ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

2011年インド修行旅行記(終)「言葉にならない、唯一の大切なもの」

2011-10-31 19:39:38 | 松川先生のお話



 さて、このようにして我々のインド修行旅行は終了しましたが、最後に、帰国直前のデリーでの素敵なエピソードを紹介させていただいて、終わりにしましょう。



 その日、MさんとUさんとYさんは、デリーの喫茶店で三人でお茶をしていました。
 Mさんが注文した飲物を取りに行っている間に、YさんとUさんが話をしていました。
 Uさんはラーマクリシュナの妻のホーリーマザーことサーラダーデーヴィーが大好きなのですが、今回初めてドッキネッショルにあるホーリーマザーが住んでいた家の前に立ったとき、感動して泣き崩れてしまったのです。
 「それを見て、私もとても感動した」ということをYさんがUさんに伝えようとしたところ、感極まってYさんが泣き出してしまいました。そしてそれにつられて、Uさんも泣き出しました。
 すると、遠くにいて、二人の会話も、二人が泣いているということも気づいていないはずのMさんが・・・・・・なぜか泣きながら、飲物を持ってやってきたのです笑。
 YさんとUさんの二人は、なぜMさんまで泣いているのかよくわからなかったようですが笑、しかし言葉にならない、言葉のいらない感動に包まれて、三人はしばらく涙を流していたそうです。
 このときの経験をUさんは、「あれは一生の宝物です」と私に話してくれました。



 この世において本当に大事なもの、本当に見いださなければならないもの、本当に忘れてはならないものというのは――言葉では表せない。言葉にしたとたん、それは本質から外れ出す。



 この最後のエピソードも、また今回インド各地の聖地で感じた言葉にならないフィーリングや瞑想経験も、その真実を思い出させてくれるものでした。



 さあ、もっともっと修行しよう。
 


 「言葉にならない、唯一の大切なもの」が、常に私の中にあるように。



 それに常に触れていられるように。



 それと常に一体化していられるように。



 それを周りにいつも振りまけるように。


 
 それは言葉にできない。言葉にならない。しかしそれを忘れないためのせめてもの努力として、人は神の名を唱えるのかもしれない。


 ブラフマー ヴィシュヌ マハーシヴァ
 クリシュナ クリシュナ クリシュナ
 ラーム ラーム ラーム・・・・・・

 
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2011年インド修行旅行記(21)「ラーマの弓」

2011-10-31 19:35:29 | 松川先生のお話

 トゥルシーガートは、その寺院の近くにあり、すぐに見つかりました。するとそこにいたインド人が、すぐそばにトゥルシーダースが住んでいた家があると言うので、行ってみることにしました。
 それは割と大きめの、寺院のような家でした。玄関を入ると中にはいくつかの祭壇があり、それらに礼拝した後、ガイドを買って出たインド人が、何か秘密の抜け道のようなドアを開けました。彼いわく、普通はここから先は入れないが、特別に見せてあげる、ということでした。
 その小さな隠しドアのようなものをくぐると、中はまるで忍者屋敷のように、入り組んだ造りの廊下があり、奥の方に広いスペースと祭壇がありました。外は暑いのですがその中はなぜかとても涼しく、おそらく風が循環するように考えられた造りになっていたのかもしれません。何だか不思議な空間でした。

 その後、もう時間がなかったので、沐浴はせずに帰ろうかとも思いましたが、やはりガートを見ると沐浴したくなり笑、皆でトゥルシーガートで沐浴することにしました。

 しばらく皆で沐浴していると・・・・・・とても不思議なことが起こりました。

 我々のヨーガ教室で賛歌の作曲や演奏を担当しているYさんが、ガンガーに花輪を捧げました。するとその直後、その水の中から、何かが浮かび上がってきました。
 私はそれをYさんから受け取り、掲げてみると、それはまあ、木の枝だったんですが、いい感じの長さで、いい感じに湾曲していて、まるでラーマの弓のようでした。

 それを見た現地のインド人も興奮して、「これは弓だ! ガンガーのギフトだ!」と言っていました。

 我々もこの思わぬプレゼントに大変興奮しました。


【ガンガーに花輪を捧げると、弓が浮かび上がってきた衝撃映像】



 さて、この弓、その後、日本にも持ち帰り、今はヨーガ教室の祭壇に祀ってあるのですが、ますます湾曲して、ますます本物の弓のようになっています笑。
 さらには、実はいつのまにか弓の一部が折れてしまっていたのですが、その後、インドの3Dアニメの「ラーマーヤナ」を見たところ、ラーマがシーターと結婚するときに弓を折るシーンがあるのですが、その折れている箇所が、全く同じだったのです。そこで我々は「これもラーマが折ったんだね」と、妙に納得してしまいました笑。

