ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

サラハの「人々のためのドーハー」(1)

2013-06-30 17:34:54 | 経典の言葉・聖者の言葉




 サラハの「人々のためのドーハー」



 ブラーフミンたちは真理を知ることなく
 四つのヴェーダを虚しく暗唱する。

 彼らは、水やクシャ草などの準備を整え、
 家の中に座って火を燃やし、
 無意味な儀式を執り行い、
 刺激的な麻薬を吸って、意識を混沌とさせる。

 豪華な衣装を身につけ、一人または複数の助手を従える。
 彼らは、自分たちの伝統こそ優れていると誇り、
 虚栄心の奴隷となって、人生を無駄に浪費する。
 彼らは、何が法で、何が非法であるか、理解していない。
 
 彼らは体に灰を塗り
 縮れた長い髪を頭の上に巻いて載せて
 家の中に座って、灯明を灯し、鐘を鳴らす。

 彼らは姿勢をただし、目の位置を固定し、
 人々を欺く言葉をささやく。
 そして未亡人や修道女などに
 教えとイニシエーションを与えて、報酬を受け取る。

 また、ジャイナ教の僧たちは、
 ある者は長い爪と汚い服
 またある者は裸になり、くしゃくしゃの髪で
 彼らは自分たちの「解放の教え」に束縛されている。

 素っ裸になれば解脱するというなら
 野良犬たちは解脱しているだろう。
 毛を剃ってつるつるになれば完璧だというなら
 乙女のお尻は完璧だ。

 彼らジャイナ教の僧たちにも解脱はないと、サラハは言う。
 彼らは幸福の真理を奪われ、
 ただ自分の体を苦しめる。

 仏教の僧たちは、世を放棄して
 伝統的な教えを学ぶ。
 彼らは、誰かに見られているときは集中して経典を読むが
 誰もいなくなると、集中がしおれる。

 他の者たちは、大乗の教えを学び、
 他の者たちは、曼荼羅の輪に入って瞑想し、
 また他の者たちは、四つの至福を得ることに努めている。

 しかし彼らは様々なかたちで、道から落下する。
 またある者たちは、空の本性について教えを説くが
 そこには様々な意見の相違がある。

 彼らは自己の本性を見ずに、
 ニルヴァーナをどこかに捜し求める。
 それが可能ならば、無智なる者も絶対の真理を得るだろう。

 彼らは、どのような方法で放棄をするのだろうか。
 所有物を放棄して、瞑想にとどまるのだろうか?
 何の儀式によって?
 何のマントラによって、それらを行なうのだろうか?

 どんな苦行を行なうのだろうか?
 どんな巡礼を行なうのだろうか?
 沐浴によって放棄を達成するのだろうか?

 そのような形式的な、偽りの妄説へのとらわれを捨てて、
 すべての幻影を放棄せよ!
 そこには何もないと知れ。
 
 「これを理解せよ」「これを瞑想せよ」と、
 古い伝統や論書で議論されてきた。
 目的も意味もわからず、
 人々は盲目的に、それらに従ってきた。

 そこには宝物があるかのように見える。
 世界は偽りの奴隷になっていると、サラハは言う。
 愚か者は、彼自身の真の本性を理解しない。

 瞑想することなく、世を捨てることなく
 家に住み、妻を持っていても
 感覚の喜びを楽しみ、それらを放棄しなかったとしても、
 完璧な叡智を呼び覚ますことはできると、サラハは言う。

 サラハは叫ぶ。存在の本性とは、存在でも非存在でもないと。
 もしそれが明らかに理解できるなら、何を瞑想する必要があるのか?
 もしそれが理解できないなら、瞑想しても、暗闇で手さぐりしているようなものだ。

 よって、生まれることも、生きることも、死ぬことも、同じである。
 これによって、唯一最高の至福を得る。
 サラハは、これらの深遠な秘密の言葉を語るが、
 愚かなこの世界は、それを理解できない。
 
 それが瞑想から離れて存在するなら、どのように瞑想するというのか?
 それが言葉にできないものなら、どのように議論するというのか?
 すべての世界は、物事の外側の姿の奴隷となり、
 誰も自分の真の本性を捕まえることができない。

 マントラとタントラ、精神集中と瞑想、
 それらはすべて、自己欺瞞の原因となる。
 思索の瞑想にふけることで、自己の本性の純粋さをけがしてはいけない。
 自己の本性の至福に従うことで、これらの受難を止めなさい。
 
 食べ、飲み、感覚の楽しみにふけり、
 何度も繰り返して曼荼羅を満たして、
 お前は世界を超えることができる。
 おろかな世俗者の頭の上を歩いて進め!

