ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

マハーシヴァラートリ&ラーマクリシュナのお誕生日

2011-02-28 10:13:06 | 松川先生のお話
 来月の三月二日はマハーシヴァラートリといって、インドにおいて、一番大きなシヴァ神のお祭りの日になります。

 シヴァとパールヴァティーの結婚の日とも、シヴァが毒を飲んで世界を救った日とも、また、シヴァの救済の力が最も強まる日ともいわれます。

 インドではこの日は、一晩中、「オームナマシヴァヤ」を唱えたり、シヴァを称える歌を歌い続けたりするそうです。

 シヴァ神が好きな人は、個人的に祭壇に供物をあげたり、マントラを唱えたりするといいと思います。

 私のヨーガ教室でも、小さな形ですが、シヴァを供養する会を行います。




 そして三月六日は、ラーマクリシュナ・パラマハンサのお誕生日です。

 ラーマクリシュナが好きな方は、個人的に供物などを捧げて、お祝いをしたらいいかもしれませんね。

 この日も、私のヨーガ教室では、ラーマクリシュナの聖誕祭をおこないます。毎年おこなっているのですが、今年は特別に、インドのラーマクリシュナ・ミッションから日本に派遣されて来ているスワーミー・メダサーナンダ師が、特別ゲストとして参加してくださることになりました。
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神に心を開く

2011-02-21 09:08:31 | 松川先生のお話
言葉こそ、悪魔の最大の罠だ。
しかし言葉は同事に、魔から解脱する最大の武器にもなり得る。

だからまずは、自己の観念を入れずに、聖典や、聖者の言葉を繰り返し読むことは、有益だ。

また、師がいる人は、師から与えられたキーとなるワードを、日々思い出すことも有益だ。

そのワードは、実際は個々人のカルマや状況によっても変わってきますが、
私がよくヨーガ教室のみんなに勧めているキーワードを、いくつかご紹介しましょう^^。



「神に心を開く。」


「いいじゃないか。」


「マーヤー!」
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人生の目的

2011-02-16 17:28:09 | 松川先生のお話
 我々が求めるべきものは人々の称賛ではなく、神に認めていただくことです。
 聖フランシスは、
「人の功罪は主がどうごらんになるかによってのみ決められる」
と言っています。
 もしあなたが、神の前に罪を犯していなければ、何も気にすることはありません。
 我々は、善いことをするにも、時には苦しまなければならないこともあります。神を見つけるためには、喜んで苦痛にも耐えなければなりません。神の永遠の慰めを得るために、肉体的苦痛に耐えたり精神を鍛えたりするのはなぜでしょうか? イエスが神のために喜んで肉体を捨てたのは、何ものにも替え難いほど大きな喜びを神の中に見つけたからです。人生の目的は、その限りなく大きな幸福を手に入れること、つまり神を見つけることです。

 ――パラマハンサ・ヨーガーナンダ
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秘訣3

2011-02-15 23:52:46 | 松川先生のお話

 観念を放棄した帰依、
 これができるかどうかが、
 突破できるかどうかの鍵というか、早道ではないかと思う。
 こうして頭の中の錠前が開けられたとき、
 不死の甘露と悟りは、同事にやってくる。

 人からどう思われるかはどうでもよい。
 これが欲しいとか、ああなったら嫌だとかも、どうでもよい。
 あれもこれも、あなたの目をふさぐ罠に過ぎない。
 
 大事なことはすぐ忘れてしまうから
 心とエネルギーをいつも上昇させよ。 

 魔の罠に満ちた現世のジャングルを、
 雄々しく堂々と歩め、誇り高き獅子である菩薩たちよ。

 菩薩になれ。
 神の道具になれ。
 それ以外のことは、どうでもいい

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秘訣2

2011-02-08 08:38:08 | 松川先生のお話

師がいるなら、師の指示通りに修行すること
師がいないなら、自分の好きな聖者の教え通りに修行すること
自分の観念で教えをとらえないこと

衆生への慈悲、菩提心、エゴの放棄、神への愛
これらを高めつつ、
同事に、一切は空であるという柔軟な理解を持つこと
教えさえも観念的にとらえすぎないこと

観念を超えた強い信を持ち
一生修行し続ける心構えで、
すべてを神に捧げる心構えで修行すること

これらが、仏教やヨーガの秘訣です。

仏教やヒンドゥー教の教えも、すべてはヴェールがかけられている。
ヴェールがかけられないと、人々は理解できないから。

だから、ある程度修行が進んだら、
ヴェールを外す方向に進まなければならない。
上に書いたことは、そのためのアドヴァイスです。

意識を粗雑世界に引き下ろす日常への執着を持たず
神のリーラーとして、修行の場として日々の人生を見て
ひたすら修行し続けるといいでしょう。


おそらくこれを読んでいる人の中のある人々は
自分の中の神性、そしてなぜ自分がこの世に生まれてきたのかを、うっすらと思い出す日が来るかもしれません。
しかしそれさえもまた、どうでもよいことです。
さらにその奥にある真実が重要です。



輝ける闇の中
意識は道を見失い
果てしない空間に溶け込んだ
自分を見失った意識は
神の御名を唱えることで
奉仕者としての自分を思い出す
それはそれ
あれもそれ
真実の神に奉仕する喜びは
神ご自身の喜びも超える。
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