ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

2010年オリジナルカレンダー

2009-11-30 09:00:37 | お知らせ
2010年版のオリジナルカレンダーができました。

月ごとに、神や聖者の絵、言葉が入っています。

また、満月・新月・半月の日も記されています。


定価2000円です。手作りの完全受注生産になります。ご希望の方はメールでお申し込みください。

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忘れがちなこと

2009-11-28 21:24:16 | 松川先生のお話

もっともっと徳を積もう。

徹底的に戒を守ろう。

苦しみに耐え抜こう。

他者の批判をやめよう。

常に心を神に合わせよう。

常に自己を厳しく見つめよう。

常に自己のエゴをバラバラに切り裂こう。

地獄・動物・餓鬼から足を洗おう。
地獄の要素(憎しみ)を、けがらわしいものとして、投げ捨て、バラバラに切り刻もう。
動物の要素(性欲・疑念・怠惰・愛情欲求)を、けがらわしいものとして、バラバラに切り刻もう。
餓鬼の要素(独占欲・物欲・貪り)を、けがらわしいものとして、バラバラに切り刻もう。

低い意識状態・エネルギー状態でくだらないことを考えるより、意識とエネルギーを高く引き上げ、正しい智慧を増大させることを目標としよう。

悪魔の罠に引っ掛かるな。

常に法の喜びを心に持とう。
常に神やブッダや師のことを考えよう。
ただ四無量心によってのみ、周りを見よう。

自己のけがれを許すな。ごまかすな。妥協するな。

常に懺悔の心、慚愧の念を持とう。

くだらない雑談や噂話をやめ、神に心を合わせよう。

くだらない人間になるな。自分を捨てるな。貶めるな。自分で自分を汚すな。
自分のために、自分の心を清浄に保て。

愛情欲求を捨て、周りに真の愛を与えられる人になろう。

常に周りのことを考え、周りに良い影響を与えることを考えよう。

自分のことばかり考えるな。
自分のことは一番最後に考えよう。

傲慢さを捨て、常に謙虚になろう。
卑屈さを捨て、菩薩として、神のしもべとしての誇りを持とう。
常に神やブッダを自分の心にお招きするために、自分の心を清浄に保とう。

心が暗くなったなら、まずいと考えて、修行し、教学しよう。

常にエネルギーと意識を上昇させよう。

自分の使命を考えよう。
自分は本当に今、全力で、自分がなすべきことをなしているのかを考えよう。
自分は本当に今、自分に使命を託してくれた神やブッダや師を裏切っていないかを考えよう。



さあ、修行者の皆さん、これらの忘れがちなことを、もう一度しっかり心に刻みつけよう。


これらの日々のたゆまぬ修習によって、確固とした、明るく、心の広がった状態を、確定させよう。


空性とか究極の智慧とかにアプローチするのは、その後だ。

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全力を尽くせ

2009-11-27 18:21:17 | 松川先生のお話


もともと、しょうもない世界の
しょうもない人生だ。
人の言葉なんて気にせずに
信じる道を全力で進め。
成功したって失敗したって
最後は死ぬだけだから
何かの保障を求めずに
ただ全力で、やれ。
何があったって日は昇る。
お前がどうあろうが地球は回る。
成功しても失敗しても、
生きるときは生きるし、
死ぬときは死ぬ。
ただ死ぬときに悔いが残らぬように
生きているうちに全力を尽くせ。
来世があろうとなかろうと
今この瞬間に全力を尽くせ。
ただ誠実であることと、全力であること
それが秘訣であり、
カルマ・ヨーガの道。
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要約「シクシャー・サムッチャヤ」(26)「功徳の守護」

2009-11-26 22:14:37 | 経典の言葉・聖者の言葉

◎功徳の守護

「自己の行為の果報を見、渇愛を滅することによって、清浄なるものを守護すべし。
 また、布施等の利他行などの功徳を積んだ後に、後悔してはいけない。
 もし自己のなした功徳の行為を喜ばず、後に心を翻したりすれば、彼の善性は悪性に変わる。」