 また、帰国後、例のラーマの寺院で歌われていた賛歌のメロディをアレンジしたものと、ヴリンダーヴァンで浮かんできたメロディを合わせて、Yさんが曲を作りました。そしてそれに私が詩をつけました。

 私が歌の詩を作るとき、最初に詩を作ってそれに曲をつけてもらう場合と、最初に曲があってそれに私が詩をつける場合とがあります。
 今回は後者だったわけですが、その場合わたしは、詩の構成を考えたり、こういう詩にしようとか考えることはあまりありません。

 ではどうするのかというと・・・・・・何とも表現しづらいのですが、もともと決まっているそのメロディの詩を感じる、あるいは思い出す、という感じです。
 今回もそうでした。Yさんが作ったその曲には、明らかに、もともと決まっている詩がありました。私の作業は、瞑想に入り、それをできるだけ正確にこの世にあらわすことでした。

 実は最初、この曲が、クリシュナの聖地であるヴリンダーヴァンと、ラーマの寺院の両方にまつわる曲だと聞いて、クリシュナとラーマが両方出てくる詩にしたらいいかな、と考えました。頭ではそう考えていたのですが、曲に心を合わせて出てきた詩は、ラーマの歌になりました。やはり今回はラーマの祝福が強かったようです。

 しかも本音をいうと、最初に私がこのメロディを聞いたとき、正直、あまりパッとしないなと感じました笑。それは作曲者のYさんも同じだったようで、何か自信なさげでした笑。しかし詩が浮かんできたので、録音することにしました。
 まずピアノ演奏を録音し、それにヴァイオリンと笛の音をつけました。そしてそれに私が歌を載せて録音しました。
 この時点でも、この歌はどういう感じなのか、作っている本人たちもよくわかっていませんでした。

 しかし、一応完成し、それを聞いてみると・・・・・・とても素晴らしい曲に仕上がっていて、びっくりしました笑。

 いろいろ試行錯誤を重ねながら、だんだん良い曲になっていくというのならわかるのですが、その途中のつじつま合わせの部分をすっ飛ばして、神様がいきなり最高の曲に仕立て上げてくれたような、狐につままれたような感じでした笑。

 このようにしてできあがったこの不思議な曲は、今では我々の中で最も人気のある曲の一つになっています。
 私もこの曲は大好きで、歌っていると、小さな事やエゴに基づいた様々な事は、どうでもよくなってきます笑。心が神に向かい、晴れ晴れとしてきます。
 やはりこの曲も、あの弓と同様に、ラーマからのプレゼントだったのかもしれません。
 
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2011年インド修行旅行記(20)「ヴァラナシとラーマ寺院」

2011-10-29 20:45:11 | 松川先生のお話




 ブッダガヤーから我々は、いよいよ今回のインド修行旅行の最後の巡礼地であるヴァラナシへと向かいました。



 ヴァラナシはインド最大の聖地であり、またシヴァ神の聖地です。インド最大の聖地といっても、町中はゴチャゴチャしており、犯罪に巻き込まれる観光客も多いのですが、カオスなエネルギーに充満した町であり、人によっては非常に気に入り、また人によっては二度と行きたくないという人もいる、不思議な地です。



 今回は三週間の間に多くの聖地を回ったため、このヴァラナシには一泊しかできませんでした。ヴァラナシは綺麗な高級ホテルはガンガーから離れた駅周辺にあり、立地が良いガンガー沿いのホテルは粗末なホテルが多いのですが、私はいつもヴァラナシに来たときには、ガンガー沿いでかつ綺麗な、アルカというホテルに泊まることにしています。今回も皆でここに泊まることにしました。ここはガンガーが見える広いテラスがあり、安くておいしい食事もあり、喧噪に満ちたヴァラナシの中でここだけオアシスのようなところなので、外国人にも人気があります。




 ヴァラナシにはいくつもの有名なガート(沐浴場)の他、火葬場、寺院、そしてサールナート(お釈迦様が初めて法を説いた場所)などがありますが、今回は時間の関係もあり、朝に皆で一緒にガートで沐浴と瞑想をしただけで、後は自由行動にすることにしました。





