ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

第七章 覚醒(1)

2017-06-25 20:01:55 | 菩薩道の虹の宝飾


第七章 覚醒


 無量の難行により、無量の善の集積により、
 無量の時間をかけ、無量の障害を取り除いたが故に、
 あたかも宝の箱が開かれた如くに、一切の障害から離れた一切種智を得ることがあり、それがブッダであるといわれる。

 未曾有の難行をなし、無数の苦労をもって一切の善を集め、
 世界の消滅と最上のヤーナのために大いなる時を経て、一切の障害が滅尽したから、
 もろもろのステージに存在する微細なる障害を破りさる者に、
 ブッダたるものが、あたかも大威力を有する宝の箱が開かれた如くに、開かれる。

 ブッダとは、すべての法である。しかし一つの法もない。
 またそれは白き法によってなるものである。しかし白き法によって説かれるものではない。
 それはダルマという宝の因であるから、宝の箱にたとえられ、
 善という穀物の因であるから、雲にたとえられる。

 ブッダとは、すべての法である。あるいはすべての法を離れている。
 極めて大きなダルマの宝を生み出すから、宝の蔵のようである。
 すべての衆生に白き法を生じさせる極めて大きな因であり、
 大きく広がって、無数の法の雨をすべての衆生に降らせるので、雲のようである。

 ブッダとは、実に一切の煩悩から常に衆生を救済する。
 そして一切の悪行から、また生死の輪廻からも救済する。
 一切の災厄から、悪趣から、正しくない道から、
 身体を自分と考える誤った見解から、また小乗から、救済する。
 故にそれは最上の帰依処である。

 その最上のブッダとは、無比の帰依処である。
 種々の恐怖の中にある者の、間断なき種々の苦・悪趣・非法にある者の、誰からも守護されない者の、守護者である。

 すべてのブッダのすべてのダルマによってその身がよく満たされたところの、
 また、正法によってもろもろの衆生を救済するところの、
 また、一切の衆生に対する慈悲によって解脱したところの、
 そのブッダたるものが、この世における最勝の帰依処である。

 世界の尽きるまで、すべての衆生にとって、
 一切の不幸を取り除き、一切の幸福を与えるブッダこそが、
 大いなる帰依処である。
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第六章「成熟」

2017-04-09 08:58:44 | 菩薩道の虹の宝飾


第六章 成熟


 素晴らしき師に親しみ近づくこと
 正法を学ぶこと
 学んだことに基づいて考えること
 激しく精進すること
 大乗の法を守護すること
 これらが実に、正しく成熟するための道である。

 師の素晴らしさを讃歎すること
 師の教えにしたがってサマーディを得ること
 悟りや神通力などの果報を得ること
 師と心を違わせないこと
 これらが実に、菩薩における、師への帰依による正しい成熟の道である。

 正念正智によって、心をよく守ること
 汚染された考えを取り除くこと
 対治の修習によって障害を取り除くこと
 そして善を欲求すること
 これらが実に、菩薩における、煩悩滅尽のための正しい成熟の道である。

 他の苦しみを見て哀れむこと
 自分だけの幸福を願う劣った心を捨てること
 それにより殊勝な状態に達すること
 そして世間における最上の生となること
 これらが実に、慈悲の成熟の道である。

 堅固なる心を持つこと
 常にきわめて大きな苦しみを耐え忍ぶこと
 それにより殊勝な状態に達すること
 そして何があっても正しい生き方を捨てないこと
 これらが実に、忍辱の成熟の道である。

 正しい教えを学ぶことで心を清浄にすること
 学んだことを忘れないこと
 学んだ教えによく心を悟入させること
 そして心が、偉大なる悟りが生じる土台としてふさわしいものとなること
 これらが実に、智慧を学ぶことの成熟の道である。

 素晴らしい真理を吟味しようという決意
 至高の意味の真理の達成
 邪論の破壊
 そして常に魔に妨げられないこと
 これらが実に、妨げられないことの成熟の道である。

