ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

パトゥル・リンポチェの生涯と教え(126)

2020-01-23 07:21:13 | 聖者の生涯


◎パトゥルの死後


 パトゥルが亡くなったあと、パトゥルの希望により、パトゥルの師匠ジグメ・ギャルワイ・ニュグの生まれ変わりであるタマ・トゥルクを招くために、使者が送られた。その他にも使者を送って、パトゥルの弟子であるゲマン僧院のオンポ・テンガも招かれた。オンポ・テンガは、到着するとこう言った。

「パトゥル・リンポチェのトゥクタム(聖者が死後に瞑想に没入していること)が終わるまで、誰も使いに出すべきではない。」

 タマ・トゥルクが太陰暦の二十日目に到着すると、パトゥル・リンポチェのトゥクタムは終わった。
 オンポ・テンガやソナム・ツェリンたちは、必要事をすべて引き受けた。ケンポ・クンペルとパルシュ・ラマ・ツェリは、パトゥルの個人的な資産を集めるために送り出された。
 ゲマンのケンポ・ヨンテン・ギャツォが到着した。ザチュの低地で暮らしていたムラ・トゥルクも到着した。ムラ・トゥルクは、パトゥル・リンポチェの部屋に入ると、完全に悲しみに圧倒されて、気絶した。意識を取り戻すと、ムラ・トゥルクはまるでパトゥルに直接話しかけているかのように、こう言ったそうだ。

「まさかあなたが本当に逝ってしまったのだと思っていました!」

 その瞬間から、ムラ・トゥルクは悲しむのを一切やめた。オンポ・テンガは、「ムラ・トゥルクは、パトゥル・リンポチェのヴィジョンを見て、師の悟りが直接に注ぎ込まれたに違いない」と述べた。

 ”地獄の奥底を浚い上げる”という儀式が、パトゥル・リンポチェの弟子によって執り行なわれた。
 その後、あらゆる宗派の大勢のラマたちが到着し始めた。彼らはさまざまな供養の儀式を執り行なった。約二千人の弟子たちが集まった。それぞれが、形見として、パトゥル・リンポチェの衣の小片をもらった。
 多くの人々がその場所で、悪行を放棄し、善行を成し遂げるという誓いを立てた。執着も嫌悪もすることなく、悲しみに満たされて、輪廻の生存に幻滅し、皆が昼夜、修行に打ち込んだ。
 火葬は、同じ月の二十五日目に行なわれた。その日は、ダーキニーに捧げられる日であった。虹が、完璧に澄み渡った青い空に現われた。そこにいた全員がそれを目撃し、そしてその他の驚くべき兆候も見た。 
 その日から数日の間は、まるで夏のように雨がたくさん降った。青々と茂った牧草が育ち、花が咲いた。ザ川が突然氾濫した。多くの老若男女がその増水した川を渡ったにも関わらず、災難は一つも起きなかった。人々は、これはパトゥル・リンポチェの祈りと加護のお陰だと感じた。のちに、干ばつの間でも、パトゥル・リンポチェの般涅槃(パリニルヴァーナ)の日には、必ず雨が降った。
 二十八日目、火葬の薪から遺骨が集められた。のちにこれらの遺骨は、十万のマニ石からできているパルゲ・マニ壁の両隅にある四角いストゥーパの中に納められ、伝統に従って奉献されたのだった。 

 パトゥルはかつて、このように書いた。

一、称賛はくだらんもの――空であり、根拠のないものだ。
二、名声はただ、人を天狗にするだけ。
三、布施された富の貯蔵所を作れば、悪しきカルマの貯蔵庫を作ることとなる。
 これらの三つをすべて放棄することで、わたし、”老犬”が、犬のように死ねますように。
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カル・リンポチェの生涯(10)

2020-01-16 06:54:09 | 聖者の生涯


◎カル・リンポチェ、トゥルクを見つける


 あるときカル・リンポチェは、ラサの近くにあるセラとデプンの二つの偉大なゲルク派の僧院に、教えやアビシェーカを授けるために招かれた。セラ僧院では、ゲルク派の最高位のラマであるモチョク・リンポチェとトーメー・リンポチェに招かれ、何百人もの僧たちにアビシェーカを授けた。


 ツァン省を巡礼していた時期に、彼は、彼の元にやってくる三人の子供の夢を見た。


「わたしはツルティム・ゴンポのトゥルクです。」

と彼らのうちの一人が言った。

「そして、この二人はカルマによって結ばれた友です。しかし今、わたしはいくつかの障害に直面しています。」


「これらの障害について心配することはありません。」

とカル・リンポチェは答えると、夢の中で、その子に頭蓋骨の碗とナイフを与えた。


 数日後、彼は巡礼を続けていると、村の子供が遊んでるのを見かけた。その子供は夢で見た子供によく似ていて、同じく二人の友人を伴っていた。この子供はカル・リンポチェに会えて喜んでいる様子で、自らすすんで話しかけてきた。カル・リンポチェは夢の中で抱いた感覚を確かめると、目の前にいるのはあの優れた子供であると理解した。


