ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」

2011-07-30 17:25:25 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「聖典朗読 松川慧照エッセイ集より その1」です。



今後の放映予定


7/31 (日) 勉強会講話

8/1  (月) アニメ・リトルクリシュナ 第4話
  2  (火) 勉強会講話
  3  (水) アニメ・ハヌマーン 第4話
  4  (木) 賛歌・イメージビデオ
  5  (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第14話
  6  (土) 聖典朗読
  7  (日) 勉強会講話


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母なる神(4)

2011-07-29 21:36:32 | 経典の言葉・聖者の言葉


 4

 お金や富というのも、普遍的な力が目に見える形をとったものであり、本来は神のものである。しかしそれが地上にゆだねられると、他の例に漏れず、低次の自然が陥っている無智を通して、自我のご都合主義のために不法に使用されたり、阿修羅の影響の手に落ちて、悪しき目的に沿うようにゆがんだものにされる危険がある。
 権力、富、セックスは、自我にとって最大の牽引力を持つがために、間違って手にした人にとって、ごく簡単に濫用されてしまう力である。
 単に富を所有する者より、富を追求したり、「保管」したりする者の方が、よりいっそう富にとりつかれていることが多い。
 阿修羅が長いこと握りしめて間違った使い方をしたために、富に刻印されることになってしまったある種のゆがんだ影響を、完全に免れている人はわずかである。だからこそ、修行の道は、ほとんどどんな道であれ、富への完全な自制と無欲を強く説き、富への一切のとらわれの徹底した放棄を強く説き、富を所有することへの利己的な欲望一切の放棄を強く説くのである。
 そのために、お金と富は一切ダメだと言って、貧しい無一文の暮らしこそがただ一つの神聖な状態なのだと宣言する者さえいるが、これは極端な間違った考えである。
 権力を、本来の所有者である神の手に取り戻して、これを聖なる暮らしのために恭しく用いることこそが、サーダカたる者にとっての超精神的な道なのである。
 「富」とは、「母なる神」のために取り出されるべき一つの力であって、彼女にお使いいただくよう供養されるべきものなのだと、ただそのように心得るがよい。

 一切の富は神のものであり、それを手にしている者は、富の所有者ではなく、富を預かっている者に過ぎない。富は今日は彼らの手にあっても、明日になればまた別のところに行ってしまうかもしれない。
 一切は、富が彼らの手に来たときに、その託されたものをどう扱うかにかかっている。つまりは、それを使うときに、どのような精神で、どのような意識を持って、どのような目的のために使用するのかにかかっているのだ。
 お金を個人的に使用するときにも、それによって自分が手に入れたりするものは、すべてが「母なる神」のものだと心得なさい。彼女に何一つ要求することなく、与えられたものを受け入れて、それを、正しい目的のために用いるのだ。神の富の良き預かり手として、どこまでもとらわれなき態度を維持しながら、なおかつ細部に至るまでどこまでも厳正なる態度を貫くように。自分が扱っているのは、自分のものではなく、彼女のものなのだということを、片時も忘れないように。何一つ、自分のものとしたり、彼女の意思に反する目的のために用いたりすることが、あってはならない。

 偏りのない平等の精神、無欲、持つものや手に入れたもの一切を捧げてやまない献身、母なる神のためならばどんなものでも力の限り手に入れて見せるのだという心意気。――これらは、あなたが二つの悪しき極端に染まっていないことの、何よりの印である。

 このように、理想的なサーダカは、神から「貧しい暮らしをせよ」と命令されれば、貧しく暮らしながらも何の不満も覚えず、貧しい暮らしが神的意識の内なる豊かな働きの障害になることはない。
 また逆に彼は、神から「豊かな暮らしをせよ」と命令されれば、豊かに暮らしながらも、富や所有物への欲望や執着に駆られたり、我を忘れた放縦に陥ったり、贅沢な習慣の奴隷に陥ったりすることは、一瞬たりともない。
 彼にとっては、神の聖なる意思こそがすべてであり、神の聖なる至福こそがすべてであるからだ。

 
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ヨーガ講習会のお知らせ

2011-07-29 07:51:49 | お知らせ




 以下の日程で、出張ヨーガ講習会を開催いたします。

 参加希望の方は、お早めにメールでご連絡ください。

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。


 ※神奈川・東京・大阪・札幌の方は、教室がありますので、そちらにお越しください。詳細はメールでお問い合わせください。

 ※現在講習会がない地方への出張も、要望があれば検討しますので、お気軽にご連絡ください。




9月18日(日)12:30~15:30
☆場所:仙台・スタジオカラコル
JR仙台駅から徒歩10分
http://www.chiaki-walk.com/caracol.html


