ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

常に

2013-02-28 20:45:58 | 経典の言葉・聖者の言葉

 常に聖なる人のことを思っていれば、君は神聖になり清浄になる。
 泥棒のことを思っていれば、君は泥棒になる。
 清浄な性格は、神聖なものと密に接することによって形成されるのだ。


   --スワーミー・アドブターナンダ
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第二話」

2013-02-27 21:49:34 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第2話」です。
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要約・ラーマクリシュナの生涯(2)「カマルプクルの敬虔な家族」

2013-02-27 10:53:01 | 聖者の生涯


2.カマルプクルの敬虔な家族


◎ラグヴィールの祝福

 邪悪な地主によってすべての財産を奪われ、十歳のラムクマルと四歳の娘カッタヨニ、そして妻のチャンドラマニをつれて故郷を去り、友人の厚意によってカマルプクルに移住し、与えられた小屋に身を落ち着けた日から、クディラムは以前よりもいっそう、この世における繁栄には関心を失い、ラグヴィール(シュリー・ラーマ)に完全に帰依し、主なる神への奉仕と礼拝にいっそうの時間を捧げるようになった。

 この時期に起こった一つの出来事が、クディラムの神への信仰をさらにいっそう深くした。ある日、彼は仕事で他の村に行った。帰る途中、疲れて木の下で休み、そのまま眠ってしまった。するとそのとき彼は、彼のイシュタ(理想神)であるバガヴァーン・シュリー・ラーマが、若葉のような緑色の体をした神々しい少年の姿で、彼の前に立っている夢を見た。その少年は、ある場所を指さして、こう言った。

「私は食べ物も、世話する者もなしに、長い間ここにいた。私をおまえの家に連れて行っておくれ。私はぜひおまえに仕えてもらいたいのだ。」

 クディラムは感動に圧倒され、繰り返し主を礼拝しつつ、こう言った。

「主よ、私は信仰がなく、またたいそう貧しうございます。私の小屋ではあなたにふさわしいお仕えをすることはできません。またもし落ち度があったら、私はお慈悲をいただけなくなるでしょう。どうかそのような難しいご命令はなさらないでください。」

 するとその少年の姿のラーマは、彼を慰め、慈悲深くこう言った。

「恐れることはない。私はどんな不行き届きにも腹を立てない。私を連れて行け。」

 クディラムは思いもかけぬ主の慈悲に感動して、わっと泣き出した。そしてちょうどそのときに夢から目覚めた。

 目が覚めると、クディラムはそこに、夢で見たのと同じ風景を見た。好奇心からそこに近づいてみると、そこには美しいサーラグラーム石と、それを守っている蛇がいた。クディラムが急いでそこに行くと、いつの間にか蛇は姿を消していた。
 その石についていた印などを調べると、それはまさにラーマの石であるサーラグラームであることがわかった。夢が事実になったことを知って、クディラムのハートは喜びに踊った。彼は自分は神の命を受けたのだと確信して、家に帰ると、その石を家の神として安置し、毎日礼拝することを始めた。


◎ラグヴィールへの完全な帰依

 生活上の窮境は続いたが、クディラムは相変わらず宗教上の掟を厳しく守りながら、あらゆる種類の不運を、快活に耐えた。あるときは、家に食べるものがなくなり、献身的な妻チャンドラデーヴィーは心配してそれを彼に告げた。しかしクディラムは落ち着いて彼女を慰め、
「心配するな。もしラグヴィールが断食しようとお思いになるなら、我々もそうしようではないか。」
と言うのだった。これに対して、無邪気なチャンドラデーヴィーもまた夫と同じようにラグヴィールに身を任せ、家事を続けた。そしてどういうわけか、その日に必要な分の食物は必ず手に入るのだった。

 このようにして二、三年がたった。クディラムは完全にラグヴィールに帰依し、すべてを神にお任せしていたが、質素な衣食には事欠かなかった。それゆえ、この二、三年の苦しい生活は、彼を落胆させることはなく、逆に彼の心を神への帰依心と、普段の平安と満足感で満たした。
 その後、彼はよりいっそう内観的になり、ときどき様々な神のヴィジョンを見た。
 朝夕の祈りの時間には、実に深い信仰と心の集中を持ってガーヤトリーのマントラを繰り返すので、彼の胸は赤くなり、閉じた両目からは愛の涙が流れ落ちた。
 また、彼は毎朝早く、手に籠を持ち、神に捧げる花を摘みに行くのだが、そのようなとき、毎日彼の崇敬を受けている女神シータラーが、赤い衣服をまとった少女の姿で現れ、彼の花摘みを手伝うのだった。これらのヴィジョンは、彼のハートを喜びで満たした。
 このようにクディラムは高い霊的境地を昇り、彼の静かで平和的な顔を見て村の人々は直感的に彼の霊性の高さを悟り、聖仙に対するような愛と信仰でクディラムを尊敬し始めた。村の人々は彼を完全に信頼し、幸福なときも不幸なときも、クディラムの祝福を求めて訪ねてくるようになった。