 やや遅れて、カル・リンポチェは、キュンポ・ネルジョルによって建立された僧院であるシャンシュン・ドルジェデンに赴いた。この僧院は当初、シャンパ派の系統に属していたが、のちにゲルク派の僧院となった。そこはこの数年の間に死去したデプンのゲシェによって管理されていた。僧院長はそのゲシェの生まれ変わりを探すことに多大な努力を費やしたが、無駄に終わっていた。すでに彼はかなり年をとっており、ひどく疲れ果てていた。
 カル・リンポチェが彼の元を訪れたとき、秘書は彼にこう告げた。

「あなたはシャンパ派の系統の代表者であられます。そして現在、ゲルク派の系統に属するこの僧院を、かつてシャンパ派の系統が占めていたというのも事実です。しかし、われわれはゲシェの生まれ変わりを見つけることができず、わたしにはもはやそのような気力もありません。あなたが到着して以来、この僧院をあなたに譲渡することが望ましいと確信していました。どうぞ、引き受けてください。わたしはもはや管理することはできません。 」


 カル・リンポチェは、この一連の状況がとても喜ばしいものであると見なした。夢により啓示され、シャンパ派の系統の保持者の一人であるツルティム・ゴンポのトゥルクと出会った。それに続いて、僧院が賦与されようとしていた。このようにして彼は、子供の家族(偶然にも裕福な家庭であった)を見つけ出し、夢の啓示を明らかにすると決めた。一家はゲルク派の系統であったにもかかわらず、父母はカル・リンポチェに絶大なる信を持っており、自分たちの息子がトゥルクであるという知らせを受けて喜んだ。カル・リンポチェは彼が受け継いだシャンシュン・ドルジェデンの僧院にその子を置くことを提案した。それは同意され、しばらくしてからその子は僧院に導かれ、即位した。のちに彼はカル・リンポチェから、シャンパ派の伝導の全てを受け取ったのだった。
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カル・リンポチェの生涯(9)

2020-01-12 11:47:55 | 聖者の生涯


◎神秘的な助っ人


 カル・リンポチェがラマ・ノルブ・トンドゥプのあとに続いてツァドラ・リンチェンドラに属する施設の隠遁修行の師になったとき、彼はその施設の増築と改装を希望した。この計画は、すでにジャムグン・ロドゥ・タイェ、シトゥ・リンポチェ、そしてラマ・ノルブ・トンドゥプ自身によって計画されていた。しかし彼らはこの計画から身を引いていたのだった。なぜなら、大きな岩が新しい施設の建築の妨げとなっていたために、この取り組みは極めて困難だったからである。
 カル・リンポチェはそのとき、ツァドラ・リンチェンドラを管理していたシトゥ・リンポチェにこう言った。

「わたしは、あなたが隠遁所を大きくしたいと望んでおられることを知っています。わたしはこの仕事の責任を果たす心構えはできています。ただ必要な材料をご用意いただければ、わたしはこの作業を成し遂げましょう。」


「この仕事が成し遂げられるとは、到底思えませんね。」

と、シトゥ・リンポチェは答えた。


「いいえ、成し遂げられますよ。」

と、カル・リンポチェは断言した。


「それでは、どのようにしてそれを行なうというのですか?」

 シトゥ・リンポチェがそう尋ねると、カル・リンポチェは計画を打ち出した。そして今後の建築作業に関する詳細を策定し、この仕事を完全に成し遂げると約束をした。シトゥ・リンポチェや彼の顧問たちは、不可能だと思いながらも、カル・リンポチェの粘り強さに折れて、材料や必要な労働者たちを提供することに同意した。この計画を知った者たちは皆、カル・リンポチェがこの事業を到底成し遂げられるはずがないと思っていた。しかしカル・リンポチェは皆に、心配無用だと言った。彼は、「われわれならできる」と皆に保証した。


 労働者たちは、この努力は無駄に終わるだろうと思いながらも、熱心に働きはじめた。だが彼らは、神秘的な助っ人の恩恵を受けることになろうとは、知るよしもなかった。ほどなくしてすぐ、彼らが食事休憩から戻るたび、または朝、仕事を再開するたびに、自分たちが不在の間に仕事がいくらか進んでることに気付いた。こうして当初、達成不可能だと思われていたものが、ついに完成した。彼らは地面に、巨人と思われる桁外れな大きさの四人の足跡が残っていることに気がついた。しかし誰一人としてそのような者たちを見た者はおらず、皆が仰天した。


 しかしカル・リンポチェだけは、その謎を知っていた。彼はある夢を見たのだ。その夢の中で、鋤やつるはし、その他の建築作業に必要な道具を手にした、背の高い、たくましい男たちの集団がやってきた。


「あなた方はどこから来たのですか?」

とカル・リンポチェは尋ねた。


「われわれは『願いを達成する』という名の僧院からやってまいりました。
 あなたが非常に困難な仕事を成し遂げようとしていると耳にし、あなたを助けるためにここにやってきたのです。」


