ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

サラハの「王女のためのドーハー」(1)

2013-11-30 22:16:15 | 経典の言葉・聖者の言葉


サラハの「王女のためのドーハー」


translation&arrange:Keisho Matsukawa



 大楽、勇敢な心、明智と全智を持つ主に
 そして三宝に
 合掌し、礼拝いたします。
 私は今から、非二元の法であるマハームドラーについて説こう。

 煩悩のつる草によってとらえられた衆生は   
 我執という悲しみの砂漠で干からびている。
 彼らは、父である王から切り離され、国を追放された若い王子のようである。 
 彼らには幸せになるチャンスがなく、彼らの心は苦しみに満ちている。

 サラハが、自らの経験からそれを宣言しても、
 この存在の無垢の認識を十分に認識することのできない多くの衆生は、煩悩にふけり続ける。
 そうしてさらに多くのカルマを積み、さらに分離されていく。
 教えを学んだ人々は、まるで心臓が毒で満たされたかのように、自らの状態におびえるようになる。

 存在の静寂なる点、ダイナミックな原初の心は、理解しがたい。
 両極性によってけがされていない完璧なエネルギー、それは存在それ自体の最高の力として生来的なものであり、散漫に対処される何かではない。
 それが、まるで毒蛇に噛まれたように、散漫になる。

 知性によって準備される我々の「現実」の実体は、どんな物質もあることはなく、ただ自分自身の中にある。
 この「現実」を作り出す必要条件から自らを解放せよ。
 我々がそれらに対して作り出すすべての仮定は、存在しないのだ。 
 自然発生の本性の中に溶解する自由を行使するプロセスを知っているならば、
 視覚も聴覚も、他のどんな知覚的な活動もない。
 そしてそれによって人は、存在の本性と相容れないことから解放される。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2013-11-28 15:21:00 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。



曲目

1.放棄の翼
2.我が師(日本語版)
3.ハヌマーンチャリサ
4.バクティヨーガの歌
5.クリシュナの家へ向かいゆかん
6.願い
7.ホーリーマザー
コメント

12/23 BHAKTIYOGA TWILIGHT

2013-11-27 21:27:31 | お知らせ


バクティヨーガフェスタ2013 IN 横浜


 BHAKTIYOGA TWILIGHT

 ヨーギーたちのクリスマス
 横浜の海と夜景を眺めながら――インド古典音楽とヨーガ瞑想の夕べ


 今年のすべての疲れを昇華。
 横浜の海と夜景に囲まれた素敵な場所で、
 本格的なインド古典音楽とヨーガ・瞑想で、体と心と魂を癒しましょう!


ホームページ
http://www.bhaktiyoga-festa.com/



プログラム・タイムスケジュール予定

第一部

14:30 開場

15:00 ヨーガ講習会
      バクティヨーガと相性がよい本格的なクンダリニー・ヨーガを軸に、アーサナ、呼吸法、ムドラー、瞑想など、初心者から上級者まで満足できるプログラムです。

16:30 ビデオ上映「バクティヨーガの聖者たち」

17:00 チャイとインドのお菓子で休憩


第二部

17:30 インド古典音楽
      タイ・バーホー(タブラ)&GUMI(バーンスリー)

18:30 ピアノとインド音楽の即興演奏をバックに、聖典バガヴァッド・ギーターの朗読

18:55 キールタン、讃美歌
      西洋の讃美歌とインドのキールタンのコラボ。
      一流の歌い手による讃美歌を数曲聞いていただいた後、皆で一緒に讃美歌やキールタンを歌います。
      演奏はピアノ、ハルモニウム、タブラ、バーンスリー、ギター、ベースなど、西洋とインドのコラボで不思議な空間を作り出します。

19:50 終了予定



入場無料
お帰りにドネーションとしてお気持ちだけお包みください。


※第一部のみ・第二部のみの参加も自由です。

※途中参加・途中退場も自由ですが、演奏プログラム中の参加・退場はお静かにお願いいたします。



主要アーティスト紹介

タブラ:タイ・バーホー

世界的タブラ奏者であるザキール・フセイン氏の愛弟子。現在も師のマネージャーとして世界ツアーを一緒に飛び回っている。
現代的キールタンの旗手として今年のグラミー賞にもノミネートされたクリシュナダースのタブラを8年間担当。
また、サウンドトラックを担当した映画「ボーン・イントゥ・ボロセルズ」はアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を獲得。
インドの伝統音楽の伴奏者として世界中でツアーする一方、タブラを使い様々な文化の音楽と独特なコラボレーションをすることで、タブラという楽器に新しい活躍の場を広げることに成功し、世界中から賞賛を浴びている。