 功徳の集積
 努力に適した心を持つこと
 高尚なる離欲
 そして善への決意
 これらが実に、菩薩における、もろもろの段階を具足するための正しい成熟の道である。 
 
 以上のことによって自己が成熟し、
 また他を成熟させる能力を具足し、
 自己の善は常に増大するものとなり
 常に世界の最上の親族たる者となる。

 菩薩には、自己の財産と身体の中で、いかなる場合にも、他人に対して布施できないものはない。
 平等による布施によって、多くの人々に現在の利益と未来の利益を与え続けても、さらに満足することがない。

 菩薩は、生まれつき他者を傷つけることができず、戒を守ることを自ら楽しみ、怠惰でなく、
 他の人々もその境地に導くことによって、現在の利益と未来の利益を与え、成熟させる。

 加害者に対しても「恩恵者である」という認識を持つ者は、自己が受けた恐ろしい被害をも忘れつつ、
 もろもろの加害者を、善に励まし導くのである。

 このような菩薩は、また常に最上の精進をよりどころとして、幾千カルパの間精進し続けても、疲弊することがない。
 それは、衆生をみな悟りに導きたいという、最上の一心によるが故である。

 心において無上なる自在性に達して、他人を菩薩の道に励まし導く。
 衆生の一切の軽薄で卑しい愛欲を破壊して、
 衆生の善を増大させる。

 彼は至高の真理を悟り、その意味をよく理解して
 もろもろの衆生の疑念を取り払う。
 そうして衆生は真理の教えを尊重し、功徳を積むことによって、
 自分と周りの者たちに利益をなすであろう。

 以上、かの菩薩は、慈悲によって、
 世界が存在する間、迷える衆生と同じ世界に行き、
 劣小と中間と最高の教えを使って、
 衆生を導き、成熟させるのである。
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第五章 超越的な力

2012-08-25 06:23:06 | 菩薩道の虹の宝飾




 死生通、天耳通、他心通、宿命通、神足通、
 そしてすべてにあまねく障害なき漏尽通
 これらが実に、賢者が有する超越的な力である。

 きわめて清浄な第四禅定に至り、
 無分別智が生じることによって
 最上の超越的な力の成就に達する。

 いかなる浄土や天に住するとしても
 彼は諸方に赴き、もろもろの仏陀ともろもろの衆生を恭敬し、
 もろもろの衆生を清浄に導く。

 生起し滅尽する一切の世界を、幻の如しと観る。
 そして自在な彼は、衆生の願いに応じて、種々なる神変を示す。

 彼は光明を放ち、悪趣で激しく苦しむ衆生を天界に引き上げ、
 魔の眷族を恐怖させる。

 最上の衆生の中にあって無量のサマーディ遊戯を示し、
 そして彼は、さまざまな世界に生まれ、さまざまな行為によって、
 常に衆生の利益をなす。

 彼は衆生を成熟させる能力があり、
 仏陀からも称賛され、衆生からの信を得る。

 賢者が持つ超越的な力とは、
 六神通と、三明と、八解脱と、八勝処と、十遍処と、無量のサマーディである。

 かの善なる賢者は、最上の自在なる悟りを有し、 
 不自在なる衆生を自己の自在の中に置き、
 他者の利益をなすことを第一の欲となし、
 実に獅子の如くに、無数の化身をもって、もろもろの世界に赴くのである。
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第四章 究極の意味

2012-06-10 17:23:09 | 菩薩道の虹の宝飾

第四章 究極の意味


 有でもなく、無でもなく、
 そのままでもなく、異なるのでもなく、
 生ずるのでなく、滅するのでもなく、
 増えるのでもなく、減るのでもなく、
 清浄にされることなく、清浄にされないのでもない。
 これが、究極の意味である。
 