 そして彼らは自己紹介をした。


「わたしはチェートラパーラと申します。」

と彼らの内の一人が言った。


「そしてこの者たちはジナミトラ、タッキラージャ(愛染明王)、 そしてドゥゴン・ダクシェと申します。」


 この目に見えない労働者たちの援助のおかげで、新しい建物――隠遁修行者のための二十五の部屋、六臂のマハーカーラを祀った寺院、チャクラサンヴァラを祀った寺院、隠遁の師の住居、台所、ヨ―ガの道場などが建設されたのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(125)

2020-01-11 21:44:23 | 聖者の生涯


◎最後の日々


 パトゥルは健康を崩し始めた。
 雄の火の豚の年(一八八七年)の太陰暦四か月目の十三日目から、パトゥルは少し体の調子が悪いとおっしゃった。
 人々から質問されたことに対しては、だいぶ変わったふうに答えていたようだった。

「好きなようにやりなさい。あなたのほうがよく知っているだろう。」

 パトゥルの主治医・ジャンペル(同様にある遊牧民のコミュニティであるリン・ラの曹長でもあった)が呼び出された。長寿の儀式が、パトゥルのために執り行なわれた。
 パトゥルを治療しながら、ジャンペルはこう尋ねた。

「アブ、あなたが様々な場面でおっしゃったことから推測すると、われわれは西方のアミターバの大いなる至福の浄土に生まれ変われるように祈るべきだと思うのですが、そうなのでしょうか?」

 パトゥルは少し沈黙したあと、こう答えた。

「うむ、おまえは西。わたしは東。」

 東とは、東方のヴァジュラサットヴァの顕現の喜びの浄土のことであろうか?

 のちに、パトゥルは従者のソナム・ツェリンにこう言った。

「昨晩、誰から”アラハットへの供養”の詞章を唱えろと言われたのだ?」

 ソナム・ツェリンは、弟子たちが自分たちで決めてそれを行なったと答えた。パトゥルは言った。

「おまえが儀式をやっていたときは、わたしは少し眠っていた。あいつらがアラハット・ヤンラジュンの詞章を唱え始めたときに、わたしは目を覚ました。そして、『あなたは東で衆生を利するでしょう!』といういう声が聞こえてきた。わたしのような者が、衆生を本当に利することができるだろうか?」

 ソナム・ツェリンは、パトゥルが何を言いたかったのかをそれ以上尋ねなかった。
 この従者によると、雄の火の豚の年(一八八七年)の太陰暦四月の十七日目に、パトゥルはわずかな食べ物を食べ、「純粋なる懺悔のタントラ」を唱え、少し五体投地をした。そして五部のヨーガの修行を行ない、胸のチャクラの気道を使って、智慧のプラーナの自由な流れを増大させる修行も行なった。
 十八日目、パトゥルは早朝にカードをいくらか食べ、お茶を少し飲んだ。日が昇ると、服を脱いで、ヴァジュラーサナ(蓮華座)で姿勢を正して瞑想に座り、膝の上に両手を置いた。
 ケンポ・クンペルが再び服を着せても、パトゥルは何も言わなかった。
 従者のソナム・ツェリンに加えて、三人の者――ケンポ・クンペル、クンギャムという名の男、そしてパトゥルの主治医・ジャムペル――が、その夜パトゥルの傍にいた。

 のちに、ソナム・ツェリンがそのときのことについて詳しく語った。――パトゥルは空間をじっと見つめ、両手の指をパチンと鳴らした。そして衣の下で法界定印を組むと、パトゥルは、生死を超えた、原初から純粋な、無限なる、光輝く空間へと入っていったのだった。


 完全に悟ったヨーギーは、普通の人間のように見えるかもしれないが、心は何の努力もせずに純粋なる意識にとどまっている。肉体を去るとき、彼の意識はダルマカーヤと一体となるのである。まるで壺が壊れると、壺の中の空間が、その周りの空間に溶け込んでいくように。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(124)

2019-12-28 18:09:40 | 聖者の生涯



◎パトゥルの最後の人前でのガナチャクラ


 ザギャル僧院で、パトゥルはザチュカの人々のために、豪華な宴の供養祭の準備をした。ゾクチェン・リンポチェ五世、トゥデン・チョーキ・ドルジェを招待した。在家、出家、トゥルク(聖者の生まれ変わり)、ケンポ(学者)、そしてその付き人達、僧、尼僧、地元の人々――あらゆる人々が招待された。
 ラマ、僧、尼僧は、「ヴィディヤーダラの集会」という儀式を執り行なった。在家信者たちは寺院の周りを回り、五体投地をした。
 お茶、カード、トマと呼ばれる小さなサツマイモが、皆に給仕された。
 手の込んだ宗教的な供物が捧げられ、聖別されたものが数千人の群衆に配布された。
 吉兆な穏やかな雨が降り、空に虹が架かり、雷が鳴った。
 ある人々は、グル・パドマサンバヴァの姿が、山の尾根に沈む太陽の最後の光線の虹の輝きの中に現われたのを見た。



