ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「実写版ラーマーヤナ 第15話」

2011-09-30 16:56:13 | 今日のAMRITAチャンネル


 今日のAmritaチャンネルは、「実写版ラーマーヤナ 第15話」です。
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神のお遊び

2011-09-30 09:43:37 | 経典の言葉・聖者の言葉




「この世はまさに運動場。ここで我々は、ゲームをして十分に楽しむのです。
 神は常に我々と共に遊んでおられ、我々は『彼』と共に遊んでいます。神は我々の永遠の遊び友達です。
 何と見事に、『彼』は遊んでおられることか!
 このお遊びは、宇宙のこの周期が終わったときに終わります。そこに長い、または短い休みがあり、再びすべてが現れて遊ぶのです。
 あなたが、これはすべて遊びであって、自分もその遊びを助けているのだ、ということを忘れたときだけ、そのときだけ、不幸や悲しみがやってきます。そのとき、ハートは重くなり、そのとき、世間はあなたの上に、巨大な力でのしかかってきます。
 しかしあなたが、人生という三分間の、変化し続ける出来事の特質を、実在として真剣に考えることをやめ、人生は一つの舞台、その上で我々は『彼』のお遊びを助けて遊んでいるのだと知るやいなや、直ちに、あなたにとって不幸はやみます。

 『彼』は一つ一つの原子の中で遊んでおられます。
 『彼』は人間のハートと、獣たちと、草木と遊んでおられます。
 我々は『彼』の将棋の駒です。彼は駒を盤に置いて、容赦なく動かされるのです。
 『彼』は我々を、まず一つの形に並べて、また別の形に変えられます。そして我々は、知りつつ、または知らずに、『彼』のお遊びを助けているのです。そして、おお、幸せなことに! 我々は『彼』の遊び相手なのです!」


 ――スワミ・ヴィヴェーカーナンダ
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2011年インド修行旅行記(11)「ベルル・マト」

2011-09-29 23:04:39 | 松川先生のお話

 
 インドは、初めての人は特にですが、ある程度の期間滞在すると、必ず一度は体調を崩したり、お腹を壊したりしますね。私はインドも6回目なので、普通に水道水も飲めますし笑、あまり体調も崩さなくなりましたが、このヴリンダーヴァンの最終日に、いきなり体調がおかしくなってしまいました。
 朦朧とした意識の中で、私はいくつかのヴィジョンを見ました。その一つは、修行者たちが空飛ぶ馬車に乗って障害を乗り越えていくというヴィジョンで、それはとても縁起の良いヴィジョンであると感じました。
 そしてもう一つ印象的だったヴィジョンは、私がなぜか弓を引き、矢を射っているというヴィジョンでした。これはよく意味がわからなかったのと、私はもともとなぜか昔から弓が好きだったので、こういうイメージが出てきただけかもしれないと思い、空飛ぶ馬車のヴィジョンをみんなに話したときも、この弓矢のヴィジョンについては話しませんでした。
 しかし実はこのヴィジョンが暗示していたとも思われる出来事が後に起こるのでした。それについてはまた後の方で・・・・・・

 さて、我々はヴリンダーヴァンを発ってデリーで一泊した後、飛行機でコルカタへと向かいました。向かうは近代インド最大の聖者といわれるラーマクリシュナの弟子たちが作った僧院の本部であるベルル・マトです。
 このベルル・マトにはゲストハウスが併設されているのですが、普通は紹介などがないと泊まれません。我々は親交がある日本ヴェーダーンタ協会のスワミ・メダサーナンダさんの紹介により、ゲストハウスに泊めてもらうことになりました。
 しかしあいにくこのゲストハウスが修繕中だったために全員分の部屋を確保することができず、残りの人達は、これもメダサーナンダが紹介してくれた近くのホテルに泊まることになりました。

 わたしはここベルル・マトには何回か来たことがありましたが、いつもさっと見て回るだけで終わっていたので、実際にこんなに近くに宿泊して、腰を落ち着けてゆっくりとベルル・マトを見て回るのは初めてでした。
 そして聖堂で瞑想したり、広い敷地内を歩いたりして、私はとても大きな感動に包まれました。
 これは、後述する、近くにあるカーリー寺院もそうなのですが、何という圧倒的な神聖さ! そしてこのベルル・マト僧院に限っていうならば・・・・・・「神聖なる寂静」ともいうべき清らかさが保たれているのが素晴らしい。

 ベルル・マトの広い敷地が、本当に寂静で神聖なんです。私は今までもインドの様々な寺院やアシュラムを訪ねて来ましたが、インドなので、だいたい喧噪的な雰囲気をふくんだところが多いです。もちろん寂静な感じのところもありますが、このベルル・マトが持つ神聖かつ寂静なる雰囲気は、本当にずば抜けていると感じました。これはヴィヴェーカーナンダやブラフマーナンダを初めとするラーマクリシュナの直弟子達が、長い時間をかけて作り上げてきた雰囲気、それがまだ残っているのだと思いました。
 