 ここにおいて、プラーナと心はもはやこれ以上さまようことなく
 太陽と月は現われない。
 そこに、おお、人よ、お前の思考を休息させよ。
 これが、サラハが与える教訓である。

 区別をせず、すべてはひとつであると見て、
 仏陀の五つの家族という区別も設けるな。 
 大いなる愛著によって、三界をひとつにせよ。

 ここには始めもなく、中間もなく、終わりもなく、
 輪廻もニルヴァーナもない。
 最高の至福の状態で、
 自分と他者のどちらもない。

 お前はすべてを、前も後ろも、十方すべてをそのように見よ。
 今日にも、お前のグルに、妄想を終滅させて頂け!
 他の誰にも尋ねる必要はない。

 感覚の欲望は鎮まり、
 自己という概念は破壊される。
 おお、友よ、それが本性身である。
 それをお前のグルに、はっきりと尋ねるのだ。

 こうして思考は捉えられ、プラーナの動きは止まるがゆえに、
 これは最高の至福である。
 こうして人は『今・ここ』にとどまり、どこへも行くことはない。

 それが自己の経験となった今は
 それに関して過ちを犯してはいけない。
 それを実在または非実在と言ったり、一つの味の至福などと呼ぶことは、そこに制限を設けることになる。

 お前自身の思考を完全に理解せよ、おお、ヨーギンよ!
 水が水と一つになるように。

 どのような瞑想によって、解脱を得るというのか?
 なぜそのような虚偽を受け入れるのだ?
 ただお前の良きグルの言葉を信頼せよ。
 これが、私、サラハのアドヴァイスだ。
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師と神

2013-06-30 06:19:17 | 経典の言葉・聖者の言葉





質問者「師の恩寵は、神の恩寵の結果なのでしょうか?」

ラーマナ・マハーリシ「なぜその二つを区別するのですか? 師と神は別ではなく同じなのです。」
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 入菩提行論 第一章~第五章」

2013-06-30 05:09:52 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 入菩提行論 第一章~第五章」です。
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ここは

2013-06-29 17:28:14 | 松川先生のお話
そこは始まりも終わりもなく
なぜ?もなく
すべてが一つで
至福に満ち
分析的思考を超え
言葉も消え
すべては師であった
すべてはお遊び。
ニルヴァーナはここにある。
もとから輪廻がニルヴァーナなのだ。
すべては概念が作った幻
救済とは、魂のふれあい。
目をつぶると、歓喜にさらわれてしまう
戒律はリハビリ。
教えを記憶し
教え通り生きる
それは悟りのためのリハビリ。
目指すべきは環境や体のトランスフォームではなく、心のトランスフォーム。
たとえ悪人でも、彼が神の意思のもとに役割を演じているならば、それは智者である。
ここまで来たら普通はもう生きる必要はない。
しかし菩薩やバクタは、生きる。
なぜ?
ああ、智慧が歓喜を生むのだ。
きづきが、覚醒が、歓喜を生む。
死後、私は、母なる宇宙意識に合一するだろう。
しかし真実には、究極的には、後とか前とか、今とかもないのだ。
始まりと終わりのある世界に迷い込んだ我々の
元に戻ろうとする力。
それが菩薩、ブッダ。
この辺が、言葉の限界かな。
さあ、日々、修行に励もう。
今心に浮かぶ疑問は
すべて意味なき疑問。
悟りを目指せ。
そうすればすべてがわかる。
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ギリシュ・チャンドラ・ゴーシュ(2)