 一八八六年、パトゥルは、彼が生まれ、人生を通じて何度も滞在した場所であるカルチュン・コルモ・オルに戻った。信者たちはそこを、サムイェ寺院やカンリ・トゥカルと同等の聖地として考えている。
 この頃、パトゥルの振る舞いは変わりつつあった。彼は助言を求められると、もう一切の提案もせず、ただただ、「おまえにまかせる。一番良いと思ったことをやりなさい」としか言わなくなったのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(123)

2019-12-24 19:06:58 | 聖者の生涯


◎タマ・トゥルクが教えを受ける


 クンサン・デチェン・ドルジェ――タマ・トゥルクとして知られるジグメ・ギャルワイ・ニュグの転生者――がパトゥルのもとにやってきて、丸一日パトゥルと共に過ごした。彼は、パトゥルがあとどのくらい生きるのかを知りたがっていた。パトゥルはこう言った。

「あと三年生きる。わたしが死ぬときは、おまえはどこにいても――近くにいようが、遠くにいようが――わたしのもとに来なければいけないよ。どうか、わたしの死体に触れないでおくれ。どうか、そんな死体のためにストゥーパを作らないでおくれ。」



 六か月間、パトゥルはケンポ・クンペルと弟子たちの少人数のグループに、入菩提行論の教えを詳細に説いた。
 その後、彼は滅多に教えを説かなくなった。人々が教えを乞うても、パトゥルは近しい弟子のオンポ・テンガなどのもとに彼らを行かせた。人々が強く希望してきても、パトゥルは彼らを叱るのだった。しかし彼の叱責は、人々の信仰心をかつてないほどに強めたのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(122)

2019-12-22 19:02:35 | 聖者の生涯


◎ケンポ・コンチョク・ドンメがパトゥルに会おうと試みる


 ケンポ・コンチョク・ドンメは、パトゥルがもう訪問者を受け入れておらず、人々が面会を強く希望しても、”見事な”叱責を返してくるということを耳にした。しかし、パトゥルがどんなに叱責しても、皆の信と尊敬は増大するばかりであった。ケンポは、無理と分かっていながらも、どうしても教えを乞うてみたかった――せめて、一度挑戦してみたかった。
 パトゥルはそのとき、巨大な遊牧民の野営地の一方の端に立てられた小さなテントで暮らしていた。ケンポは、その野営地が、多くの遊牧民の野営地のように、番犬によって守られているということをよく分かっていた。その番犬は非常に獰猛で、夜間は鎖を外されて、自由に歩き回り、侵入者から野営地を守っていた。
 だがケンポは、番犬たちに襲われるかもしれないと知っても、思いとどまることはなかった。彼はベストを尽くそうと心に決めていたのだった。
 ある晩、ネズミのように静かに、豪胆なケンポは、長くて幅の狭いクレーターをなんとかよじ登った。それは、誰も――犬も人間も――彼を確認することができない角度にあった。この長いクレーターは、パトゥルのちいさな黒いヤクの毛のテントのすぐ近くまで続いていたのだ。
 ケンポはパトゥルのテントの上のところまで来ると、わずかな傾斜を滑り降り、パトゥルのテントに滑り込んだ。ケンポが入ってくると、パトゥルはその物音を聞いて、叫んだ。

「おい! おまえは泥棒か?」

「はい! 泥棒です!」

 ケンポは言った。

「わたしは泥棒です。あなたの智慧を盗みに来ました!」

 単刀直入で豪胆であったパトゥルは、その性質を他者の中にも認めることができた。
 かくして、大胆不敵なケンポは、パトゥルから猛烈な叱責ではなく、彼が望んでいた瞑想の教えを受けることができたのだった。


 一八八四年、デルゲの王の母が、パトゥル・リンポチェに会うためにマモ・タンに行った。パトゥルは、彼女と彼女の数千人のお付きに、純粋なる国(西方のアミターバの偉大なる至福の浄土スカーヴァティに生まれ変わるための祈り)を成就するための教えと、マニ・カフブムの教えを与えた。
 その後、人々は金、銀などの高価な品を布施したが、パトゥルはそれらを拒んで、返したのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(121)

2019-12-21 20:30:23 | 聖者の生涯



◎ケンチェン・タシ・ウーセルがパトゥルに会おうと試みる


 ケンチェン・タシ・ウーセルは、ヤムドクのドルジェ・パクモのトゥルクであった若き尼僧を含む巡礼者たちの一団に付き添われながら、中央チベットからカムへと戻ってきた。一行は、ザギャル僧院の上流にある谷に位置する場所、”上流のゲツェ”に向かって旅をしていた。そのとき、ザギャル僧院には晩年のパトゥルがおり、今までと同じように、黒いヤクの毛でできている小さな遊牧民テントの中で一人で修行をしながら、六か月の月日を過ごしていた。
 皆が、パトゥルはもう誰とも会おうとしないから、実際に会うのは不可能だと言ったが、ケンチェン・タシ・ウーセルは一行を安心させて、こう言った。

