ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

ともに喜ぶ

2008-06-25 09:17:46 | 松川先生のお話

 独占欲を持つと、逆に幸福が破壊されますね。
 面白いもんで、この世にはそういう「逆効果の法則」があるんですね。
 そして他の幸福をうらやんだり嫉妬したりすると、自分はよりいっそう貧しくなり、幸福から遠ざかるでしょう。
 自分が幸福から遠ざかっているとは気づかないほどに、遠ざかります。

 逆に、自分ひとりが幸福であるのは悪いような気がしてね(笑)、できるだけ周りに幸福を振りまき、ともに幸福を味わおうとする人はね、より幸福が増大するでしょう。
 面白いよね。独占しようとすると消え、分け与えようとすると増えるんだ。幸福っていうのは。
 
 他者の幸福もね、うらやんだり嫉妬するんじゃなくて、心からそれを喜ぶ。そうするとね、まだ心が成熟していない場合、その場ではちょっと苦しく感じることもあるかもしれない。でも結果的に確実にね、その人の心は広がり、より大きな幸福を味わえる器ができていくでしょう。

 このへんは幸福の秘訣だね。でもエゴってのは、逆のことをやろうとする。だから自分に悪影響を与える最大の敵は、自分自身のエゴであると、気づかなきゃいけないと思うね。

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もろもろつれづれ

2008-06-25 09:16:49 | 松川先生のお話

 もしも、自分だけがなんだか不幸な状態にあるように思うことがあったなら、
 そんな風に思ってしまう心の状態こそが不幸なんだと気づくべきだね。

 もしも、自分よりも他人のほうが恵まれてるなんて思いはじめたら、
 心配しないでいいよ。それは誤解だから。

 真に恵まれている人っていうのは、自分が常に完全に恵まれてるって気づける人。
 そう、実は誰もがもともと、完全に恵まれてる。

 言い訳はやめよう。
 言い訳は自分の心を弱くし、未来の発展を阻害する。

 生きるか死ぬか、それが問題だ。
 しかし死してもまた生まれ変わるから、生きるしかない。
 本当の意味で、生き抜くしかない。
 他人がどうこうって考える前に、自分の生をひたすら燃やせ。

 神に対して全く恥ずかしくない生を生ききったとき、
 神はわれわれを生死の束縛から解放してくれるだろう。

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ヨーガと瞑想

2008-06-25 09:14:56 | 松川先生のお話
 宇宙空間を経験した宇宙飛行士が、神を信じるようになったり、神秘体験をしたりするという話はよく聞きますね。

 それは重力から解放されるとともに、宇宙意識のようなものに少し触れることができるからかもしれませんね。

 逆の言い方をすると、私たちは常に重力によって意識を引き下げられている。よって意識は低いチャクラへと集中し、憎しみや性欲、お金や食べ物などへの興味が、人生の大半を占めてしまうんだね。

 ヨーガ修行は、われわれを重力から解放する。もちろん、肉体は依然重力の影響を受け続けるわけだけどさ、内的エネルギーは重力から解放されます。そして「上昇」「拡大」「循環」などの性質を持つようになる。

 上昇したエネルギーは意識を運び、私たちの意識は高次のチャクラに運んでもらえる。それによってね、ぜんぜん違う意識を経験するんだ。
 瞑想ってのは、ボーっとすりゃいいってもんじゃない。本当に瞑想に入ったその意識は、もう、ぜんぜん違う世界に入るんだよ。
 それは低い雑念や煩悩に煩わされない、神聖な意識にどんどんなっていく。その状態で瞑想しないと、あまり意味はない。
 
 そして意識の広がりはね、私たちの意識を、たかだか2メートル弱のこの狭い肉体から解放し、広大な宇宙との接触を経験させてくれる。

 それは、小さなコップに入っていた水を、大海に注ぐようなものだね。つまり接触とは溶け込むということだね。
 
 そのためのテクニックが、ヨーガにはいろいろあります。さまざまなテクニックでエネルギーの覚醒、解放、上昇、循環等を行い、その段階で瞑想に入るんだ。

 瞑想ってのは、観念論的世界じゃない。言葉で表せない真理を、直接につかもうとする試みだね。
 準備ができて、座って眼をつぶったとき、そこには眼を開けた外界よりも広い、神秘的な世界が待っているんだ。
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◎サマーナからヴィヤーナまで