 また、自我はどこにも存在しない。
 これはただの迷乱である。
 自我が存在しないのだから、自我からの解脱も本来存在しない。
 
 どうして衆生は、自我執着がただ苦しみでしかないことを理解せず
 そのような迷乱でしかないものをよりどころとするのか。
 この世の現象はすべて縁起によって成り立つ。
 そのような縁起を知ることなく、存在しない自我を信じることによって、
 衆生は闇に落ち込んでいく。

 ニルヴァーナと輪廻との間には、何らの区別も存在しない。
 それにもかかわらず、もろもろの善業をなす者には、死後、ニルヴァーナに至ることが許される。

 菩薩は、智慧と功徳の資糧を無限に積み続けて
 もろもろの現象に対して善なる思惟をし続けるがゆえに
 真理に向かうことが確定する。
 また彼は、すべての現象はただ心と名前のみであると識別して
 それらをあらわす心の中にのみ住する。
 そしてそれゆえに、二相を離れた法界が現前する。
 この世は心のみであると如実に理解して、
 その心もまた存在しないことを完全に悟る。
 ゆえに、賢者は二相の存在しないことを完全に悟り、
 二相を超えた法界において安住する。
 賢者は、常にあまねく平等に広がる無分別智の力によって、
 大いなる悪業を取り除く。
 解毒剤によって毒を除くがごとし。

 ブッダがお説きになられた善法に
 よく安住せる賢者は
 法界の中で智慧の境地に安住し
 思いの及ぶところはただ分別のみであると理解して
 速やかに、功徳の海の彼岸に到達する。
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第三章 菩薩行

2009-11-25 08:19:16 | 菩薩道の虹の宝飾
第三章 菩薩行


 菩薩は、すべての衆生を受け入れ、
 すべての苦しみを忍受し、
 広大なる衆生の幸福を成就させる。

 彼は、他者を自己と平等に見、
 あるいは他者を自己よりも愛しいと見る。
 そして常に自己の利益よりも他者の利益を求める。

 慈悲を本質とする者は、自己に対しては激しい苦痛と苦難を与えるが、
 他者に対しては、たとえその者が極悪人であっても、こちらに敵意を持つ者であっても、
 苦しみを与えようとは思わない。

 煩悩を欲する人々は、大いなる恐怖に赴く。
 存在を欲する者は、無常なる楽に赴く。
 寂静を欲する者は、苦痛の止滅に赴く。
 そして慈悲を本性とする者は、常に一切の悟りに赴く。
 迷妄の人々は自己の楽のために精進し、それが得られなければ苦しみを得る。
 しかし賢者は常に他者のために精進し、自己と他者の両方の利益を得て、寂静に達する。

 菩薩は、すべての存在と世界の超越に至る行と、
 最上の寂静に至る行と、
 種々の功徳を増大させる行を行ないつつ、
 常に慈悲の決意をもって、衆生を守護し続けるのである。
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第二章 発菩提心

2008-12-08 23:48:05 | 菩薩道の虹の宝飾




 優れた菩提心を発こした賢者は、あらゆる悪行からよく守られる。
 功徳と慈悲心が増大することで、彼は楽においても、また苦においても、常に歓喜する。

 自己の身命を顧みず、他の利益のために最上の努力をなす
 このような彼が、いかにして悪業をなすであろうか。

 彼はすべてを幻の如しと見る。
 また、衆生のために輪廻のもろもろの世界に生まれることを、園林に入るが如しとみる。
 彼は成功の時にも失敗の時にも、心を動かさず、苦しみも恐れない。

 常に慈悲の心を本質とするもろもろの菩薩には、
 もろもろの功徳が生じ、
 衆生に利益を与えることによる歓喜が生じ、
 目的を持って輪廻界に生まれ変わり、
 さまざまな神通をあらわし、
 仏陀の遊戯を楽しむのである。