9月19日(祝)13:00~16:00
☆場所:名古屋・亜細亜大陸アカデミー
地下鉄矢場町駅から徒歩3分
http://ajiatairiku-academy.com/asia/access.html


9月23日(祝)12:30~15:30
☆場所:愛媛県松山市・Lスタジオ
伊予鉄城南線勝山町駅から徒歩3分
http://www.chaikuro.net/rentalspace/l_studio.php?catid=16


9月25日(日)11:30~14:30
☆場所:京の山杣人工房「空」
JR京都駅から徒歩5分 下京区総合庁舎となり
http://somabitoqo.exblog.jp/i11





☆詳細-----------------------------------------------------------------------------------



☆参加費:3000円

☆内容:クンダリニー・ヨーガ、ハタ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガなどの各種行法実践と講義。
    初心者の方でも問題ありません。お気軽にご参加ください。

☆定員:3名~20名
    ※参加希望者が定員に達しなかった場合、中止になる場合もありますので、ご了承ください。

☆予定しているメニュー:アーサナ(気を調える体操)
            気功(気を充実させる内気功)
            プラーナ―ヤーマ(各種の呼吸法)
            ムドラー(覚醒の技法)
            マントラ
            瞑想
            講義
 
☆持ち物:動きやすい服装
     ヨガマット、または大きめのバスタオルなど(床に横になるときに下に敷けるもの)。

☆申込先:電話かメールでお申し込みください。


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今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第13話」

2011-07-29 05:47:54 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第13話」です。



今後の放映予定


7/30 (土) 聖典朗読
  31 (日) 勉強会講話

8/1  (月) アニメ・リトルクリシュナ 第4話
  2  (火) 勉強会講話
  3  (水) アニメ・ハヌマーン 第4話
  4  (木) 賛歌・イメージビデオ
  5  (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第14話
  6  (土) 聖典朗読
  7  (日) 勉強会講話
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母なる神 3

2011-07-28 17:37:11 | 経典の言葉・聖者の言葉

 3

 人生における恐怖と危難と災厄から身を守ってくれるのは、常に相携えて進んでいく、ただ二つの事柄だけである。――つまり「聖なる母神の恩寵」と、あなたの側での「信仰と誠実と明け渡し」である。
 あなたの信仰を、純粋でけがれのない、完璧なものとしなさい!
 野心やプライド、見栄や知的尊大をはじめとした、低次の煩悩を満たそうとするエネルギーに基づく、片意地や個人的欲求や卑小な欲望などで薄汚れたものになってしまった利己的な信仰など、天高く燃え上がっていくことのできない、低次のすすけた炎でしかない。
 あなたの生命は、ただ神の道具として与えられたものであり、ひとえに、聖なる神の顕現を助けるためにのみ与えられたものであるということを、よくよく心得ておくことだ。
 神の意識が持つ純粋さ、力、光、大らかさ、落ち着き、至福のみをひたすら願い、あなたの精神と生命と身体を変容して、これらすべてを完全にならしめずにはおけないという、神の意識が示す熱意のみを、ひたすらに求めるがよい。
 超精神的なる聖なる真理のみを求め、その真理が、地上で、あなたの内で、そしてまた呼び出され選び出された者すべての内で現実のものとなることのみを求め、その「真理」が対抗勢力の一切に勝利をおさめることのみを、ただひたすら求めることだ。

 あなたの誠意と明け渡しを、混じりけのない、完全なものにしなさい!
 自らを差し出すときには、あなたの内の一切が「聖なる母神」のものとなり、自我に取っておかれたものなど何もないように、要求も条件も保留も一切なしに、余すところなく完全に自分を差し出すことだ。

 あなたの信仰と誠実と明け渡しが完全なものになればなるほど、恩寵とご加護はますます多くあなたに下るであろう。「聖なる母神」の恩寵とご加護があなたと共にあるとき、あなたを手荒に扱うどんなものが存在しうるというのだろう。その恩寵とご加護のほんのわずかがあるだけで、どんな難事も、どんな障害も、どんな危険も、すべて突破させてくれるだろう。
 あなたが「聖なる母神」の恩寵とご加護に深く包まれていれば、どんな脅威も気にせずに、それがこの世に発するものであれ、それが見えない世界に発するものであれ、どんなに強力な敵意にも一切動かされることなく、自分の道を無事に渡っていけるのは当然である。その道は、実は「聖なる母神」ご自身の道なのだから。
 彼女の恩寵とご加護がひと触れしただけで、ピンチがチャンスに、失敗が成功に、弱さが強さに変貌してしまうのだ。
 「聖なる母神」の恩寵は、至高者からの認可と同じものであり、その成果は今日も明日も永遠に確実で、いったん下された決定はどんなものも、避けることも抗することも叶わぬ不変の決定であるからだ。
  