 私は過去何度かここヴァラナシに来て、ガートで瞑想し、多くの素晴らしいインスピレーションを得てきました。皆にもその素晴らしい感覚を味わってほしいと思ったのですが、この時期は雨期の終わり頃で、しかも今年は雨量がとても多かったせいか、ガートがほとんど水没していました笑。仕方なく我々は、地元のインド人のおじさんたちと一緒に狭い階段にぎゅうぎゅうに座り笑、瞑想し、朝日を拝み、そして沐浴したのでした。






 その後、自由時間になって、希望者たちで、ラーマーヤナのミュージアムのようなところに行くことになりました。そのミュージアム自体は、あまり大したことはありませんでした。そしてミュージアムを出た後、その近くにトゥルシーダースのガートがあるというので、ついでに行ってみることにしました。

 ラーマーヤナというのは元の聖典はサンスクリット語で書かれた叙事詩で、文学的にはとても価値がありますが一般人には読みにくかったために、後世にそれを現代ヒンディー語で編み直した様々な作品が作られました。その中で今、最も主流となってインド人たちに親しまれているのが、トゥルシーダースという聖者が作ったラーマーヤナなのです。
 このトゥルシーダースという人は、幼い頃からラーマの御名を唱えていたという人で、いくつかの聖地を移り住みながら日々ラーマの御名を唱え、そしてラーマに関する作品を作り続けていました。そしてトゥルシーダースがヴァラナシに住んでいたときにいつも沐浴していたというガートが、トゥルシーガートと呼ばれるガートなのだそうです。
 
 我々はラーマーヤナのミュージアムからそのトゥルシーガートを目指して、炎天下の中を歩いて行きました。すると、もうすぐ目的地というところで、あるみすぼらしい寺院がありました。それは寺院というよりも、古いビルの一室を改造したような場所で、あまり厳かな感じではありません。入り口もほとんど装飾などもされておらず、粗末な机に、受付係のようなおじさんが二人ほど座っているだけでした。中に巡礼者がいるような気配もありません。
 何か、流行っていない新興宗教の事務所のような感じもして、決して第一印象が良くなかったその建物の前を、我々は一度、通り過ぎました。しかし何となく気になって、再びそこへ戻って、一応、中に入ってみることにしました。
 

 すると、さっきまでいた受付係のような人も、もういません笑。そこにいたおじさんに聞くと、自由に入っていいという感じだったので、中に入ってみました。





 するとその中は――外観とは違い、素晴らしい寺院でした。しかもそこは、ラーマ、シーター、ラクシュマナが本尊として祀ってある寺院だったのです。インドでもラーマを祀る寺院は珍しく、なかなか巡り会えません。しかもそのラーマたちの像が、何とも美しいこと!






 その寺院の隅の方では、インドの昔話に出てくるリシのような、目が鋭く、髭と髪を伸ばした白髪のおじいさんが、ひたすら『ラーマーヤナ』を唱えています。これには感動しました。この寺院、我々以外に誰も訪問者はいませんでした。おそらく我々が来る前も誰も来なかったかも知れないし、我々が去った後もこの日は誰も来ないかもしれません。しかしそんなことは全く関係ないのです。ここには商用的な臭いも、プライドや見せかけの威厳も、何もありません。ただ黙々と、『ラーマーヤナ』を読み、唱え続けているのです。おそらく分厚い『ラーマーヤナ』を何日かかけて全部唱え終わったら、最初に戻って、再び、何度も何度も、『ラーマーヤナ』を唱え続けるのでしょう。ずっと!――それが彼の人生なのでしょう。
 彼はいつからそれを続けているのでしょう? 子供の頃からでしょうか? それとも人生に何か転換期があって、それからでしょうか? いずれにせよこの人物には、ただ一つのことを信じて、ただ黙々と自分の使命として、当たり前のようにやり続ける、何の希望も恐怖も持たずにやり続ける、カルマ・ヨーガの見本のような姿を見て、感動しました。素朴さ、純朴さ、ひたむきさ――それは忘れてはならないことです。






 そしてその後ろのほうでは、少年にも見える、あるいは中年にも見える年齢不詳の男性が、インド独特の楽器を演奏しつつ、「ジェイシアラーム・・・・・・」と、ラーマとシーターを称える歌を歌っていました。そしてこの人も、単調なメロディのこの歌を、ずっと歌っているのです!――我々が来る前から。我々がいる間もずっと。そしておそらく我々が去ってからも!