「心配はいらない。われわれはパトゥル・リンポチェにお会いできるさ。」

 一行がパトゥルのテントに近づいていくと、その中から、彼らに向かってパトゥルの叫ぶ声が聞こえてきた 

「オー・ホー! 偉大なるケンポ・タシ・ウーセルが来たな! そらっ、中央チベットの高貴な生まれの若き尼僧を連れて、人目を引こうとしておるわい! ア・イー! おまえたちのせいで、わたしは死にそうだ。おまえたちは皆、わたしをそっとしておいてくれないのか!」

 彼らは、面会してくださるようにとパトゥルに懇願した。
 テントの中から答えが返ってきた。

「わたしの言いたいことがわからんのか? おまえたちはわたしの言うことを聞かないのだな!」

「あなたのおっしゃることに従います!」

 彼らは断言した。
 パトゥルは怒鳴り返した。

「おお、そうか。それなら! ザギャル僧院まで下りていって、ジグメ・ギャルワイ・ニュグのクドゥン(聖遺体)のところへ行きなさい。彼はアヴァローキテーシュワラご自身である。彼のクドゥンの前へ行くことは、ラサのジョウォ(釈迦牟尼像)の前に行くようなものだ。そこで供養をするならば、おまえたちはこの人生で障害に出くわすことはなくなるだろう。そして未来永劫に渡って、解脱に向かって前進していくだろう。彼の聖遺体の前で為される祈りはすべて叶うのだ!」

 巡礼者たちの一行は、パトゥルに助言された通りにした。彼らはザギャル僧院に行き、祈り、灯明、礼拝を捧げ、周りを回り、ガナチャクラを行なった。そのようなことを丸三日間行なった。
 その後、彼らはパトゥル・リンポチェのテントに戻ってきたが、そのときもまだ、パトゥルに直接お会いする許可がもらえるかどうか、心配していた。

「心配ないさ。」

 ケンポは他の者たちを安心させようとした。

「今回は、絶対に面会の許可をもらえるよ。」

 一行がテントの近くに来て、中に入ろうとするや否や、パトゥルは前と同じように厳しく叱りつけ、大声で叫んだ。

「おまえたちのせいで、わたしは死にそうだ!」

 ケンポは答えた。

「われわれはあなたの言うことを聞き、あなたに言われたことをすべて行ないました。われわれはザギャル僧院に行き、あなたに指示されたように、ジグメ・ギャルワイ・ニュグの聖遺体の前で祈りを捧げ、供養をしました。
 しかし、あなたはあることについて間違っておりました。あなたは聖遺体の前で為された祈りは叶うとおっしゃっていましたが、われわれの祈りは叶いませんでした!」

「なんだと?」

 パトゥルは叫んだ。

「どの祈りが叶わなかったというのだ?」

「われわれは、パトゥル・リンポチェと直接面会できるようにと祈りました!」

 しばらく、沈黙の時間が流れた。
 自分の発した言葉ゆえに パトゥルは折れざるを得なくなり、ぶっきらぼうにこう言った。

「おお……わかった、わかった。入りなさい!」

 パトゥルはテントの幕を開けて、彼らを中に入れ、懇願された通りに教えを与えたのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(120)

2019-12-21 17:50:04 | 聖者の生涯


◎ワンチュク・ドルジェの帰還


 ワンチュク・ドルジェは三年間、パトゥルの野営地で暮らしながら、教えを学び、修行していた。三年が過ぎると、ワンチュク・ドルジェはゾンサルに戻った。
 彼は馬に乗らず、歩いて帰った。四十人の大勢の従者ではなく、二人の助手に付き添われていた。木の杖を持ち、まるで乞食のような格好で、数冊の本といくらかのお茶を積んだ一頭の角のないヤクを連れて、ゾンサルに到着した。
 頭を剃り、みすぼらしい羊の皮のチュバ(コート)を身にまとったワンチュク・ドルジェがジャムヤン・キェンツェー・ワンポのところにやって来ると、偉大なるラマ、ジャムヤン・キェンツェー・ワンポは彼を一目見て、こう言った。

「髪を切ったのか!」

 ワンチュク・ドルジェはこう言った。

「世を捨てた修行者として生き、定住することなく、いろんな場所を放浪したいと思っております。」

 キェンツェー・ワンポは、不愉快になってきつく言い返した。

「何を言っているか!」

 そしてワンチュク・ドルジェにこう言った。

「放浪などするな! 隠遁地に定住しなさい。ネテン僧院に戻って、そこで修行をしながら暮らしなさい。しかし、まずは、切った髪をわたしにくれ!」

 普通、出家の儀式の際に切った髪は保存されている。ワンチュク・ドルジェは頭頂に巻いていた髪の房を一束、キェンツェー・ワンポにプレゼントした。その後、キェンツェー・ワンポはそれをゾンサル僧院の聖遺物箱に入れて、大事に保管したのだった。のちに、キェンツェー・ワンポは書物の中で、この聖遺物について言及して、こう言っている。

