明け渡しはまさに絶対不可欠なものである。

 グルは、 物惜しみのない無条件の完全なる自己の明け渡しを要求する。自己の明け渡しとは、現代、弟子が一般にするような、口先だけの宣言であってはならない。

 師に明け渡せば明け渡すほど、師の恩寵はより多く降る。

 グルの恩寵の質の度合いは、明け渡しの度合いによる。

 弟子の義務は、グルを愛し、グルに奉仕することである。

 グルは、人生という嵐の航海者である。

 グルの恩寵は、グル・バクティヨーガの終わり、あるいはゴールである。

 グル・バクティヨーガの実践は、人生の最高級の悟りを得るための明確で確実な道を提供する。

 グルの恩寵があるところには、正道さがある。正道があるところには、繁栄と不死がある。

 あなたの父、母、学校の先生、客人、そしてグルを、人間とみなさずに正真正銘の神として礼拝しなさい。しかるべき敬意を払って、彼らに祈りを捧げなさい。素晴らしい尊敬と献身をもって、彼らに奉仕しなさい。
 
 グルの御名は、世俗という蛇に噛まれた者たちにとっての、強力で確実な解毒剤である。

 純粋性、信仰、光明、叡智をグルに祈りなさい。

 グルセーヴァ(グルへの奉仕)の精神は、あなたの骨、細胞、組織、神経の中に、深く入っていかなければならない。グルセーヴァの精神に燃えなさい。その恩恵は計り知れない。

 どんな利己的な動機ももたずに、グルにお仕えしなさい。そしてその効果――純粋性、内なる強さを感じなさい。何という広大な心が、あなたがグルにお仕えすることによって得られるだろうか! それは言葉で表せない。実践せよ! 実践せよ! 実践せよ! あなたは最高にして永遠に続く至福を楽しむだろう。

 グル・バクティヨーガは、二つとない最高のヨーガである。

 グルとその教えに対する、非常に強い信を培いなさい。

 グルへの信は、神への門である。

 グルの行動に信を持たないということは、グルや神への献身がないということである。

 ある弟子は、グルの偉大なるチェラ(召使い)のような態度を見せるが、グルの言葉や行為への信がないという者もいる。

 二のない一なる御方である全能のグルに、完全に明け渡しなさい。

 グル・バクティヨーガは、まさに今生で、着実に、真っ直ぐに、しっかりと、確実に、神のもとへとあなたを連れていく。

 グル・バクティヨーガは、エゴの崩壊と至福の不死の達成の始まりであり、終わりである。

 グル・バクティヨーガは、人生におけるすべての苦しみと悲しみを払拭する方法を教える。

 グル・バクティヨーガの実践によって、あなたは恐怖、迷妄、悲観、心の混乱、病、絶望、不安などを取り除けるようになるだろう。

 グル・バクティヨーガは、人生の苦難の二つとない確実な治療薬である。

 グル・バクティヨーガの道は、資格のある弟子だけに、速やかに成果をもたらす。

 まずグル・バクティヨーガの教えを理解し、それから実践に移しなさい。そうすれば、あなたは成功するだろう。

 グル・バクティヨーガの実践を通じて、内に不死なる最高の至福の真我を探究しなさい。

 グル・バクティヨーガを実践し、二元性と罪の原因となるすべてを超えてゆきなさい。

 グル・バクティヨーガにすがり、あなたの失われた神性を取り戻しなさい。

 盲目の人は盲目の人を導くことはできない。囚人は囚人を解放することはできない。そのように、世俗の沼地に沈む者には、世俗の沼地に沈む者を解放することなどできないのだ。ゆえにグルは、グル・バクティヨーガの実践において絶対不可欠である。