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今日のAMRITAチャンネル「勉強会講話 解説/ラーマクリシュナの福音 第24回」

2011-07-27 07:50:41 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 解説/ラーマクリシュナの福音 第24回」です。



今後の放映予定


7/28 (木) 賛歌・イメージビデオ
  29 (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第13話
  30 (土) 聖典朗読
  31 (日) 勉強会講話

8/1  (月) アニメ・リトルクリシュナ 第4話
  2  (火) 勉強会講話
  3  (水) アニメ・ハヌマーン 第4話
  4  (木) 賛歌・イメージビデオ
  5  (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第14話
  6  (土) 聖典朗読
  7  (日) 勉強会講話



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修行ができない時のアドヴァイス

2011-07-25 19:02:12 | 経典の言葉・聖者の言葉




 主にお祈りしたまえ。
 規則正しく実践せよ。
 徐々に、心が礼拝や瞑想をする気になってくるであろう。
 最初は、心は調御されることを拒絶する。しかし強制し、激励し、懇願して、それを瞑想に集中させるようにせよ。
 信仰と規則正しさとは、非常に重要である。それらなしにはなんびとも、何事も、成功はできない。

 身辺の事情がどうであろうとも、決めた日課は必ず守る、というようにして、修行を実践しなければいけない。
 心がひとたび神を思うことの甘美な味わいを知ったなら、そこには何一つ恐れるものはない。その味わいを知ることができるように、高徳の人々と交わるようにせよ。
 
 人の心は常に不安定である。さまざまな理由で散漫になっている。高徳の人と交わっていると、統御されるようになる。徳の高い人々の仲間に入って暮らし、彼らの助言に従うようにせよ。そうすれば、多くの悲しみや悩みから救われるであろう。
 心が神に没入するのでなければ、この世の誘惑から自分を守ることはできない。彼の御慈悲によって、心は真理のほうに向くことができるのだ。人は彼のお力によって強いのでなければ、マーヤーの網の目から自分を救うことはできない。彼のお力によって強くなるのだよ!



 ――ブラフマーナンダ
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今日のAMRITAチャンネル「アニメ・リトルクリシュナ 第三話」

2011-07-25 15:34:00 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・リトルクリシュナ 第3話」です。



今後の放映予定


7/26 (火) 勉強会講話
  27 (水) アニメ・ハヌマーン 第3話
  28 (木) 賛歌・イメージビデオ
  29 (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第13話
  30 (土) 聖典朗読
  31 (日) 勉強会講話

8/1  (月) アニメ・リトルクリシュナ 第4話
  2  (火) 勉強会講話
  3  (水) アニメ・ハヌマーン 第4話
  4  (木) 賛歌・イメージビデオ
  5  (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第14話
  6  (土) 聖典朗読
  7  (日) 勉強会講話
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母なる神 2

2011-07-25 06:39:46 | 経典の言葉・聖者の言葉

 2

 この世でどんなことがおこなわれようと、神は自らの聖なるシャクティを通して、あらゆる行為のかげにいらっしゃる。
 神はまた、自らのヨーガマーヤーのヴェールに包まれて、低次の世界においては、個々の生命体の自我を通して働いている。

 ヨーガ修行においても、サーダカ(修行者)となって働き、サーダナー(成就修行)となって働いているのは、他ならぬ神ご自身である。言い換えるならば、サーダナーを成り立たせているのは、他でもない、それ自身で光と力と純粋なる智慧と純粋なる意識と純粋なる至福をそなえて、精神・生命・身体を乗り物として、その乗り物にこれら聖なる力を注いでおられる、神ご自身の聖なるシャクティなのだ。とはいえ、低次の自然が活発に働いている間は、サーダカ自身の努力はやはり必要である。