バーンスリー:GUMI

バーンスリーをPt.Ajay Prasanna氏、Carlos Guerra氏に師事。バーンスリーの師匠のみならず、声楽のPt.Debasisi Day氏、シタール奏者のSri Dhurvanath Mishra氏にも師事し、様々なスタイルの古典音楽からバーンスリーを学ぶことにより、幅の広い演奏を研究している。
まだまだ日本では演奏者が少ないインド音楽の中でも希少価値の高いバーンスリー奏者として注目を浴びている若きホープ。
もともとクリシュナへのバクティからインド音楽を始めたという氏の奏でるメロディは、単なる技巧を超えて、聴く者をインド音楽本来の目的である神とつながる意識へと導いていく。







コメント

アシュターヴァクラ・ギーター 第三章 叡智

2013-11-23 05:57:29 | 経典の言葉・聖者の言葉


第三章 叡智


あなたは真我が本来ひとつで
限りないものだと
知っている。

あなたは真我を知り
それゆえ、安らかなのだ。

それなのに、なぜまだ富を望むのか?


無智ゆえに
あなたが真珠貝の中に銀を見るとき
強欲が湧き起こる。

真我に無智なために
感覚が渦巻く世界に対して
欲望が湧き起こる。


大海の波のように、
その中で世界が湧き起こっては静まりかえるそれ
それがあなた自身だと知りながら
なぜみじめにうろつきまわるのか。


聞かなかったのだろうか?

あなたは純粋なる智慧だ。
しかもあなたの美しさには限りがない!

それなのに、なぜ煩悩に身を焦がすのか?


賢い人は、
すべては彼自身の中にあり、
彼自身がすべての中にあることを知っている。

それにもかかわらず、なんと奇妙なことだろう!
彼はいまだにこう言う――「これは私のもの」と。


自由になろうと決意して
彼はすべてを超越し
一なるものとしてとどまる。

それにもかかわらず、なんと奇妙なことか!
彼は愛著に溺れて力を失い、
性欲に飲みこまれてしまった。

年老いて、衰弱しながらも
彼はまだ欲深い。
性欲が覚醒の敵だと
はっきり知りながら。

なんと奇妙なことか!


彼は自由を求める……

この世も
あの世も気にかけず
何がはかなく
何が永遠かを知っている。

それなのに、なんと奇妙なことか!
彼は自由を恐れている!


だが、真に智慧ある人は
いつも至高の真我を見る。

褒められても喜ばず、
軽蔑されても怒りもしない。


澄んだハートで
彼は自分自身の行為を
他者の行為のように見守る。

どうして賞賛や非難が
彼をかき乱せるというのだろうか?


澄みきった揺るぎない洞察で
彼はこの世界を幻として眺め
もはや、惑わされることもない。

どうして彼が死を恐れることがあろうか?

純粋なハートから
絶望の中でさえ
彼は何も望まない。

彼は真我の叡智で
満ち足りている。

彼に並ぶ者がどこにいるだろう?


澄みきった揺るぎない洞察で
彼は見るものすべてが
本来無だと知っている。

どうして彼に選り好みができよう?


彼はすべての二元性を超えた。

欲から解放され、
心の中から
世界への熱望を消し去った。

喜びや悲しみ
何が起ころうと
彼が揺らぐことはない。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第66話」

2013-11-22 20:26:10 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第66話」です。
コメント

アシュターヴァクラ・ギーター 第二章 純粋なる智慧

2013-11-22 06:26:01 | 経典の言葉・聖者の言葉






第二章 純粋なる智慧



昨日まで
私は夢まぼろしの中を
さまよっていた。

だが、わたしは今、目覚めた。
非の打ちどころなく、静かに
世界を超えて。

身体と世界は
私の光から立ち現れる。

すべては私のものであり
何ひとつ私のものではない。

身体と世界を手放した今、
私は特別な贈り物を受け取る。 

私は無限の真我を見る。

逆巻き、泡立つ波が
ただの水でしかないように、

真我から現れ出る
森羅万象も
すべて真我でしかない。

一枚の布切れを見てみなさい。
それはただの糸でしかない!

同じように、森羅万象も
間近に見れば
真我でしかない!