 戒を守護する者は、国王を頼ることなく、善い世界を頼ることなく、富を頼ることなく、美しい容姿を頼ることなく、名誉を頼ることがない。

 また、戒を守護する者は、地獄に落ちる恐怖がなく、動物界や餓鬼界や魔界に落ちる恐怖がない。

 また、戒を守護する者は、真理と相応するが故に、一切の衆生を利益する。

 戒を守護する者は、転輪王となり、そこから減失することがない。

 戒を守護する者は、ブッダの覚醒を求め、心が乱れることがない。

 戒を守護する者は、もろもろのブッダを見ることを願い、そこに障害はない。

 戒を守護する者は、梵天王となり、そこから減失することがない。

 戒を守護する者は、素晴らしいダルマを聞き、そこから退いたり堕落することがない。
 
 戒を守護する者は、菩薩行を行ない、そこから減失することがない。

 このように戒を守護する偉大なる菩薩は、常に多くの衆生から恭敬される。
 神々、龍神、鬼神、ガンダッバ、龍王、阿修羅王、クシャトリヤ、ブラーフマナ、長者等は、彼を尊重し、供養し、恭敬し、讃嘆する。もろもろの智者すら、彼を讃える。

 このように戒を守る偉大なる菩薩は、無相・空なる境地に安住せず、また悪趣や邪見の家に生まれることもなく、ただ衆生を救済し続けるのである。


 以前に捨てた悪についても、未来において再び煩悩に襲われて犯してしまうことを恐れ、常に監視し、守護すべし。
 徳を積み、戒を守っても、その果報を願うことなく、その果報を衆生のために回向し、ただ利他行をなすべし。
 また、布施等の利他行などの功徳を積んだ後に、後悔してはいけない。それは自己にとって不利益であるばかりでなく、他の者も彼を見て、功徳を積むことをやめ、悪業が増大してしまう。
 このように、もし自己のなした功徳の行為を喜ばず、後に心を翻したりすれば、彼の善性は悪性に変わるのである。
 
 逆に、悪業を犯したとしても、心から懺悔をし、心を入れ替えるならば、その罪から脱却し、のちには福善を得ることとなる。
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3 横に伸ばす三角のアーサナ

2009-11-26 09:17:42 | シャンバラ・ヨーガ 修行体系奥儀 初級編

3 横に伸ばす三角のアーサナ


①両足を大きめに開いて立ち、背筋を伸ばす。

②息を吸いながら、両腕を上げて肩の高さで水平にのばす。掌は下向きにする。

③右ひざを曲げ、身体を真右に倒していき、右掌を右足の外側の床に置く。同時に左腕は、頭上に大きな円を描くようにして右に倒し、左腕と左の体側と左足が一直線になるようにする。掌は下向き。

④顔を上に向けて、この姿勢を保つ。


⑤ゆっくりと息を吸いながら②の姿勢に戻り、息を吐きながら両腕を下ろす。

⑥同じプロセスを、逆方向でも行なう。



☆横に伸ばす三角のアーサナの効果

①腕の筋肉と関節を強化する。
②胃腸の機能を促進する。
③坐骨神経痛、関節炎の痛みを和らげる。
④腰回りの脂肪を落とす。
⑤胸郭を広げる。
⑥腰痛、心臓、足などに関する疾患を治すのに効果がある。


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2-1 三角のアーサナ その1

2009-11-25 10:08:34 | シャンバラ・ヨーガ 修行体系奥儀 初級編

2-1 三角のアーサナ その1


①両足を大きめに開いて立ち、背筋を伸ばす。

②息を吸いながら、両腕を上げて肩の高さで水平にのばす。掌は下向きにする。

③息を吐きながら、身体を左右どちらかに真横に倒していき、下になった方の腕を足に当て、しっかりと脇を伸ばす。

④しばらくこの姿勢を保った後、ゆっくりと息を吸いながら水平状態に戻り、息を吐きながら両腕を下ろす。

⑤同じプロセスを、逆方向でも行なう。


※初心者は、腕を水平にのばした時に、片方(横に倒した時に上になる腕)の手のひらを上に向けて倒してもよい。


☆三角のアーサナその1の効果

①肩の関節や神経や筋肉が強化される。
②腸の蠕動運動を促進し、便秘を治す。
③足の筋肉を強め、足腰の固さを取り除く。
④骨の損傷によって短くなっている足を長くする。
⑤月経痛を軽くする。
⑥背痛や頸痛を和らげる。
⑦背骨の下部の血液循環をよくし、そのあたりの機能を高める。






