ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第三話」

2012-10-31 07:28:45 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第三話」です。
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サーダナーの指針の花輪(231~241)

2012-10-29 10:22:52 | 経典の言葉・聖者の言葉

231.
 人に命令を下すことができるのは誰か?
 従うということを知っている者である。


232.
 薄い粥と水だけを飲んで満足し、幸せでありなさい。
 満足した心は、終わらない饗宴である。
 ブラフマー神やインドラ神でさえ、あなたに嫉妬するだろう。


233.
 他者を見くびるな。けなすな。過小評価するな。
 おごって他者を軽蔑して扱うな。
 他者の感情や言葉を尊重せよ。
 他者を称賛し、あなたの過ちは他者の前に明らかにせよ。


234.
 あなた自身を隠しなさい。
 他者にあなたの才能や能力を見せびらかすな。
 自分の名声や、他者からの評判を気にかけるな。
 他者からの尊敬や名声を、藁、糞、ゴミ、毒であると見なしなさい。それらは虚妄であり、価値がない。
 そうすることによって、あなたは安らぎを得るだろう。


235.
 あなたの動機を、精細に調べなさい。
 一人で座りなさい。
 あなたの心とその性質を分析しなさい。
 心の動きを観察しなさい。
 神に祈りなさい。
 あなたの心の性質と欠陥や弱点について検討し、適切な方法によってそれらを取り去りなさい。


236.
 自分自身を、この世界の何ものとも見なしてはならない。
 そうすることによってあなたは、プライドとエゴイズムを取り除くことができる。
 常に地べたに座りなさい。椅子、ソファー、ベンチ、ベッドなどを避けなさい。
 常に、召使いのように奉仕しなさい。
 他者に奉仕しなさい。
 他者の善いところを口にしなさい。
 他者の欠点を暴いたり、さらけ出してはならない。


237.
 ある人があなたのことを悪く言ったとしても、彼を許し、哀れみなさい。
 彼のために祈りなさい。
 彼に親切にしなさい。
 彼を愛しなさい。
 あなたを軽蔑する彼を、祝福しなさい。
 侮辱と被害に耐えなさい。

 
238.
 ハタヨーギンたちは、アーサナ、ムドラー、バンダ、そしてプラーナーヤーマによる、身体とプラーナと共なる修行から始める。
 それらのセオリーは、「プラーナをコントロールすることで、心をコントロールすることができる」ということである。
 これは、ただ愚昧なタイプの修行者のためのものである。


239.
 ラージャヨーギンたちは、ダイレクトに心の修行を始める。
 彼らは心の動きをコントロールする。
 彼らは心を止める。
 彼らはサンヤマ(ダーラナー、ディヤーナ、サマーディの連続した流れ)に入る。
 彼らは、ヤマ(禁戒)とニヤマ(歓戒)の実行によって、心の性質を改善する。
 心を吟味することのないハタヨーガだけでは、心の性質を改善することはできない。


240.
 ジュニャーナヨーギンたちは、理性と意志力によって修行を始める。
 タントリカたちは、シャクティー(クンダリニーエネルギー)によって修行を始める。


241.
 バクタたちは、献身、浄信、帰依、そして自己を明け渡すことによって修行を始める。
 彼らにとっては、高度な感情の働きが素晴らしい役割を果たす。
 そして彼らは身体と世界を忘れ去る。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 シヴァ・ヨーガ・スートラ 第五章(2)」

2012-10-29 08:42:40 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 シヴァ・ヨーガ・スートラ 第五章(2)」です。
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至高者と

2012-10-29 07:13:53 | 経典の言葉・聖者の言葉


 至高者と結ばれた状態で食べ、

 至高者と結ばれた状態で体を動かし、

 至高者と結ばれた状態で行為をし、
 
 至高者と結ばれた状態で眠り、

 至高者と結ばれた状態で目覚め、

 そしてヨーガを実践すれば、
 
 苦悩はすべて取り除かれる。



 ――バガヴァッド・ギーター







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要約「シクシャー・サムッチャヤ」(29)「忍辱のパーラミター」