サトウキビの搾り汁の中の
砂糖のように
私は、私が創造したすべての中にある
甘味なのだ。

真我が知られないとき、
世界は現れる。
真我が知られれば、
世界は現れない。

だが、あなたはロープを蛇と
見間違えたのだ。

ロープとわかれば
蛇は消え去る。

私の本性は光
光以外の何ものでもない。

世界が現れるとき
ただ私だけが輝く。

世界が私の中に現れるとき
それはただの幻にすぎない。
水面にきらめく日の光や
真珠貝の銀の縞模様。
ロープを蛇と見間違えるときのように。

世界は私から現れ出し
私の中へと溶け去る。
溶かされた金の腕輪や
溶かされた土塊となった壷や
静まり海に戻った波のように。

私は私自身を讃える。
なんと私は素晴らしいのだろう!

私は決して死なない。

ブラフマー神から草の葉にいたるまで
全世界が消え去ろうとも
私はここに在りつづける。

なんと素晴らしい!
私は私自身を讃える。

姿かたちを得たにもかかわらず
私は一なるものとしてとどまる。

来ることもなく去ることもない。
しかもすべてに遍在している。

なんと素晴らしいのだろう。
なんと私の力は偉大なのだろう!

姿かたちはなくとも
時の果てるまで
私は宇宙を維持しつづける。

なんと素晴らしい!

何ひとつ私のものはない。
しかも、何であれ、思ったことや語られたことは
すべて私のものなのだ。

私は知る者ではなく
知られるものでもなく
知ることでもない。

これら三つは実在しない。
ただ本来の自己を知らないから
そう思えるだけ。

私は完全無欠なのだ。


一から二が生まれる!
これが苦しみの根源だ。

私は二のない、一なるもの。
純粋なる智慧、純粋なる歓喜だ。
全世界は仮の姿でしかない。
ただそれだけを悟りなさい。
それ以外に救われる道はない!

無智ゆえに
かつて私は束縛されていると思いこんでいた。

だが、私は純粋なる智慧。

すべての区別を超え、
永久の瞑想に生きる。

私には束縛も解放もない。

夢まぼろしは消えうせた!
すべては根拠のないことだったのだ。

森羅万象は
私の内に在りながら
何の拠りどころももたない。


身体は無
世界は無だ。

これを完全に理解するとき
どうしてそれらを想像から生みだしつづけることができよう?

なぜなら、真我は
純粋な智慧に他ならないのだから。


身体とその恐れ
天国と地獄、自由と束縛

すべてはただの作り話。

純粋な智慧そのものである私に
何の関わりがあるというのか?


私は一なるものだけを見る。

人ごみに
無人の地に。

ならば、いったい何に私が執着するというのか?


私は身体ではなく
身体は私のものではない。

私は分割されない純粋なる智慧そのもの。

ただ生きることへの渇望に
縛りつけられていただけ。


私は果てしない海。

想念が湧きあがると
意識の風が幾千もの世界という波を起こす。


だが、風が止むと
商人は船とともに、全世界を巻きぞえにして、
私という存在の底知れぬ海の中に沈みゆく。


だが、ああ、なんと素晴らしい!

私は計り知れない深淵。
すべての生きとし生けるものは
私の中にひとりでに現れ、
たがいに戯れあい、衝突しあい
そして消えゆく。
コメント

シュリー・チャイタニヤの生涯(1)

2013-11-18 07:26:55 | 聖者の生涯


シュリー・チャイタニヤ・マハープラブの生涯



 「シュリー・チャイタニヤの生涯」は、ジャドゥナート・シルカールの『チャイタニヤの福音』の要約を元に、クリシュナダース・カヴィラージ(1517-1582年)によってまとめられた、最も信憑性の高い書物です。チャイタニヤの同年代の人物であるジャドゥナートはラグナート・ダースの弟子で、プリーに住んでいた時にチャイタニヤの従者を務めていました。クリシュナダース・カヴィラージはサンスクリット語とペルシャ語に長けており、彼は青年期に故郷ブルドワンを離れてヴリンダーヴァンへ向かって放浪し、ヴリンダーヴァンから12マイル離れたラーダークンドに腰を落ち着けました。若い頃からほとんどの作品をサンスクリット語で執筆していましたが、ファンの要望で古典ベンガル語で執筆を始め、彼が他界する一年前の1581年にその最高傑作を完成させました。

 ジャドゥナート・シンカールのこの素晴らしい書物の要約の翻訳に加えて、アムリタバサール・パットリカの有名な編集者であるシシル・クマールゴーシュによって描かれた『主・ガウラーンガ』の要約版からの資料もあり、その中で、チャイタニヤについてのベンガル語の他の書物から抜粋した事実に基づくこの偉大な化身の若年期について、啓蒙的で非常に興味深い記述をしています。