2-2 三角のアーサナ その2 ねじりを入れる


①両足を大きめに開いて立ち、背筋を伸ばす。

②息を吸いながら、両腕を上げて肩の高さで水平にのばす。掌は下向きにする。

③ゆっくりと息を吐きながら、上体を左右どちらかにねじりながら倒していき、下になった方の手を、足の外側の床に置く。もしそこまで届かなかったら、つま先の前の床、または足の内側の床でもよい。床に手が届かない場合は、足に手を置いてもよい。
 このとき、上になった方の腕は、床に対してほぼ垂直になるようにする。顔は上に向けて、上に伸ばした手を見る。

④息を止めるか、または普通呼吸で、この姿勢を5~10秒間保つ。

⑤ゆっくりと息を吸いながら水平状態に戻り、息を吐きながら両腕を下ろす。

⑥同じプロセスを、逆方向でも行なう。



☆三角のアーサナその2の効果


①肩の関節や神経や筋肉が強化される。
②腸の蠕動運動を促進し、便秘を治す。
③脂肪が取れ、太り過ぎを防ぐ。
④足の筋肉を強め、足腰の固さを取り除く。
⑤腸が強くなり、機能が高まる。
⑥骨盤の歪みを治す。
⑦骨の損傷によって短くなっている足を長くする。
⑧肝臓、膵臓、脾臓の機能を高める。
⑨月経痛を軽くする。
⑩背痛や頸痛を和らげる。
⑪腰のうっ血が散り、血液循環が促進される。
⑫背骨の下部の血液循環をよくし、そのあたりの機能を高める。
⑬消化を助け、胃炎を軽くする。

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悪魔

2009-11-25 10:00:26 | 松川先生のお話



 仏教の教義によると、我々が住むこの宇宙は欲界(カーマ・ローカ)といい、文字通り欲望中心の世界です。そしてここに、六道輪廻と呼ばれる区分けされた世界があります。
 ここでいう六道とは、地獄界・動物界・餓鬼界・人間界・阿修羅界・神々の六つの世界です。我々はまず欲望から抜け出さない限り、この六つの世界を輪廻し続けます。ここでいう神々というのも、単に徳によって一時的に幸福を得ているだけの存在なので、絶対神とは違います。いずれは彼らも死に、また低い世界へ落ちていきます。
 この欲界に我々を縛り付けている欲望の要素とは、具体的にざっとあげると、愛欲、憎しみ、自分の肉体こそ自分の本質だと思う心、間違った信仰へのとらわれ、食欲、貪り、性欲、批判心、名声欲、真理への疑い、本能的欲望に流される心、嫌悪、愛着、情、怠惰、不安、不満、嫉妬、無智、怒り・・・と、このようなものです。

 そして一応この欲界の最高位は神々の世界なのですが、この神々の世界にも階層構造があり、その中で一番トップに君臨する神が、実はマーラ、すなわち平たく言うと「悪魔」なのです。
 つまり我々のいる宇宙は悪魔によって支配せられ、そしてこの欲界からの解脱とは、すなわち悪魔の支配からの解脱ということになるのです。そしてこの悪魔が我々を支配する武器として使っているのが、上記にあげたさまざまな欲望なのです。だから「欲界」なのです。解脱を目指すものは、まずはこれらの欲望に打ち勝って、悪魔の支配から脱し、欲界から解脱しなければなりません。欲界を抜けても、色界、無色界という世界があり、この三つの世界からの解脱が、完全な解脱です。

 ・・・さて、このような話を以前に私のヨーガ教室の生徒にしたところ、その生徒が自分のお母さんにその話をしたらしいのですが、するとそのお母さんは、このように言ったそうです。