2008-06-25 09:06:00 | クンダリニー・ヨーガのプロセス


 はい、次にサマーナ気。このサマーナは、ちょっといろいろダブるわけですが、さっきの五大元素の火の元素と関係があります。あるいは、この三体質のピッタと関係があります。まあ、結局火のエネルギーだね。で、これは最も関係があるのは、消化だね、食べ物の消化。つまり現代医学的にいうと、食べ物の消化っていうのは、胃液とそれから胃腸の蠕動(ぜんどう)運動とか、によってなされているわけですが、それだけではなくてこのサマーナと呼ばれる食物を消化するエネルギーがあるんだね。それによって我々は栄養を肉体に取り込んでいるんだっていう考えがあります。だからこのサマーナ気も、もちろん必要です。必要だけども、これもできるだけ上に上げた方がいいね。そうじゃないと、食物にとらわれてしまう。
 はい、そしてプラーナ。このプラーナっていうのは、まあ、これもちょっとダブるけど、五大元素の風とか、三体質の風と関係があります。つまり、体中を巡る、体中に生命力を巡らせる働きをしているエネルギーなんだね。
 そして次に、ウダーナ。このウダーナっていうのが実は重要なんですが、現代人はウダーナが非常に弱い。つまりウダーナっていうのは、まさにアパーナと逆で、気を上に上げるエネルギーなんです。だからウダーナが強い人っていうのは、普段からまず、非常に肯定的です。肯定的で、心が明るい。そして、肉体的にも軽くなります。なんかこう、上に引っ張られているような感じがする。まあ修行しているとだいたいウダーナ気が強まってくるんだけどね。
 で、これも何度も言っているんだけど、私の経験として、今でもそうなんだけど、あの、私ねえ、上り坂とか上り階段とか、得意なんです(笑)。得意っていうか(笑)、例えば体が疲れていてダラダラと歩いていても、上り階段になると走っちゃうんです(笑)。なんか引っ張られるんです、上に(笑)。だから分かるよね、上に引っ張られる力があるから。でも上だから、普通に歩いていてもあんまり力にならないんだけど、上り坂になるとなんか引っ張られる。
 そして最後にヴィヤーナは、まあこれは派によっていろいろな定義があるんで今日はあまり突っ込まないけども、簡単にいうと、我々の身体を保護してくれるものだね。

(U)オーラを見ている人は、ヴィヤーナを見ているんですか?

 本当に見える人はね。だからその人によって違うと思うよ。ヴィヤーナじゃなくて違うものを見ているんだけど、それをオーラって言っている人もいるだろうし。本当に見える人はヴィヤーナを見ている。で、これはねえ、一説によるとね、ヴィヤーナっていうのは、仮に肉体が破損しても残る。どういうことかっていうと、例えば腕を一本無くしましたと。でも腕の形のヴィヤーナが残っている。だからなんか感覚があるんだね、腕がない人も、腕があるような感覚がある。それは私はもちろん確かめたことがないから分からないけど、そういうふうにいわれているね。死ぬまでその形が残り続ける。




◎クンバカの意味

 はい。で、もう一つ言うと、皆さんによくやらせている、ムドラーとかで、息を止めるときの話ね。あれはねえ、ヨーガの言葉ではクンバカって言います。クンバカ。このクンバカっていうのはインドの言葉で、壷のことなんだね。この壷っていうのは何のことかっていうと、インドではスパイスを壷に入れて混ぜ合わせるんです。このイメージなんだね。つまりクンバカの意味っていうのは、このアパーナ、サマーナ、プラーナっていうものを、混ぜ合わせてるんです。息を止めて、グッと肛門を引き締めることでアパーナがグーッと上がります。グーッとお腹のバンダを入れることで、サマーナがグーッと上がります。で、グッと喉を閉じることで、プラーナが下に下がるんです。で、このプラーナ、サマーナ、アパーナが、グワーッて混ざるんだね。で、新しい、修行で使える気の流れができるんです。これによって、クンダリニーとかをこう昇らせたりするんだね。それがちょっと高度な気の働きだね。
 だから修行者が使う気と、一般の人が使う気っていうのは、ちょっと違ってくる。修行者っていうのは一般の気の流れプラス、違う気の流れを作り出さないといけない。っていうのは、例えばヨーガでいうスシュムナー。スシュムナーっていうのは背骨を通っている気だけども、これは中国でも督脈っていって、背骨を通っている気があるんだけど、これはあの、いろいろそういうのがあるとはいえるんだけど、本当のことをいうと、あるけど本当の意味では使えないんです、普通の人には。つまり、ここを流れるにはちょっと精妙な気じゃないと駄目なんです。その気を作り出す。グーッと混ぜ合わせて作り出すんだね。だから修行者っていうのはよく錬金術師に例えられるんだけども、全然違うものを混ぜ合わせて、より素晴らしいものを作るんです。で、それによって、スシュムナーとかの大事な管を通していく、っていう意味もあります。
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◎五つの気

