ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

「解説・マルパの生涯」(4)

2019-11-21 22:11:42 | 勉強会より抜粋



【本文】
 この最初のインドへの旅において、マルパにはニュという名前のライバルがいました。彼は別の師のもとにつき、いろいろな教えを学んでいましたが、その知識においても、成就においても、マルパの方が優れていました。そこで嫉妬したニュは、チベットへの帰りの旅中において、事故に見せかけて、マルパがインドから集めてきた大事な経典を、すべて河に投げ捨ててしまったのです。
 マルパは、苦労して集めた経典が消えてしまって、一瞬悲しくなりましたが、しかしそれら経典に書かれている秘儀はすべてマルパ自身がすでに会得していたので、そう思うと悲しみは消えました。このエピソードは、マルパが単にインドから経典をチベットに持ってきて翻訳しただけの学者というわけではなく、成就者だったことを示しています。



 はい。これはまあ、ある意味すごいエピソードだけどね(笑)。まあ十数年間ね、一生懸命学んで、もう徹底的に、インドの教えをね、学び、まあ学ぶだけじゃなくて自分も修行してそれを体得して、で、やっと帰国の途に立ったと。まあちょうど同じ時期に、行きで一緒だったニュが、一緒にね――まあおそらくこれも縁があるんだろうけどね――一緒に帰ることになったわけだけど。まあ当然お互いにね、「おい、どんな教えを学んできたんだ」って感じでお互いこう、言い合いするわけですね。その中でニュは、「完全にもう負けた」と思ったわけです。このマルパっていう男は、学問においても、あるいは修行の達成においても、全くおれ以上の境地に達してしまったと。で、ニュっていうのはちょっとこう、なんていうかな、現世的な、ちょっと世俗的な気持ちで教えを学びに行った人だったんで――つまり最先端の教えを学んでね、偉い仏教の先生になろうっていう気持ちがあったから。で、マルパがこのまま帰ってしまうと、自分以上にすごい崇められてしまうので、ちょっと嫉妬してしまったんだね。そこで船で川を渡るときにね、船頭にお金を渡して、事故に見せかけて、全部マルパの経典を川に落としたっていうんだね(笑)。そこまでするかって感じだけど(笑)。ライバルが持ってた、ねえ、せっかくの遺産であるそのインドからの経典を川に落とさせたと。
 で、普通はまあそこで怒ったり、落胆するんだろうけど、マルパは、まあ一瞬は悲しくなったわけだけど、しかしそれらに書いてあることは全部会得していたから悲しくなかったと。これはだからマルパのすごさを表わしているね。普通だったら――教えはあくまでも学問と考えたら、やっぱりその本がなくなったことは悲しむわけだけど。でもよーく考えたら、「ああ、全部おれ、体得しているわ」と。ね(笑)。だからまあ、ある意味本は必要ないというかたちで、悲しみは消えたっていうんだね。だからこのエピソードはマルパが成就者だった――つまり教えを学問として持ち帰った人ではなくて、自分のね、経験として、悟りとして達成した人だったっていうのを表わすエピソードだっていうことですね。
 はい。じゃあ次いきましょう。

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「解説・マルパの生涯」(3)

2019-11-09 07:14:21 | 勉強会より抜粋




【本文】
 ナーローはマルパを弟子として受け入れ、多くの秘法を伝授しましたが、自分が教えるだけではなく、他の何人かの密教行者の下へマルパを送り出し、教えを受けさせました。マルパはそれらの多くの教えを学び、研究し、修行し、成就し、自分のものとしていきました。