 グル・バクティヨーガを、人生における唯一の目的、目標、心からの関心事とせよ。そうすればあなたは、最高の幸福に至るであろう。

 グルへの献身なくして、聖なる精神性・霊性はあり得ない。

 途切れることなくグル・バクティヨーガの実践を続けなさい。

 グル・バクティヨーガの実践のみが、人を無恐怖にし、あらゆる面において人を常に幸福にすることができる。

 もしグル・バクティヨーガを実践したいと思うのならば、愛欲的な生活を放棄しなさい。

 もし本当に神を求めているのならば、世俗の楽しみに目を背け、グル・バクティヨーガの実践にすがりなさい。

 祝福された師にお仕えするために生きなさい。そうすればあなたは祝福されるだろう。
 
 平静さと識別智は、グルの恩寵によって弟子の心に開花する。
 
 弟子は、サットグルの蓮華の御足への揺るぎない帰依と、絶えず増大し続ける真の献身をお与えくださるよう、瞑想中にサットグルに祈るべきである。

 グルの御名を復唱する者は、解脱のみならず、世俗的な繁栄、健康、長寿、そして神々の富さえをも得る。

 グルの生誕日に、弟子はサットグルの蓮華の御足への真の献身をお与えくださるよう、断食をして彼の蓮華の御足を瞑想すべきである。

 弟子は、グルの生誕日を盛大にお祝いすべきである。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2016-08-29 21:17:01 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。



曲目


1.JAY JAY Shiva SHAMBO【New!】
2.アヴァターラ
3.我が主
4.シッダールタ
5.ハヌマーンチャリサ
6.ジェイジェイマードゥルガー
7.ハヌマーン
コメント

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(9)

2016-08-28 11:11:32 | 経典の言葉・聖者の言葉



7.マーヤーの魅惑的な餌


 狩人は網を広げ、鳥を捉えるために穀粒を置く。
 鳥を捕らえたいがゆえに、慈悲なく穀粒を放つのだ。
 漁師は魚に何か餌を与える。
 これは魚の餓えを満たすためのものではなく、魚を捕えるためである。
 彼らの貪欲さゆえに、鳥と魚は今捕えられたのだ。

 同様に、マーヤーは無智なジーヴァを誘惑する。
 強烈な痛みを与えるものにわずかに塗られた感覚的喜びというコーティングは、
 苦いキニーネの丸薬の上にわずかに塗られたの砂糖のコーティングであり、
 それがマーヤーの誘惑である。
 彼女は網を広げ、柔らかい感触の穀粒を置く。
 美しい形、心地良い音、さまざまな味と匂い。
 無智な魂は今、捕えられた。
 彼らは逃れられない。
 おお! 冷静さと識別力を発達させなさい。
 賢人の一行の中で暮らしなさい。
 涙はマーヤーの罠だ。
 そして、自由で永遠の至福を達成しなさい。
コメント

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(8)

2016-08-28 05:27:25 | 経典の言葉・聖者の言葉


6.マーヤーの砂糖でコーティングされた錠剤


 マーヤーは大いなる策略を行なう。
 彼女は無智なジーヴァを欺く。
 砂糖のコーティングの裏には、苦いキニーネがある。
 同じように、官能的な喜びという庭の裏には、悲しみの浮世が存在する。
 女の微笑の背後には、嫌悪、欺き、狡猾さ、不誠実さが存在する。
 緋色の唇の裏には、痰と、疾患を引き起こすエイズが存在する。
 薔薇色の頬の裏には生肉がある。
 快活な若さの背後には、ふらつく足取りの老いが存在し、
 美の背後には醜悪がある。
 この世界の魅惑の背後には、
 死、病、不運、
 サソリ刺症、癌、不名誉、
 地震、サイクロン、戦争、原爆が存在する。
 このマーヤーの誘惑に騙されてはいけない。
 汝自身を知り、自由になりなさい。
コメント

「私が見たアドブターナンダ」より抜粋(9)