2008-06-22 22:54:36 | クンダリニー・ヨーガのプロセス




 さて、次の話は、5つの気の流れっていう問題ですね。
 さっきから気の流れとか風とか言っていますが、それも実は、何となくブワーッとあるわけじゃなくて、5パターンあります。
 はい、まず、体の下の辺りにモワモワーンってあるのが、じゃあH君、何ですか? 名前。

(H)アパーナ。

 おっ、すごい、覚えている。アパーナね。
 はい、そしてこのお腹の辺りにモヤモヤっとあるのが、これはサマーナね。で、胸の辺りにモアモアっとあるのが? じゃ、Tさん。

(T)プラーナ気。

 そうだね、プラーナ気。で、頭の辺りにモアモアってあるのが、これはウダーナです。
 で、全身を覆っているのが、ヴィヤーナってやつですね。
 はい、この5つのタイプの気がありますよと。で、この、最後のヴィヤーナっていうのは、一般にいうところのオーラと考えてください。つまり人間の体を覆っている、まあ、なんていうかな、肉体を守っている気ですね。これがヴィヤーナっていいます。


◎アパーナ気

 で、アパーナ、これは気の流れとしては下に下げる気です。これは何のためにあるのかっていうと、まあ、下に下げると。もう一つはねえ、発散だね。つまり毒素の発散。つまり働きとしてはまず食物を、消化されたものを、排便する。排便、排尿。それから、まあ汗とかもそうですね。だからねえ、痩せる方法として、アパーナ気を強めるっていうやり方があります。これをやった場合、痩せますが、意識は悲惨になります(笑)。

(T)よくありますよ、ダイエット法とかってほとんどそうじゃないですか? これを飲むと痩せるとか。

 そうだね。だから下痢をして痩せるとかいうのはもう最悪だね。
 で、このアパーナ気はもちろん必要ではあるんだけど、修行者の場合はこれをねえ……あの、弱いのは駄目なんですよ。アパーナ気は弱くちゃ駄目で、強くないといけないんだけど、強い物を逆流させるんだね。もちろんこれは、糞尿を出すとか、その程度には下に下げないといけないんだけど、普段は逆にこのアパーナ気が上に上がるぐらいに変えなきゃいけない。
 アパーナ気が下がっていると、蓮華座が痛いです。だから蓮華座が痛くなくなってきたら、ああ、アパーナ気が上がってきたなって思ったらいい。それから、あともちろん体が重いです、アパーナ気が下がっていると。だから逆に体が軽くなってきたら、アパーナ気が上がってきたなと。
 アパーナ気をねえ、上げる最も簡単な方法は、肛門の引き締めです。だから普段からグッと肛門を引き締めたり、あるいはこう、ギュッギュッと何度も引き締めたりしてると、アパーナ気が上がりやすくなるね。もちろん、心と気の流れは連動するので、下に下げるような心の働きをしてると、アパーナ気も下がります。
 さっき言わなかったけど、排便、排尿、汗だけではなく、性的な行為、これもアパーナ気の働きです。つまり、例えば男性が精を漏らしたい欲求するのは、これはアパーナ気の強さを表しています。
 私ねえ、ちょっとこういう言い方して通じるか分かんないけど、ある時期、「あっ!」て感じたことがあって。「あっ! 俺、漏れない!」って感じたんです(笑)。「あっ! 漏れないぞ、俺」って。これはねえ、感覚なんだけどね、「あっ、漏れない!」って思ったんです。それはね、アパーナ気がある程度上がっちゃった状態なんだね。で、分かるんですよ、「あ、俺、精子が漏れない」って分かったんです。つまり、相当アパーナ気が上がったんだね。そういう感覚があります。でも普通はそうじゃなくて、アパーナが皆下がってるので、無意識に漏らしたくなるんだね。これもだから、ガンガンガンガン気を上げて、意識レベルを上げないと、そういったその、下位の世界に引きずり込まれる。