 はい。ここのところ、ちょっとだけ説明すると、ナーローはマルパを弟子として受け入れました――まあもともとね、これ、ナーローの師匠であるティローっていう人が、マルパの到来を予言してたんだね。つまりチベットから、おまえのね、一番弟子がやってくると、予言してたんですね。だからナーローはもともとこのマルパを素質のある自分の一番弟子として受け入れたわけだけど。
 ここでナーローがやった面白いことは、例えばね、まあまずマルパを受け入れて、自分が知っているいろんな教えを伝授するんだけど、それだけではなくて、例えばマルパがある教えを学びたいって言ってきたら、自分で教えずに、「どこどこの、これこれといういう聖者の下に行け」――と言って、別の聖者の下に行かせるんだね。で、こういう感じで、自分でももちろん教えるんだけど、自分だけじゃなくて、ほかの聖者達からも教えも受けさせると。まあただ――その人達全員、ナーローの弟子なんだけどね。自分の弟子の下に行かせている感じなんだけど。
 例えばまあ一例を挙げると、マハーマーヤーっていう教えがあるわけですけども、マルパがね、そのマハーマーヤーっていう教えがあるというのを聞いて、「マハーマーヤーについて伝授してください」ってナーローにお願いしたらね、ナーローが、それだったら、クックリーパ――クックリーパっていうのは「八十四人の成就者」に出てくるけども。これもちょっと変わった聖者でね、いつも犬と一緒にいる変わった聖者なんだけど(笑)。それで顔がサルみたいだっていう(笑)。顔がサルみたいでいつも犬と一緒にいるっていう聖者で、そのクックリーパの下に行けと言われるんだね。で、「そのクックリーパはどこにいるんですか?」って言ったら、どこどこという町の、毒の海の島にいるって言うんだね(笑)。「毒の海の島ですか?」――で、マルパはそこに冒険して行くんだね。冒険して行って、まあいろんな困難を乗り越えて毒の海を渡って、島に辿り着くと。そうすると、クックリーパらしき人はいないんだけど、なんか手が鳥の羽みたいな男がいて、その男が顔を覆って座っているんだね。で、「まさか」と思ったんだけど、聞いたらそれがクックリーパだったんだね(笑)。で、まあなんとか辿り着いて、教えを受けるんだね。マハーマーヤーの教えを伝授されると。で、ナーローパーの下に帰ってきて、そこでナーローパが言うには、「ああ、よくやってきた」と。「わたしはもちろんそのマハーマーヤーの教えをおまえに与えることもできたが、このマハーマーヤーに関しては彼こそ――つまりそのクックリーパこそが――大家【たいか】である」と。つまり、マハーマーヤーの専門家のね、聖者であると。「だから、おまえをあそこに送ったんだ」と。で、もう一回言うけども、このクックリーパもナーローの弟子でもあるんです。だから全員、まあつながりがある聖者の下に送り込んでるんだけど。
 で、これはちょっと面白いのは、これはまあ一つの推測になるわけだけど、当時ね――何回もこれ言っているけども、インド仏教は滅びの危機にあった。滅びの危機っていっても、何か兆候が現われていたかどうかは分かんないけど。
 その歴史的な、運命的な流れとしては、つまりマルパとかがいた時代のちょっとあとに、まあ一瞬にしてというか――歴史の流れから見たら本当に一瞬にして、インドから仏教は姿を消すんです。まあそれはイスラム教の侵入とか破壊とかいう理由もあったんだけど、それ以上に、インド仏教が、ちょっと民衆からね、見放されていたとも言われている。なんていうかな、学問仏教に走り過ぎてね。で、一気に姿を消すわけだけど。
 で、結果的に、そのちょっと前に――さっきから話していたような、チベットの仏教徒たちがゴソッとインドにやってきて、インドの仏教を学んで持ち帰ってくれてたおかげで、地球上に、まあ最盛期のっていうかな、その最後のインド仏教は残ったんですね。つまり逆に言うと、チベットにしか残らなかったわけだけど。チベットだけに、まあ最後の時代のインド仏教っていうかな――は残された。
 これはいつも言ってますけどね、中国とか日本に伝わった仏教っていうのは、まあ大乗仏教、または初期の密教なんだね。大乗仏教および初期の密教時代の仏教が中国に伝わり、そして日本に伝わりましたと。で、そのあとの、後期密教っていうかな、最盛期の密教っていうのはまあ、チベットにしか伝わらなかったんだね。で、マルパ自体もその一つの大きな役割を担ってね、まあマルパも多くの経典をチベットにもたらして、翻訳しているんだね。大きな役割を担ったわけだけど。まあおそらくナーローはそれを分かっていて――つまり単純にこのマルパっていう男は、自分のね、一人の弟子として来たわけではなくて、インド仏教の全体の歴史を背負わなきゃいけない。まあ結果的にはチベットは四つの派ができるわけだけど、つまりその一つを担っていたのがマルパだから、インド仏教の全体像をね、全部このマルパに伝授しなきゃいけないということが、たぶん分かっていたのかもしれない、ナーローはね。だから、まあ自分と関係のある、各それぞれのエキスパートの所にマルパを送り込んだんだね。
 つまりまあ逆の言い方をすると、ナーローと関係のあるいろんなタイプの聖者たちが、マルパ一人に対して徹底的に教育したわけだね。「さあ、おまえが、インドで滅びゆく仏教を、これからチベットに伝えていくんだ」という感じで伝授したんだと思うね。そういうことはまあ、本人たちは言ってないけどね。言ってないけど、全体の流れを俯瞰して見ると、まあそんな感じがしますね。
 はい。じゃあ次行きましょう。