「じゃあ、この世で常識とされていたり、正しいと認められることの多くは、実はきっと、悪魔の意に沿うことなんだろうね。」

 なかなか智慧のあるお母さんですね(笑)。
 
 おっと、この辺にしておきましょう。悪魔が見ているとまずいから(笑)。
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仰向けで両足を動かす連続アーサナ

2009-11-25 08:55:08 | シャンバラ・ヨーガ 修行体系奥儀 初級編


第二章 アーサナ


1 仰向けで両足を動かす連続アーサナ


①仰向けに寝る。

②足をゆっくりと垂直に上げ、すばやくおろす。左右五回、両足六回。

③両足を垂直に上げ、開いては閉じる、を8回行ない、床におろす。

④両足を頭の向こう側の床につけ、元に戻す、を8回。

⑤両足を少し浮かせ、すばやく交差させる。15回。

⑥両足を上げ、自転車をこぐようにする。10回。

⑦両足を垂直に上げ、はさみのように交差させる。10回。

⑧両足を垂直に上げ、勢いよくひざを曲げてかかとで尻をたたき、元に戻す。10回。

⑨右手と右足を垂直に上げていき、足と手が触れたらおろす。左右5回。両足6回。

⑩手のひらを床につけ、腰を左右に5回ねじる。

⑪頭の下で両肘を組み、片ひざを立て、左右の床に交互につける。左右数回、両足で5回。

⑫片ひざを曲げ、脛のところで両手を組み、腿を胸に引きつけるとともに、頭を起こし、顔を膝につける。左右4回、両足7回。

⑬つま先を両手で引いて鼻につける。左右4回、両足8回。

⑭片足を垂直にあげて左右に下ろし、真ん中に下ろす。左右交互に5回。

⑮右足を垂直にあげ、左に下ろし、またすぐに垂直に戻し、床に戻す。左右5回、両足5回。

⑯両足を浮かせて円を描く。左右5回。

⑰上体を起こして前に倒れる。5回。

⑱ひざの裏で手首をつかみ、足を頭の向こうに側の床に下ろし、もとに戻す。5回。

⑲頭の上でひじを組み、ひざを立て、お尻を持ち上げ、ドスンとおろす。10回。

⑳そのまま腰を上げたまま、腰を左右にすばやくゆする。10回。



☆仰向けで両足を動かす連続アーサナの効果

①老化による脊椎の変形、背骨・足・膝・肘・その他の関節炎、静脈瘤、胃腸の病、腎臓の弱体化、ヘルニア、精子や卵子の疾患、便秘などを予防する。

②生理不順を治す。

③太鼓腹にならないようにする。

④腰や背中の筋肉をしなやかにする。

⑤消化作用を促進させる。

⑥全身の関節を健康に保つ。
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第三章 菩薩行

2009-11-25 08:19:16 | 菩薩道の虹の宝飾
第三章 菩薩行


 菩薩は、すべての衆生を受け入れ、
 すべての苦しみを忍受し、
 広大なる衆生の幸福を成就させる。

 彼は、他者を自己と平等に見、
 あるいは他者を自己よりも愛しいと見る。
 そして常に自己の利益よりも他者の利益を求める。

 慈悲を本質とする者は、自己に対しては激しい苦痛と苦難を与えるが、
 他者に対しては、たとえその者が極悪人であっても、こちらに敵意を持つ者であっても、
 苦しみを与えようとは思わない。

 煩悩を欲する人々は、大いなる恐怖に赴く。
 存在を欲する者は、無常なる楽に赴く。
 寂静を欲する者は、苦痛の止滅に赴く。
 そして慈悲を本性とする者は、常に一切の悟りに赴く。
 迷妄の人々は自己の楽のために精進し、それが得られなければ苦しみを得る。
 しかし賢者は常に他者のために精進し、自己と他者の両方の利益を得て、寂静に達する。

 菩薩は、すべての存在と世界の超越に至る行と、
 最上の寂静に至る行と、
 種々の功徳を増大させる行を行ないつつ、
 常に慈悲の決意をもって、衆生を守護し続けるのである。
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真理の楔

