ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第二話」

2011-11-30 17:14:46 | 松川先生のお話
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ/ハヌマーン 第2話」です。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 解説・母なる神 第三回」

2011-11-29 18:47:25 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 解説/母なる神 第3回」です。
コメント

心がすべて

2011-11-29 08:10:30 | 松川先生のお話





 心がすべて。
 ゆえに、ほんの少しの邪悪な思いでさえ、抱いてはいけない。




 ・・・本当に深い瞑想に入ると、大変大事なことをたくさん発見するが、それをこっち側の世界に持ってくるのはとても難しい。
 その一つは、こっち側の世界に帰ってくると、忘れてしまう(忘れさせられてしまう)ということ。
 もう一つは、覚えていたとしても、それをわかりやすく言葉で表現するのは困難だということ。

 それでもその真実を、みんなに利益のあるかたちで絞り出した言葉の一つが、これです。
 これは、道徳的教えではなく、また、「気に入ったら実践してください」というようなものでもない。これを実践しなかったら恐ろしい世界に落ちるだろうという、ギリギリの真実です。


 心がすべて。
 ゆえに、ほんの少しの邪悪な思いでさえ、抱いてはいけない。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第10話」

2011-11-28 21:22:27 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ/リトルクリシュナ 第10話」です。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 解説・シクシャー・サムッチャヤ 第九回」

2011-11-27 06:11:03 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 解説/シクシャー・サムッチャヤ 第九回」です。



コメント

「ラーマクリシュナの福音」の著者Mの短い伝記(1)

2011-11-26 15:15:15 | 経典の言葉・聖者の言葉

「ラーマクリシュナの福音」の著者Mの短い伝記





第1章 Mの若き日々

“オーム 遍在するダルマの創造主、全宇宙のすべてのダルマの化身よ!
 神の化身たちの中で最高の者よ! 
 ラーマクリシュナ、あなたに帰依し奉ります。”



 1.神の計画


 人の中にある神秘性が、動物的な本能によって押し殺されるとき、偉大なる智慧は、‘正しい信を持ち、正しい行いをなす人を助け、邪信な者どもを打ち倒し、正法を再び興すために’人間の姿をとって現れる、とバガヴァッド・ギーターの中で主クリシュナはおっしゃっている。

 彼の計画の実行のために、この神聖な存在は、彼のメッセージを広める道具として働く並外れた人々の一団を、彼とともに引き連れて現れる。
 バウル(彷徨える吟遊詩人)たちの一座が主の御名を歌い、そして彼らの素晴らしいパーフォーマンスに魅せられ、畏敬の念に打たれた人々を後にして、現れたときと同じように見知らぬ人々の中へと突如として去っていくように、彼らは突如として現れる。
 イエス・キリストとともに、新約聖書を土地や地方を越えて広める十二使徒は現れた。キリストの出現から1800年と少し経って後、拡大する物質主義の波をせき止め、人を神の道へと導き、そして永遠に価値あるものを再び興すべく、バーラタ(インド)――この神秘性の巨人たちの土地――に、シュリー・ラーマクリシュナは現れた。彼もまた、彼のマイクとして働き、ダルマの再興という彼の仕事を手助けする使徒の集まりを共に連れてきた。

 最も偉大かつ最もよく知られているラーマクリシュナの伝道者であるヴィヴェーカナンダは、彼の師のメッセージを遠く広く海外の国々にまで広めただけでなく、彼の自国の人々に必要な多くの衝撃を与え、長年の奴隷状態によって生じていた眠りから目覚めさせた。
 そしてラーマクリシュナが引き連れてきた、ヴィヴェーカーナンダと同様に重要な人物が、Mとして世界中で知られているマヘンドラナート・グプタである。彼は彼の師の人生と言葉を記録し、不朽なものとした。ヴィヴェーカナンダの口から放たれた轟き渡る声の調子が、物質的世界の何百もの人々の心を溶かしたように、Mによって描かれた師の人生や言葉に関する柔らかく滑らかな記録は、永遠なる生命の探求において、乾いた唇のための甘露となった。

コメント

今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」

2011-11-26 07:15:16 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」です。
コメント