2016-08-27 21:42:20 | 聖者の生涯


 この時期のおかしくも真のバラナゴル僧院の全体像が、ヴィヴェーカーナンダの弟であるシュリー・マヘンドラナートダッタによって描かれている。

「僧院の家は、とても古くて荒廃していた。地下の部屋の床は沈んでおり、ある箇所では床下にまで沈み込んでおり、蛇やジャカルの住みかになっていた。
 一階に下りる階段の段のほぼ半分はなかった。二階の部屋の床の表面は、一角は見え、一角は下にある小石がむき出しになっていた。扉の雨戸と窓は、ほとんどなかった。
 屋根の垂木はほとんど落ちてしまっていて、割れた竹でレンガを支えていた。僧院の周囲は茨の茂みで覆われていた。それは噂通り、本当にお化け屋敷だった。階段で一階に行くと、右側にいくぶん大きな部屋がある。――それはカーリー・ヴェーダーンティンの部屋だといわれている。
 そして階段をもう二段上がったところに、他の部屋へと続く入り口である小さな扉がある。もう少し進むと、目の前に小さな部屋の聖堂があり、その前には閉鎖された玄関があり、その西側には大きな広間がある(みんなは悪魔の広間と呼んでいる)。
 広間を通り抜けると、その北西側には、飲み水を蓄えたり、みんなで食事をしたりする小部屋が一つある。この部屋のもっと北西側にはトイレがある。食堂の東側にはキッチンがある。コシポルのガーデンハウスで師が使っていた品々は全部聖堂に保管されている。みんな床の上で寝ている。簡易ベッドを所有するなんて贅沢は考えられない。敷物のようなものが2~3枚――敷物なんて呼べないくらい粗末なもの――を縫い合わせて絨毯にし、『悪魔の広間』の床に敷いている。広間の隅には、安心して泥棒にさえ預けられるほどのドゥッリ(絨毯)が巻いて置いてある。その敷物の縦糸がこっちにあると、横糸はあっちにあって、その二つが時々会釈し合っている――つまり、海で大きな魚を捕まえるために漁師が使う網のような感じだ。それから、枕? そんなものは必要ありません! 彼らは『悪魔の広間』に使っていたマットのようなものを、石のように柔らかいカルカッタのレンガの上に敷いていた。これらが彼らの部屋と家具である。」

 この僧院で、ラトゥ・マラハジは『悪魔の広間』に席を陣取っていた。


 ある日、チャプラ地区の男(かつての彼の保護者であった彼の叔父だと思われる)が来て、彼の故郷の村を一度訪れてほしいと言った。このように要求されたとき、ラトゥは、彼がよく使っていた言い回しで返答した。

「あなたは自分のダルマを行いなさい。僕は自分の道を知っています。」

 ラトゥが強い語気でこのように言ったので、その男は重い心持ちで僧院を去った。彼が去った後、何人かの同胞の弟子達は、彼は本当に君の叔父さんなのか、と尋ねた。ラトゥは言った。

「この僧の叔父はみんな死んだよ。 」
コメント

ヴァイラーギャ・マーラー(放棄の花輪)(7)

2016-08-27 11:36:29 | 経典の言葉・聖者の言葉



第二章「幻惑的なマーヤー」


5.マーヤーの光沢

 マーヤーは大いなる芸術家である。
 彼女は大いなる手品師でもある。
 彼女のトリックは気づき難い。
 彼女の幻惑は激しく無鉄砲で、
 彼女は真実を隠し、真実のように偽りを作り上げる。
 彼女は主による錯覚の力であり、主のリーラーのためにこの世界を計画する。
 彼女は虚偽の輝きを起こし、欺かれたジーヴァを罠にかける。
 彼女はわずかに電気メッキを施し、
 彼女はその外皮を少しだけ磨き柔らかくする。 
 男は女の罠にかかる。
 彼は皮膚の裏は生の肉であり、粘膜、膿汁、痰、そして排泄物であることを忘れる。
 彼は色、音、優しい手触り、味わい、そして甘い肉体に惹き付けられるのだ。
 彼は熱中し、すべての類いの病にかかり、
 生と死の歯車に捉えられる。
 名誉、家名、名声、肩書きは、彼女の魅惑的な餌である。
 おお! なんとばかげている! 無智なるまどろみから目覚めよ。
 冷静さを向上させ、識別し、そして問いかけなさい
 「私は何者なのか?」
 あなたはマーヤーの抱擁から解き放たれるだろう。
 あなたはブラフマンの永遠なる無上の喜びに到達するだろう。
コメント

校長ことマヘンドラナート・グプタの略歴(11)