 「ラーマーヤナ」を唱えるおじいさんも、ラーマを称える歌を歌うこの男性も、何か儀式の時間に、儀式的にこういうことをやっているというわけでもないようです。本当に一日中これだけをやっているような感じです。一日中、ひたすらラーマの御名だけを唱えていたトゥルシーダースのように・・・・・・
 そして二人とも、外国人観光者である我々がそばによっても、何か恥ずかしがりもせず、こびもせず、愛想も振りまきません。ほとんど無視です(笑)。本当にただ自分のやるべき事に没頭しているという感じなのです。この、誰もいない、古びたビルの一室の、素晴らしい寺院の中で・・・・・・何だかとても感動しました。





 我々はその知られざる素晴らしい寺院で、その無私のカルマヨーガの香りのする『ラーマーヤナ』の詠唱とラーマを称える歌をBGMにしばらく瞑想した後、トゥルシーガートへと向かったのでした。
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2011年インド修行旅行記(19)「ナーランダー僧院」

2011-10-29 20:44:11 | 松川先生のお話


 さて、ラージギル方面の巡礼の最後の目的地は、ナーランダー遺跡です。

 ここはその昔、インド最後にして最大の仏教僧院であったナーランダー僧院があったとされる場所です。

 インド仏教最盛期の最大の僧院だったわけですから、今、世界に広まっている、チベット仏教、日本仏教、中国仏教、そして東南アジアの仏教などのほとんどが、この僧院の影響を少なからず受けているといってもいいかもしれません。

 この僧院出身・または留学者の有名どころでは、三蔵法師、ナーローパ、アティーシャ、マイトリーパなどがいますが、なんといっても我々のヨーガ教室に関係が深い人物としては、シャーンティデーヴァがいます。

 シャーンティデーヴァは若い頃からマンジュシュリー菩薩を見神し、マンジュシュリー菩薩から直接教えを受けていたという天才的修行者でしたが、この僧院においてはあまり僧院のカリキュラムに沿った勉学をおこないませんでした。もちろん実際はその陰で厳しい修行をしていたと思うのですが、外面的にはまるで食べて寝て歩いているだけに見えたので、ブスク(食べ、寝、歩くだけの人)というあだ名をつけられていたといいます。

 僧院の恒例となっている経典の暗唱会においてブスクの番が回ってきたとき、「あの怠け者が、どんな間抜けな暗唱をするのだろう」という興味で、多くの聴衆が集まったといいます。そしてその壇上においてブスクは「入菩提行論」の教えを説くのです。このとき彼は空中に浮いて教えを説いたともいわれています。
 その教えの内容のあまりのすばらしさに、聞いていた多くの僧その他の聴衆たちは感服し、ブスクをバカにしていた慢心・プライドがつぶされ、謙虚になりました。こうして多くの人々の慢心を静めて寂静にしたために、ブスクはシャーンティデーヴァ(寂静・平和の神)と呼ばれるようになったといいます。
 その後、シャーンティデーヴァは僧院を去り、密教行者になったともいわれますが、確かなことは分かっていません。

 さて、私は若い頃にこのシャーンティデーヴァの「入菩提行論」に出会い、大変な感銘を受け、私の修行においても大変な力となりました。そしてその後、ヨーガ教室を始めたとき、みんなにもこのすばらしさを知ってほしいと思い、ヨーガ教室であるにもかかわらず笑、この仏教の名著を生徒さんたちに勧め続け、今では我々のヨーガ教室に欠かせない、中心経典の一つになっています。

 というわけで我々にとっては、ナーランダーといえば真っ先に思い浮かぶのはシャーンティデーヴァなのです。

 さらには、これもまた我々のヨーガ教室で中心的な経典の一つに「ナーローの6ヨーガ」というものがあるのですが、前述のようにこのナーロー(ナーローパ)もこのナーランダー出身です。