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「解説・マルパの生涯」(2)

2019-11-05 19:21:32 | 勉強会より抜粋



【本文】
 マルパは両親の財産の自分の取り分を強引に手に入れ、そのお金でインドへと旅立ちました。
 このころは、インド仏教のチベットへの輸入が盛んに行なわれていた時期で、マルパ以外にも多くのチベット人が、教えを求めてインドに旅していました。
 しかしマルパは、他の学者たちとは少し違った道をとりました。学僧ではなく、ナーローという密教行者の弟子になったのです。ナーローはもとはインド最大の僧院であるナーランダー僧院の僧院長として大変有名でしたが、その地位を捨て、僧院を去り、密教行者ティローの弟子になった、いわば異端者でした。


 はい。まずそのインドに行く決意をしたマルパは、ただまあまだ、なんていうかな、若かったので、お金がないと。まあつまり旅費もないし、それからまあその当時は、師について教えを受けるときには、まあお金というよりも黄金だね。黄金を、まあ感謝の印としてお布施するという習慣があったので、まあ教えを受けにインドに行くには、旅費プラスその報酬としてね、膨大なお金がいったわけですね。で、マルパはまだお金がなかったんで、両親に言ってね、自分の財産の取り分を強引に手に入れたと。まあつまり、お母さんお父さんが死んだら遺産を分けてもらうわけだけど、今くれと。ね(笑)。今、自分が分けてもらうはずの遺産を、今くれと。親の財産を、「おれの分よこせ」って感じで奪っていったわけだけど。
 マルパの人生を見てると――まあ例えばナーローパ、マルパ、ミラレーパ、ガンポパ――このカギュー派の祖師たちは、全員性格が違います。ね(笑)。で、あるいはまあもちろんほかのね、ロンチェンパとか、あるいはまあゲルク派のツォンカパね。あるいはまあパドマサンバヴァもそうだけど、みんな性格違うんだね(笑)。この辺が面白いところなんだね。
 つまり、なんていうかな、仏教、あるいはヨーガというその修行、まあ言ってみれば宗教でもあるわけだけど、それをしっかり実践するとみんな同じようなものになっていくっていうよりは(笑)、特に密教はそうなんだけど、エネルギーが強くなるので、非常に特徴が出るっていうかな。
 で、マルパっていうのは、これはマルパの全体のその生涯を見れば分かるけど、非常にね、現実的な人なんです。これがマルパのすごく特徴なんだね。現実的なんです。現実的――つまり夢を追いかけたり、ほんわかとこう――まああるいはその、神におまかせしてればなんとかなるというタイプではなくてね。もちろんそれはそれで素晴らしいんだけど、そうじゃなくてマルパの場合は、すべて現実的に力ずくで現象を動かすようなタイプなんだね。うん。だから、例えばドクミがなかなか教えてくれないっていう現実に直面したら、もうすぐさま心を切り替えてね、よし、わたしがインドに行こうと。でも金がない、ってなったら、じゃあ金を――ね、十年ぐらい、しっかり頑張って貯めようかって発想にならないんだね。親の遺産があると。ね(笑)。で、でも普通は、「でもそんななあ……死ぬ前に遺産くれなんて常識的じゃないよな。ちょっとそれはさすがに親戚にもちょっとあまりいい評判立たないだろうし……」って考えるんだろうけど、「いや、もらう」と。「おれの権利があるのだ」と言って、こう無理矢理もらうわけだね。すごく現実的で強引っていうか。それがまあいい悪いは別にしてね、マルパのスタイルというか性格だったんだね。
 で、そのようにして金を手に入れて、まあインドに旅立ちましたと。で、ちょっとここではこう、大ざっぱにしか書いてないんだけど、もうちょっと詳しく言うと、最初ね、チベットからまあインドに渡るときに、いったんマルパはネパールに二、三年留まっているんです。それはなんでかっていうと、まあその当時の考えとして、チベットっていうのはすごい標高が高い寒い国なわけだけど、インドはまあご存じのとおりすごい暑い国なわけだけど。まあその当時のね、チベット人っていうのは、まあはっきり言うと田舎者です。田舎者であまり外の世界を知らないと。