2016-08-27 09:02:53 | 聖者の生涯


 スワミ・ヴィヴェーカーナンダの弟であるマヘンドラナート・ダッタは、彼の著書「Mの生涯について」の中でこう述べている。

「彼は、グルと神(イシュタ)とは一つであると考えていた。グルはイシュタであり、イシュタはグルであり、両者に違いはない、と。タクルと話をする中で、タクルのことを考え、タクルの言葉を理解するうちに、彼は外見上はマヘンドラナート・グプタであったが、内面的には全くシュリー・ラーマクリシュナそのものであった。
 彼は自分の個性や自我を放棄して、ラーマクリシュナの作った鋳型にすべてを溶かし込むように努めた。彼にはその他に何の思想も、個人の独自な考えと呼べるようなものも持たなかった。彼にはタクルの教え以外のものは全くなく、また、独自の主張もなかった。彼の心は、常にラーマクリシュナで満たされていた。あたかも、人生の目標はラーマクリシュナの影となって働くことであるというふうであった。
 したがって私は、彼ほど個性や自己主張を捨てて自分の人生を師にささげた人はいない、と断言することができる。タクルの教え、タクルの言葉、タクルに関する会話こそ、神に思いを集中するための、すべてのすべてだった。もちろん彼が世俗の義務を果たすときや、学校で生徒に教えるときなどは個性を表に出すことはあった。このようなことでさえ、ラーマクリシュナによってかたちづくられた心と態度が反映しているのは明らかであった。というわけで、”M”は実は外見はマヘンドラナート・グプタであるが、中身はラーマクリシュナそのものであったといえよう。」

 ラーマクリシュナの信者の中で、最初に師の生誕地を訪れたのはマヘンドラナートであった。これは師がまだ存命中のことである。彼にとって、そこは数ある巡礼地の中で最も聖なる場所であった。彼は生誕地のいくつかの場所でひれ伏して礼拝し、記念としてその土地の土を持ち帰った。誰もそのことを師に伝えた者はいなかったが、彼の頭と体を触って祝福してくださり、「聖地の土を持ち帰るのは、深い信仰のあかしだ」とおっしゃっていた。タラケーシュワルのタラクナート寺院やプリーのジャガンナート寺院に詣でたときにも、マヘンドラナートは計り知れない喜びを感じたのであった。そのときも師は彼の頭に触れ、「お前は純粋な人間だ」とおっしゃった。

 ベンガル語版「ラーマクリシュナの福音」を書き始めたときから、彼は心身を清め、一日一食で、煮た米とギーを食べて、時を過ごした。その本の印刷、出版が完了するまで、その誓いを守った。そして第五巻の印刷が終わったとき、彼はこの世を去った。
 タクルは、「聖典(バーガヴァタ)、信者(バクタ)、神(バガヴァーン)の三つは、実はひとつである」とよく言っていた。もしマヘンドラがこのコタムリトを発表しなかったならば、現在のように大勢のタクルの信者はできなかったであろう。シュリー・ラーマクリシュナの名とともに、聖典「コタムリト」と、そして著者の校長ことマヘンドラナートの名も不滅となったのである。

 ベンガル暦二月二十日、西暦1932年6月3日の夜に聖なる福音を書く仕事を終えて、マヘンドラナートの持病の神経痛が悪化した。翌朝の土曜日の6時に、タクル・シュリー・ラーマクリシュナと聖母の御名を唱え、『おお、師よ、母よ、私を抱き取ってください』と、その最後の祈りをタクルにささげて、ヨーギーの78歳の肉体は放棄された。それはあたかも、ヨーギーが自らの望み通りに、その死はヨーガによって眠りに入ったように安らかなものであった。
 カーシープルの火葬場で、タクル・シュリー・ラーマクリシュナの身体が五元素に戻ったその南側で、彼の清らかな身体は最後の変化を終えて灰となった。マヘンドラナートは、彼の存命中は常に聖なるタクルの召使いであった。そして死後も、タクルのかたわらにその場所を得たのである。マヘンドラナートに先立って、シュリー・ラーマクリシュナの数多くの内輪の弟子、信者が、すでにこの幻影である世界を放棄していた。しかし、その極めて貴重な場所を、聖なるタクルはあたかもあのお方の愛する召使いである弟子のために、あらかじめとっておかれたかのようであった。
コメント

校長ことマヘンドラナート・グプタの略歴(10)