 サーダカ自身の努力として必要なのは、切望と放棄と明け渡しという三つのつとめである。

 切望とはすなわち、油断することなく絶えず目覚めている不断の切望のことであり――つまりは、大いなる精神に基づく意志、神への愛から発する追求などのことである。

 放棄とは、すなわち、低次の自然の働き一切を放棄することである。
 つまりは、真智が、静まった精神の内に自由な居場所を見つけられるよう、精神に基づく諸々の観念、意見、好み、習慣、作り事などのすべてを放棄することである。
 またそれは、落ち着きと懐の広さをそなえ、強さと神聖さを併せ持ったエネルギーからなる自己の中に、真の力と喜びが上から注ぎ込まれるように、諸々の現世的な欲望、欲求、渇望、感情、情熱、利己心、プライド、傲慢、卑屈、貪欲、嫉妬、うらやみ、真理への敵意などの一切を放棄することである。
 またそれは、神的なものに向かって絶え間なく成長し続ける身体の中に、永遠なる光と力と至福が確立されるよう、迷妄、疑い、不信、不明瞭、頑迷、卑小、怠惰、変化へのためらいなどの一切を、つまりはタマスを放棄することである。

 明け渡しとは、すなわち、自己をむなしくして明け渡し、自己が自己としているもの、自己が我がものとしているもの一切を明け渡し、意識のあらゆる次元を明け渡し、瞬間瞬間すべてを明け渡すことである。

 自己の明け渡しと奉納が進むにつれて、サーダカは、実は神の聖なるシャクティが、自らサーダナーを行じて、自分の中に彼女自身の一部をますます多く注ぎ込み、自分の内に「神の聖なる本性」が持つ自由と完璧さを据え付けているのだ、とうことに気づくようになる。
 サーダカ自身の努力に取って代わって、このような気づきのプロセスが進むにつれて、そのプロセスはますます速やかなものとなり、いよいよ真実のものとなっていく。
 とはいえ、自己の明け渡しと自己の奉納が、頭のてっぺんから爪の先に至るまで、一点の曇りもない完璧なものとなるまでは、このような気づきのプロセスが、サーダカ自身の努力にすっかり取って代わることはあり得ない。

 忘れてはならないが、自分では諸々の条件を満たそうとせずに、ただ一切を神に肩代わりしてくれと求めるような、怠惰に発するたわけた「自己の明け渡しごっこ」などは、ただの欺瞞に過ぎず、そのような者が自由と完璧に至ることなどは、あり得ない。
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母なる神 1

2011-07-24 11:07:23 | 経典の言葉・聖者の言葉


「母なる神」

 
※この作品は、シュリー・オーロビンドの作になるものを、山口泰司氏が日本語訳したものを、さらに私が独断で抜粋・リライトしていますので、ご了承ください。





 1

 私たちの努力の目標である、かの大願が成就するのは、下から求める揺るぎない不退転の切望と、それに応えてくださる至高の恩寵とが、一つになって働いたときである。

 しかし、至高の恩寵が働くのは、「光」と「真理」を通してのことであり、「誤り」と「無智」が押しつけた状態を通して至高の恩寵が働くことはない。

 まさにこれが「光」と「真理」の実態なのであって、これより他の状態のもとにあって至高の力が下ることは決してない。
 しかし、「自然」を余裕の態度で扱って、そこで障害をことごとくなきものにしてのけられるのは、上から下り、下から開かれる、まさに超精神の至高の力だけである・・・・・・。
 だがそのとき、必ず必要となるのは、私たちの、心からなる、余すところのない明け渡しの態度であって、神の聖なる力能に向けて己を一途に開いた、ひたすらな態度である。

 この「明け渡し」は、全面的なものとして、自分のありとあらゆる部分を差し押さえたものでなければならない。
 自分の、最も外面的な部分をも含めた一切に、いささかなりとも、ためらいがあったり、疑いや混乱やごまかしなどの陰に隠れる卑怯な未練があったり、はたまた反抗や拒絶の態度があったりしたのでは、断じてならないのである。

 たとえ自分の一部が明け渡しを決めていても、別の部分がためらって、自分流の道を歩んだり、自分流の状態を打ち出したりしたのでは、人はそのたびに、神の聖なる恩寵を、自ら退けることになってしまう。

 献身と明け渡しの陰にこっそりと自分の欲望や自分の利己的要求などを忍び込ませたり、これらをもって嘘偽りなき真の切願の代わりとしたり、混ぜものとしたりしたのでは、それらを「神の聖なるシャクティ」の前に差し出したところで、神の聖なる恩寵を招来して自らを変容させていただくことは、不可能である。

 たとえ「真理」に向けて自分の一面や一部を開いたところで、別の面では、あまたの非真理に向けて、諸々の門を常に開け放したままというのでは、神の聖なる恩寵が自分と共にあることを期待しても、始まらない。そこに神の生きた『お出まし』を望むのであれば、寺院は綺麗に片付けておく事が必要である。