 他者のために精進し、慈悲を本質とする者には、アヴィーチ地獄すらも、彼の楽しみとなる。
 このような菩薩が、いったいどのような苦しみを恐れるというのか。
 また、どのような世界に生まれることを恐れるというのか。

 大いなる慈悲に満ちた仏陀が常に心に住する菩薩は、
 他の人の苦しみによって心が苦しめられる者となる。

 菩薩は、常にその頭の上に、衆生の荷物を載せている。
 そのような彼が、緩慢な行動をなすのはふさわしくない。
 自己も他者も、種々の繋縛によって強く束縛されていると知って、
 菩薩は常に極限的な精進をなすのである。
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第一章 帰依

2008-12-06 22:03:26 | 菩薩道の虹の宝飾

「菩薩道の虹の宝飾」



 このシリーズは、マイトレーヤとアサンガの作とされる「マハーヤーナスートラーランカーラ(大乗荘厳経論)」より、若干の詩句を抜き出し、松川慧照の個人的なアレンジも加えてわかりやすくまとめたものです。






オーム すべての仏陀と菩薩方に帰依し奉ります。




 
 真実を知る私は、ここに真実を明らかにする。
 衆生を苦しみから救済するために、
 苦しむ衆生への憐みのゆえに、
 無垢なる言葉と詩をもって、
 最上の道を示すのである。

 金属が加工されて器にされた如く
 蓮華が開花した如く  
 飢えた者のために美食が調理された如く
 かの真理の法も、今この論によって開花し、よく説明され、最上の喜楽を放つ。

 あたかも像が、装飾によってよりその素晴らしさを増し、それを見た人々に優れた歓喜が生ずるごとく、
 真理の法は、すぐれた説法によってよりその素晴らしさを増し、もろもろの賢者に優れた歓喜を生じさせる。
 
 あたかも本物の素晴らしい宝石も、その価値を理解できない人には無価値の如く
 真理の法も、それを理解できない人には価値がない。
 ゆえに、多くの人々に真理の法の満足を与えるために、ここにこの教えを説くのである。




第一章 帰依


 何人でも、実にこの大乗において三宝帰依に赴く者は、三宝帰依に赴く者の中で最上の者である。
 
 この菩薩道を歩くという決心はなされがたいがゆえに、
 それは数千カルパを経てもなされがたいがゆえに、
 そしてそれはすべての衆生に恩恵を与えるがゆえに、
 それゆえに、この大乗における帰依とは最上の帰依なのである。

 何人でも、すべての衆生を救うために発心を起こす者は、道においても、叡智においても、素晴らしい者である。
 ニルヴァーナも輪廻も一つの価値であるとみなす者は、智者であると知られるべきである。
 この者は、すべてにあまねく偏在するようになるであろう。

 悟りを目指すこと、
 どんな苦しみからも退かずに進み続けること、
 もろもろの仏陀と等しい境地を目指すこと、
 これが三つの優れた勇猛心である。

 菩薩は、菩提心を種子とし
 智慧の完成を母とし
 功徳と智慧を母胎とし
 大いなる憐みの心を乳母とする。

 このような菩薩は、
 素晴らしい相を持ち、
 衆生を救済する力と、
 大いなる楽を身にそなえるのである。

 大乗の道の帰依者には、八つの果報がある。
 1.大いなる功徳を得る。
 2.三界から称賛される。
 3.この世においても楽を得る。
 4.自己の苦しみが滅尽し、他者の苦しみをも滅尽させる。
 5.悟りの最上の楽を得る。 
 6.法身を得る。
 7.悪しき薫習が尽きる。
 8.ニルヴァーナと輪廻の両方を捨て、無住処ニルヴァーナに至る。

 大いなる意味を有するこの帰依の道を行く者は、
 功徳が無量に増大し、
 憐れみと決意によってこの世界を満たし、
 そして偉大なる真理の教えを、この世界に広めるだろう。
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