2012-10-28 16:29:55 | 経典の言葉・聖者の言葉



第九章 忍辱のパーラミター




 次に、忍辱についての教えを聞け。

 忍辱しなければ精進は減少し、怠惰となる。またサマーディを得られず、煩悩を浄化することもできないからである。

「忍辱せよ。
 教えを聞くことを求めよ。
 そして森に住むべし。
 心を専念して住し、また不浄観を修めるべし。」


 法集経にはこう説かれている。

「忍辱には三種ある。それは、苦しみに安住する忍辱、不当な害に耐える忍辱、ダルマの真理を観察する忍辱の三種である。」


 チャンドラプラディーパ・スートラ(月灯経)にはこう説かれている。

「楽に愛著するなかれ。
 苦しみを嫌悪するなかれ。」




◎世事への無関心


 最上授所問経には、こう説かれている。

「在家の菩薩は、世間の八法(得ることと失うこと、称賛と非難、楽と苦しみ、快い言葉と嫌な言葉)に愛著するなかれ。所得、妻子、その他もろもろの所有に恵まれていたとしても、傲慢になるなかれ。またもろもろの衰退があったとしても、悩むなかれ。ただ次の如く観察すべし――もろもろの作られたものの相は幻であり、ここにおいて傲慢になるならば、悪業となる。この父母も、妻子も、奴隷も、従者も、親族も、友人も皆、私のものではない。」

「もしそれが解決されるのであれば、悩んでも意味はない。
 もしそれが解決されないのであれば、悩んでも意味はない。」

 よって、悩みを捨て、軽快にして安らぎ、静寂なる心を起こすべきである。

 最上授所問経には、こう説かれている。

「悩みから遠く離れ、トゥーラ綿のように、心を柔軟にすべきである。」

 また、ガンダヴューハ・スートラ(華厳経)には、こう説かれている。

「一切の煩悩を滅するために、決して降伏しない心を発するべし。決して降伏しない心をもってすべての嫌悪と怒りを破壊し、不動心をもって、この輪廻の海の中にあっても深遠なる悟りの境地から堕落するべからず。」


 修行における忍辱の修習は、決して難しいことではない。凡夫もまた、同様の苦痛を耐え忍んでいるのであるから。
 たとえば猟師や漁師や農夫などは、わずかな利益のために、多くの苦難に耐え、不浄なるものにまみれるが、心に後悔や悩みはない。
 いわんや、無上なる果報を求めている菩薩においておや。
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あれ

2012-10-28 13:34:11 | 松川先生のお話

気にするな
とらわれるな

大事なことはそんなことじゃない
ましてやあんなことでもない

この無常なる人生と
生と死の後にも
消え去らない、あれをつかむこと
それが大事なんであって
君が頭の中でこしらえた
誰かから教えられたその利己的知性なんて
何の価値もないんだよ

君はそのような価値のないことに
頭の、心の、人生の
9割以上を使っている。

もちろん、あれはとらえがたく
とらえても維持しがたく
いや、ほとんどの人にとっては想像もつかない

だから私はこんな形でしか伝えられないが
ある人々には、何がしかは伝わるだろう

大事なことはそんなことじゃない
ましてやあんなことでもない

そんなことで気難しくしているよりは
むしろ意味なく笑ったほうが良い

まもらな・・・
うばわれ・・・
ほし・・・
なにもな・・

ひとつ言えることは
妥協なく、真実を追求していこう
妥協なく、エゴを粉砕しよう
妥協なく、帰依をしよう

利己的知性を捨てて
裸になって
謙虚になって
真実を探求しつづけるのだ
それ以外に、生きている意味はない。
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要約「デーヴィー・マーハートミャ」六つの付属書①「鎧(カヴァチャ)」

2012-10-27 19:39:42 | 経典の言葉・聖者の言葉




 この「デーヴィー・マーハートミャ」には「六つの付属書」というものがついていますが、そのうちの最初の三つは、「デーヴィー・マーハートミャ」本体を読む前に唱えるものとされていますので、ここに若干要約したものを紹介したいと思います。

 そのうちの第1番目の「鎧」は、これを唱えることで、霊的な鎧で守られるというものです。





六つの付属書① 「鎧(カヴァチャ)」


 マールカンデーヤはこう言った。

 「人々をあらゆる面で守護する、かつて誰にも語られたことのない、
 世界の最高の秘密、それを私に語ってください。父なる神ブラフマーよ。」

 ブラフマー神は答えて言った。

 「ではブラーフマナよ、あらゆる生類を助ける秘密の中の秘密、
 功徳をもたらす女神の鎧、それを聴け、大聖よ。

 一人目はシャイラプトリー(山の娘)、二人目はブラフマチャーリニー(梵行女)、
 三人目はチャンドラガンタ―(月の鈴)、四人目はクーシュマーンダー、
 五人目はスカンダマーター(スカンダの母)、六人目はカーティヤーヤニー、
 七人目はカーララートリー(終末の夜)、八人目はマハーガウリー、
 九人目はシッディダー(成就を与える女)といわれる。
 以上が九人のドゥルガーといわれる方々である。