◎どの穴から抜けるか

 ちょっと話が飛ぶけれども、人間が死んだ時、ヨーガやチベットの考えでは、我々の意識の塊みたいなものが、物理的にこの肉体のどこかから抜けていきます。じゃあそれは、どうして、どこから、何によって意識が運ばれて抜けるのかっていったら、当然この気の流れに乗るんです。
 何を言いたいかっていうと、生きていた時にアパーナ気バリバリで生きていた人、ね、気を下げまくっていた人は、死んだ後もアパーナ気が中心に働くので、体の下の方に意識がワーッと持っていかれます。
 で、だいたいオーソドックスなセオリーとしていうと、肛門からそのまま抜けたら地獄界に生まれます。
 性器から抜けたら動物に生まれます。だから、人生セックスだといって、セックスをやりまくった人っていうのは、性器にエネルギーが行きやすくなっているので、死んだ後もそのままスーッと意識が性器から抜けて、動物界に生まれ変わると。
 だからすごく仏教とかヨーガ理論って面白いんだね。道徳的なっていうか、精神論的なものプラス、こういった物理的な考えがミックスされているから、理論立ってるんだね。あまり性欲に溺れていると動物に生まれ変わりますよと。それはこうこうこうだからっていう精神論的な話もできるんだけど、物理的にもそうなんだね。あまり性器に気を集めすぎていると、死んだ後もそこから抜けてしまいますよと。で、そこから動物界に道が通じていますよと。
 あるいは、怒りはあんまり出していると、非常に気がガン!って下がります。で、動物界よりも下がってしまう。で、肛門、またはねえ、最も下がった場合、足の裏から抜けます。足の裏からも抜け道があるんだね。足の裏の穴からスーっと抜けて、もろ地獄に落ちます。
 よって、少なくても生きているうちに、アパーナ気は上に上げておいた方がいい。
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◎五大元素と色の関係

2008-06-22 20:48:39 | クンダリニー・ヨーガのプロセス



 まあただ、これは、今バーッて話したのは、修行における五大元素の話ですが、一般的な定義でいったら、単純にこれは肉体の固体面、それから液体の面、それから熱のエネルギー、それから中で流れている気の流れね、風のエネルギー、それから空間ね。それを五つの元素で表している。
 ただこの五大元素理論っていうのは、いろんな形で、いろんな場面で出てくるので、頭に入れておいた方がいいです。この地、水、火、風、空とね。色々な対応があります。
 それからね、五大元素と色の対応があります。
 だいたい地の元素は、これは黄色で表されます。
 水の元素は、いくつかパターンがあるんだね。白か、青か、もしくは水色です。これはいろいろな、周りとの関係によって変わってくる。
 火の元素は赤だね。だからCさんみたいにいつも体が熱くて赤が好きっていう人は、まさにピッタタイプなんだね(笑)。火の元素中心のタイプだね。
 で、風の元素、これはグリーンです。
 で、空もパターンがあって、これは白か青だね。だからちょっとこの、水と空が場合によって入れ替わったりもするけど、色のパターンとしては、まあ、この五色。この五色が、ヨーガとかチベットの仏教の世界でよく使われる基本パターンです。これは実際に、そのような色が見えます、修行が進んでくると。



◎色による判断

 はい、ここまでで何か質問ありますか? 五大元素理論。

(Y)自分がどの段階にあるか、瞑想で色を見てわかったりするんですか?

 まあ例えばその人の火元素がとても強い場合、瞑想とかで、赤い色をたくさん見るでしょうね。あるいは、他人から見た場合も、霊視とかした場合に、バーッて真っ赤に見えます。
 私も昔、修行仲間によく言われたんだけど、そのころ私は風のエネルギーが非常に強くて、修行した後とか、全身緑色に見えるんです。これはまさに風のエネルギーなんです。これは、発しているこっちも凄いんだけど、見える方も凄いんだけどね(笑)。だから実際その人のエネルギーのどれが強いかによって、そのエネルギーの色が見えたりするんだね。
 あるいはもっと修行が進んでくると――そのエネルギーの、うごめきみたいなものが、この五色のパターンで見えたりする。
 だから自分の中で、例えば赤がいつも見えるっていうようになったら、あ、火の元素なのかなあと。ただ問題はねえ、難しいのは、違う赤もあるんですよ(笑)。赤でも、赤といっても実際はいろいろいろいろある。もちろん、熟達してくれば、その赤が何の赤かというのはハッキリわかるようになってくるわけだけど、最初のうちは、これはこの赤だと言い切れない部分があるので、それはもう他の要素と合わせて計るしかない。例えば最近、腹が減るなと。体が熱いなと。瞑想すると赤ばっかり見えると(笑)。あ、俺は火の元素かなと(笑)。そういう感じで総合的に計るしかないんだね。