【若年期】

 1486年2月4日の月食の日、シュリー・チャイタニヤ(1486-1533年)は、ナヴァディープのマーヤープル居住区で、聖典に造詣深いパンディットであった父ジャガンナート・ミスラと母親サチの間に生まれました。
 ナヴァディープは現在のカルカッタから北方75マイルほど離れたナディア地区の聖なるガンガーのほとりにあり、15世紀の当時は学問の中心地であり貿易も栄えていた豊かな町でした。ナヴヤ・ニヤーヤと呼ばれる、ミティヤーで誕生した新論理学が、ナヴァディープでも既に導入されていました。それはガンゲーサ(西暦1200年頃)を筆頭にした偉大な学者たちの継承によって発展したものでした。ニヤーヤを学び偉大な研究者やナヴァディープの機関の認可を獲得するために、インド中から学生がナヴァディープに集まりました。このような学問の発展もまた、ナディアの豊かな社会の中で、学生や教授への惜しみない援助によって支えられていました。

 チャイタニヤが世に出現することとなる15世紀に入り、学問の中心地として評判はあるものの、ナヴァディープには霊性の光が欠けていました。ヴィシュヌ派は公の宗教でしたが、一般のパンディットたちは霊的熱意を持っておらず、タントリズムの発展と共に肉食とアルコールの摂取が彼らの生活に浸透していきました。宗教は単なる儀式へと退化していき、宴と軽薄な気晴らしによって時々中断される、辛らつで例証的な論争に、パンディット達はその知的追求を費やしたのでした。このようなパンディットたちの生活の中に、ヴィシュヌ派の重要な教えである「神への信仰心」はありませんでした。

 主の誠実なヴィシュヌ派信者であり、教養のあったアドヴァイタ・アーチャリヤは、このようなバクティの衰退と物質主義的支配を目の当たりにして衝撃を受け、常にクリシュナに祈りを捧げていました。

「おお、主よ! あなた様自らが化身してくださらなければ、衆生はどのように罪償いができるのでしょうか。」

 その祈りに応えるために、チャイタニヤはこの地上に顕現されたといわれています。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「2013ディワリ・キールタンライブIN精進湖」

2013-11-15 10:16:05 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「2013ディワリ・キールタンライブIN精進湖」です。

 今年の11月3日のディワリ(光の祭典)の夜に、精進湖で行われたヨーガ修行合宿の中で催された、ラーマやラクシュミーを称えるキールタン・ライブの映像をお届けします。

 歌・演奏は、ヨーガスクール・カイラスのインストラクターたちです^^

コメント

新刊のお知らせ「解説・ナーローの生涯」

2013-11-11 05:58:03 | お知らせ


 新刊ができました。


 解説・ナーローの生涯
 The Life of Naro with Commentary


 インド密教の大聖者ナーローの生涯の不思議な物語を通して、松川慧照が、密教の真髄、修行の真髄、真理の真髄を明快に解き明かします。


 上下巻各1000円

 
 郵送も致しますのでお気軽にお申し込みください。

コメント

気高く

2013-11-05 11:08:45 | 松川先生のお話

 カイラスで出しているカレンダーの11月の言葉


「悪魔からの手紙は、封も開けずに焼き捨てるくらいの潔さがなければならない。

 そう、潔さだ。

 そして自分の生きる道を、しっかりと覚悟をもって自覚しているかだ。」


 そして絵はラーマーヤナ。

 たとえば想像してみると、ラーマーヤナにおける神のしもべの代表格ともいえるラクシュマナやハヌマーン、シーターなどが、悪魔から、自分たちの仲間に入らないかという誘惑の手紙をもらったとして、そこでほんの少しでも心が揺れるだろうか笑? まさに封もあけずに破り捨てるくらいの、潔さというよりも当たり前の気高さしかそこにはないだろう。

 そう、そんなことは、特にバクティの道を行く修行者にとっては当たり前のことなのだ。

 ラクシュマナは悪魔への怒りと共に破り捨てるかもしれないし笑、ハヌマーンは笑顔で破り捨て、そしてシーターはラーマで頭がいっぱいで、一瞬もそんな手紙に心をとめることさえもないかもしれない。

 今月はこれらラーマーヤナの勇者たちを心に思い、気高くありましょう。


コメント