 また、チャンドラデーヴィーの愛深く無邪気な性質は、隣人たちを魅了し、人々は彼女を自分の母親のように思った。



◎神への素朴な信仰のある実例

 クディラムの妹の息子であるラーマチャンドラは、カマルプクルの南西約四〇マイルにあるメディニプルという町で、収入の多い仕事をしていた。彼は貧しい親戚たちの窮状を思って、クディラムや他の親戚たちに、収入の中から毎月援助をしていた。クディラムも甥のラーマチャンドラを愛し、しばらく頼りがないと、自分から遠いメディニプルまで歩いて会いに行くのだった。
 あるとき、ラーマチャンドラからしばらく便りがなかったので、クディラムは例によってメディニプルまで歩いて向かった。早朝に出発した彼は、一〇時頃にある村に着いた。するとそこで、ヴィルヴァの木に葉がついているのを見た。ヴィルヴァの葉はシヴァの礼拝に欠かせないのだが、この時期は普通はヴィルヴァの葉は枯れ落ちているので、クディラムはシヴァの礼拝に不便を感じていたのだった。クディラムの心は喜びに躍り、メディニプルに行くことはすっかり忘れてしまった。彼は籠を手に入れると、その中にヴィルヴァの葉をいっぱいに満たし、来た道を引き返した。そして午後三時頃に帰宅すると、沐浴し、それからその葉を捧げて長い間喜ばしげに大神シヴァと母なる神シータラーを礼拝した。
 礼拝を終えて食事の席に着いたとき、チャンドラデーヴィーはクディラムに、メディニプルに行かなかったわけを訪ねた。一部始終を告げられたとき、彼女は、クディラムがただ木の葉を捧げてシヴァを礼拝したいばかりにあれだけの距離を引き返してきたのだと知って、驚いた。クディラムは翌朝早く、再びメディニプルに向かって出発した。



◎巡礼と神の示唆

 このようにして、クディラムがカマルプクルに来てから一〇年ほど経った。ラグヴィールの恩寵によって、クディラムは以前よりもかなり裕福になり、心配事もなく、すべての時を神に捧げることができた。
 青年になった息子のラムクマルは、今や仕事に励み、家族の生活維持の責任を引き受けるようになったので、クディラムはあるとき、南インドへの聖地巡礼に徒歩で出発した。この巡礼は、帰宅までに一年を要した。彼はセートゥバンダ・ラーメーシュワルという聖地からヴァーナ・リンガ(シヴァの象徴)を持ち帰り、その後は毎日それを礼拝した。その少し後にチャンドラデーヴィーは、二人目の息子を出産した。クディラムはその子を、その直前に行った巡礼を記念して、ラーメーシュワルと名付けた。

 長男のラムクマルは、聖典の教えに基づいて人々に助言をしたり、宗教的儀式をおこなったりすることで、収入を得ていた。彼はそれらの儀式に熟達し、またある種の神秘的な力も持っていた。

 さらに時は過ぎ、一八三五年、クディラムが六〇歳になった頃、彼は再び聖地巡礼に行きたいという強い衝動を感じ、ヴィシュヌ神の聖地ガヤーに行くことを決めた。
 こうして一八三五年の冬、クディラムは徒歩でヴァーラーナシーとガヤーに向かった。ヴァーラーナシーでヴィシュワナータ神を礼拝した後、三月半ばにガヤーについた。そこにおよそ一ヶ月間滞在し、経典にしたがってすべての儀式をおこない、最後にガダーダル(ヴィシュヌ神)の蓮華の御足に礼拝を捧げた。
 このときクディラムは、かつて経験したことのないほどの神へのへりくだりと愛の感情に満たされた。彼はその日一日中、そして夜になっても、平安と喜びに満たされていた。
 そしてその夜、寝入りばなにある夢を見た。彼は自分が聖堂の中で、ガダーダルの神聖な御足の下で礼拝している夢を見た。そこには彼の先祖たちがいた。すると突然、かつて見たこともないような神々しい光が聖堂にあふれた。先祖たちは手を合わせ、恭しい態度で、美しい玉座に座っている神々しい存在を拝んでいた。その神々しい存在は、慈悲に満ちたまなざしでクディラムを見つめつつ、こちらに来るように促した。クディラムはあふれる信仰心で彼の足下にひれ伏して礼拝し、神への賛歌を歌った。その神々しい存在は大変喜び、美しい声でこう言った。