◎色の好みとの関係

(U)色の好みとかも関係するんですか?

 関係あります。まあ、ただねえ、それも一概に言えないんです。色も五大元素だけじゃなくていろいろ意味があるから。ただ、色の好みっていうのは、その人が今入っている世界と非常に関係があるとはいえるね。例えばU君は何が好きですか?

(U)……黄色が好きです……

(一同笑)

 そんなちっちゃい声で(笑)。じゃ、黄色っていった場合ね、黄色を例にとると、黄色にはいろんな意味があります。
 まず、黄色の一つは、この地の元素の色。もし地元素と縁があって黄色が好きだとしたら、それは非常にレベルが低い(笑)。まあ地獄に通じているかもしれない。
 で、次の黄色は餓鬼の黄色っていわれる(笑)。これは貪りの黄色だね。
 はい、もう一つの黄色は、出家修行者の黄色っていわれている。

(U)おお・・・

 つまりこの世を捨てて、修行をする者の黄色ですよと。だいぶ上がってきたね(笑)
 もう一つは、これは梵天界の黄色ってあります。梵天界って黄色なんです(笑)。

(一同笑)

 梵天界ね。
 もう一つは、如来の中の、ラトナサンバヴァっていって、宝生如来っていうんだけど、これも黄色で(笑)。
 だから、地獄の黄色から、宝生如来の黄色までがある(笑)。どれか分かんないんだね、うん。黄色好きなんだ、ふーん。



◎赤が好きな場合

 S君は何が好き?

(S)赤です。

 赤もじゃあ、例として挙げると、赤はねえ、まず怒りの赤ってあります。これは地獄の赤ね。
 黄色も地獄だね、赤も地獄だね。で、もろ地獄は黒です。だから地獄っていっぱいあるんだね。で、怒りの赤も地獄です。
 ただねえ、この場合分かりやすいから言うけども、あの、地獄の赤っていうのは、どす黒い赤です。暗い、かなり黒が混じった赤。それが好きな人はかなり地獄系です。
 それから、さっき出てきた火の元素の赤ね、これも赤です。
 それから、餓鬼も赤があるんです、貪りの赤ね。だからこれもちょっとダブるけど、貪りも赤と黄色がある。
 それから、動物界の赤っていうのもあります。
 それから今度は比較的上のものとしては、阿修羅の赤ね。
 それから、天界の中の、かなり高い天の赤があります。これはどっちかっていうと、赤紫に近い。
 それから、智性を表す赤があります。智性。
 そして最後に如来でいうと、阿弥陀如来。アミターバの世界ですね。阿弥陀如来の赤がある。
 だから赤も、地獄から阿弥陀如来までたくさんあるわけです。

(T)でも、一つ一つ結構、色の雰囲気が違いますよね。

 違うんだけど、例えばこうやって紙に描いたら分かりやすいけども、本人が好む色って、何て言ったらいいかな、本人基準だから分かんないんです。例えばね、輝くような赤だったらいいですよっていった場合、その人の意識レベルが低い場合、例えば地獄レベルだったとしたら、動物の赤も輝いて見えるんです(笑)。ね。相対的だから。だから輝くような赤がいいですよって言って、あ、僕輝いているから、なんか阿弥陀如来かな、とか言って(笑)、いや、実は動物だと(笑)。だから下からは相対的に上が非常に輝いて見える。だから、自分基準では分かりにくいんだ。
 だから繰り返すけど、他のいろんな現象と総合的に見なきゃいけない。例えばすごく怠け者で煩悩に弱くて、愛情欲求が強くて、っていう人で赤が好きだったら、それ動物ですねって(笑)。で、もう、いつも憎しみいっぱいな人が赤だったら、やっぱり地獄ですね。あるいはまあ、非常に智性が高いと。で、論理的思考が大好きで、スパスパスパって直感的に色々なことが理解できると。この人の赤っていうのは智性の赤です、ね。まあ、そういう感じで見分けるしかない。まあ、だから、なかなか複雑だね。こういうことも例えば一つ一つもし説明していこうとしたらなかなか、大変になる(笑)。それだけいろいろあるんだって思っててください。



◎緑と白の場合

 じゃもう一個だけ、Rさんは? 何色が好き? 緑?