2009-11-24 19:37:08 | 松川先生のお話


 たとえば悪口を言われたり、嫌味を言われたり、批判されたり、陰口をたたかれたりする。
 そしてそのようなことを言う人を観察すると、その人も別の人に同様のことを言われたりしている。
 そして--これが一番気づきにくいのだが--自分もまた同じだということに気づかなければいけない。
 つまり何かをされるカルマがあるということは、自分にもそれをするカルマがあるのだ。
 つまりこの例の場合だと、自分も(気づいているかどうかは別にして)、他の人に悪口や嫌味や批判や陰口を言っている可能性が高い。

 これがカルマの輪だ。
 カルマの縁が連鎖する、カルマの輪だね。
 自分もその中にいるということだ。

 カルマというのは自然な流れだ。
 だから悪口等を言われた人にとっては、悪口を言い返すこと、あるいは他の人にその矛先をむけること、あるいは、言わないまでもこころに憎しみを持つこと。これらが最も自然で、行ないやすい反応ということになる。
 しかしその「自然」にしたがっているがゆえに、カルマの輪から逃れられないのだ。

 よって修行者はここで、意志によって、カルマの輪を断ち切らねばならない。
 それをできるのは、この輪に参加している人の中で、ただ一人、君しかいないからだ。
 そのような考えと出会い、理解し、実践しようとする機根を持つ者しかいないからだ。
 憎しみには愛で返せ。
 非難には賞賛で返せ。
 奪われたら与えろ。
 馬鹿にされたら、尊敬しろ。
 悪い言葉には良い言葉で返せ。
 苦しみを与えられたら、幸福を贈れ。
 あだを恩で返せ。
 最悪の場合でも、悪しき反応はするな。
 これによって、そのカルマの輪に、化学変化が生じる。 
 それは最終的には、二つのうちどちらかの結果が考えられるだろう。
 一つは、自分がその輪から外れてしまうこと。
 もう一つは、その悪しき縁の輪が、良い縁の輪に変わってしまうということだ。
 後者について具体例をあげると、たとえば憎しみに対して愛を返した場合、それをやられたほうは最初、混乱するかもしれない。しかしその心地よいショックを心地よいとかんじたなら、次は他の人にもそれをやってみるかもしれない。つまり他の人に苦を与えられたときに、慈愛で返してみるかもしれないということだ。
 あるいはその人が変わらなくても、それを見ていた他の縁ある者が変わるかもしれない。
 このようにして、憎しみの連鎖が、慈愛の連鎖に変わっていくこともあるのだ。
 しかしそれを最初にやる人は、大変だ。
 つらい。
 時には孤独に耐え、時には誰にもわかってもらえない感じがするだろう。
 だから修行者はつらいのだ(笑)。
 しかしがんばってくれ(笑)。
 必ず道は開けるし、必ず見ていてくれるものがいるだろう。
 安心して進め。悪しきカルマの輪に、真理の楔を打ち込め。
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要約「アビサマヤーランカーラ」(5)「菩薩の十地のそれぞれのステージに至るための資糧」

2009-11-20 19:53:19 | 経典の言葉・聖者の言葉

9-2 菩薩の十地のそれぞれのステージに至るための資糧

9-2-1 第一ステージ

 十の完全な浄化によって、第一ステージは獲得される。 

①決意
②自他にとっての利益ある行為
③衆生への平等心
④捨
⑤素晴らしき師や法友たちに親しみ近づくこと
⑥正法の希求
⑦常に出家の心を持つこと
⑧ブッダを愛すること
⑨法を説くこと
⑩真実の言葉

 これらを実体あるものと考えずに行なうことによって、完全な浄化がある。



9-2-2 第二ステージ

 次の八つによって、第二ステージは獲得される。

①戒を守ること
②他者の恩恵を知ること
③他者が与える害に忍耐すること
④善法の成就を歓喜すること
⑤衆生への大悲
⑥師への恭敬
⑦師への従順
⑧布施などにおける精進


