ヨーガスクール・カイラス blog

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2015 マハーシヴァラートリ講話より(2)

2016-01-31 22:59:05 | 勉強会より抜粋


 はい。そして――まあちょっと、ねえ、まとめに入るけど。まとめっていうかその、もう一つ話をすると、またその「月光」でいうと、あの「月光」っていうのはさ、あの曲は――まああの曲だけじゃないけど、カイラスの曲っていうのはいつも言ってるように、あまり計画的には作られない。あの、まあなんていうかな、降りてくるようなかたち。まあそれは詩もね。まあわたしもそうですけど、パッパッってこう詩ができると。うん。で、その時点ではなんか、あの、なんていうかな、わたしもあんまりよく意味が分かってなかったりするときもある(笑)。あるいは――まあ今回の「月光」とかもそうだけど、まああとほかの曲もけっこうそうなんだけど、できた時点では「これどうなんですかね?」みたいなときもある(笑)。「この曲、一体どうなのかなあ」みたいな感じがするんだけど、しかし何度も歌ったりしてると、なんていうかな、非常に深い意味が隠されてるのが分かると(笑)。
 この「月光」もいろんな、まあなんていうかな、まあ皆さんの修行の進度に応じてね、またいろんな気付きが、そんときそんときでまあ現われてくるかもしれないけども、一つ言うと、まあこれはわたしの過去の修行の中におけるポイントでもあるんだけど、なんていうかな、まあさっきから言ってるように、理想を求めて突き進むと。そしてその、なんていうかな、当然、悪しきカルマによって、あるいは心の弱さによって、転ぶかもしれない。あるいは障害にぶち当たるかもしれない。あるいは失敗するかもしれない。そこから、勇気をもって立ち上がる修行者のロマン(笑)――みたいのがある。
 で、あの「月光」のちょっと――まあこれはさ、何度も言うけど、皆さんそれぞれが修行を進めていろいろ感じ取ってほしいので、あんまり『「月光」はこういう意味だ!』とかは言わないけども、一つのイメージを言うと――わたしが感じるイメージね――例えばあの後半のところで、「いつもシヴァが陰から見守って導いてくださる」と。で、陰からこっそりやってるんだけど、その、「月の光と慈悲の波動は隠せない」(笑)。隠せないんだと。で、そっからいきなりちょっとメロディが変わって、「タラタタッタ~」(笑)……


(一同笑)


 ダラダラダラダラダラダラダラダラダーン! ってなるよね(笑)。そして、あの「生まれ変わっても……」――あれね、あれもね、実は考えられたものじゃないんです。ちょっと若干裏話をすると……裏話っていうのも変なんですけど、あれ、途中――まあちょっと簡潔に言いますよ。途中二回間奏入りますね。で、実は本当はもう一個間奏があったんだけど、最初――最初っていうかその、最初の間奏はね、あの、ちょっとなんていうか静かな感じの間奏。あれ最初は後半にあって、まあたぶん、最初田中さんが作ったときは、まあ分かんないけど、田中さんはたぶんそっちの方が好き、好きっていうかそっちを推してたのかもしれない。それが後半にきてたんだけど。前半には違う間奏があって。で、もう一つのパターン、もう一つの候補として、その「タラタタッタ」っていうのがあったんだけど、わたしその「タラタタッタ」が気に入って(笑)。で、最初の第一、最初の候補の間奏をはずして、その後半だったはずの間奏を前半にもってきて。その「タラタタッタ」を最後にもってきたんだけど。
 で、それは別になんか計画はしてたわけじゃないんだけど。でもこれはなんていうか、とても、今言ったね、構成からいうと素晴らしい(笑)。何が素晴らしいかっていうと、もう一回言うよ――「自分は本当に修行をしていて、いろんな失敗ばかりしている」と。「でもそのたびに、なんか導かれてる」と。うん。これは皆さんも感じるかもしれない。なんかギリギリ、もう地獄落下一歩手前で、ああ!って導かれると。なんとかがんばらせていただけると。うん。で、この陰に明らかに「キラン!」と(笑)、月が見えると。もちろん、別のね、神でもいいんですけども。まあシヴァでいうならば、その月が見える。もしくはその、まさに導いてくださってる波動を感じると。
 で、ここが問題なんです。ここで、本当に誠実な修行者は、当然もちろん懺悔もするわけだけど、大いなる恩義を感じます。恩義。そして恩義を感じた者は、黙っていられません。立ち上がります(笑)。つまり、本当に導いてくださってらっしゃると。本当に導いていただいていると。それに比べてわたしは一体なんなんだと。その、なんていうか、自分に対して許せない気持ち、あるいは、なんていうかな――まあつまりこれはまさに、なんていうかな、聖なる――「聖なる」ってつければいいんじゃないんだけど(笑)、聖なる阿修羅的な発想でもある。つまり、もうなんていうかな、「いや、おれはこれでは駄目だ」というその強い意識によって立ち上がるんだね。
 で、この立ち上がるのは、もう一回言うけども、このイメージで言うとね、「ああ、本当にこんなカルマが悪くて間違いばっかり起こしてるわたしを、シヴァは導いてくださっていた」と。で、今も導いてくださってると。そしてもうわたしはもうそれに気付いてしまった、と。「タラタタッタ……」(笑)。


(一同笑)


 「よーし!」と立ち上がると。で、その次の歌詞が、「生まれ変わっても忘れない」と。「この胸に燃える思い」と。「あなたの道具となって衆生を救わん」と。
 つまりこれはまさに――まあこれは一つの見方ですよ。ほかの見方があってもいいんだけど、一つの見方で言うと、まさに、なんていうかな、あの、しもべとしての――まあ当たり前なんだけど、しもべとしての恩返しっていうと変ですけど、まあでも恩返しみたいな感じだね。恩返しっていうかその……まあそうだね、恩返しっていうか、その慈悲に報いるという気持ちだね。「わたしは慈悲に報います」と。だってこんなにわたしを導いてくださってる、こんなに愛を注いでくださってる。これにわたしは応えないわけにはいかないと。これに応えなかったらわたしは修行者として恥ずかしいと。で、ガッと立ち上がって、で、その思いを、決して生まれ変わっても忘れない。何度生まれ変わっても、あなたの完全なる化身となって――つまり、道具――前も言ったけど、化身っていうのは道具の完成形です。なんか文法みたいだけど。道具の完成形、「化身」(笑)。化身となって、あなたの、つまり神の、至高者の意思である衆生救済、ね、これに身を捧げますと。このような誓いのイメージがあるね。
 はい。ですから、ちょっと話がいろいろ飛んでますが、まとめますと、そのような厳しい――厳しいといっても別に意味のない苦行ではなくて、本当に志を持ち、それを厳しく追求し、貫き通すと。うん。その、まあイメージっていうか、そのフィーリングね。それを決して忘れてはいけない。そのための、今日がまたね、きっかけの日になったらいいね。
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