(R)黄緑、緑、白。

 黄緑、緑、白……。あの、黄緑だったら、動物じゃないかもね。あの、私は昔ね、深緑が好きだったんですよ。これはもろ動物です(笑)。

(一同笑)

 動物はね、濃い緑なんだね。濃くて汚い緑、これ動物です。
 黄緑っていうと、だいたいオーソドックスには、低くて阿修羅です。
 それからこの風の色ね。つまりさっき言った生命エネルギーの色。これもまあ、黄緑っていうか、きれいな緑ですね。
 それからもうちょっと高くなるとアモーガシッディっていって、不空成就如来っているんだけど、この色もきれいなグリーンです。
 それから白っていうのは、やはり高い色です、ね。まあ、ただ水元素の色の場合もあるけども、白が好きな人っていうのは、まあだいたい徳がある。徳の色だね。徳の色であって、あとはまあ、天界の色だね、一般的に。
 それから、そうだな、この空の色でもあるから、まあ如来の色でいうと、アシュク如来、それから大日如来の色だね。だから白が好きっていうのはとてもいいね。
 まあこれらは一つの例だけどもね。そういう好みっていうのが、結構関係してくる。だから黒が好きっていうのは気を付けなきゃいけないね。地獄の要素が強いかもしれない。まあ現代人では黒がすごく流行ったりするから、その影響で好きになる人がいるかもしれないけど。
 私の友達である人が、この人、大学で昆虫を研究していた昆虫博士だったんだね。で、昆虫博士だから南は沖縄から北は北海道まで飛びまくって、昆虫を殺しまくってた(笑)。たくさん殺して標本にして、研究するわけです。で、その頃にヨーガ修行を始めたんだけど、彼の話によると、ヨーガとかで白い物がいいよっていうのを聞いていて、服屋に行って白いのを買おうとするんだけど、なぜか買えないんだって。なぜか黒いのを買っちゃうんだって(笑)。で、それがずっと続いて、で、ある段階から、やっぱり殺生はいけないって思って、そういうのをやめて修行を進めて、何年か経って、やっと白いのを着れるようになったんだって(笑)。それはまあ、ちょっと特殊なパターンだけどね。
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心を広げると苦しみは消える

2008-06-17 21:19:30 | 松川先生のお話


 コップの水に石ころを一つ放り込んだら、多くの水がこぼれて、大変だ。

 洗面器の水だったら、こぼれるまではいかないかもしれないけど、かなり波立って大変だね。

 でもプールだったら? ジャポンと音がして波立つけど、プール全体からいったら、あまり大したことはない。

 じゃあ、大海だったら? 石ころ一つ放り込んだって、ほとんど影響ないね。

 何を言いたいかというと、自分の心を広げれば、苦しみや悲しみは消えるんだよ。


 逆に言うと、心の狭さが、どうでもいいできごとを、不満や苦しみに結び付けてるってことだ。


 でも、ヨーガや仏教の定義では、本来、心というのは大海のように、無限に広がっている。それを狭めているのは、様々な『壁』だね。
 他人に対する壁。
 自分の中での、壁。
 観念から来る壁。