ヨーガ講習会のお知らせ

2011-11-24 21:42:11 | お知らせ


 以下の日程で、出張ヨーガ講習会を開催いたします。


 参加希望の方は、お早めにメールでご連絡ください。

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。


 ※神奈川・東京・大阪・札幌の方は、教室がありますので、そちらにお越しください。詳細はメールでお問い合わせください。

 ※現在講習会がない地方への出張も、要望があれば検討しますので、お気軽にご連絡ください。




12月4日(日)13:30~16:30
☆場所:札幌市男女共同参画センター・健康スタジオ1
JR札幌駅から徒歩4分


12月11日(日)12:30~15:30
☆場所:愛媛県松山市・Lスタジオ
伊予鉄城南線勝山町駅から徒歩3分
http://www.chaikuro.net/rentalspace/l_studio.php?catid=16


12月18日(日)12:30~15:30
☆場所:仙台・スタジオカラコル
JR仙台駅から徒歩10分
http://www.chiaki-walk.com/caracol.html


12月23日(祝)11:00~14:00
☆場所:福岡・マウントヒルヨガスタジオ
地下鉄天神駅から徒歩2分
http://www.yoga-plus.net/about/



☆詳細-----------------------------------------------------------------------------------



☆参加費:3000円


☆内容:クンダリニー・ヨーガ、ハタ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガなどの各種行法実践と講義。
    初心者の方でも問題ありません。お気軽にご参加ください。

☆定員:3名~20名
    ※参加希望者が定員に達しなかった場合、中止になる場合もありますので、ご了承ください。

☆予定しているメニュー:アーサナ(気を調える体操)
            気功(気を充実させる内気功)
            プラーナ―ヤーマ(各種の呼吸法)
            ムドラー(覚醒の技法)
            マントラ
            瞑想
            講義
 
☆持ち物:動きやすい服装
     ヨガマット、または大きめのバスタオルなど(床に横になるときに下に敷けるもの)。

☆申込先:電話またはメールでお申し込みください。


コメント

今日のAMRITAチャンネル「アニメ/ハヌマーン 第一話」

2011-11-23 17:54:16 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ/ハヌマーン 第1話」です。
コメント

新曲「バクティヨーガの歌」

2011-11-20 07:22:00 | お知らせ

 新曲ができました。
 
 よかったらお聞きください^^




※この曲は力が相当強いのか、作成途中も様々な邪魔が入りましたが、
 なぜか今も、うまくリンクが貼れません。他の曲は問題ないのに・・・・・・原因が全く不明です。
 ということでHPにリンクを張りましたので、お手数ですがそこから「バクティヨーガの歌」をクリックしてお聞きください^^

※このHPのデータも、この曲だけなぜかたまに聞けなくなるようです。その場合はページを更新したりしてみてください。





「バクティヨーガの歌」

作詞:松川慧照
作曲:田中由里

演奏:田中由里
歌:松川慧照




 愛する主よ
 あなたにお会いしたい
 彼も彼も、あれもこれも、すべてはあなたです。
 それはわかっているけれど、
 それでもあなたにお会いしたいのです。
 私はあなたの永遠のしもべ。
 あなたに心を奪われたのです。
 
 真にすべてを投げ出して
 神にすべてをさらけ出し、
 すべてを神の愛として
 受け入れます

 苦しみに耐える強い心。
 教えに反するものを捨てる潔い心。
 これらを供物として
 私は神に懇願します。
 あなたへの終わりなき愛を
 私にお与え下さい。
 すべてはあなたの思し召しです。
 あなたが私を産み、あなたが私を殺し、
 あなたがすべてを奪い、あなたが私に幸福を与えるのです。

 過去のことは忘れましょう。
 主よ、あなたを知らなかった頃のことなどは、どうでもいい。
 しかしもう私には、あなたしかいないのです。
 どうか私を抱き取って下さい。

 ただの甘えではなくて、
 誠実なる献身で
 私はあなたの使命を遂行します。
 全力で奉仕して、全力であなたを愛し、全力であなたの愛を受け入れます。

 あとはただ、あなたにお任せいたします。

コメント

心の現れ

2011-11-19 17:45:48 | 松川先生のお話



 すべては「心のあらわれ」である。

 ここでいう「心」とは、「心の本性」ではなく、
 そのほとんどは、「過去の経験によって形成された心の情報」である。

 そして過去の『経験』とは、
 簡単に言えば、実体のない事象に対する、習性による心の反応である。

 つまり、「すべては心のあらわれである」という意味は、
 「すべては、『過去における自分の心の反応』の現れである」ということであり、
 その意味で、「他者とのコミュニケーション」とは、実は、
 「過去の自分の心とのコミュニケーション」に他ならない。