2013-06-28 14:47:05 | 聖者の生涯

 ギリシュの生涯はとても興味深く、それは希望のない者に希望の光を与え、不実なものには誠実さを、探求者には神のインスピレーションを与えてくれます。
 ギリシュは1844年2月28日、カルカッタで信心深い両親の元に生まれ、のびのびと陽気に成長しました。彼は父親から鋭い知性と人生への実際的アプローチを受け継ぎ、母親からは文学を愛する心と神への献身を学びました。しかしギリシュをインドの叙事詩と神話の豊かな遺産に導いたのは、彼の祖母でした。夕刻になるとギリシュは祖母の語りをうっとりとした様子で注意深く聞いたのでした。ある時、祖母はヴリンダーバンからのクリシュナの出発のエピソード(バーガヴァタで最も感動的な場面のひとつ)を話してくれました。

『クリシュナのいとこのアクルーラが、クリシュナをマトゥラーに連れていくためにヴリンダーバンにやってきた時、ゴーピー達は絶望でいっぱいになりました。クリシュナが二輪馬車に乗ると、牛飼いの男の子達は「おおクリシュナ、どうか行かないで!」と泣きながら懇願し、牛飼いの女の子たちは馬車のタイヤや手綱にしがみついたりしました。それでもアクルーラは構わずにクリシュナを連れて去っていきました。こうしてクリシュナと牛飼い達の楽しい日々は終わりました。』

 ギリシュは熱心にその話を聞いていましたが、最後は目に涙をいっぱいに溜めて、「クリシュナはそのあとヴリンダーバンに戻ったの?」と同じ質問を3回繰り返し、祖母はそのたびに「いいえ」と答えました。そのあとギリシュはわっと泣き出して走ってどこかへ行ってしまいました。そしてそれからの数日間、彼は祖母の語りを聞きたがりませんでした。

 ギリシュの母親は、彼が11歳のときにこの世を去りました。ギリシュの父親は非常に優しく寛大ではありましたが、彼は息子に、一人前になって神のみに依存することを願っていました。
 ある日、ギリシュは父親と一緒に、船でカルカッタからガンガーを数マイル上ったところにあるナバドイープというシュリー・チャイタニヤの生誕地を訪れました。しかし道の途中で、船が突然逆流に飲み込まれ、沈没しそうになりました。ギリシュはぎゅっと父親の手にしがみついていました。その後、幸いボートは安全に操縦され、無事に岸に到着しました。しかし父親はギリシュに、
「なぜ私の手をつかんだんだ? 私は自分の命のほうが大切なんだよ。船が沈み始めたら、お前を見捨てて手を振り払っていただろうね」
と言いました。
 後年、ギリシュはこの事件について、
「父の容赦のないこの言葉に、私はすごく傷ついた。しかしこれによって、万事において頼れるのは神のみだ、ということを学んだのだ」
と言いました。
 母親の死から3年後、この父親も亡くなりました。
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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2013-06-28 04:49:15 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。


曲目

1.放棄の翼
2.深く潜れ、おお心よ
3.マハームニに捧げる歌
4.我が師
5.願い
6.あなただけが私の母
7.バクティヨーガの歌
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第四話」

2013-06-26 21:07:32 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第4話」です。

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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第四話」

2013-06-24 19:30:53 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第4話」です。
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2013年8月25日 大阪にてバクティヨーガ・フェスタ開催!

2013-06-20 05:53:59 | お知らせ





 きたる2013年8月25日、大阪にて、バクティヨーガ・フェスタ&クリシュナ・ジャヤンティの開催を計画しています。

http://www.bhaktiyoga-festa.com/

 クリシュナ・ジャヤンティとは、インドで最も人気のある神様の一人であるクリシュナの誕生日を祝う祭典です。
 その祝福された日にちなみ、日本で初めて「バクティヨーガ・フェスタ」の名を冠したイベントを実行したいと考えました。

 バクティヨーガとは「神への信愛のヨーガ」といわれるものです。日本や欧米でおこなわれているヨーガのほとんどはハタヨーガの亜流で、バクティヨーガについてはまだあまり紹介されていません。
 近代インド最大の聖者といわれるラーマクリシュナ・パラマハンサは、カリユガ(暗黒の時代)と呼ばれる現代においてはバクティヨーガの実践が最も優れているとおっしゃっています。


 入場も、各種イベントの参加も、すべて無料です!