 このベルル・マトのメインの聖堂であるラーマクリシュナ聖堂には、実際にラーマクリシュナの遺骨が安置されており、そしてヴィヴェーカーナンダがデザインしたというその建物は、ヒンドゥー教寺院・イスラム教のムスク・キリスト教の教会などの特徴をすべて併せ持った不思議な建物で、ラーマクリシュナが説いた「すべての宗教は一つ」ということをあらわしています。

 その後ろの方には、ヴィヴェーカーナンダが死の直前まで使い、実際にそこで亡くなったという部屋が、ベッドや家具などと共にそのまま残されています。

 また敷地内には、ホーリーマザーの聖堂、ヴィヴェーカーナンダの聖堂、ブラフマーナンダの聖堂、そしてその他のラーマクリシュナの直弟子達の遺骨が納められた場所などがあり、またラーマクリシュナやその直弟子達の貴重な遺品などが集められた博物館も併設されています。

 さて、我々は日本を発つ前に、ベルル・マトのゲストハウスを手配してくれたメダサーナンダさんから、このように言われていました。

「ベルル・マトで朝4時からおこなわれているアラティ(火の供養)はとても素晴らしいから、ぜひ参加してほしい。そしてその後、今度は僧たちの瞑想の時間になるので、その時間は邪魔をしないように退出してください。」

 私はゲストハウスとは別のホテルに泊まっていたのですが、ここは夜、入り口に鍵をかけるのです。管理人のおじさんが、朝、何時に鍵を開ければいいかと聞いてきたので、朝四時のアラティに参加したいので、3時45分頃に開けてほしいと頼みました。すると彼は一瞬、「そんなに早く!?」という感じで驚いた顔をしましたが、すぐに満面の笑みを浮かべて、「0K! 3時45分だな!」と言いました。

 しかし次の朝、3時45分になっても、鍵は開いていませんでした笑。管理人さんも来る気配はないので、業を煮やした私は、塀を乗り越えて何とか外に出て、急いでラーマクリシュナ聖堂に向かいました。

 何とか4時に間に合い、聖堂の中に座ると、すでに数人のヨーガ教室のメンバーも座っていました。ちょうど4時になった頃、僧が炎を手にしてラーマクリシュナの像などに供養する儀式が始まりました。しかしそれは5分程度で終わってしまったのです。
 「この後にまた何かあるんだろうな」と思ってそのまま座り続けていましたが、全く何をする気配もありません笑。「あれ、もしかして、退出しなきゃいけない、僧たちの瞑想時間になっちゃったのかな」と思いつつも、空間が気持ちいいので、そのまま瞑想していました。
 僧たちも、けっこう瞑想時間は自由らしく、一人また一人と、立ち上がっていきます。しかし我々のヨーガ教室のメンバーたちは、結局そのまま二時間近く、瞑想し続けていました。
 「結局最初のあの五分のやつがアラティだったんだね!」と、二時間近くの瞑想の後に、我々は笑い合いました。
 私は、二時間近くもほとんど身体を動かさずに瞑想する、教室のメンバーたちもすごいと思いましたが、もちろんそれは同時にこの聖堂の持つ素晴らしいヴァイブレーションのおかげでもありました。




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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2011-09-29 19:50:06 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。


1.願い
2.神のしもべに
3.かわいいゴーパーラ
4.マハームニに捧げる歌
5.神への信仰に没頭してさまよえ
6.あなたの愛に
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アディヤートマ・ラーマーヤナ(2)「シーターがハヌマーンに与えた教え」

2011-09-29 09:01:14 | 経典の言葉・聖者の言葉


◎シーターがハヌマーンに与えた教え

 このより一層の精巧さの中で、私は、ラーマ、シーター、そしてハヌマーンの間で為された対話をお前に語ろう。それは、綿密に守護されてきた得難き秘密――解脱に達するための手段に関してのことである。
 昔、ラーマーヤナの物語が執行された。英雄の戦士ラーマが、神々の敵ラーヴァナを、彼の一切の息子、兵隊、乗り物もろとも破滅させた後、シーターと共に、ラクシュマナ、スグリーヴァ、そしてハヌマーンに率いられた猿の将兵たちに付き添われて、アヨーディヤーに帰還された。
 あまたの太陽のように光り輝く聖なる王ラーマが、聖仙ヴァシシュタのような偉大なる者たちに囲まれて、王座におつきになられた。
 そこでラーマは、彼の与えたすべての使命を果たし、無欲で、叡智への熱望を持ち、ラーマの前に高尚に手を合わせて礼拝するハヌマーンを見られたのだ。ラーマは彼を見るや立ち上がり、シーターにこう仰った。