 神の力が介入して「真理」をもたらしてくれても、そのたびにそれに背を向けて、いったん締め出した欺瞞をまた呼び込むというのであれば、非難されるべきは神の聖なる恩寵ではなく、自らの意志の欺瞞性であり、自らの明け渡しの不徹底さである。

 「真理」を求めているのに、自分の内の何かが、偽りと無智と神的ならざるものを選んでしまったり、自分の内の何かが、それらを拒絶しようとしないのであれば、神の聖なる恩寵は、あなたから遠のいていってしまうだろう。まずは自分の内に潜む欺瞞的な点や曖昧な点を突き止めて、それらを絶え間なく退け続けることだ。そのときに初めて、神の聖なる力が降り、自らの変容を遂げることも可能になるのだから。

 神に捧げられた館に、真理と非真理が同居したり、光と闇が同居したり、明け渡しと利己心が同居したりすることが許されているなどと、ゆめゆめ思い描いたりしてはならない。自己の変容は、余すところなきものでなければならず、それ故に、自己の変容に逆らうものの一切の拒絶もまた、余すところなきものではくてはならないからだ。

 自分のエゴの明け渡しを、嘘偽りのないものにすることだ。そのときに初めて、それ以外の一切が叶うことになるのだから。

 至高者は、あなたに向かって自分の明け渡しを求めはしても、それを押しつけたりすることはない。言い換えるならば、あなたは、取り返しのつかない最終的変容がやってくるまでは、自ら神を否定するも神を退けるも、逆に己をむなしくすることも、常に自由なのだ。

 活力なき受動性は、真の明け渡しといつも混同されてしまうが、活力なき受動性からは、力強い真なるものが生まれてくることは、決してない。あらゆる曖昧な影響やあらゆる神的ならざる影響の手の内に易々と下るのは、活力なき受動性によるものである。
 「神の聖なる力」が働いてくださったり、「覚醒した真理の天使」や「曖昧と欺瞞を相手に戦う内なる戦士」や「神の忠実なしもべ」などが手をさしのべてくださるためには、喜んでその助けの手の中に入る「力強い柔順」が、こちらの側に求められるのである。

 まさしくこれが正しい態度なのだから、かかる態度をとってこれを堅持する者のみが、失意や困難に出会ってもめげることのない信仰を保って、至高の勝利と大いなる変成へと至る試練を、敢然と乗り越えることになるのだ。
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今日のAmritaチャンネル「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話」

2011-07-22 20:49:18 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話」です。




今後の放映予定


7/23 (土) 聖典朗読
  24 (日) 勉強会講話
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今日のAmritaチャンネル「賛歌・イメージビデオ」

2011-07-21 10:22:44 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「賛歌・イメージビデオ」です。




今後の放映予定

7/22 (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話
  23 (土) 聖典朗読
  24 (日) 勉強会講話
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今日のAmritaチャンネル「アニメ・ハヌマーン 第二話」

2011-07-20 21:11:18 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「アニメ・ハヌマーン 第二話」です。




今後の放映予定


7/21 (木) 賛歌・イメージビデオ
  22 (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話
  23 (土) 聖典朗読
  24 (日) 勉強会講話
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君は聖者であれ

2011-07-19 21:09:07 | 松川先生のお話




君は聖者であれ。
周りにとって。
彼にも彼女にも、普通の友達はたくさんいる。
聖者になれるのは君しかいない。

君は世の喜びは諦めて
みんなのために聖者となれ
そのような役割の人が必要だ。
それをできる人は限られている。

私の心には神しかおらず
この世界には神しかいない。
それを早く悟りなさい

常に神と師を思い
あの震える歓喜に浸り続けなさい

心が落ち込んだときも
高き志と理想を
片時も忘れるな

君は聖者であれ。
周りにとって。
あの人もあの人も、
君の覚醒を待っている。


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今日のAmritaチャンネル「勉強会講話 解説・ラーマーヤナ 第10話」

2011-07-19 18:54:14 | 今日のAMRITAチャンネル
 今日のAmritaチャンネルは、「勉強会講話 解説・ラーマーヤナ 第10話」です。




今後の放映予定

7/20 (水) アニメ・ハヌマーン 第2話
  21 (木) 賛歌・イメージビデオ
  22 (金) 実写ドラマ・ラーマーヤナ 第12話
  23 (土) 聖典朗読
  24 (日) 勉強会講話
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