で、インドっていうのは、まあある意味文化的に――まあ、現在われわれがインドっていうとさ、すごくその、なんていうかな、ヒッピーとかがいっぱいいるような、ちょっと自由な雰囲気をイメージするかもしれないけど、当時のチベットから見たインドっていうのは大文明国なんだね。すごい文化が進んだ国っていうイメージがあった。で、田舎者のチベット人達は、まあちょっとインドに対するおそれがあって、で、しかもその非常に暑いと。で、われわれが、チベット人であるわれわれがいきなりインドに行くと、熱病にかかって死んでしまうようなそのおそれが、恐怖があったんだね。だから中間地点のネパールにいったん行って、そのネパールでちょっとこう体をね、慣らして、インドに行くっていう、まあ風習っていうかな、パターンがあったみたいなんだね。
 で、マルパも同じようにそのネパールでちょっとこう体を休めるとき、途中でね、まあこれ、あとにも出てくるけど、ニュっていう名前の同行者がいたんですね。で、このニュもマルパと同じ目的で、つまりインドに行って仏教を学んで、それをね、持ち帰ろうという目的でインドに行こうとしていた。つまりここにも書いてあるように、その当時はそういうムーブメントっていうか、そういう流れがすごくあったんですね。つまり仏教を志す者たちが自らインドに行って、で、当時はナーランダーとかすごいその学問仏教が盛んだったんで、インドでね。そういうところに行って、正統的な仏教をしっかりと学んで、で、それをまあチベットに持ち帰って、研究してね、その正統的な仏教をしっかりとチベットに広めようと。まあもしくはもっと、ちょっと俗的な希望があった人は、その最先端なね、インド仏教を持って帰って、まあ偉くなろうって思ってた人もいるかもしれない。まあとにかくいろんな人達が、インドに仏教を求めに行ってた時代だったんだね。
 で、そのニュって言われる同行者と一緒にネパールにしばらくいたんだけど。で、そこで――まあここに書いてない話をちょっと言うと、チテルパとパインダパっていう二人の修行者と、このマルパとニュが出会うんだね。チテルパとパインダパという二人と出会って、で、そのパインダパっていうまあ行者がね、ある教えを説いていたと。で、そこにマルパとニュがやってきたんですね。で、そのパインダパと、それからチテルパがそれを見て、チテルパがね、「おい、あの二人は誰だろう?」と。ね。マルパとニュがやってきたわけだけど、「あの二人は一体誰だろう?」と。ね。で、そこではちょっと高度な秘密の教えを説いてたんで、「チベット人らしいけども、彼らはまだその資格があるか分かんないから、彼らにこの話を聞かれてもいいだろうか?」ってチテルパが言ったら、パインダパが、「チベット人なんてものは牛みたいなもんで(笑)、おれたちのネパール語が分かるわけがない」と。「だから大丈夫だよ」って言ってたんだね(笑)。で、まあそれはちょっと冗談っぽく言っただけだったかもしれないけど、これを聞いて、プライドの高いニュは、すごい怒ってしまったんだね。つまり自分たちを軽蔑、馬鹿にされ――まあ、つまり二人はもうネパール語を分かってたから、意味が分かってね、馬鹿にされたっていう感じで怒ってしまったんだね。でもマルパはそこで怒らなかった。
 まあこれも縁なんだけど、実はこのチテルパとパインダパっていう二人は、ナーローパの弟子だったんです。で、マルパがね、翌日またそのチテルパとパインダパのところに行こうとしたら、ニュは行かなかったんだね。うん。つまりその、「あんな人を馬鹿にするようなやつのところにはおれは行かん」って言って、ニュは行かなかった。で、マルパだけがチテルパとパインダパに会いに行った。
 その二人がね、マルパに、ナーローパに会うことを勧めるんだね。「あなたはインドに教えを受けに行こうとしているらしいですが、本当にね、――ただ表面的な学問ではなくて、本当に究極の真理の真髄を得たかったら、ナーローを訪ねなさい」と。ね。「ナーローはわたしの師匠です」と言って、ナーローのことを勧めるんだね。で、そこでマルパはニュのところに帰って、ニュにもそれを勧めるんだね。「ナーローのところに行こう」と。まあつまりマルパはナーローと縁があったから、すごく惹かれたんでしょうね。でもニュは、それをもちろん断った。