 火に焼かれている者、戦闘で敵のただなかにいる者、
 苦境や難所に陥って、脅え、庇護を求める者、
 危険の中にあっても、心から彼女たちを思い起こすならば、
 彼らには決して凶事は起こらない。
 彼にはいかなる災厄も、悲嘆も恐怖も苦痛もなく、
 逆に彼らは繁栄に至るのだ。

 死体の上に立つチャームンダー、水牛の背に乗るヴァーラーヒー(猪女)、
 ゾウにまたがるアインドリー、ガルダに乗るヴァイシュナヴィー、
 牡牛に乗るマーへ―シュワリ―(大自在女)、クジャクに乗るカウマーリー、
 ハンサ(白鳥)に乗り、あらゆる装身具で飾り立てたブラーフミー、
 以上、さまざまな装身具で美しく装い、さまざまな宝石でさらに美しく、
 戦車に乗り、怒りに狂乱している女神たちがいる。 

 法螺貝、円盤、こん棒、槍、鋤、鉄槌、
 盾、投げ槍、斧、羂索、
 短い槍、三叉戟、最上の弓シャールンガ、

 魔神たちの肉体を滅ぼし、帰依者たちに無畏を授け、
 神々を幸せにするために、女神たちはこのような武器を携える。

 剛腕の女、いかなる危険をも滅ぼす女、
 私を守れ、見つめ難い女神よ、敵どもを脅かして。

 東でアインドリーが守れ、東南で羊に乗る女が守れ。
 ヴァーラーヒーは南で守れ、西南で剣を持つ女が守れ。
 
 西でヴァ―ルニーが守れ、西北で鹿に乗る女が守れ。
 北でカウベーリーが守れ、東北で矛を持つ女が守れ。

 ブラフマーニーよ、私の上方を守れ。ヴァイシュナヴィーは私の下方を守れ。
 死体に乗るチャームンダーは十方を守れ。

 ジャヤーは私の前に立て。ヴィジャヤーは背後に立て。
 アジターは左側に、アパラージターは右側に。
 
 ウドヨーティニー(輝く女)は髷を守れ、ウマーは頭頂を守れ。
 マーラーダリー(花輪をつけた女)は額に、ヤシャスヴィニー(誉ある女)は両眉を守れ。
 
 トリネートラー(三眼の女)は眉間に、ヤマガンターは鼻梁に。
 シャンキニー(法螺貝を持つ女)は両目の間に、ドワーラヴァーシニー(門に住む女)は両耳に。

 カーリカー(黒い女)は両頬を守れ、シャンカリー(平安をもたらす女)は耳元を守れ。
 スガンダーは小鼻に、チャルチカーは上唇に。
 
 アムリタカラー(甘露の一片)は下唇に、サラスヴァティー(弁財天)は舌に。
 カウマーリーは歯を守れ、チャンディカーはのどの内側に。

 チトラガンター(素晴らしい鈴)は喉ちんこを、マハ-マーヤーは硬口蓋に。
 カーマークシー(愛のまなざしを持つ女)は顎を守れ、サルヴァマンガラー(すべてに吉祥なる女)は私の言葉を。

 バドラカーリー(賢き黒い女)は首の背に、ダヌルダリー(弓を持つ女)は背骨に。
 ニーラグリーヴァー(喉青き女)はのどの外面に、ナラクーバリーは食道を。

 カドガダーリニー(剣を持つ女)は両肩を、ヴァジュラダーリニー(ヴァジュラを持つ女)は両腕を。
 ダンディニー(杖を持つ女)は両手を守れ。アンビカーは手の指を。

 シューレーシュワリー(矛の自在主)は爪を守れ、ナレーシュワリー(葦の自在主)は両脇を守れ。
 心の嘆きを消す大女神は乳房を守れ。

 ラリターデーヴィー(あでやかな女神)は胸を、シューラダーリニー(矛を持つ女)は腹に。
 カーミニー(恋する女)はへそを守れ、グヒェーシュワリー(秘密の自在主)は秘部を。