「クディラムよ。おまえの深い信仰心を、私は非常にうれしく思う。私はおまえを祝福し、おまえの息子として生まれ、その愛に満ちた世話を受けるであろう。」

 このような言葉を聞いたクディラムは大変喜んだが、次の瞬間、自分のような貧しい存在には、このような尊いお方の食事や住まいを用意するのは無理であるという思いが浮かび、悲しんだ。しかしその神々しい存在は、慈悲深くこう言った。

「クディラムよ、心配するな。私は、おまえがくれる物は何でもおいしく食べるぞ。私の望みを聞き入れるがよい。」

 クディラムは、「いいえ」という勇気がなく、喜びと悲しみが入り交じった感情に激しく襲われて失神した。そして目が覚めてからもクディラムは、あまりに夢がリアルだったので、自分が今どこにいるのか、しばらくはわからなかった。

 次第に通常の意識を取り戻すと、クディラムは、この不思議な夢の内容を詳しく思い返し、神の示された夢は必ず実現するから、偉大な魂が遠からず自分の家に生まれるに違いないと確信した。しかし彼は、この夢が実現するまでは誰にもこのことを話すまいと決心した。そして数日後、クディラムはガヤーに別れを告げ、カマルプクルへと帰った。
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ハヌマーン

2013-02-27 07:47:17 | 経典の言葉・聖者の言葉

 ハヌマーンが海を飛び越えたのは、彼の心の力だった。
『私はラーマの召使い。私はラーマの聖なる御名を唱えた。私にできないことなどがあろうか』――これがハヌマーンの信念だったのだ。


 ――ラーマクリシュナ・パラマハンサ

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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 安らぎを見つけるための三部作 第17回」

2013-02-26 19:33:54 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 安らぎを見つけるための三部作 第17回」です。
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今日はラトゥの誕生日

2013-02-25 18:54:13 | 松川先生のお話


 今日はラトゥ(スワミ・アドブターナンダ)のお誕生日です^^



 彼(ラトゥ=スワミ・アドブターナンダ)はシュリー・ラーマクリシュナにとっては、まさにシュリー・ラーマチャンドラにとってのハヌマーンと同じ存在であった。彼はこの世の何事にも頓着せず、人生の唯一の関心事は、師にどのように忠実に仕えるか、ということだった。ただ師が望まれた、ということだけでそれがラトゥにとっては法律以上のもの、神聖で破ることのできない命令であった。
 
 ラトゥは純朴だったので、全エネルギーを行動に使い、虚しい議論に時間を浪費しない、という大きな強みを持っていた。現代人は、彼らが受ける教育の悲しい結果、聞いたことを何もかも疑い、その真否を確かめるために議論し、推理し、考察を重ねるだろう。このようにして真理に到達するまでに多くのエネルギーが失われるので、活動のためには何も残らないのである。ラトゥの場合は正反対だった。師から一言聞くやいなや、後先も見ずにそれを実行に移した。

 後に師ラーマクリシュナが病の床に就き、身体が徐々に衰弱していき、トイレに行くのも困難になったとき、ラトゥは師に向かって、真剣な顔で言った。
「師よ、私がおります。あなたの掃除人です。私が何もかもお世話いたします。」
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解説・スフリッレーカ(23)「ナーガールジュナについて」