 今のところ予定されている内容は、以下の通りです。

☆ヨーガ講習会
 ・アーサナ
 ・呼吸法
 ・ムドラー
 ・ジャパ
 ・キールタン
 ・瞑想

☆3Dアニメ・リトルクリシュナ
 インドで絶大な人気を誇ったアニメーションを、日本語字幕付きで上映します。

☆本場インドの僧によるクリシュナ生誕祭プージャー
 インド最大のヒンドゥー教僧団ラーマクリシュナ・マト&ミッションにおいて「マハラジ」の称号を授けられているスワミ・メダサーナンダ氏による、伝統的なクリシュナ・ジャヤンティの儀式をおこないます。
 時間と場所の関係上、本来の正式なやり方よりも短縮したものになりますが、普通はなかなか見ることのできない本場のバクティヨーガの儀式を見ることができる貴重な機会です。

☆インド占星術の「27の月の星座」による、あなたを守護する神様カードをプレゼント

☆お昼時間には、じっくり煮込んだインドカレーでランチ! 
 カレーも無料です。


 イベント内容はまだ確定ではなく、もっと増える可能性もあります。

 アイデアや要望は、どしどしお寄せください。

 また「バクティヨーガ・フェスタ」に何らかのかたちで参加・協力したい方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。



 最新情報は随時お知らせする予定です。

 HPのほうもご覧ください。

http://www.bhaktiyoga-festa.com/


主催:
バクティヨーガ・フェスタ実行委員会
日本バクティヨーガ協会
ヨーガスクール・カイラス

協力:
日本ヴェーダーンタ協会(ラーマクリシュナ・ミッション日本支部)


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今日のAmritaチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第三話」

2013-06-19 06:35:37 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第三話」です。
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今日のAmritaチャンネル「勉強会講話 解説・スフリッレーカ 最終回」

2013-06-18 16:53:09 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 解説・スフリッレーカ 最終回」です。
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今日のAmritaチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第三話」

2013-06-17 17:57:49 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第3話」です。
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今日のAmritaチャンネル「勉強会講話 ただ今日なすべきことを 第12回」

2013-06-16 12:39:35 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 ただ今日なすべきことを 第12回」です。
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今日のAmritaチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第57話」

2013-06-14 20:52:20 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第57話」です。
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グル・バクティヨーガ(1)「グル・バクティヨーガの枝」

2013-06-14 10:38:55 | 経典の言葉・聖者の言葉

「グル・バクティヨーガ」

スワーミー・シヴァーナンダ




◎グル・バクティヨーガの枝

 それでは、グル・バクティヨーガの解説をしよう

 グル・バクティヨーガとは、グルへの完全なる明け渡しである。

 グル・バクティの重要な八つの枝――

1.グル・バクティヨーガを実践することへの真の消えることなき渇仰
2.グルの身口意への絶対の信
3.謙虚にサシュターンガ・ナマスカーラ(身体の八つの部分を地につけて礼拝すること)を行い、グルの御名を唱えること
4.グルの命令の遂行への完全服従
5.果報を求めぬグルへの個人的な奉仕
6.日々、バーヴァと信仰をもってグルの御足に礼拝すること
7.グルの神聖なる使命のために、自己の身口意を明け渡すこと
8.グルの恵み深い恩寵にあずかるために、彼の聖なる御足を瞑想し、彼の聖なる教えを聞き、それを誠実に実践すること

 グル・バクティヨーガは、それだけで十分なヨーガである。

 求道者は、グル・バクティヨーガを実践しない限り、神との合一へと導く霊性の道に入ることは不可能である。

 グル・バクティヨーガ哲学のシステムを理解する者は、グルに自己を無条件に明け渡すことができる。

 人生の最高の目的、すなわり真我の悟りは、グル・バクティヨーガの実践を通じて達成される。

 グル・バクティのヨーガは、何の恐れもなく実践することのできる真に安全なヨーガである。

 グル・バクティヨーガのエッセンスは、グルの命令の遂行と、グルの教えの体現に完全に服従することにある。
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