「ハヌマーンに、至高なる真理の叡智を与えなさい。彼はいかなるけがれも持っていない。そして彼はわれわれに永遠に仕えるだろう。彼は霊性の光を受けるに相応しい器なのだ。」

 真我に関する無智をもって全世界を迷妄に陥れる主の力であるシーターはそれに同意し、主の御足への真の霊性の帰依者であるハヌマーンに、説得力のある方法で、ラーマについての真理を開示されたのだ。




◎ラーマの真の本性におけるシーター

 シーターはこう仰った:ラーマを、至高なるブラフマン――実在の叡智の至福の絶対者、ニのない一なる者であると理解しなさい。彼は一切の付属するものを持たない純粋なる実在、対象を知覚しない感覚を持つ者なのです。
 ラーマを、純粋なる至福として、一切のけがれを持たぬ者として、シャーンティとして、不変なる実体として、無智という汚点から解放された者として、一切に遍在する魂として、一切の無価値なるものを持たぬ者として、自ら本性を明かす意識として理解しなさい。
 私を、宇宙の創造、維持、破壊の物理的・手段的な原因である原初のプラクリティであると理解しなさい。至高なるブラフマンであるラーマの存在の中でのみ、彼のプラクリティ(力)である私は、飽くことなく宇宙を創造するのです。
 私が彼の存在の中で創造するものを、無智なる者は彼の上に重ね合わせます。
 彼は、ラグの純粋なる一族として、アヨーディヤーで御誕生されました。
 彼は、ヴィシュヴァーミトラが悪魔の邪魔を排除して儀式を安全に行うことができるよう、手助けをされました。
 それから彼は、アハーリヤーにかけられた呪いを解放されました。
 次に彼は、わが父君であるジャナカの王室にて、マヘーシュワラの大弓をバラバラに破壊されたのです。
 その後すぐに、彼は私との結婚式を執り行われました。結婚の後、アヨーディヤーに帰る途中で、パラシュラーマの傲慢の鼻をくじかれ、そして私と共に十二年間、アヨーディヤーで暮らされたのです。
 それから、ダンダカの森への追放を受け、ヴィラーダを滅ぼされ、続いて鹿の姿でわれわれを惑わしにやってきたマーリーチャを殺戮され、そしてその後、マーヤー・シーターはラーヴァナによって誘拐されたのです。
 次に彼は、ジャターユとカバンダ(ダヌ)に救済をお与えになり、女性苦行者シャバリの献身的な礼拝をお受け入れになって、そしてスグリーヴァと契約を結ばれたのです。
 ヴァーリンを殺した後、シーターの探索を始め、大海に石の橋を架けられ、ランカーを包囲し、攻撃を仕掛けられました。
 次に、悪意に満ちたラーヴァナを彼の一切の子孫もろとも破滅させ、ランカーの王国をヴィヴィーシャナに贈られ、プシュパカという空飛ぶ乗り物に乗って、私と共にアヨーディヤーに向けて出発なさり、ついに、アヨーディヤーの王として戴冠されたのでした。一切のそれらの達成は、私(プラクリティ)によって果たされるにもかかわらず、真に不変なるものそのものであり、一切の存在の魂であるラーマの上に重ね合わされるのです。
 ラーマは歩くことなく、座ることなく、苦しむことなく、欲することなく、放棄することがありません。――彼の中には、いかなる活動の痕跡も存在しないのです。純粋なる至福そのものであり、彼の中には動きはなく、変化もありません。彼が彼の無常なる本質であるマーヤーの基盤であるように、彼はマーヤーの構成要素の一切のそれらの変化の根底に、それらの基盤として存在します。そして、マーヤーの無常という構成要素からその基盤を識別することのできない者たちにとって、彼は変化するように見えますが、実際はそれはただ、変化を起こすマーヤーの構成要素に過ぎないのです。
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アディヤートマ・ラーマーヤナ(1)「ラーマに礼拝いたします」