2013-02-25 18:48:15 | 解説・スフリッレーカ

20070901スフリッレーカ②




◎ナーガールジュナについて

 今日はスフリッレーカの2回目ですね。もう一度ナーガールジュナについて説明すると、ナーガールジュナというのは日本では龍樹といわれていますが、大乗仏教の開祖みたいな人ですね。ナーガルジュナの伝説っていろいろあるんですが、有名な物語としては、もともと友達と一緒にある師匠について魔術を習って、その魔術の力で自分の体を透明にする術を身につけて、それで王様のお城に忍び込んでいつも悪さをやっていた。悪さをやっていたんだけど、あるときついに見つかってしまって、友人二人は殺されるんだね。ナーガルジュナはうまく隠れて、でも危機一髪で、見つかるかもしれないっていう状況にあって、そこで隠れながら後悔してね、
「ああ、すべては無常である。私は大変まずいことをしてしまった」
と。
「もしここを生き延びて助かったら出家しよう」
というふうに決めたんだね。そうしたら助かってしまったので出家したと。
 で、その後修行を修めて――これはちょっと伝説的な話なんだけど――天界のナーガ――ナーガっていうのは龍とか蛇のことですが、これは龍神の世界ですね。このナーガの世界っていうのは、大乗の仏典がたくさんそこで守られてるといわれていて、そのナーガの世界にある大乗仏典を、誰か人間界の優れた修行者に取りに来させようということになって、そこで選ばれたのがこのナーガールジュナだと。だから多分そういう逸話があって、ナーガールジュナという名前になったと思うんですが。で、ナーガールジュナはそのナーガの世界に呼ばれて――ナーガの世界ってつまり日本風にいうと龍宮城です。龍宮城ってそこからきてるんだね。ナーガが住んでいるのは龍宮城といわれている。そこから『般若経』とかね――『般若経』っていうのはみんながよく知ってる『般若心経』も含めて、『般若経』っていわれる経典がいろいろあるんだね。その『般若経』を持ってきて、この人間界に大乗仏教をナーガールジュナが広めたという伝説があります。
 ナーガールジュナというのは名前の組み立てとしては、ナーガ・アルジュナなんだね。アルジュナっていうのは『バガヴァッド・ギーター』とかで出てくるアルジュナと同じで。インドはアルジュナとかクリシュナという名前をつける人がよくいるんだね。神聖な一番良い名前だから。多分ナーガールジュナもアルジュナっていう名前で、ナーガにまつわるそういう伝説からナーガ・アルジュナ――ナーガールジュナって呼ばれるようになったんでしょうね。
 で、『般若経』をナーガールジュナが持ってきたかどうかは別にして、『般若経』というのは大乗仏教の一番最初の元となるような経典で、「すべては空である」みたいなことを散々いろんな方面からいっている経典ですね。ただ『般若経』自体はちょっとよく分からない。『般若心経』等をみてもそうだけど、一般的には一体何を言いたいんだろうっていう感じの経典なんだけども、それに対してナーガールジュナが非常に論理的に「空とは何か」っていう解説をいろいろ加えてるわけですね。
 それだけではなくて、大乗仏教全体を、こういうものなんだよっていうのを非常に論理的にまとめて世に出していった。だからその後の大乗仏教はいろんな派に分かれたけども、ナーガールジュナの影響を全く受けてない者は誰もいないといわれているほど、大乗仏教の理論の元になった人だね。
 ナーガールジュナの著作には空――つまりすべては実体がないっていうことを非常に難しい言葉で論理的に説いているものが多いんだけど、そうじゃなくて、非常にやさしい言葉で大乗仏教の全体を説いているものもある。で、今回の『スフリッレーカ』はそういうものですね。
 これはもともとは友人でありかつナーガールジュナの信者であったある王様に対して、ナーガルジュナが個人的に書いた手紙なんですね。その内容が後に経典になったといわれています。前に勉強していた『ラトナーヴァリー』も同じなんだけども、『ラトナーヴァリー』との違いは、『ラトナーヴァリー』は章立てしてあってすごくまとめられているんですね。でもこの『スフリッレーカ』は、読んでいくと分かると思うけど、あまりまとまっていない。まとまっていなくて、ダダダーッてこう、いろんな仏教の重要なポイントがあまりまとまらずに連ねられてるっていう感じがあるね。だからあまりよく分からないでこれを読むとよく分からないけど、ある程度理解したうえで読むと、逆にいうと短い言葉でパッパッパッパッてまとめられているから、ちょっと読むだけでいろんなことを学べる経典ですね。
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第七話」

2013-02-25 15:25:18 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第七話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 母なる神 第8回」

2013-02-24 14:53:46 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 母なる神 第8回」です。


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要約・ラーマクリシュナの生涯(1)「シュリー・ラーマクリシュナの生地と家系」

2013-02-24 06:48:02 | 聖者の生涯

要約・ラーマクリシュナの生涯


 ラーマクリシュナの直弟子であったスワーミー・サーラダーナンダによる「ラーマクリシュナの生涯」(日本ヴェーダーンタ協会)を、私が個人的に要約しまとめていきたいと思います。
 要約にあたって削除する部分、残す部分、言葉を補う部分などは、私の独断ですのでご了承ください。