2016-08-27 08:54:57 | 聖者の生涯


 マヘンドラナートは、家庭生活の中にありながらも出家僧であった。彼の生活は、放棄の輝ける実例だった。Mによって記録された『コタムリト(不滅の言葉)』は、単なる驚嘆すべき文学ではないのである。これは、聖なる生活における”不滅の言葉”なのである。マヘンドラナートに親しく近づきになった多くの若者は、サンニャーシー(出家僧)になり、それぞれの宗教生活に新しい光を見出した。一度彼に会った者は誰でも、ヨーガ行者のような彼の姿を、彼の謙虚さと飾り気のなさを決して忘れることはできない。
 スワミ・ヴィヴェーカーナンダはかつて、「私は、僧院の約85パーセントくらいの出家修行者は『コタムリト』を読むか、またはMとの出会いによって霊的生活に入ったのだと思う」と言っていた。これからも、スワミジが設立した僧院では、Mによって語られたコタムリトを読んで、多くの修行者が神に思いを集中することに専念し修行をおこなっていくことであろう。
 
 「コタムリト」のいくつかの章がマヘンドラの承認や何の相談もなしに英訳され、「ラーマクリシュナの福音Ⅱ」として掲載され、また、Morn,Starから出版までされたために、どれほどマヘンドラが傷ついたか、次の手紙を見れば明白である――

「親愛なるアユクタ・ババジ。私の愛と、敬礼を皆様へ。Morn,Starに掲載された福音の英訳に対して、こう言わなければならないことは非常に残念なことですが、満足のゆくものではありません。実際にタクルに会った者として当然ながら、私は翻訳の中に深い精神性が感じられることを求めます。さらに言えば、タクルとの集いの報告は、細切れで出されるべきではありません。翻訳は私がやるべきです。私が死んだ後は、そのときはあなたがやりたいようになさったらいいでしょう。それは決して遠い先の話ではないかもしれません。私は76歳で、体調も思わしくありません。福音があのようなかたちで公表されるのを目にすることは、大変な苦痛です。私は、あなた方が第二巻として出そうとしている本の翻訳を承認することはできません。」

 マヘーンドラナートは、決して弟子を作らなかったし、マントラや宗教的な手ほどきを誰にも与えなかった。タクル(師ラーマクリシュナ)の言葉について、その一語一語を正確に守るために努力した。
 彼は宗教に対して頑迷さはなく、むしろすべてのことについて、ただ一つ、シュリー・ラーマクリシュナの調和のとれた姿を見ていた。彼は生涯を通じて、タクルの甘美な不滅の言葉を人々に分配することを、人生の誓いとして守った。
コメント

校長ことマヘンドラナート・グプタの略歴(9)

2016-08-27 08:21:00 | 聖者の生涯


 「コタムリト」の出版の後、僧院やシュリー・シュリー・マーの住居に、次々と新しい信者たちが集まって来はじめた。「コタムリト」を読んで、出家の数も増えていった。苦悩の世の中に、平安の泉があふれて流れ出したのである。
 スワミ・プレーマーナンダは、「コタムリトを読んで、幾千の人が救われ、無数の信者が至福の歓喜を味わい、また、どれほどの人々が世間の苦悩から救われて心の安らぎを得たことか――」と書いている。誰もが皆、神の化身であるシュリー・ラーマクリシュナが、現代の人類の救世主として出現したと考えていた。このお方の御足に命を捧げることによって、人生に平安がもたらされ、また、恐れは取り除かれるのだ。

 1955年、マヘンドラの生誕100年祭に主催者の話として、ヘーメーンドラ・プラサード・ゴーシュ氏は、「シュリーマ(M)は、まず最初に、彼の『コタムリト』の刊行を通して、きわめて短期間のうちに、シュリー・シュリー・ラーマクリシュナ様のことを人々に知らせてくださった。この『コタムリト』が発表されなかったならば、世の人々の大聖師を知る機会はずいぶん遅れたことだろう。家住者としての義務を果たしながらも、至高の真理を得ることができるとシュリー・ラーマクリシュナがおっしゃっていた、その至高の真理は、マヘンドラ氏の中に目に見えるかたちとなって芽を出し、花開き、実を結んだのであります」と言った。