2011-09-28 21:13:58 | 経典の言葉・聖者の言葉


アディヤートマ・ラーマーヤナ



子供時代


第一章 ラーマについての真理


◎ラーマに礼拝いたします

 意識の光であり、朽ちることなき者よ。
 デーヴァたちによって懇願されし者よ。
 太陽族の子孫として人間の御姿をとって地球に誕生された者よ。
 悪魔の一族を滅ぼし、その罪を破滅させ、聖なる名声を永遠に世界中に轟かせた後、再び原初のブラフマンとして彼御自身の原初の御姿をおとりになられた彼、ジャナカの娘の主を、私は崇拝いたします。
 世界のシステムの創造、維持、破壊の中のただ一つの原因よ。
 マーヤーとして知られる力の顕現を支えながら、同時にその影響からは解放されているお方よ。
 一切の知的な概念を超越した御姿をお持ちのお方よ。
 至福と純粋な意識が凝縮された彼、シーターの主、真理の理解者を私は崇拝いたします。
 一切のプラーナから認められているアディヤートマ・ラーマーヤナと呼ばれるこの聖典を、心からの集中を持って学び、聞く者たちは、一切の罪から解放され、彼らはシュリー・ハリに達する。
 解脱を熱望する者は、アディヤートマ・ラーマーヤナを真に学ぶべし。その朗読を毎日聞く者は、数千万の牛を供養をすることによって得られる功徳と同等の功徳を得る。
 このシヴァという山からもたらされ、ラーマという大海の中でその恍惚を得るアディヤートマ・ラーマーヤナというガンガーは、三界の一切を浄化する。



◎パールヴァティの質問:ラーマは世俗に心を奪われたのか?

 かつて、カイラスの天界の庵の百の太陽のように光り輝く金剛座に座し、三つの眼を持つ神であり、至高なる主であり、帰依処を与える者であり、シッダたちに崇拝される者であり、至福の住居であられるシヴァは、罪を滅ぼす以下の言葉で、山の娘であり、彼のコンソートであるパールヴァティ女神によって、信仰を持って呼びかけられた。

パールヴァティ:光り輝き、世界のシステムの住居であられる汝に礼拝いたします! 
 汝は一切のジーヴァが対象とするところの究極なる予言者であられる!  
 汝はまた、一切の存在を超えた至高主であられる! 
 永遠なる一者でもあられる汝が、至高なる霊性の実体、プルショーッタマについての真理を、喜んで私にお授けくださいますように。
 見よ! 偉大なる者たちは、普通の課程で他者に伝えられるべきでない重要な霊性の秘密でさえも、信者たちにはお授けくださいます。私は汝の帰依者であり、汝は私の愛する者。ゆえに、おお、主よ、喜んで私の質問にお答えください。
 無智な女である私でさえも理解することができる、簡単でシンプルな言葉で、霊的な経験を生み出し、至高なる信仰心と世俗の価値への無執着によって現れる叡智を開示してください。
 おお、蓮華の眼を持つ御方よ! 私はまだ他に至高なる深遠なことについてお聞きしたいことがあります。どうか、それについて私にお教えください。
 一切の存在のエッセンスであるラーマへの信仰は、輪廻の海を渡るための頑丈な船であることは周知の事実であります。
 至高者へのバクティは、解脱への王道であり、その達成のために求められるものであることは周知の教えです。けれども、私はそれについていくつかの疑問があります。汝の明解な説明によって私の心からそのような疑問を払拭することは、汝の義務であります。
 ラーマは、プラクリティのグナの一切の顕現を超越している原初の存在であり、それらによって影響を受けないといわれています。彼をそのように受け入れ、人は無条件の敬愛をもって、昼夜を通じて自らを彼に捧げることによって、至高なる境地に達するのです。
 けれども、ある人々は、ラーマは、御自身が至高なる存在であるにも関わらず、彼御自身の無智の力により、御自分をブラフマンであると知ることができなかったと言います。また別の者(ヴァールミーキー・ラーマーヤナの中で述べられたブラフマー)によって教授されるとき、彼は超越的自己についての真理を知ることになったのです。
 もし彼が、早いうちに御自身についての真理を知っていたとしたら、どうして至高者である彼が、シーターを失うことによって悲嘆に襲われ、御自分の運命を嘆いたでしょうか? しかし、もし彼が真我の叡智を持っていなかったらならば、どうして彼は、一切の無智なる衆生と同等でありながらも、崇拝の適切な対象であるのでしょうか?
 あなたのこの難問に対する説明は、私にそれを知らせ、私の疑問を取り除いて下さるでしょう。