 このように我々にとって少なからぬ思い入れのあるナーランダー僧院をいよいよ訪ねることになりました。


 炎天下の中、非常に広い遺跡の中を歩いて行きます。現地のガイドも断り、直感にまかせて、私が勝手に歩き回り笑、その後をみんながついてきました。というのは、時間があまりないということもあったのですが、そもそも我々はナーランダー遺跡に学術的な興味があるわけではないので、一般的な説明などは必要なかったのです。シャーンティデーヴァやナーローパがいた部屋などが分かっているなら別ですが、そんなこともありませんし。そこで直感にまかせて、暑い中をいろいろ歩き回っていたのです。

 するとある遺跡が、我々の目に止まりました。そこはまさに、シャーンティデーヴァが聴衆たちの前で、宙に浮きながら入菩提行論を説いた、そのイメージにぴったりの場所でした。もちろん、何の学術的な証拠も他の確証もありません笑。しかしなぜか我々は「ここだ!」と確信し、その場所に礼拝しました。

 その後、いくつかの遺跡を見て回ったのですが、あまり面白くなく笑、やはり先ほどの場所が気になった私は、遺跡を全部見て回ることはやめて、みんなを誘って先ほどの場所にもう一度戻り、そこでみんなで瞑想することにしました。

 ここで私は、瞑想しながら、ナーランダー僧院にゆかりのある数々の聖者に心を合わせ、感謝と決意の瞑想をおこないました。
 
「あなた方がいてくださったおかげで、今の私たちがあります。どうもありがとうございます・・・・・・
 そして今後、あなた方の意思を継ぎ、我々も菩薩の道を歩き、菩薩の道を広めていくことを誓います・・・・・・」

 私はナーローパもとても好きなのですが、ただここでナーローパに意識を向けても、あまりピンと来ませんでした。ナーローパはもともとナーランダー僧院最高の大学長でしたが、このナーランダー僧院を去って、密教行者のティローパの弟子になってから、ナーローパの本当の修行が始まったので、我々の知る密教行者としてのナーローパは、このナーランダー僧院にはあまり縁がないのかもしれません。
 同様に他の聖者に心を合わせてもまたそんなにピンと来なかったのですが、しかしシャーンティデーヴァに心を合わせると、とても大きな感動がありました。やはりこの場所は、シャーンティデーヴァに特に関係があるのかも知れません。

 炎天下の中、シャーンティデーヴァに心を合わせてしばらく瞑想していると、次のようなインスピレーションが心に浮かんできました。

「(シャーンティデーヴァは)ここにいるときは、『完全な無頓着』の修行をしていた。
 忘れたのか?
 そして、人には優しく。」

 このインスピレーションを感じたとき、私は、シャーンティデーヴァがブスクと呼ばれてバカにされていた、本当の意味がわかったような気がしました。彼は『完全な無頓着』の修行として、自分が他にどう思われるか、どう見られるかなどには、全く関心を置いていなかったのでしょう。そしてひたすら、他者のために生きたのでしょう。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の詩に出てくる「でくのぼう」のような感じだったのかもしれません。
 これは彼のグルであるマンジュシュリー菩薩の修行にも通じるものがあります。お釈迦様タイプの救済者は、皆よりも高い位置に自分を置き、上からみんなを引っ張っていきます。マイトレーヤ(弥勒)菩薩タイプの救済者は、みんなと同じ目線に立ち、みんなと一緒に引き上がっていくといわれます。そしてマンジュシュリー菩薩タイプの救済者は、みんなの後ろから、ちょうど羊飼いが後ろから羊を追って正しい道に向かわせるように、衆生の一番後ろから衆生を救うといわれます。
 この話は話としては美しいですが、現実的にではどういうことをやるのかというと、普通はよくわからない感じがします。しかし私は以前から、ここでいうマンジュシュリー菩薩タイプの救済者というのは、このシャーンティデーヴァのような人のことをいうのではないかと思っていました。
 皆に誤解され、皆にバカにされ、あるときは皆のストレス解消の的にされつつ・・・・・・実は彼こそが皆を導いている、というような存在です。
 「完全な無頓着。そして人には優しく」・・・・・・この言葉の果てにこの境地があるというか、この言葉で表される状態がないと、とてもこのマンジュシュリー菩薩の救済をおこなうことは不可能でしょう。自分は誰からも理解されずとも、ひたすら皆のために生きていかなければならないのですから。

 私もここであらためて、「完全な無頓着。そして人には優しく」というメッセージを心に刻み、生きて行こう、修行していこうと決意しました。

 ブッダガヤーでも、ギッジャクータ山でも、温泉精舎の上の聖地でも、そしてこのナーランダー僧院でも、すべてメッセージとしては放棄、無頓着、捨てる事、でした。そしてそこから生じる力強い自由、解放、慈悲。