 過去に犯した過ち、善くない心の働き、
 それらはすべて、我々の心の奥深くに貯蔵されている。
 そしてそれらは、「私をイライラさせる他者」として、目の前に現れる。
 そのときこそ、その相手に対して、今度こそ、
 愛をもって、正しく、接するのだ。思うのだ。語るのだ。
 これによってあなたは負債を返すことができる。
 
 過去におこなった善、善い心の働き、
 それらもすべて、我々の心の奥深くに貯蔵されている。
 そしてそれらは、「私を幸福にする他者」や「学ぶべき他者」として、目の前に現れる。
 そのときこそ、その相手に感謝し、称賛し、しかしおぼれることなく謙虚になり、
 よりいっそうの善を積もうと思うのだ。語るのだ。おこなうのだ。
 これによってあなたは、幸福の一本道に入ることができる。

 

 ところで、

『ここでいう「心」とは、「心の本性」ではなく、
 そのほとんどは、「過去の経験によって形成された心の情報」である。』

と書いたが、ということはつまり、
 ほんの一部ではあるが、
 「心の本性のあらわれ」もあるということだ。

 実はそれこそが、
 「ダルマ」であり、
 「師」であり、
 「神」であり、
 「ブッダ」なのである。

 それらともし出会ったならば、
 それはまさに千載一遇のチャンスであると考え、
 しがみついて、決して離してはならない。

 現在の経験が「過去の経験の心の現れ」であるということは、
 過去の経験も「そのまた過去の経験の心の現れ」であり、
 未来の経験も「現在の経験の心の現れ」なのだから、
 この「心の現れのゲーム」は、このままでは永遠に終わることがない。

 それを終わらせることができるのは、
 これらの「心の本性の現れ」だけなのだ。
 
コメント

少なくともかなり

2011-11-19 15:13:39 | 松川先生のお話


 他者の批判をやめる。
 他者のアラ探しをやめる。
 他者を傷つけることをやめる。
 他者への攻撃をやめる。
 すべての他者の幸福を考える。

 自分が批判や攻撃をされたり、誤解されたりすることを、カルマの浄化として喜ぶ。
 自分(エゴ)を守らない。
 自分(エゴ)が傷つけられることを恐れず、エゴの破壊のチャンスと受け取り、教えによって苦しみを昇華する機会とする。

 自分を守るために言い訳をしない。
 自分を守るために他者を否定しない。

 ただひたすら、理想を追求する。

 常に心を、広大なる、真髄なるものに置き続ける。
 そこには笑顔があり、歓喜がある、あの場所へ、心を起き続ける。

 人々は無責任に様々な事を言う。
 ただ神やブッダが分かってくれればいいと考え、
 逆にいえば神やブッダの意に沿うように、正しい思い/言葉/行為を保つ。

 ただひたすら、理想通り生きる。

 このようにするならば、
 少なくともかなり幸せになるでしょう。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 入菩提行論 第六章 忍辱の完成」

2011-11-19 08:06:51 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 入菩提行論 第六章 忍辱の完成」です。
コメント

今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ/ラーマーヤナ 第21話」

2011-11-18 16:24:24 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第21話」です。
コメント

心の魔的なシステム

2011-11-17 21:28:08 | 松川先生のお話


不思議なことに、心が弱っているときや、
狭くなっているとき、
その心をさらに弱め、狭くし、苦しめ、傷つけるものに、
人間の心は、なぜか近づきたがる。

心が強く、広く、清らかなときは
そんなものには興味がなく、どうでもよくなるのに。


しかしこの教えを知るならば
事は簡単だ。

そのような魔的なシステムがあるということを認識し、
心が弱っているときや狭くなっているときこそ、
その心をさらに弱め、狭くし、苦しめ、傷つけるものに、
近づかないことだ。
近づきたくなっても無理矢理自分を抑え込み、
近づかないことだ。

そこへ近づくことの是非は
もっと心が広く、強く、清らかなときに
考えればいいのだ。
コメント