◎マハーデーヴァがラーマについての真理について語る

 シュリー・マハーデーヴァは仰った:真我に関する真理を知りたいという欲求を得たことは、お前にとってなんと幸運なことか。お前は帰依者である。今までは、秘伝的で、深遠で、微妙な教義であるラーマに関する真理について、誰も私に尋ねるものはいなかった。
 今日お前によって、献身的に尋ねられ、駆り立てられた私は、ラグの一族で最も気高き者に十分な礼拝を捧げた後、お前の質問に答えよう。ラーマはプラクリティとは異なる真我。彼は純粋なる至福そのものであり、一切の存在物を超越した至高なる魂であり、一切を包含する存在である。
 彼の御力であるマーヤーシャクティによってこの全宇宙が計画された後、彼は空元素のように宇宙の内外に住んでおられる。このように、彼は一切の存在の中に住んでおられるにもかかわらず、彼が彼らの最も奥深い部分の真我であるように、完全に彼らからは隠されている。彼は完全なる予言者であり、彼のマーヤーの創造によるこの一切の宇宙の目撃者なのだ。
 彼の前で、全宇宙は、磁石を取り巻く鉄くずのように渦巻く。無明(アヴィディヤー)の力で覆われた心を持つ無智なる者には、これは分からない。
 マーヤーに影響を受けない純粋なる意識であり、至高なる真我であられるラーマの上に、無智なるジーヴァは自分自身の無智を重ね合わせ、ラーマを自分たちのように世俗のもつれに巻き込まれていると理解する。彼らは自らの血縁者や俗世の財産に執着し、多種多様の活動に巻き込まれ、ちょうど自分自身の首に装飾されている金の首飾りの存在を認識できないように、彼らの胸に住まうラーマを、彼らは知覚できないのだ。
 光り輝く性質を持つ太陽の中では、闇は存在することはできない。ならば、純粋なる意識であり、一切の超越者であり、至高なる真我であられるラーマの中に、どうして無智が存在することができるであろうか?
 眼が回っていて、視力に欠陥のある者は、家や他の対象物があまりにもグルグルまわっているように見える。(外の対象物の回転する動きは、彼らの眼が回っているという性質に過ぎない。)同様に、人々は、身体と感覚の結合の中で、行為者の役割を演じている彼ら自身の「私」という感覚(アハンカーラ)の利己的な行為を、至高なる真我に重ね合わせることによって、迷妄に陥っている。
 障害なく、不変に光り輝く性質を持つ太陽の中には、いかなる時にも昼も夜も存在し得ない。同様に、純粋なる意識が凝縮した至高なる存在ハリであるラーマの中に、いかにして、限定された意識の中に見られる二つの無常なる状態である、智慧と無智が存在し得ようか?
 ラグの最高の勇士であるラーマは、上昇や下落といったものを持たない純粋な至福意識の本質なのだ。その蓮華の眼をお持ちの主は、アジュニャーナ(無智)の目撃者であり、その犠牲者ではない。無智の力であるマーヤーは、彼に依存しているため、決して彼を迷妄にし、無智にすることはないのだ。


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答え

2011-09-28 18:44:03 | 松川先生のお話







海に生じた波を
海が海に返すように

救済者たちは
自分にほかならない苦しむ衆生を
至福の境地へ返す

存在を超えた存在は
あるともないともいえず
始まることも、終わることもなく
維持されているというわけでもない

それでも宇宙は始まり、終わる。

言葉を超えたものから、言葉の世界が生まれ
生まれないものから、生まれるものが生まれる。

いつまで続くのか、このゲームは。
いつかは終わるのか?
もしいつか終わるなら、
これが生じたことに、何か意味はあったのか?

そういった二元的分別から解放されることが
解脱への道。

解脱したらどうなるのか?
その後、何をするのか?
それは、解脱してから考えればいい。

まずは聖典を学び、
菩薩の道を歩こう。
神の道具として生きよう。
幸運なカルマを持った、わが友よ。

なんだ、ああ、そうだったのかと、
言葉を超えた世界から、
答えは、あなたの予想だにしない形で、やってくるだろう。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 ラーマクリシュナの福音 第26回」

2011-09-27 19:32:20 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 ラーマクリシュナの福音 第26回」です。
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 2011年8月24日 インド・デリーにて」

2011-09-25 23:09:10 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 2011年8月24日 インド・デリーにて」です。
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今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」

2011-09-24 10:41:35 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」です。
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2011年インド修行旅行記(10)「クリシュナの家とヤムナー河、クリシュナの誕生日」

2011-09-23 11:42:36 | 松川先生のお話


◎クリシュナの家とヤムナー河、クリシュナの誕生日


 この後、なんとガイドは、「クリシュナが住んでいた家」へと連れて行ってくれました。
 ミーラーバーイーはまだ500年前くらいの人なので、住んでいた家が残っていても不思議ではありませんが、クリシュナは数千年前に地上に現れた化身とされているので、その家が今も残っているとは考えにくいことです。しかし事実はどうあれ、信者によってそのように崇拝されているなら、それはもちろん素晴らしいことです。
 
 この「クリシュナが住んでいた家」、入ってみると、床や壁にびっしりと、文字が書いた石盤が埋め込まれています。それはここに一定額以上の布施をした人の名前だそうです。そしてここの神職のような人が、ガイドと二人で、我々の名前も刻んであげるからと言って、布施を要求してきました。しかしその額があまりに大きかったので、そんなお金はないと言って断りました。
 実はこのとき、本当に我々は少ししかお金を持っていなかったのです。というのも、このヴリンダーヴァンの聖地巡りをする前に、ホテルの従業員や旅行会社のスタッフに、さんざん脅されていたのです。この日はクリシュナの誕生日の前日なので、スリがたくさんいるから気をつけろ、と。しかもそのスリは、刃物でポケットを切り、財布などを盗っていくというのです。だから貴重品やお金は最小限だけ持っていくように注意されていました。
 しかし実際来てみると、それほど人も多くなく、お祭りの雰囲気もそんなになく、スリの危険性もなかったので、拍子抜けだったのですが、とにかくそういう事情で、我々は布施をしたくても少額のお金しか持っていなかったので、皆のお金を集めてわずかばかりのお布施をさせていただきました。