 「もっと捨てなきゃ駄目だぞ! 一切にとらわれるな! 完全な放棄だ!――そこにこそ、ダルマがある」
 ――このようなメッセージを、この一連の巡礼の中で私は、お釈迦様、シャーンティデーヴァ等の聖者から受け取ったように感じたのでした。
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 入菩提行論 第六章 忍辱の完成」

2011-10-29 08:10:46 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 入菩提行論 第六章 忍辱の完成」です。
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新曲「シーターラーマ」「クリシュナ・クリシュナ」

2011-10-28 20:26:48 | お知らせ

 新曲ができました。

 良かったらご試聴ください。



「シーターラーマ」

原曲:SATYAA&PARI
編曲・演奏:田中由里
歌:松川慧照




「クリシュナ・クリシュナ」

原曲:SATYAA&PARI
編曲・演奏:田中由里
歌:松川慧照

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今日のAMRITAチャンネル「実写版ラーマーヤナ 第18話」

2011-10-28 16:33:31 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第18話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「賛歌/イメージビデオ」

2011-10-27 15:45:23 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌/イメージビデオ」です。


曲目

1.願い
2.神のしもべに
3.かわいいゴーパーラ
4.マハームニに捧げる歌
5.クリシュナよ、私のすべてよ
6.あなたの愛に
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カーリープージャ

2011-10-27 15:37:45 | 松川先生のお話



 昨日は招待を受けて、逗子にある日本ヴェーダーンタ協会(ラーマクリシュナ・ミッション日本支部)でおこなわれたカーリー・プージャーに、ヨーガ教室のみんなで参加してきました。

 私はちょっと早く着きすぎたので、逗子海岸で一人で少し瞑想してきました。


 さて、カーリー・プージャー。メニューは、二時間の中で花の供養と火の供養しか書かれていなかったので、他に何をやるんだろうと思っていたら、本当にその二つだけでした笑。しかも時間もかなりオーバーして笑!

 参加者にはインド人の方が多かったのですが、日本在住のインド人の方々が、こうしてインド伝統の祭事に参加できる時間というのは、とても大事なんでしょうね。



 週に二回おこなっているヨーガ教室の勉強会と違い、今日は私も一参加者に過ぎないので、何も考えることなく、儀式の間中、瞑想することができて、とてもよかったです。

 カーリー女神やラーマクリシュナの祝福もあったのでしょう、とても良い瞑想状態に入ることができました。
 
 それは何ともいえないのですが、

「あ、そうだった!」という感じです笑。

 そうだ、本当は何もないんだよ。

 一つ深く入ると、本当は何もないと思い出す。

 一つ浅く降りると、いろいろと現れ出す。

 純粋な空に現れた水蒸気という実体のないノイズが、雲という実体のない現実を創り出す。

 こうなったらいいな、こうなったら嫌だな
 実体のない執着と嫌悪の記憶が、実体のない希望と恐怖を創り出し、二元の世界が現れる

 そこに引き込まれないように念正智し、再びあの中心点に心を戻すと、すべては消え去る。

 ああ、何もないのだ。

 何もないのに、みんな、何をやっているんだ。

 何もない。

 もう終わった。

 ただ神の計画として、リーラーとして

 この世を生きる。 






 途中、お供物をカーリー女神に捧げる瞑想を皆でやりました。

 それは祭壇に捧げたお菓子や果物などのお供物をカーリー女神が食べていらっしゃるという瞑想なのですが、私は少し違うことを瞑想していました。

 神に捧げるのは、自分のエゴ。
 エゴを捧げ物とする。
 そして捧げたエゴを
 なんとカーリー女神は、食べてくださる!
 そう、口から血を滴らせながら、
 私の醜いエゴという悪魔の首を切り落とし、血を飲み、
 食べ尽くしてくださる!