「あの髪一本一本が、一万のダーキニーの住処だったのだ。」

 ワンチュク・ドルジェは草原の真ん中にある小さな家に定住した。独身の修行者として隠遁地に住み続け、”善良な修行者”になる方を選んだと言っていた。

 それからしばらくたった頃――ある説では数日後、またある説では数年後――ワンチュク・ドルジェは突然、悪性の熱病にかかり、あっという間に息を引き取った。
 チョギュル・リンパのコックで、当時はジャムヤン・キェンツェー・ワンポの会計係だったペマ・ティンレイは、キェンツェー・ワンポにその悪報を知らせるという不運な役目を負った。ワンチュク・ドルジェの死の報せを耳にすると、キェンツェー・ワンポは深く動揺した。悟ったヨーギーの息子には、髪を切ることなど不必要だったのだと思いながら、キェンツェー・ワンポは叫んだ。

「気狂いパトゥルはワンチュク・ドルジェの髪を切り、出家させた!
 さあ、それで何が起こったか、見ろ! なんと悲惨な! これは、末世の現代には、ほんのわずかな徳しか存在していないことを示している。
 パドマサンバヴァは、このテルトンの息子が、東は中国との国境から、西はカイラス山まで、巨大な白い絹の布の敷布を広げていくように、テルマを広め、衆生を利するであろうと予言された。それなのに、パトゥルはすべてを台無しにしてしまった!」

 キェンツェーはそのとき、胸の前で拳と拳を合わせ、典型的なカムパのやり方で絶望感を表わした。

「吉兆な縁は続かなかった。」

 彼は非常に不機嫌な様子で、愚痴をこぼした。

「あいつは、残されたテルマを発掘し、広める者となるはずだったのに!」

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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(119)

2019-12-10 19:41:23 | 聖者の生涯

◎ワンチュク・ドルジェの出家


 ワンチュク・ドルジェは、ツェワン・タクパとしても知られており、偉大なテルトンであるチョギュル・リンパの長男であった。彼は子供の頃にパトゥルと出会った。妹のコンチョク・パルドンと異母弟のツェワン・ノルブと同様に、彼はすぐにパトゥルの敬虔な弟子となった。

 ワンチョク・ドルジェは、若年齢で、心の本性をありのままに悟った。彼の知性は際だって優れており、その洞察力は人々を唖然とさせた。十六歳のときから、彼は素晴らしい悟りの歌と深淵なるダルマの注釈書を書いていた。さらに、ダーキニーの文字まで読むことができた。
 彼は背が高く、逞しく、振る舞いは気品高かった。髪型は非常に独特で、編んだ長い髪を頭に巻き付けていた。それは「人を魅了する冠」と言われていた。彼は一度も髪を切ったことがなく、その髪の毛一本一本にダーキニーが住んでいたのである。その髪は紺青色に輝き、洗っても決して髪がもつれることはなかった。

 ワンチュク・ドルジェは1880年に二十歳になると、パトゥルの野営地に行った。パトゥルの数多くの弟子たちは偉大な師となり、独立していた。パトゥルの野営地は、十方にダルマの獅子吼を轟かせる雪獅子の根城のようだと言われていた。
 ワンチュク・ドルジェは、テルトンである父のような煌びやかで仰々しい格好で、パトゥルの野営地に到着した。馬の背に乗り、四十人の馬乗りたちに付き添われ、所有しているヤクを連れて来たのだった。
 それは、所有物をわずかしかもたず、黒いヤクの毛の遊牧民テントで暮らす簡素なパトゥルと対比すると、ずいぶんと異なっていた。パトゥルは出家の誓いを守っていたので、配偶者もいなかった。
 パトゥルはよく、”山の子のようであり、衣の代わりに霞をまとっていた”、師ズルチュンパの生涯について熱く語った。
 ワンチュク・ドルジェは、パトゥルが、カギュー派の昔の修行者たちのシンプルな生き方を取り入れ、煩わしさや世俗的な先入観を放棄するという善徳を称賛しているということを耳にした。
 パトゥルはこう言った。

「善良なダルマの修行者になりたいと思うのならば、低い座に座り、古い平凡な衣をまといなさい。豪華な金襴を着飾って高い所に座り、そこから他者を見下ろしていることに価値があるなどということは、誰からも聞いたことがない。」

 その言葉に触発され、ワンチュク・ドルジェはこう言った。

「それは、わたしには問題ありません!」

 ワンチュク・ドルジェは何の躊躇もなく、自分のすべての所有物を捨てた。そして、取り巻きを解任し、馬をすべてチョギュル・リンパの僧院に送り返した。女たちを放棄し、装飾品を捨て、良質の絹の金襴の衣を捨て、安いフェルトと羊の皮でできたボロボロのコートを身にまとった。華麗な長い髪を切り、頭を剃り、見習い僧のゲツルの誓いを立てた。

 やがて、ワンチュク・ドルジェが変わってしまったという知らせが、ジャムヤン・キェンツェー・ワンポのもとに届いた。
 心を取り乱しながら、ジャムヤン・キェンツェー・ワンポはこう言った。