 そしてこの後われわれは、クリシュナが友達たちと日々遊んだというヤムナー河の岸辺に行きました。ここでも我々は、最初に厳かに沐浴したあと、クリシュナと牧童たちのように、思い切り泳いで遊んだのでした笑。

 十分に遊んだあと、さて帰ろうかというときに、例のガイドが、ガイド料を要求してきました。これは予想されたことだったので、少ない手持ちの中からある程度の料金を払ったのですが、これでは少ないと言ってさらに要求してきます。

 一件この男は、「親切な男を装った悪質なぼったくり」にも見えますが、我々には逆に彼が、「悪質なぼったくりを装ったクリシュナの化身」に見えていました笑。だってあんなにも素晴らしい場所に、頼みもしないのに次々と連れて行ってくれたんですから! そしてあの孔雀の羽のような瞳(笑)!
 しかし一応このクリシュナの化身も、この世のリーラーに則って、ぼったくり男を演じなければならなかったのでしょう笑。
 
 我々はこのガイドの男に感謝しつつも、本当に手持ちが少ししかなかったので、わずかなお金を上乗せして渡して、感謝してヤムナー河を去り、ホテルへと戻ったのでした。



 そしてこの日の翌日はクリシュナの誕生日。そしてクリシュナは夜中の0時に生まれたといわれています。ですからこの日の夜は、ヴリンダーヴァンのあちこちの寺院で、お祭りをするのです。

 我々も独自に歌などを歌ってお祝いをしたかったのですが、我々の泊まったホテルは宗教系のホテルだったので、寂静を保つために、あまり大きな音を出してはいけないとされていました。だから普通は歌などは歌えません。そこでホテルの関係者に交渉に行くと、なんと彼らは快く、こう言ってくれました。

「今夜は特別な夜だ! あちこちでみんなクリシュナへの賛歌を歌うだろうから、君たちももちろん歌っていいよ!」

 そこで我々は夜の11時頃に集まり、まず瞑想をしました。
 クリシュナが遊んだ聖地ヴリンダーヴァンにクリシュナの誕生日に来ることができたこと、その幸福と喜びをかみしめつつ、クリシュナに心を合わせてしばらく瞑想しました。

 そしてその後、皆で歌を歌いました。我々のヨーガ教室のメンバーは皆、歌が大好きです。そしてオリジナル曲や既製の曲も含め、レパートリーにはクリシュナの曲が多いので、それらを繰り返し歌いました。

 クリシュナの誕生日に、ヴリンダーヴァンで、クリシュナへの賛歌を、法友たちと共に歌える喜び!――我々は何と幸せ者なのでしょう。

 0時になると、空にはいくつもの花火が上がりました。近くの寺院でも、大騒ぎしている声が聞こえてきます。


 翌日は我々は、クリシュナが生まれ、そして魔王カンサを倒したあとしばらく住んでいたマトゥラーと、クリシュナが幼年時代を過ごしたゴークラを訪れました。しかしクリシュナ派のヒンドゥー教徒にとってはヴリンダーヴァンこそが最高の聖地とされていることと、我々も疲れがたまっていたということもあって、マトゥラーはクリシュナが生まれた牢獄のある寺院、そしてゴークラはその地を訪れただけで、皆でチャイを飲んで帰ってきました。

 そして我々は再びヴリンダーヴァンへ戻り、残された滞在時間を、瞑想したり、町を歩いたり、買い物したりして、思い思いに過ごしたのでした。
 

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2011年インド修行旅行記(9)「ミーラーバーイーの家」

2011-09-23 06:41:09 | 松川先生のお話



◎ミーラーバーイーの家


 この「ラーサの踊り」の庭園の中には、ハリダースという有名な宗教詩人が住んでいた場所や、踊りの前にラーダーが化粧をした場所など、様々な聖地がありました。
 そしてある場所に小さな池のようなものがあったのですが、ここは踊りに疲れて喉が渇いたゴーピー達のために、クリシュナが神秘的な力で水を出した場所だそうです。今ではこの池の水は濁って汚くなっていますが、またあのガイドはこう言いました。