 何という慈愛の権化
 
 魔に満ちたカーリー・ユガを救えるのは
 狂気によって激しく衆生を救済する
 魔の殺戮者、カーリー女神。

 女神よ、形だけの平和や安らぎなどは要りません。
 無常なる幸せなどは要りません。
 その激しい慈愛で、地球のエゴの魔を食い尽くし、
 永遠の至福へと、衆生をお導きください。












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今日のAMRITAチャンネル「3Dアニメ・ラーマーヤナ 第2話」

2011-10-26 14:42:56 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「3Dアニメ・ラーマーヤナ 第2話」です。
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今日のAMRITA「勉強会講話 母なる神 第一回」

2011-10-25 05:22:40 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 母なる神 第一回」です。
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第8話」

2011-10-24 16:58:15 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第八話」です。
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 アシュターヴァクラ・ギーター 第一章~第九章」

2011-10-23 10:37:09 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 アシュターヴァクラ・ギーター 第一章~第九章」です。
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2011年インド修行旅行記(18)「無執着の力強い翼」

2011-10-22 18:15:56 | 松川先生のお話

 ギッジャクータ山を下りた我々は、次に、町の中心地へと向かいました。 

 この町の中心地には、温泉精舎や竹林精舎などがあります。

 竹林精舎も仏典によく出てくる場所で、お釈迦様や弟子たちが滞在した場所とされていますが、過去の経験で、それほど良い場所という感じではなかったので、今回は時間の関係もあって、巡礼から外しました。

 温泉精舎も仏典に出てきます。実際に熱めの温泉が湧き出しているのですが、お釈迦様や弟子たちがよくここで身体を洗っていたようです。今はヒンドゥー教の寺院のようになっていると同時に、地元の人たちが身体を洗ったり洗濯したりする場所にもなっています。
 我々はこの温泉に少し浸かった後、その横にある道を通って、山を登り、ある場所へと向かいました。

 話は約10年前、私が初めてこのラージギルを訪れたときにさかのぼります。

 そのとき私は、念願のギッジャクータ山を初めて訪れ、その素晴らしいヴァイブレーションに感動した後、次に、「第一結集の場所」を訪れようと思いました。
 第一結集とは、お釈迦様の死後、お釈迦様の教えを正確に残すために、500人の解脱した弟子たちが集まっておこなわれた、仏教の教えの一番最初の編纂会議のことです。
 といっても、この頃は文字として書かれた仏典などは存在せず、教えは皆、口頭で口から耳へと伝えられていました。それだけ皆、記憶力が良かったのかも知れませんが、逆に言えばそれだけ、教えが間違って伝わってしまう危険性もあったので、このような会議が行われたわけです。

 この会議において、まず侍者として常にお釈迦様に帯同し、最も多くお釈迦様の教えを聞いたアーナンダという弟子が、「このように私は聞きました」と言ってお釈迦様の教えを述べ絵、解脱した500人の弟子たち全員が「それはまさにお釈迦様の教えだ」と認めたものだけが、経(スートラ)としてまとめられたとされています。
 この話は面白いですね。というのはお釈迦様の教えは待機説法とされますから、アーナンダが知らなかった教えも当然あったろうし、また、500人の弟子の一部しか知らない教えも当然あったでしょう。しかしこの第一結集のやり方が本当だとしたならば、それらの教えは教えとして残されなかったということになります。
 ブッダガヤーの項でも書きましたが、お釈迦様の教えは、今残っているパーリ仏典や阿含経典などの中には実は十分に表現されていないのではないかというのが、私の直感です。そしてこの第一結集のエピソードも、この説を裏付けるものであると思います。

 さて、そういう私の考えもあって、実は私はあまり「第一結集の地」というものにはそれほど興味がなかったのですが、しかしせっかくラージギルに来たのだから後悔のないように行ってみようと思い、初めて来たときに、何となく仕入れた「温泉精舎の上のほう」という曖昧な情報だけで笑、フラフラと第一結集の場所を探していたのでした。
 結局、第一結集の場所は見つからなかったのですが、その代わりに、素晴らしい場所を発見しました。
 温泉精舎の横の道を通って山をしばらく登ると、丘の上の広場のような場所に出るのですが、ここがものすごく素晴らしいヴァイブレーションなのです。
 視界が大きく開け、地平線が見えるその景色も素晴らしいのですが、それだけではなく、ここにいると、強烈に心が解放されるのです!