 ブータナーター(悪霊の救世主)は陰茎を、マヒシャヴァーヒニー(水牛に乗る女)は睾丸を。
 バガヴァティー(尊き女)は尻を守れ、ヴィンディヤヴァーシニーは両膝を。

 マハーバラー(偉大な力の女)は両脛を、ヴィナーヤキー(障害を除く女)は膝の間に。
 ナーラシンヒー(人獅子女)はくるぶしに、アミトージャシー(限りない活力の女)は足の甲に。

 シュリーダリーは足の指を、タラヴァーシニー(地表に住む女)は足の裏を。
 ダンシュトラカラーラー(牙をむき出す女)は爪を、ウールドヴァケーシニー(髪逆立つ女)は髪を。
 
 カウベーリーは毛穴を、ヴァーギーシュワリー(言葉の自在主)は皮膚を。
 パールヴァティーは血と骨髄と肉と骨と脂肪を。

 カーララートリー(終末の夜)は内臓を、ムクテーシュワリー(冠の自在主)は胆汁を。
 パドマーヴァティー(蓮華を持つ女)は心臓に、チューダーマニ(髷の宝珠)は粘液に。

 ジュワーラームキー(炎の顔の女)は爪の光輝を、アベーディヤー(非二元の女)はすべての関節に。
 ブラフマーニーよ、私の精液を守れ。チャトレーシュワリー(傘の自在主)は影を。

 ダルマチャーリニー(ダルマの実践者)よ、私の自我と心と理性と、
 プラーナ気とアパーナ気とヴィヤーナ気とサマーナ気とウダーナ気を守れ。
  
 チャクリニー(円盤を持つ女)は、栄誉と名声と富貴を常に守れ。
 インドラーニーよ、私の家系を守れ。チャンディカーよ、私の家畜を守れ。

 マハーラクシュミーは子供たちを守れ。バイラヴィー(恐るべき女)は妻を守れ。
 クシェーマカーリー(安穏をもたらす黒い女)は道を守れ。ヴィジャヤー(勝利の女)はあらゆるところを守れ。

 鎧がなく、守護がないところ、
 そのようなところをすべて守れ、罪悪を滅ぼすジャヤンティー・デーヴィー(常に勝利する女神)よ。

 もし幸せを願うならば、この鎧を着けずには一歩も進んではいけない。
 常にこの鎧をまとって進むならば、どこに行こうとも、
 そこで財を獲得し、いかなる望みもかなえる勝利を得る。
 何を望もうとも、それを必ず手に入れる。

 その者は地上では比類なき、最高の権力を得るだろう。
 戦いでは決して敗れることなく、何ものも恐れるもののない人となる。
 
 この鎧を身にまとう人は、三界のどこでもあがめられるだろう。
 これが、神々にさえ得難い、女神の鎧である。

 自己を制して、信念を持って、毎日、朝・昼・夕にこれを読誦するならば、
 その者は神性の一片にあずかるだろう。
 また、三界において無敵となり、
 100年以上生きるだろう。

 皮膚病や天然痘などの病気はすべて消えさる。
 植物性の毒、動物性の毒、調合した毒、
 地上のあらゆる呪術とマントラとヤントラ、
 地上の動くもの、空を動くもの、水生のもの、
 マーラ(魔王)、ダーキニー、シャーキニー、
 空中を動く恐ろしいもの、強力なダーキニー、
 グラハ(憑きもの)、ブータ(悪霊)、ピシャーチャ(食人鬼)、ヤークシャ(食人鬼)、ガンダルヴァ、ラークシャサ、
 ブラフマラークシャサ、ヴェーターラ(屍鬼)、クーシュマーンダ、バイラヴァなど、
 心にこの鎧をまとっているならば、これらはその人に出会うと消えてしまう。

 彼は王から高く尊崇され、栄誉に輝くだろう。これは威力を増大する最高のものである。
 
 まずこの鎧をまとってから、デーヴィー・マーハートミャを唱えよ。

 彼の子孫は地上に連綿と続く。
 彼はマハーマーヤーの恩寵により、
 臨終のときには至高の境界に到達する。」
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 バクティヨーガ・サーダナー」

2012-10-27 08:13:00 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 バクティヨーガ・サーダナー」です。
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「存在の認識」④