 「ラーマクリシュナの生涯」はとても素晴らしいエッセンスがちりばめられた本ですが、非常に厚い本であるため、おそらく読了する方は少ないと思われますので、興味深い部分を中心に要約しようと考えました。





1 シュリー・ラーマクリシュナの生地と家系


 シュリー・ラーマと主ブッダとを除けば、神の化身たちはみな、貧しさと貧困の中に生まれた。
 たとえばバガヴァーン・シュリー・クリシュナの幼少時代を見よ。彼は牢獄で生まれ、その幼年時代を、親類縁者たちから離れて、貧しい牛飼いたちの集団の中で過ごした。
 また主イエス、彼もまた馬小屋に生まれて、飼養桶をゆりかごとした。しかし、身分の低いその両親に栄光をもたらした。
 またシャンカラは、その父親の死後、貧しい未亡人の子として生まれた。
 また、ごく普通の家柄に生まれたバガヴァーン・シュリー・チャイタニヤ。
 そして最後に、貧しい家に生まれたイスラームの創始者、預言者ムハンマドである。
 彼らは主として宗教の衰退を阻止するためにこの世に生まれてきたのだということは、すでに私たちは見てきた。この目的を果たすためには、彼らは過去に現れた宗教に伏在する原理を詳しく知り、それの衰退の原因を研究して、時と場所の変化に応じた宗教の新しい、完成された形を作らなければならなかった。この詳しい叡智が得られるのは粗末な小屋の中であって、豊かな宮殿の中ではない。自分の大切なよりどころとして神とその摂理にすがるのは、この世を楽しむ喜びを奪われた、貧しい人々であるからだ。したがって、宗教がいたるところで衰えていても、古い教えの少しばかりの輝きが、まだ貧しい人々の小屋の中は照らしているのだ。それがおそらく、これらの偉大な魂たち、世界の教師たちが貧しい人々の小屋に生まれてくる理由なのであろう。
 我々がその生涯の物語を述べようとしているこの偉大なる師の誕生の場合は、まさにそうであった。

 ベンガル州のフーグリ地方の北西部がバンクラとメディニプルの二地域に接しているあたりからあまり遠くないところに、一つの三角形を作って三つの村が密集している。土地の人々には、シュリープル、カマルプクルおよびムクンダプルという三つの名を持つ別々の村として知られているけれども、それらは旅人たちには一つの村と見えるほど互いにくっついている。周りの村の人々はこの三つを一緒にしてカマルプクルと呼んだ。我々が話そうとしているその時代には、カマルプクルは、ブルドワンのマハーラージャのグルの家族に属する、地代無料の領地の一部であった。この家族の子孫たちであるゴーピーラル・ゴースワミー、スクラール・ゴースワミー、およびその他がそこに住んでいた。

 1867年にベンガルの農村地帯がマラリヤの流行に食い荒らされるまで、あの辺に漂っていた平和的な雰囲気は、言葉に表しようがない。広々とした田畑に囲まれて、フーグリ地方のこれらの小村は、広大な緑の海に囲まれた島々のように見えた。人々は主に戸外の生活をしており、地味豊かで食物に事欠かなかったから、健康で力強く、精神は明るく、満足していた。村々は人口が多く、村人たちは農耕だけではなく、様々な小工業にも精を出していた。そういうわけで、カマルプクルは今もなお、あの地方ではジラピやナバトなどのお菓子で有名であり、人々は今でも黒檀の水ギセルを作り、それをカルカッタで売ったりして、それ相応の生活をしている。一頃は、糸、ドーティ、タオルというような手工芸品の産出で有名であった。
 今でも、毎週火曜日と土曜日には村で市が開かれ、人々は周囲の村々からそこへ、農産物と一緒に、糸、ドーティ、タオル、鍋釜、水差し、籠、様々な敷物などを持って来て売りに出す。
 数々の祭礼も、今でもおこなわれている。チャイットラ月には、カマルプクルにはシヴァを称えるガージャンの歌と共に女神マナサーを称える歌が響き渡る。またヴァイシェーク月かジャイシュタ月には、ハリを称える歌が三日間、途切れることなく響き渡る。