 まあ、あまり細かい検討は、長くなるのでここでは避けるけどね。それは皆さんそれぞれ自己分析してみたらいいと思います。

 それらの壁がね、本来無限に広い、心の世界を狭めている。
 だから様々な小さな出来事が、ものすごい大変な苦しみに感じられてしまうんだ。

 だから逆に心を広げれば、苦しみは消えるんだ。

 そのためにはいくつかの方法がありますね。


 一つ一つの壁の正体を分析して消していく。これをギャーナ・ヨーガの方法といいます。

 あるいは、本来、完全に無限に広がっている神に心を合わせ、その完全な状態をいただく。ちょっとずるいような気がするけどね(笑)。これはバクティ・ヨーガだね。

 あるいは、周りの人々や生き物への愛をね、好き嫌いを超えた、平等な無限な愛を広げていく。これはバクティ・ヨーガの変形としての、慈悲のヨーガだね。

 あるいは、ひたすら自己や宇宙の本質に精神集中することで、その広大さを体得する。これがラージャ・ヨーガだね。

 あるいは、神秘的なエネルギーの力で、物理的に壁をぶち破る。これがクンダリニー・ヨーガだ。



 まあ、いろいろ書いちゃったけど、難しく考えなくてもね、まずは、壁を越え、心を広げてみようと、考えるだけでもいい。
 何らかの理由による心の狭さが、今の自分の苦しみを作り出しているんだということを考えるだけでも、ハッと気づけるかもしれない。


 なぜなら、本来の自然な我々の心は、もともと無限に広大なんだから。

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私はクリシュナに狂わされ

2008-06-15 22:52:53 | 経典の言葉・聖者の言葉
 私はクリシュナに狂わされ
 狂って愛を手に入れた

 かつては私は無智に狂い
 マーヤーに心縛られて
 世の楽しみに惑わされ
 苦楽の輪廻を繰り返した

 今や私は主の愛に狂い
 心の悪は消えゆきて
 その喜びを手に入れて

 主に結ばれて 私は狂う
 稀なる宝を与えられ

 心 恋人に満たされて
 ハリにこの手を導かれ

 恥知らずと 皆にさげすまれても
 私の狂気は 主の御心ゆえ
 
 世の喜びなど 悲しみばかり
 ただ主の愛に狂うことだけを
 私は願い 私は歌う
 神様 クリシュナの祝福を得た
 望みかなえたと


inspiration:Mirabai
arrange:Shavari

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クリシュナさまのしもべとして

2008-06-09 21:27:19 | 経典の言葉・聖者の言葉


 あなたのしもべとして仕えたい
 クリシュナ様のしもべとして

 仕え続けて お庭を守り
 毎朝目覚め、あなたにお会いし

 ヴリンダーヴァンの森の小道で
 ゴーヴィンダのリーラーを歌いながら

 そうしてあなたに仕え続けて
 ご褒美は至高のバクティの宝
 それを求めて生まれ重ねる

 クジャクの冠 黄色い衣
 ヴリンダーヴァンで牛を追い
 モハン 横笛を奏でられる

 緑に満ちた庵を作りましょう
 小さな窓をしつらえて
 クリシュナのお姿をあがめたい
 
 私の神様 クリシュナよ
 私は赤いサリーをまとい
 心はひどく落ち着かず
 真夜中あなたに会いたくて
 ヤムナーの川辺に座り続ける




inspiration:Mirabai
arrange:Shavari
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許してください

2008-06-08 10:39:12 | 松川先生のお話

 人を、
『許す』
『認める』
『信じる』
というのが大事だね。

 もちろん、こういうことを言うと、勘違いしてほしくないのは、その人の行動や言葉を、全面的に認めたり信じたりしろと言っているわけじゃないんだ。

 相手の心、あるいは本質を、信じ、認め、許すんだ。

 どんな極悪人とかテレビで言われる人だってね、好きでそうなっているわけじゃない。彼らこそ、彼らの魂こそね、どうしたらいいかわからなくてもがいている、哀れむべき我らが友なんだ。

 だから人間世界での法律とかはもちろん尊重するとしてもね、心の中で、決して相手を責めたり、憎んだりしちゃけない。許すんだ。そして彼らの心の善なる本質を信じるんだ。彼も母なる神の子の一人であるということを認めるんだ。

 なぜ人間は人を責めたがるんだろうか。それは自分の中に隠された罪悪感があるからだね。それが整理されないままに心の奥で腐って残っているから、同様の悪を相手に見つけたとき、相手を責めるんだ。

 しかしこういう人は、今度は常にね、自分が今度は責められないかという恐怖にね、潜在意識はいつもびくびくするようになる。これは決して幸福な状態ではないよね。

 でも、相手を『許す』『認める』『信じる』ということをしていると、その人はなんとも言えない、広く優しい波動を発するようになる。
 たとえばダライ・ラマ法王の東京公演が先日ありましたが、わたしは法王には会ったことがないんだけど、写真を見ただけで、なんだか安らぐ感じがするね。それは彼の、日々の慈愛の実践の結果だと思う。
 そしてこういう人はね、もちろん本人も幸せだけど、そこにいるだけで周りの人をも癒すんだ。だから自分自身も周りの人もね、とても恩恵を受けることになる。
 多くの人に、そういう人になってほしいね。それは、こういう文章を読んだこと自体が、あなたのカルマだから(笑)、皆さんにはその使命があるのかもしれないからね(笑)。