「あの気狂いの仕業だな! パトゥルめ!」

 そのときキェンツェー・ワンポは、小さな子供のように泣いたと言われている。


 一八八一年、七十四歳の時、パトゥルは”地獄の奥底を浚い上げる”と呼ばれる浄化の儀式を執り行ない始めた。一年半もの間、師ジグメ・ギャルワイ・ニュグの聖遺物が入っているストゥーパの前で修行し、それから十万回護摩供養を行なった。またこの時期パトゥルは、最も近しい弟子たちに、多くの高度な教えや指示を与えたのであった。



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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(118)

2019-12-04 18:41:02 | 聖者の生涯


◎パトゥルの野営地


 一番最初は、パトゥルは小さな黒いヤクの毛のテントを一つだけもっていた。
 時と共に、人々がやって来て、自分たちのテントを張った。徐々に、数張しかなかった野営地のテントは増えていき、物凄い数になった。一番多いときには、数百の黒いヤクの毛のテントと白い綿のテントが遊牧民のように集まって、パトゥルの教えを聞きに来た数千人のダルマの修行者たちの宿となっていた。この修行者たちの野営地は、パトゥル・ガルとして知られた。
 パトゥルは、動機を純化する修行である「三つの機会」と称したものを、そこに滞在している皆に説いた。
 一つ目は、目が覚めたとき――囲いの中の牛や羊のように、大急ぎで起き上がってはいけない。少し時間をとり、ベッドの中でじっとして、心をリラックスさせなさい。内側を見つめ、自分の動機をチェックしなさい。
 二つ目は、教えを聞きに行く途中――人々は説法用のテントに向かう際、その途中にあるストゥーパの横を通り抜けるために狭い道を通らなければならなかった。そこを通り抜ける瞬間は、菩提心を培うことを思い起こし、悪行を避け、善行を実践することで他者を利したいと願うことに使われるべきである。
 三つ目は、説法中――それは自分の目的を知り、動機を定めるさらなるチャンスである。

 一瞬一瞬、全力であれ。
 瞬間瞬間、自覚しなさい。
 一秒一秒、自分自身をチェックしなさい。
 昼夜、決意をし続けなさい。
 朝、誓いを立て続けなさい。
 瞑想のセッションごとに、心を微細に観察しなさい。
 ダルマから決して離れてはならない。”うっかり”というのもだめだ。
 一瞬たりとも、忘れてはならない。


 パトゥル・ガルで暮らしている人々の中にそのポイントを理解していない者がいると、パトゥルは実際にその者たちを追放した。

「おまえたちはわたしを欺いていたのか、それともわたしがおまえたちを欺いていたのか。無意味なことだ!」

 パトゥルはこう言った。

「出て行け。どこかへ行って、何か人生に役立つことでもしなさい! 出て行って、結婚するなり、ビジネスをするなり、子供を作るなりしなさい! 修行者でもなく世俗の人間でもない者など、何の価値があろうか? 世俗の人間になりなさい。善き心を持つことだけは忘れるなよ!」


 七十一歳のとき、パトゥルは、一週間分の食糧を貯蓄するようになった。以前は一日分の食糧しか持たなかったのに。
 それ以上の施物は、マニ壁の資金に使ったり、受け取るのを拒んだり、布施された場所にそのまま置いておいたりした。
 これらの放棄された施物のせいで、乞食たちの一団がパトゥルに寄り付いてきた。彼らは、パトゥルが通ったあとをついて行って、パトゥルが置いていった食糧や施物を拾ったのだった。

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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(117)

2019-11-30 21:20:19 | 聖者の生涯


◎ドゥドゥプチェン三世の二度目の訪問


 ドゥドゥプチェンが教えを受けに二度目にパトゥルを訪問した際、その若きトゥルクは新しい個人教師アク・ロドゥに付き添われていた。アク・ロドゥは優しく、礼儀正しい、灰色の髪をした僧であった。パトゥルは個人教師が変わったことをとても喜び、ドゥドゥプチェンにこう言った。

「よし、彼は”偉いラマ”にとってぴったりの個人教師のようだ!」

 教えが説かれ終わると、パトゥル・リンポチェへの供養として、若きドゥドゥプチェンは、生涯で百回、入菩提行論の教えを説くことを約束した。パトゥルはその供養に喜び、ドゥドゥプチェンは実際にその約束を果たしたのだった。
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(116)

2019-11-30 18:09:10 | 聖者の生涯

◎ドゥドゥプチェン三世の初転法輪


 八歳のジグメ・テンパイ・ニマがパトゥルから教えを受けるためにダチュカにやって来ると、パトゥルは非常に優しく、その小さいドゥドゥプチェンの面倒をみた。毎日、教えを説くときには、パトゥルはドゥドゥプチェンを自分の枕の上に座らせた。その枕はパトゥルが寝るときによく使っていたものだった。つまりそれは、並外れた敬意を表わす行為だったのである。
 ドゥドゥプチェンはパトゥルが暮らしている部屋に住んでいて、二人の間には一つのついたてのようなものしかなかった。毎日、この小さなトゥルクは、パトゥルが日々の日課として唱える、ロンチェン・ニンティクの修行の一つ、「グル・リンポチェへの祈り」を低い声で唱えているのを聞いた。