 カマルプクルの西方二マイルに、サートベーレー、ナーラーヤンプル、デーレーという、隣り合った三つの村がある。このデーレーの村に、適度の資産を持つ、信仰深いブラーフマナの一家が住んでいた。彼らは高貴な家柄で、敬虔なヒンドゥー教徒の習慣を遵守し、シュリー・ラーマを礼拝していた。
 この家のシュリー・マニクラム・チョットパッダエは、三人の息子と一人の娘を持っていた。この中で長男のクディラムは、おそらく1775年に生まれた。
 クディラムは、彼の家で代々礼拝されてきたシュリー・ラーマを深く信仰していた。彼は、他の日課とともにサンディヤーをおこなうのが習慣であった。その後で、シュリー・ラーマに供養する花を集めた。彼はシュードラ(奴隷階級)の者からは決して贈り物を受け取らなかった。また、自分の娘を嫁にやって金を受け取ったブラーフマナが触れた水は飲まなかった。彼はヒンドゥー教の慣習を厳格に守ったために、村人から非常に愛され、尊敬された。

 父親の死によって、クディラムは先祖の財産の管理を受け継いだ。最初に結婚した妻は幼い内に亡くなってしまったので、25歳くらいの時に再婚した。花嫁の名はチャンドラマニといい、家の中では簡単にチャンドラ(チョンドロ)と呼ばれた。
 二人の長男のラムクマルは1805年に生まれたといわれる。長女カッタヨニが五年後に生まれ、1826年には次男のラーメーシュワルが生まれた。

 村の地主ラーマーナンダ・ラーイは、あるとき、デーレーにいるある男を嫌い、彼を相手取って虚偽の訴訟を起こした。誰か評判の良い人物が証人として必要だったので、彼は人々から愛されているクディラムに、法廷で自分に有利な虚偽の証言をしてくれるように頼んだ。
 廉直なクディラムは、訴訟とか法廷とかいうたぐいのものに関わることを恐れていて、たとえ正当な理由があっても、誰かに訴訟を起こすなどということは考えたこともなかった。ましてや虚偽の証言をおこなうなどということは、彼にはできるはずがなかった。もし偽証をしなければ今度は自分がラーマーナンダの激しい憎悪を買うことはわかっていたが、彼はラーマーナンダの頼みを突っぱねた。
 その結果、予想通りラーマーナンダは、今度はクディラムを相手にした虚偽の陳述書を法廷に持ち出して裁判に勝ち、クディラムの親譲りの財産をすべて奪い取ってしまった。こうしてクディラムはすべての財産を失ってしまい、村人たちは彼に深く同情したが、ラーマーナンダを恐れて、誰もあえて彼を助けようとはしなかった。
 しかしこの災難は、クディラムの「正しく生きよう」という思いに、少しも影響を与えなかった。そして彼はこの先祖伝来の村に、永遠に別れを告げたのである。

 カマルプクルのスクラール・ゴースワミーは、クディラムと同じような気質の、古い親友だった。彼はクディラムの不幸を聞いて深く心を動かされ、自分の屋敷内にある二、三の藁葺き小屋を開けて、そこに来ていつまでも住むようにと、クディラムを招いた。クディラムはこの招きを主の不可思議なお遊び(リーラー)と見て受け入れ、感謝の気持ちに満たされてカマルプクルに行き、そこに定住した。
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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2013-02-22 06:43:06 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。


曲目

1.放棄の翼
2.我が師
3.願い
4.深く潜れ、おお心よ
5.マハームニに捧げる歌
6.あなただけが私の母
7.バクティヨーガの歌
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第一話」

2013-02-20 16:34:15 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第1話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 バクティヨーガ・サーダナー 第四回」

2013-02-19 20:36:39 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 バクティヨーガ・サーダナー 第四回」です。
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第六話」

2013-02-18 19:32:55 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第6話」です。

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生き方

2013-02-18 07:36:53 | 松川先生のお話


 生まれによって清らかになるのではない。
 生き方によって清らかになるのだ。

 権威によって祝福があるのではない。
 生き方によって祝福があるのだ。

 教えの知識によって清らかになるのではない。
 教え通り生きることによって、清らかになるのだ。

 教えの知識や権威で、心が広くなるのではない。
 他人の幸福を願うことで、心は広くなるのだ。

 空の論理を学んで、空を悟るのではない。
 自分と他人の区別をなくしていくことで、空を悟るのだ。

 人から称賛されることで、偉大になるのではない。 
 人を称賛することで、偉大になるのだ。

 生まれによっても、権威によっても、知識によっても、聖水や石やその他のグッズによっても、お祓いやヒーリングによっても、スピリチュアルな思い込みによっても、人は清らかになることはない。
 人はただ生き方によって清らかとなり、神の祝福を得るのだ。
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