9-2-3 第三ステージ

①教えを学ぶことに飽きることがないこと
②見返りを求めずに法施をすること
③仏国土の清浄
④輪廻において疲れないこと
⑤慚愧

 慢心を持たずにこれら五つを修めることによって、第三ステージは獲得される。


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ありのままの虹

2009-11-20 17:42:56 | 松川先生のお話
 明智はあからさまに
 目の前にただある
 しかし誰もそれに気づかない

 ちっぽけなプライドと
 自意識に駆られて
 自分で作り上げた世界を生きる

 誰も知らないブッダの虹の曼荼羅は
 もともとあなたの心にある

 聖なる教えと
 聖なる師と
 聖なる友が
 扉を開く

 死んでも終わらないこの恐ろしい世界
 覚悟をきめなければ救われない

 難しいことじゃない
 少しだけ素直に
 ありのままにその眼を開くだけ

 まやかしの世界に
 慣れ親しみ過ぎて
 もう何が本当かわからない
 
 答えはここにあり
 実は単純だと
 言葉で言われても気付けない

 智慧と慈悲が扉を開き
 ブッダの本性を目覚めさせる

 飽くなき熱望と
 たゆまぬ努力と
 聖なる祝福が
 心を覚ます

 苦しみはそれほど
 悪いものではなく
 楽しみもそれほど
 良くはない

 難しいことじゃない
 少しだけ素直に
 ありのままにその眼を開くだけ

 その眼を開くだけ。
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8 シャヴァ・アーサナ

2009-11-20 16:57:56 | シャンバラ・ヨーガ 修行体系奥儀 入門編


8 シャヴァ・アーサナ


 アーサナの合間には何度かこのシャヴァ・アーサナを入れ、心身をリラックスさせるようにします。

①仰向けに寝る。足は15度に開く。腕は体から少し離して、掌を上に向けて床の上に自然に置く。眼は軽く閉じる。

②体の末端である指先や足先から心臓に向かって、ゆったりと弛緩させていくことに専念する。

③まるで死体(シャヴァ)のように完全に体の力を抜き、精神的にも何も考えずに、リラックスして瞑想状態になる。

④起き上がるときは、手足を曲げて一度全身に力を入れ、一気に力を抜く。



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アーサナ7 ワニのアーサナ

2009-11-20 08:08:31 | シャンバラ・ヨーガ 修行体系奥儀 入門編

7-1 ワニのアーサナ(両足)

①仰向けになり、両腕を左右に伸ばし、掌を床につける。

②息を吸いながら、両足をそろえて垂直まで上げる。

③息を吐きながら、両足をそろえて右側に降ろしていき、床に降ろす。

④両鼻で普通呼吸をしながら、この姿勢をしばらく保つ。

⑤息を吸いながら、両足をそろえて垂直に戻す。

⑥息を吐きながら、両足をそろえて左側に降ろしていき、床に降ろす。

⑦両鼻で普通呼吸をしながら、この姿勢をしばらく保つ。

⑧息を吸いながら、両足をそろえて垂直に戻す。

⑨息を吐きながら、両足を床に降ろす。




7-2 ワニのアーサナ(片足)


①仰向けになり、両腕を左右に伸ばし、掌を床につける。

②息を吸いながら、左足を垂直まで上げる。

③息を吐きながら、左足を右側に降ろしていき、床に降ろす。

④両鼻で普通呼吸をしながら、この姿勢をしばらく保つ。

⑤息を吸いながら、左足を垂直に戻す。

⑥息を吐きながら、左足を床に戻す。

⑦息を吸いながら、右足を垂直まで上げる。

⑧息を吐きながら、右足を左側に降ろしていき、床に降ろす。

⑨両鼻で普通呼吸をしながら、この姿勢をしばらく保つ。

⑩息を吸いながら、右足を垂直に戻す。

⑪息を吐きながら、右足を床に戻す。




☆ワニのアーサナの効果

①脂肪がとれ、太り過ぎを防ぐ。
②腸が強化され、働きがよくなる。
③骨盤の歪みを治す。
④腰のうっ血が散り、血液循環が促進される。
⑤消化を助け、胃炎を軽くする。
⑥肝臓・膵臓・脾臓に良い刺激を与え、機能を高める。