2012-10-26 21:23:43 | 安らぎを見つけるための三部作・1「心」



 友よ! 顕現の中の対象を見よ。

 それらすべては、生起したことが一度もない、空の次元です。

 けれどもその多様なイメージは、鏡の中の現われのようなものです。
 
 それらは、鏡の表面の輝きと同様なのです。


 こちら側の、認識を取り入れた心を見よ。

 心とは空のようなもので、すべての肯定と否定から独立しています。

 ――雲は、空に現われ、そして消えていくでしょう。
 しかし空という魔法は、二つとしてないものであり、ただ純粋にとどまるでしょう。

 したがってそれは、本質的で汚れのない、根源的なブッダフッドなのです。

 ――それは創造されることはなく、
 始まりから純粋なものであり、そして心は二つとして存在しないのです。

 拒絶と受容の二つは存在しません。
 肯定も存在せず、否定も存在しません。

 そこには一切、自主独立のリアリティはありません。
 それ自身で存在しているものは、存在の空の次元です。


 顕現が変化するのと同じように、
 対象であるものについては、無常なる様相で存在しています。
 したがって智性は、固定的な内容を持っておらず、そして限界がありません。

 これは絶対的な完全性であることを知ってください。


 したがって、顕現と虚像、輪廻とニルヴァーナのすべてにおいて、
 
 過去の事柄は、もう過ぎ去ってしまったので、空です。

 未来の事柄は、まだ来ていないので、空です。

 現在の事柄は、とどまることがないので、空です。

 時間のその三つの様相は、基盤や根本がないので、空という意味において一つです。

 すべては始まりから、完全なる広がりなのです。


 顕現と虚像、輪廻とニルヴァーナは、心のイメージにすぎません。
 ――この心はそれ自身、空のように広い経験の連続体です。

 この空はそれ自身、想像できないほどの時間の後にも消滅することはなく、
 それ以外の他の何かに変化することもないのです。

 ――それ自身の不変性は、根源的なニルヴァーナです。

 ――存在としては、それは、明智と完全なる叡智と共にあるサマンタバドラです。


 この根源的な領域は、顕現と空性の不可分性の中にあり、
 それは一つでも多数でもなく、
 客体になることはできません。

 ――それは、あらゆる定義・概念から解放されています。

 この自由なる同一性と平等性は、その中に分裂もなければ、区分もありませんし、
 顕現と同一のものであり、空性と同一のものであり、
 真実と同一のものであり、虚偽と同一のものであるのです。

 存在と同一のものであり、非存在とも同一のものであり、
 虚像を超えたものともずっと同一のままのものです。

 それは、始まりからずっと純粋のままとどまり続ける連続体なのです。


 分別的知性によって仮定されたものはすべて、本質的なものが欠けています。

 ――あらゆる「名前」は付随的なものであり、
 「本質」は、名前を持ちません。

 真実と虚偽という二つは存在していません。
 対象と心は関係がありません。

 絶対的存在は、他のもので覆い隠されています。
 そこには本来、とらえられるもの(客体)も、とらえるもの(主体)も存在しないのです。

 しかしちょうど鏡の中に実体のない像が現われるように、
 実体のないイメージは現われるでしょう。

 そのように、対象を認識する「感覚意識」という特質が生起するでしょう。

 ――このようにして何かを認識することによって、あなたは、渇愛と嫌悪の架空の世界で迷子になるでしょう。

 あなたが念入りに観察するならば、
 心はそもそも、対象へと外出していってはいなかったということ、
 そして、対象を認識する特質は、そもそも心に生起していなかったということを見つけるでしょう。