「ここの水はクリシュナが出したものなので、とても祝福されているが、皆、水が汚いと言って飲まない。しかし俺は飲む。」

 こう言って彼はその水を飲んだのでした。私もまた、その水を飲みました。


 さて、「ラーサの踊り」の庭園を出ると、我々はもうかなり疲れていたので、あとはクリシュナが遊んだヤムナー河だけ行ければいいと思い、ガイドの彼にもそう伝えました。彼も了承したのですが、その前に彼はまた別の所に我々を案内しました。何とそれは、ミーラーバーイーの寺院でした。もともとこのミーラーバーイーの寺院には行きたいと思っていたのですが、説明するのがめんどうなので、ガイドには言ってなかったのです。しかし彼は、数ある寺院や聖地の中から、なぜ我々が行きたかったミーラーバーイの寺院にわざわざ連れてきてくれたのでしょうか。

 このとき、何人かのメンバーが、興奮してあることを話していました。それは、「あのガイドの目が変だ! まるで孔雀の羽のようだ!」というのです。「えっ!?」と思って見てみると、緑がかってグラデーションがかかったようなその瞳は、確かに孔雀の羽のように見えます。このガイドは実はクリシュナの化身だったのでしょうか?

 さて、このミーラーバーイーの寺院は、今は寺院となっていますが、もともとミーラーバーイーが本当に住んでいた場所だそうです。
 ミーラーバーイー(ミラバイ)は、500年前くらいの女性の聖者で、クリシュナへの愛を歌った多くの歌を作りました。もともとはある国の王子に嫁いだ王女様だったのですが、夫の死とともに権力闘争に巻き込まれ、様々な苦難に遭います。そのような苦難の中でもただクリシュナだけを愛し、クリシュナへの愛の歌を歌い続けました。
 そしてついに嫁ぎ先の者たちから自殺を強要されるのですが、実際に河に身を投げようとする直前に、クリシュナが現れ、ミーラーバーイーを抱きしめて、こう言いました。

「わたしの愛しきミーラーよ。恐ろしい親族との生活は今終わったよ。君はもう自由だ。喜びなさい。君は今までも、そしてこれからも、ずっとわたしのものなのだ。」

 そしてさらにクリシュナはミーラーバーイーに、ヴリンダーヴァンへと行くことを指示しました。

 こうしてミーラーバーイーはヴリンダーヴァンに住むようになったのです。

 ミーラーバーイーは心からクリシュナを礼拝し、現世のすべてのものは彼女を惹きつけることができませんでした。彼女を唯一満たすものは、クリシュナへの愛だけでした。彼女の魂は、ずっとクリシュナだけを求めていたのです。
 彼女は自分のことを、クリシュナへの純愛によって気が狂った、ヴリンダーヴァンのゴーピーであると思っていました。
 
 その頃ヴリンダーヴァンには、チャイタニヤの弟子であった有名な聖者ジーヴァ・ゴースワミも住んでいました。ミーラーは彼の名声を聞き、会いたがりましたが、ジーヴァ・ゴースワミは、自分は女性と面会しないという誓いを立てているからと言って、それを断りました。
 するとミーラーは彼に、次のような手紙を送りました。

「私は今までヴリンダーヴァンには、たった一人の男性(クリシュナ)しかおらず、それ以外はみなゴーピー(クリシュナを愛した牛飼いの女性たち)だと思っていました。私は今日初めて、主クリシュナとは別に自分が男性であると考えている方がヴリンダーヴァンにいると知りました。」

 ジーヴァ・ゴースワミはこのミーラーの言葉に打たれ、急いでミーラーに会いに行きました。そしてその後ミーラーは、この聖者の仲間たちとともに、クリシュナを称える日々を送ったのでした。

 このミーラーバーイーはインドでは非常に愛される宗教詩人で、彼女が作った多くの歌が歌われていますが、日本ではあまり有名ではありません。しかしわれわれのヨーガ教室では、よくこのミーラーバーイーの歌を皆で歌うので、とても親近感があり、また彼女の崇高な生涯の物語は、我々の信仰の対象ともなっているのです。
 よってそのミーラーバーイーが住んでいた家を訪ねることができたのは、我々にとって大きな喜びでした。

 また、この寺院に祀られている神像には、ある逸話がありました。現代版のラーマーヤナを著したことで有名な聖者トゥルシーダースがヴリンダーヴァンを訪ねたとき、このクリシュナの大聖地であるヴリンダーヴァンにはどこへ行ってもクリシュナの神像しかないので、悲しくなりました。彼が愛するイシュタ(理想神)はラーマだったからです。しかしトゥルシーダースが一心に祈りを捧げると、そのクリシュナの神像が、ラーマに変わってしまったのです。結局、クリシュナもラーマも同じであり、唯一無二の至高者であるという逸話です。
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2011年インド修行旅行記(8)「ラーサの踊り」

2011-09-23 06:37:57 | 松川先生のお話




◎ラーサの踊り

 
 この夜、我々はヴリンダーヴァンのホテルに到着しました。そして翌日、いよいよクリシュナの聖地巡礼を敢行しました。

 実は今回、ヴリンダーヴァンに来るのは初めてだったのですが、ほとんど下調べはしておらず、この日の聖地巡礼についても、ほとんどノープランでした。まあ、行けば何とかなるだろう、くらいに思っていて、ガイドもやとっていませんでした。