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魔の仕業で修行が進むということ

2009-11-20 07:56:04 | 松川先生のお話

 私の夢はたいていは良い夢なのだが、たまに悪夢というか嫌な夢を見るときもある。
 そんな時、その夢を解析し--一見悪夢でも、実際は良い意味の夢だということもあるのだが--そうではなくて自己の心の汚れや、悪いカルマが見せた悪夢だった場合、しっかりとそれを反省する。
 このようなときに、それを肯定する思考を使ってはならない。よく精神世界や成功哲学で【肯定的思考】ということを勧めるが、その意味を取り違えてはいけない。肯定的思考とは、自分の悪い部分をごまかし肯定することではない。たとえばこの場合だったら、【いや、この夢は良い夢だったんだ】と自分に思い込ませてはいけないということだ。正確に観察し、それが自分の悪い部分の現われだとわかったならば、【まずい! しかし、努力によって改善されるだろう】と考えるべきだ。

 そして私の場合、【心のあらわれ】ということと、そして修行の力というものに対して、大きな信がある。だからたとえばこのような悪夢を見、それが自分の汚れの現われであると気づいたとき、【まずい!】と思う。そしてその夢があらわしている部分の浄化のために、懸命に修行する。あるいは日常において、その部分を気をつけて生きるようにする。あるいははっきりとポイントがわからない場合は、とにかく修行への集中を増し、日常においても気を引き締める。【ああ、私は傲慢ではなかったか。気を抜いてはいなかったか。もっと真剣に、真理に基づいて生きよう】と。

 そうするとね、結局、この【悪夢】は、本当に悪夢だったんだろうか、ということになるんだ(笑)。その悪夢のおかげで、結果的に気が引き締まり、修行への集中が増し、修行ステージが上がっていくわけだから。これは悪夢というより、修行を進めてくれたすばらしい夢だったということになる。

 これは夢だけの話ではない。たとえば悪魔の邪魔かと思えるような悪い現象が起きたとき。あるいは日常において、自己の心の汚れから来る失敗をしたとき。たとえばつい誰かにひどいことを言ってしまったとか、憎しみにより行動してしまったとか、怠けてしまったとか、エゴで人を苦しめてしまったとか、いろいろあるだろう。
 そんなときに、上記と同じような思考と行動を取れれば、それは果たして悪いことだったのだろうか、ということになるんだ。その失敗や、悪い現象のおかげで、気が引き締まり、修行時間が増え、実際に心が成熟していくとしたらね。

 だからすべては心の持ち方一つだね。よく、不運に悲しんで落ち込み、否定的になっている人。その人を不運にしているのは、その出来事そのものではない。そこでさらに自分を否定的に持っていくような思考パターンが、その人自身を不幸にしているんだ。
 そしてそうではなく、常に謙虚に、向上心を持って生きる。
 ここで謙虚さと卑屈さの違いが出てくる。
 謙虚な人は、何か失敗や悪現象があったとき、【ああ、まずい! がんばろう!】と考える。
 卑屈な人は、【どうせ俺はだめなんだ。俺は駄目なやつだ】と考える。
 この卑屈の背景には、前にも書いたように、プライドがあるからこうなるんだね。
 つまり【俺は駄目だ】と思う心の背景には、【俺はすごい】というのがあるんだ(笑)。本当は俺はすごいと思っているから、何か悪い現象が起きたとき、卑屈になってしまうんだ。
 だから、そんなのはどうでもいいんだ。そういう狭い了見は捨てて、自分はまだまだ浄化すべきところがたくさんある、未熟な修行不足の魂であると思おう。そして、だからこそわずかな隙も見逃さず、自分を磨き、向上させていこうと考えるんだ。

 そして話を戻すけど、そのような謙虚で前向きの姿勢を持つ者にとって、悪夢も、悪い現象も、失敗も、すべては逆に自分を成長させてくれるきっかけとなる。
 つまりその人にとっては、悪魔さえも、修行を進めてくれる友に変わるんだ。なかなか厳しい友だけどね(笑)。

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