 感覚意識もその対象も、お互いに対して真実には何ものでもないので、
 それらは、二つのものとして成立できないものです。

 あらゆる対象はすべて、非本質の中において一つであり、同一のものです。

 そして分別的知性はすべて、具体的に理解せられる際に一つであり、同一のものです。

 顕現と心は一つです。
 それらは、始まりから純粋であるものであるときに一つであり、同一のものです。

 そこには、選択する必要、そしてあれもこれもととりとめなく試す必要はありません。

 それらは、それらの基盤であった解放の中で一つであり、同一のものです。


 輪廻とニルヴァーナは、二つのものとして存在していません。
 それらは心の領域の中で一つであり、同一のものです。

 ――さまざまな川は、海の広大さの中では、一つであり、また同一のものです。

 すべてのものはそれに似ていて、
 経験との一体性の中では一つであり、同一のものです。

 元素のエネルギーの変化、変換は、
 宇宙にしてみれば、一つであり、同一のものです。

 心の肯定と否定は、存在の空性の中では、一つであり、同一のものです。

 それ自体で存在しているもの、本質的に解放されているものは、二つとして存在していません。
 ――それらは、それらの純粋性の中では、一つであり、同一のものです。

 波の浮き沈みは、水の広がりの中では、一つであり、同一のものです。
 
 このようにしてそれを理解できる人は、賢者です。



 多様性の中で存在するものはすべて、真実には具体的につかみどころがなく、
 二元性としては存在してないイメージなのです。

 善も悪なく、受容も拒否も適用されない場所で、戯れてください。
 概念的知性と二元性が出会うことがない場所で、幸せに生きていきましょう。


 特有の対象を客体化しようという自我意識の欲求がない
 心の放浪の最終地点である純粋意識
 それは、絶対なる完全性は今ここにあるということです。

 つまり、すべての平等性を悟ることによって、
 概念的知性の働きから自由になったその領域は、
 自我意識の欲求とは無関係な領域なのです。


 無限に広がる純粋意識が、奴隷のように束縛されることによって、疲弊しきった衆生の心が、
 今日こそ、安らぎと幸福を見つけられますように。
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ダルマ・ウイルス

2012-10-26 21:17:20 | 松川先生のお話



無明という悪魔が作った
経験というプログラム通りに生きることを
「ありのままに生きる」とは言わないんだよ笑。

多くの人はただこのプログラム通り生き、
プログラム通り思い、行動し、喜び、悲しむ。
そこには自由があるように思えるが
悪魔の奴隷になっているだけである。

仏陀や菩薩はそこに、ダルマというウイルスを忍び込ませる笑。

ダルマというウイルスに感染しなさい。

本当の「ありのままに生きる」という意味に興味を持ちなさい。

神に恋しなさい。

ダルマというウイルスに感染して生じる症状は、
神に会いたくて、
真実を知りたくて、
いてもたってもいられなくなることだ。

夜も眠れぬ、食べ物も喉を通らぬ、その病にかかりなさい。

そして経験というプログラムをダルマに則って書き換えることと、
プログラムの支配自体から脱却することと
その両方に着手しなさい。

死ぬまでにその二つを達成できるよう、全力で努力するのだ。
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愛があればそれでいい

2012-10-26 21:04:44 | 松川先生のお話





君にできないことなんて何もないさ。
君が歌えない歌なんて何もないさ。
言葉にできなくても、君はこのリーラーの鍵を学ぶことができる。
簡単なことさ。

君に作れないものなんて何もないさ。
君に救えない人なんて一人もいないさ。
今は何もできなくても、どうすればいいか学ぶことができる。
簡単なことさ。

神への愛があればそれでいい。
衆生への愛があればそれでいい。
愛さえあれば、何もいらない。
愛だけが、君に必要なすべて。

悟れないことなんて何もないさ。
見ることができないものなんて何もないさ。
どこにいようが、そこがヴリンダーヴァンになる。
簡単なことさ。

神への愛があればそれでいい。
衆生への愛があればそれでいい。
愛さえあれば、何もいらない。
愛だけが、君に必要なすべて。
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修行の糧

2012-10-26 07:33:30 | 松川先生のお話


運が悪かったとか
ああしてればよかったとか
そんなことを考えてはいけない
すべてはただ
一瞬一瞬の全力の積み重ね

その結果として最悪の状況が生じたとしても
それがなんだというのだ?

たとえあなたが想定する最悪のことが起きたとしても
そんなことはたいしたことではない

良いことも悪いことも
すべては神の愛であり
修行の糧

良いことも悪いことも
エゴの観念内での定義であり
すべてはただ至福に向かっている

しかしもし、できるだけ早くその至福に至りたかったら
全力であれ
素直であれ
誠実であれ
慈悲深くあれ
快活であれ
人の悪いところを見るな
人の批判をするな
言い訳をするな
真理を強く求め
何が起ころうともすべてに感謝し
常に喜びの心を持ち
成功にも失敗にもとらわれず
ただこの今に集中して
ただ今、なすべきことをなせ
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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第42話」

2012-10-26 06:23:46 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第42話」です。
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遊戯

2012-10-25 16:41:27 | 松川先生のお話




真実を思い出しそうになる。
しかし思い出してしまうと、つまらない。
この大いなる遊戯が
本当に遊戯となる。

偽りにすぎない、この世界で
真剣に頭を抱えて悩んでいる。
実体がない、というのが答えである自我。
そんなことはわかっているはずなのに
自我を守るために、あまりにも真剣に悩み、苦しんでいる。
それを考えると、笑えてくる。