まあそれは、チテルパとパインダパが嫌いだったということもあるけども、ニュはやっぱり正統的に仏教を学びたかったから、ナーロー――まあナーローのことは有名だったわけだけど、ナーローは、この間ね、「ナーローの生涯」で学んだように、一時はインド一の大学者と呼ばれる程のすごい誉れを手にしたんだけど、それをすべて捨てて、まあ密教行者ティローの下に弟子入りしてね、放浪の密教行者になったわけですね。で、それをニュはすごく軽蔑していて、彼はね、正統的な仏教で本当に高い地位に行ったにも関わらず、それをすべて捨てて、なんか乞食行者の弟子になって、なんかわけの分かんない修行をしていると。ね(笑)。だからあんなやつの所におれは行きたくないと。行きたいなら勝手に行けって言って、で、まあここで二人はね、別れて、ニュはね、正統的なっていうかな、学問的なお寺の仏教を学びに行って、で、マルパはその密教行者であるナーローを探しに行ったんだね。
 この辺の話っていうのはね、そうですね、昔、中沢新一さんの話でちょっと似たような話を読んだことがある。似たような話っていうのは、まあ中沢新一さんっていうのは皆さん知っていると思うけども、まあもともとね、宗教学者としてネパールに行ってね、で、まあ彼の師匠であるニンマ派のケツン・サンポ・リンポチェ――まあもう亡くなってしまいましたけども、このケツン・サンポと言われるニンマ派の師匠の下を訪ねて、弟子入りするんだね。まあそれももちろん、彼がそのすごくその、縁が、ケツン・サンポとあったからでしょうけども。
 まあ中沢新一さんのいろんな書いたものを読むと、まあ最初はもちろんほとんどチベット仏教ってよく分かってなくて、で、まあ、まさに縁みたいな感じでそのケツン・サンポの下に行くわけだけど。で、このケツン・サンポっていうのが、さっきも出ましたニンマ派のね、つまり密教の師匠だったんだね。で、そのニンマ派の下で、ゾクチェンって言われる、まあ秘儀的な密教の教えを学んでたわけだけども。
 で、そのころの中沢さんの回顧としてね、そのころまあネパールとかインドとかでニンマ派の修行をしていると、まあ日本人の研究者とたまに出会うらしいんだね。つまり日本人も、そのころだから、日本から中沢さん以外にも学者の人たちがネパールとかインドとかにやってきて、チベット仏教っていうのを研究してた時期だったんだね。で、そのころ同じその日本人の研究者と出会って、まあよく会話になると。そうすると、「君は何を学んでいるんだね?」ってこう言われると。そうすると中沢さんが、「はい。ニンマ派のグルの下で、ゾクチェンを学んでいます」って答えると、たいていが鼻で笑われるらしいんだね(笑)。「ああ、ヨーギーか」と。ね(笑)。なんか今のわれわれからすると、「ヨーギーか」って言われたら「いいじゃん」っていう感じがするんだけど(笑)、ヨーギーっていうのはちょっとこう馬鹿にするような言葉として使われたらしんだね。
 つまりその当時の――その当時のですよ――その当時のチベット学っていうかな、チベット仏教学の研究では、まあさっき言ったゲルク派とかね、そういったその、まあなんていうかな、学問仏教的なものがすごく重要視されていて、まあつまりニンマ派とかカギュー派っていうのはなんか、山を裸で放浪したりね、なんか何やっているかよく分からないと(笑)。ね(笑)。ちょっとこう、あまりその学問を重視しないところがあるから、ちょっとこう、野蛮なね、感じに見られたらしいんだね。
 ちょっと話を戻すけど、このマルパとニュの、この話もね、すごくそれにちょっと似た感じがありますね。つまりナーローって今でこそすごく評価されているけど、当時の、正統的にインド仏教を学ぶんだって意気込んで、インドに行こうとしていたチベットのエリートから見たら、ちょっと異端だったんだね。うん。「え、あんなのについて学んでもしょうがないじゃない?」と(笑)。ね。いや、そうじゃなくてナーランダーの偉大なね、お坊さん方、ナーランダーですごくその地位を与えられている、ね、大阿闍梨的なね、人達に学ばないでどうするんだって、多分、気持ちがあったんでしょうね。
 でも、何度も言うけども、マルパはおそらくナーローとすごい縁があったので、その正統的なエリートコースを辿らず、まっすぐにナーローの下に向かったわけですね。
 はい。じゃ、次行きましょう。