 おお、尊敬すべき主、尊師よ!
 あなたは、すべてのブッダ方の慈悲と祝福の輝かしき権化。
 あなたは一切衆生の唯一の守護者。 
 わたしの身体、ハート、心、所有物のすべてを
 躊躇うことなく、あなたに捧げます。
 今から、悟りを得るまで
 私が幸福であっても苦しくても、善い状態でも悪い状態でも、高くても低くても
 おお、パドマサンバヴァ大師よ、どうか私を見守っていてください。


 ある早朝、パトゥルは若きドゥドゥプチェンの泣き声を聞いた。のちにパトゥルは、ドゥドゥプチェンが朝の修行中に眠ってしまい、彼の個人教師にピシャリと打たれたということを知った。パトゥルはそのドゥドゥプチェンの個人教師のことをよく思っておらず、彼のやり方は、素晴らしい魂である若きドゥドゥプチェンに対して手荒すぎると思っていた。
 パトゥルはその個人教師がドゥドゥプチェンに対してしたことに立腹して、ドゥドゥプチェンにこう言った。

「もし死んでも、サンドパリ(パドマサンバヴァの浄土)には行くな! もしそうしたら、グル・リンポチェがおまえをここへ送り返すぞ! 彼はいつもチベット人のことを心配してくださっているからな。おまえはアミターバの浄土スカーヴァティーへ行くのだ! そしてこの邪悪な者たちのところへは戻ってくるな!」


 ドゥドゥプチェンに入菩提行論の教えを与え終えると、パトゥルは使いの者を送って、ザチュカの谷中に、八歳の少年が大衆に入菩提行論の教えを説くということを告知した。
 ダギャル僧院の大勢の僧や在家信者たちが集まってくる前に、パトゥルは自ら、儀式の曼陀羅を捧げて、その少年に教えを説いてくれるよう懇願した。
 ドゥドゥプチェンが解説を始めると、皆は彼の智慧とその満ち溢れた自信に驚かされた。最初、ドゥドゥプチェンのささやかな声は、遠くに座っている聴衆に届かなかったのだが、徐々に彼の声は大きさを増していき、全員が彼の声を聞き取れるようになった。
 パトゥルはキェンツェー・ワンポに、喜びと共に伝言を送った。

「わたしは、ダルマの太陽が沈もうとしていると思っていたが、聖典の智慧のダルマに関しては、ドゥドゥプチェンの八歳のトゥルクが、入菩提行論の第四章の解説の教えを説いたから大丈夫だ!
 悟りのダルマに関しては、ニャラ・ペマ・ドゥンドゥが最近、虹の身体を得たようだ! ブッダの教えの光は、まだ消えていなかった!」
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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(115)

2019-11-28 19:56:16 | 聖者の生涯

◎あるヨーギーとの出会い


 アン・テンダルという名のヨーギー――彼はただの行者ではなく、本当に悟っていた――がパトゥルを訪ねてきた。

「どこから来たのかね?」

 パトゥルは彼に聞いた。

「わたしはナンチェンのツォクニの弟子です。」

「そうかい、そうかい。ナンチェンのツォクニは聞いたことがある! ゾクチェンの見解を悟っている方だな。その方は、ミラレーパの話に出てきたこんな感じの教えが好きじゃなかったか?

『朝に実践すれば、あなたは朝にブッダとなる。夜に実践すれば、あなたは夜にブッダとなる――過去の行為によって然るべき縁をつくった幸運な者たちは、瞑想する必要さえない。彼らは教えを聞くだけで解脱してしまうだろう!』

 おまえさんの師匠がそういう人なら、教えてほしい。彼の弟子の何人が虹の身体を得た?」

 こう言ってパトゥルはからかった。

「虹の身体に”達したであろう”弟子は一人だけです。」

 テンダルは答えた。

「もし彼が、ひどい感染症のおできでポックリ死んでいなければの話ですけどね!」

 さて、病によって上級の修行者が虹の身体を得られないというのは、あり得ないことである。だからその瞬間、パトゥルは驚きのあまり言葉を失ってしまった。
 それから二人は大笑いした。

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パトゥル・リンポチェの生涯と教え(114)

2019-11-27 07:20:04 | 聖者の生涯



◎ドゥドゥプチェン三世との出会い


 ストゥーパの周りをまわっているとき、パトゥルはド・キェンツェー・イェーシェー・ドルジェからの手紙を受け取った。若いドゥドゥプチェンのトゥルク(転生者)の教育を監督してほしいということだった。そのあとすぐに、ストゥーパを周行するための道の東側に行くと、パトゥルは新たに認定されたそのトゥルクと偶然出会った。
 パトゥルはそのとき、ストゥーパの周行を完了するために、マンジュシュリー・ナーマ・サンギーティを唱えていた。二人が対面したとき、パトゥルはちょうどこの一節のくだりに来ていた。

 偉大なる叡智を通じて、一瞬のうちに
 彼は一切のものを悟り、見た。


 パトゥルはのちにこう言っていた。

「これがわたし以外の誰かに起こったとしたら、それは吉兆な縁であり、このトゥルクが偉大なる学者になるというサインである!」
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