 ここはいったい何なんでしょう?――全く仏教の歴史の中には出てきませんが笑、ここもまた、お釈迦様やその弟子たち、あるいは後の偉大な修行者などが修行した、知られざる聖地なのかもしれません。

 そういうわけで私はラージギルを訪ねたときはいつも、この「温泉精舎の上の丘の上の聖地」も訪ねることにしているのです。

 しかも面白いことに、ここに来ると、いつも私は同じ心の状態になるのです。
 それはとても大切な経験で――いつもここに来て、思い出すのです。
 それは、あえて言葉にするならば、

「無執着の力強い翼」

 ――とでもいうべき心境です。

 無執着というのは、決して、無気力でも、無でもない。
 無執着から生じる力強いエネルギーがあり、
 それが大いなる、力強い翼となって、
 我々を、広大なる空性の空へといざなってくれる!
 私は自由だ!
 束縛するものはすべて捨て去った!
 捨てれば捨てるほど良い!
 なければないほど良い!
 プライドも、自我意識も、執着や嫌悪も、あらゆる「私のもの」も、
 なければないほど良い!

 そういう意味では、恐れるものは何もない。
 私のいろいろなものが壊れること、
 失うこと、
 これらは祝福以外の何ものでもない。
 だって、なければないほどいいのだから!

 この「無執着の力強い翼」は、
 完全に力強く、自由であり、歓喜である。
 

 このような心境で私は、座ったり寝転がったりしつつ、瞑想にふけりました。

 皆もこの場所のすばらしさを同様に感じてくれていたようで、しばらくの間、思い思いに瞑想していました。


 
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2011年インド修行旅行記(17)「ギッジャクータ山」

2011-10-22 16:42:14 | 松川先生のお話


 ブッダガヤー滞在のある日、我々は一日時間を取って、ラージギル方面への巡礼に行きました。

 ラージギルというのは昔はラージャガハといい、お釈迦様の時代、マガダ国という大きな国の首都だったところです。この国の王であるビンビサーラ王がお釈迦様に深く帰依し、お釈迦様とその弟子たちの後援者となりました。お釈迦様は特に晩年、この地を気に入り、長い年数に渡って滞在していたといわれます。

 このビンビサーラ王、最後は息子のアジャータサットゥ王子に牢獄に幽閉されて殺されてしまいますが、このアジャータサットゥ王子も後には改心し、お釈迦様に帰依しています。

 私はここも何度も訪れているのですが、私見では、このあたり、特にギッジャクータ山は、とてつもなく素晴らしいヴァイブレーションに包まれています。
 このあたりは前述のように、お釈迦様の時代は大国の首都でしたが、今は町としては廃れていて、大変な田舎町です。町の主要な交通手段は馬車ですし、盗賊が出るから気をつけろという話もよく聞きます。
 しかしそれなるが故に、素晴らしいヴァイブレーションが現代まで保たれてきたのかも知れません。ここはブッダガヤーから車で4時間くらいのところですが、外国からブッダガヤーに巡礼や観光に来た人でも、このラージギルまで来る人は少ないようです。

 まず我々はギッジャクータ山の麓まで車で行き、ここから徒歩でギッジャクータ山を目指しました。
 普通はロープウェーでギッジャクータ山の少し上まで登り、そこから徒歩で降りてくるというルートを取る人が多いらしいのですが、我々は巡礼の意味も込めて、あえて徒歩で登る少々きついルートを取りました。

 ギッジャクータとは「鷲の峰」という意味で、山というか小高い丘のようになっており、今はそこに祭壇がもうけられています。お釈迦様は晩年、この場所を気に入って、弟子たちと共に長く滞在し、修行したり説法したりしたとされています。大乗仏教においても、重要な大乗経典がこの場所で説かれたという伝説から、重要視される聖地です。

 ここは日陰を作るようなものが何もない場所なので、いつもとても暑いのですが、瞑想には非常に良い、素晴らしいヴァイブレーションに満ちた聖地です。この日もとても日差しが暑かったのですが、皆、深い瞑想に没入していました。
 瞑想を始めると、その場所を掃除したり管理しているインド人のおじさんが、誰も何も言っていないのに、私を指導者と見て取ったのか、私の頭上に日傘をかざしてくれました。「いや、かざさなくていいですよ」とジェスチャーで伝えたのですが、彼はやめずにかざし続けました。けっこう長く瞑想していたのですが、彼はその間も、そしてその後に私が皆に話をしている間も、ずっと日傘をかざし続けてくれました。
 どこの誰かわからない(笑)、外国から来たただの巡礼者なのに、その中の指導者と思われる人物に、何も言わずにこのような無償の奉仕をする、その純粋で素朴な信仰心に、とても感動しました。 

 
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