 ところで、他人を許せない人は、その前に自分を許せていないからだという話があります。これも真実だと思います。だからそういう人はまずその前に懺悔の修行をしてね、心の中に神や仏陀を思い描き、自分の過去の悪を懺悔することで、心の整理をするといいですね。
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今日の七人の聖者の言葉

2008-06-05 22:35:56 | 経典の言葉・聖者の言葉

 過去のことは忘れなさい。
 過去の生活というものは、誰にとっても暗く恥の多いものだ。
 人間は、神の中に碇をおろすまでは、何をやっても頼りないものなのだ。
 しかし、お前が今からでも霊的修行の道に入って努力するなら、未来は何事も好転してくるだろう。

 ――ユクテーシュワル


 
 得ることと失うこと、快と不快、称賛と非難などの二元対立を超え、利得や安全に心煩わすことなく、
 常に真我にとどまる自己を確立せよ。

 ――クリシュナ



 過去において、自己だけを愛しく思い、他者を見放してきた。そしてそれにより、いまこの輪廻のあらゆる過失が起こっているのである。
 遥か彼方の過去からの輪廻の過失を細かいものも粗雑なものをも断じ尽くして、無上の覚醒を得るためには、天秤の両方に釣り合いがとれるように、いままでは愛おしく思っていたもの(自己)と見放してきたもの(他者)との二つの比重を交換し、自己を見放し、他者だけを愛しいものである、と捉えなければならない。

 ――グンタン・クンチョク・テンペードンメ



 修行者の徳を破壊する諸々の煩悩の襲いかかるとき、
 四念処の棒をもって、それらを繰り返し撲滅すべきである。

 ――チュッラパンタカ



 例えば、良く耕された田に、種子がもしも植えられるならば、
 その実は豊かに結び、耕作者をも満足させる。
 そのように、ヨーギーの心が、閑寂な所において浄化されるならば、
 四念処の田において、その果は急速に増大する。

 ――アヌルッダ



 蓮華座を組み、専念している修行者にとって、膝の高さにまで雨が降らなければ、彼の生活は安楽に住するものとなすに十分である

 ――サーリプッタ



 なんびとも他人を欺いてはならない。たとえどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩まそうとして怒りの思いを抱いて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。
 あたかも、母がおのが一人子を命をかけても守るように、そのようにいっさいの衆生に対しても、無量の(慈愛の)心を起こすべし。
 また全世界に対して無量の慈愛の心を起こすべし。
 上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈愛を行なうべし。
 立ちつつも、歩みつつも、座しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、この心遣いをしっかりと保て。
 この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

 ――仏陀釈迦牟尼
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7月6日 ヨーガスクール・カイラス ヨーガ講習会IN京都

2008-06-04 17:54:47 | お知らせ



東京・横浜で本格的なヨーガを指導しているヨーガスクール・カイラスが、久々に京都でヨーガ講習会を開催いたします!

今後、京都講習会は定期的に開催していく予定です。
今回は、どのレベルの方にも役に立つ、ハタ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガ、チベット・ヨーガなどの基本的な行法の指導、レッスン、講義などを行ないます。
初心者から上級者まで、ぜひご参加ください。




☆日時:7月6日(日)13:30~16:30

☆場所:京の山杣人工房「空」
    JR京都駅から徒歩7分
    地図 http://somabitoqo.exblog.jp/i11

☆参加費:3000円

☆内容:アーサナ(体操)
    プラーナ―ヤーマ(呼吸法)
    ムドラー(覚醒の技法)
    マントラ
    瞑想
    講義

☆持ち物:動きやすい服装
     ヨガマット、または大きめのバスタオルなど(床に横になるときに下に敷けるもの)

☆申込先:ヨーガスクール・カイラスまで、メールまたは電話でお申し込みください。
     E-mail info@yoga-kailas.com
Tel 03-5486-9555
046-643-3588
HP http://www.yoga-kailas.com
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