 ヴリンダーヴァンには、クリシュナの少年時代のエピソードにまつわる場所や寺院がたくさんあります。しかし全部まわっていたら大変なので、いくつかポイントをしぼることにしました。クリシュナとゴーピー達が踊った場所や、ミーラーバーイーの家、そしてクリシュナが友達たちと遊んだヤムナー河などです。

 まず我々は、ヴリンダーヴァンの地図を手に入れようと思ったのですが、ホテル(クリシュナ系の宗教団体のホテルだったのですが)や寺院にはないと言われるし、店でも売っていません。インド人には地図を見るという概念があまりないらしく、道は知っていても、地図の見方などがよくわからない人もいました。

 やっとある店で手に入れた地図を頼りに、我々はまた炎天下の中を歩き出しました。
 
 ヴリンダーヴァンの町並みは、想像とは全く違っていました。
 雰囲気は、あまり聖地という感じではなく、ゴチャゴチャしています。
 そしてクリシュナの誕生日の前日だというのに、思ったほどには人も多くありませんでした。もちろん外国人などはほとんどいません。

 最初我々は、クリシュナが毒蛇のカーリヤを倒したことを記念する寺院に詣でました。そしてその後、ヴリンダーヴァンで一番有名で大きいという寺院へと向かいました。
 しかしここで我々は危機に直面しました。道が、地図と全然違うのです笑! しかもものすごく入り組んだ道ばかりで、全く地図が役に立ちません。
 しかしこの寺院は非常に有名だったようで、道ばたで寺院の名前を言うとみんなが方向を教えてくれたので、何とかたどり着くことができました。しかし残念なことに時間的にちょうど寺院が閉まっている時間だったので、お参りすることはできませんでした。
 
 さて次に我々は、クリシュナがゴーピー達と夜通し「ラーサの踊り」を繰り広げたという場所に行きたかったのですが、やはり地図を見ても行き方が全くわかりませんでした。

 するとそこへ、英語の話せるインド人が現れ、ガイドを買って出ました。これはインドではよくあるシーンです笑。自分でガイドを買って出る男はインドには多くいて、中にはたちの悪い人もいるので、普通は相手にしないのですが、このときは本当に場所が全くわからなかったので、ラーサの踊りの庭園にだけ連れて行ってもらうことにしました。

 まず我々は、クリシュナがゴーピー達と夜通し踊ったあとに、ラーダーと一緒に体を休めにきたといわれる庭園を訪ねました。そしてその後いよいよ、クリシュナが多くのゴーピー達と「ラーサの踊り」を踊った庭園へと向かいました。

 クリシュナの恋人達であるゴーピー達は、見た目は普通の牛飼いの女たちですが、実際は聖なる魂の化身であるといいます。そして彼女たちは魂の最高の境地としてクリシュナへの純粋な愛を手に入れました。
 ある夜、クリシュナは自分を愛するゴーピー達を呼ぶために、笛を吹きました。その美しい音色を聞いたゴーピー達は、いても立ってもいられずに、クリシュナのもとへと走っていきました。昔のインドでは女性はかなりの若年齢で結婚する風習があったため、このゴーピー達も実はほとんどが人妻だったのですが、彼女たちはクリシュナへの愛により、夫も子供も家庭の仕事もすべて投げ捨てて、クリシュナのもとへと向かったのです。
 そしてクリシュナは多くの分身を出して、彼女たちと輪になって踊りました。この歓喜の踊りは何夜にも渡って続いたといいます。

 この庭園は、夜になると門を閉じられ、人間は誰も入れなくなり、そして人間のみならず猿たちも出て行くのだといいます。なぜなら今でも毎晩、夜になるとここにクリシュナがやってきて、ゴーピー達とラーサの踊りを踊るのだからだそうです。この庭園には背の低い灌木がたくさんあるのですが、夜になるとこの木がすべてゴーピー達に変わるのだそうです。

「今はカーリー・ユガ(暗黒の時代)なので、そんなことが本当にあるとは多くの人は信じていないが、俺は本当の事だと信じている。」

とガイドが言いました。どうやらただのぼったくりガイドではなく、とても信仰心の篤い人であったようです。

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今日のAMRITAチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2011-09-23 06:34:08 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。


曲目

1.あなたの愛に
2.願い
3.神のしもべに
4.かわいいゴーパーラ
5.マハームニに捧げる歌
6.クリシュナよ、私のすべてよ

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今日のAMRITAチャンネル「2011/8/31 インド・ヴァラナシにて」

2011-09-20 09:41:07 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 2011/8/31 インド・ヴァラナシにて」です。
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