めざめれば、それは一瞬。
すべてのからくりは明らかになる。
主がそれを望むなら
それは一瞬にしてなされる。
しかし主が望んでおられるのは
もう少し、この遊戯を続けること。

善人、悪人、味方、敵、
聖者、唯物論者、神、悪魔、
すべてはこの遊戯の配役にすぎない。
劇が終われば、みんな仲良く、
至高者の世界での打ち上げが待っている(笑)。

あの悪人の持っている武器は、ただのおもちゃだから安心しなさい。
あの悪魔のような顔は、ただのお面だから安心しなさい。
あなたを愛していると言っているあの恋人は、ただ台本を読んでいるだけだから、とらわれないようにしなさい。
監督の意図を忘れずに、
恐怖も心配も期待も超越した状態で
恐怖し、心配し、期待しなさい。
心の奥底では、にこにこと笑いながら。

気づいたらつまらないけど
気づかなければならない。
でもまだ気づかなくても
自分の役を全力で演じきることは
まずは大事なこと。

われを忘れるほどに演技に没頭する役者たちよ。
君たちは素晴らしい。
でも休憩時間には、たまにはわれにかえり
神の甘露の美酒でも飲もうじゃないか。

脚本・監督は神。
私もあなたも役者。
役者は役に没頭しつつも
監督の意図を忘れてはいけない。
監督の意図を忘れ、自分の演技に酔ってはいけない。
監督の意図を常に忘れず
役に没頭しよう。
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サーダナーの指針の花輪(221~230)

2012-10-25 16:33:06 | 経典の言葉・聖者の言葉


221.
 年長者、両親、聖者、出家修行者等を、誠実さと真心をもって敬いなさい。


222.
 真我独存の解脱を得るために、あなた自身が正しい奮闘努力をしなければならない。
 正しい奮闘努力は、神の本性そのものである。
 そしてそれは、あなたをアサンガ・ジュニャーナ(身体・心・感覚への執着から解放された叡智)へと導く。


223.
 あなたは、あらゆる種類の精神的な弱さ、そして迷信、間違った悪しき想像、実体のない恐怖、そして悪しきサンスカーラを捨て去らなければならない。
 そのようにして初めて、あなたは本当に幸福であり得ることだろう。


224.
 道を進むとき、あちこちを見てはいけない。それはあなたの気をそらしてしまうだけだ。
 常に前だけを見なさい。
 毎日、修行しなさい。
 あなたの善き習性は開花するだろう。


225.
 あなたの個人的な費用に、10~15ルピー以上を費やしてはならない。
 シンプルな生活と高い思いを、あなたのモットーとしなければならない。


226.
 あなたが正しい方法を知るならば、心をコントロールすることは非常に簡単である。
 あなたには、神に対する強い帰依心と、一度決めたことに対する誠実さがなければならない。
 どんなことがあろうとも、たとえ太陽が西から昇ろうとも、あなたの帰依心は、堅牢無比なる岩のように、揺るぎなきものでなければならない。


227.
 世俗的な男性との交際は、女性との交際と同じくらい、求道者にとって危険なことである。気をつけなさい。


228.
 なぜあなたは病にかかるのだろうか?
 それは、あなたの悪いカルマの悪影響を一掃し、あなたをよりサットヴァにするための、神の恩寵である。
 さらには、あなたの忍耐力、他の衆生への愛と慈悲、そして常に神を思うことといった美徳を増大させるための、神の恩寵なのである。
 苦しみは、この世において唯一最高のものである。
 それは、あなたの心の目を開いてくれる。
 真理の教えは、苦しみと無明の原因を発見し、無明の根絶によって苦しみを取り除いてくれる。


229.
 誰もが、苦しみや逆境によって恩恵を受けるというわけではない。
 エゴイズムは、苦しみによって弱められたように見えるが、苦しみが終わったとき、それは倍増されて現れる。ヴェールは再びその人を覆う。
 苦しみによって本当に恩恵を受けることができるのは、識別の力を持った者だけである。彼は、苦しみによって学んだことを、ずっと覚えているからである。


230.
 時間を無駄にするな。
 一分さえも無駄にするな。
 求道者にとって、時間は非常に貴重である。
 瞑想せよ。
 悟りを得よ。
 不死の甘露を飲め。
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