 欧米からさえも信奉者が彼の家に集まってきた。毎日毎日、毎月毎月、毎年毎年、ただ一つ、師シュリー・ラーマクリシュナの話だけを、彼らに話して聞かせたのである。マヘンドラはこう言うのが常だった。――「私は、取るに足らないものです。しかし、私は大海の岸辺に住んでいます。そして、私はわずかばかりの水差しに入れた海水を持っています。訪問者がやって来ると、その水を出してもてなすのです。あのお方の言葉以外の何を、私は話すことができるでしょう。」

 慈愛に満ちた魂に触れるような態度で語られる言葉を聞くと、まるでマヘンドラ氏と共にラーマクリシュナのそばに座って、直接に会話しているような気になる。あたかも、彼が座ってタクルのことを話してくれるところと、タクルがリーラーをおこなった場面とを結ぶ橋が架かっているかのようだった。

 ポール・プラントンは、マヘンドラに直接会った印象を、著書”Search in Secret India”の中に含めている。最初の出会いについて、彼はこう書いた――”神々しい長老が、聖書のページから抜け出してきたのだ。また、モーゼの時代の人の姿が、生きた人間になったのだ。”
 スワミ・ヨーガーナンダが霊的生活に入った最初のころ、マヘンドラナートからかけがえのない霊感を得たが、そのことについて、彼は”あるヨギの自叙伝”という本の中で書き記した。
コメント

校長ことマヘンドラナート・グプタの略歴(8)

2016-08-27 07:29:55 | 聖者の生涯

 
 以前から、タクルの福音を出版してほしいと多くの人が希望していた。さらにそののち、その依頼はさらに増えていった。そんな折、Mはシュリー・シュリー・マーに呼ばれて、彼女にその本の内容を読んで聞かせた。それを聞いて、シュリー・シュリー・マーはこの上なく満足した。彼女はMを祝福してこういった。――「あなたの口から聞いていても、私にはすべてあの方がそれらのすべての話をしておられるのだと感じられます。」そして、この本を出すようにお命じになったのである。
 マヘンドラナートは、英語本”Gospel of Sri Ramakrishna(According to M. a son of the Load and disciple)”の初版を1897年に出版した。英語でラーマクリシュナの福音が発表されると、ラームチャンドラ・ダッタは、ヨゴディヤンから発行している「タットヴァマンジャリ―」(ベンガル歴1308年8ハ月号)に、「尊敬するマヘンドラナート・グプタ様、あなたは並外れた神への信仰をお持ちです。そして、一般の人々への教導を目的として、師のお言葉を小冊子に印刷してくださいました。我々がグプタ先生にお願いしたいことは、これらの教えの言葉を少しずつ出さずに一度にまとめたかたちで出版すれば、一般の人々にさらに大きな福音となるに違いないということです。第二のお願いは――ベンガル語を見捨てられたのはなぜでしょうか? 高遠な、しかも感情のこもった真理の言葉を英語にすると、多くの場合において意味が変わってしまうということは、今さら貴殿に向かって申し上げる必要はありますまい。また、このベンガルの一般大衆にとっては難解なものであります」と書いている。
 後になって、その願いは実現された。”シュリー・シュリー・ラーマクリシュナ・コタムリト(シュリーマ・コティタ)”のタイトルで、タットヴァマンジャリー、バンガ・ダルシャン、ウドボーダン、ヒンドゥー・パトリカ等、その当時の月刊誌にベンガル語で発表し始めたのである。その後、これらをまとめてスワミ・トリグナティターナンダによって、ウドボーダン・プレスから1902年に「コタムリト」の第一巻が出版された。第二巻は1904年、第三巻は1908年、第四巻は1910年、第五巻は1932年に出版された。インド各地の言語や外国語――実に多くの言葉でこの本は翻訳されている。読んだ人すべてがこう言っている――「ベンガル文学は、値のつけようもない貴重な宝を生み出した」と。
 ナヴィヤバーラタ紙は書いた――「M以外にこの宝を持っている者はいない」と。
 サンジヴァニー紙は、「シュリー・シュリー・ラーマクリシュナ『コタムリト』は、本当に不滅の宝庫になっている」と書いている。
 天才作家ロマン・ロランはこう書いている――”まるで速記録のように正確だ。”
コメント