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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(13)

2019-10-30 22:28:50 | 勉強会より抜粋


◎サーキャ・バーヴァについて


 はい。じゃあだいぶ今日は長くなっちゃったんで、最後に、全体的に質問があったら質問聞いて終わりにしましょう。
 はい、今日の話と関係があってもなくてもいいので、何か質問その他ある人いますか?


(S)以前の勉強会のアドブターナンダのところで、「神と結ぶ関係は三つある」といって、「わたしは神」と「わたしの神」と「神のしもべ」って三つあったと思うんですけども、自分は「わたしの神」が一番しっくりくるような気がするんですが、その場合は……


 ん? わたしの神って例えばどういう感じ?


(S)わたしのクリシュナ早くここに来てって。


(一同笑)


 それはね、それはいいけども、それはオッケーだけど、その背景には、「わたしは神のもの」ね。アドブターナンダが勧めているやつね。それがやっぱりなきゃいけないんだね。その上での「わたしのクリシュナ」と。これだったら全然かまわない。逆に言うと、例えば「わたしのクリシュナ」、これはこれでオッケーです。で、それが、ちょっとこう欠けのあるものにならないように、まずは「わたしは神のもの」っていう前提が必要なんだね。
 つまり「わたしのクリシュナ」っていう境地にある人も、もちろんそこはもう乗り越えてるんです。乗り越えているっていうかベースにはあるんだね。
 何回も言っているけど、バクティヨーガ・サーダナーの教えにあるね、ダーシャって言われる、つまり「しもべのバクティ」っていうのがある。このしもべのバクティっていうのは、いろいろある中の一つじゃないんです。どのバクティにいく人も、絶対このしもべのバクティっていうのはベースには持たなきゃいけないんです。これを持った上で、例えば「わたしのクリシュナ」みたいな感じになるんだね。
 つまり例えば――例えば例をあげるとさ、ブラフマーナンダみたいな、ああいう「クリシュナの永遠の友達」みたいのがあったとしても、その根底はもちろんしもべなんですよね。根底にあるのはクリシュナのしもべであると。で、クリシュナのしもべであって、クリシュナのためだったら命もいらないと。それぐらいの全てを捧げている上で、さらにその上に乗っかっている感覚として――あれはいわゆるサーキャっていうわけですけども。友情に似た感覚っていうか。そういう感じで、「ああ、わたしの最愛なるクリシュナよ!」ってならなきゃいけない。それが、表面だけ「最愛なるクリシュナよ」って言って――クリシュナが振り向いてくれなかったら「じゃあいいや」みたいなところとかね(笑)。あるいはクリシュナのために命なんて投げ出せない。つまりそれが現世的な世俗的な、エゴイスティックな――エゴイスティックな恋愛とか親子感情でもあるよね。「わたしの何々ちゃん」――で、この裏側にエゴがある場合、相手のために自分を投げ出すっていうのができない。ただエゴで「わたしの」――これは駄目なんです。だから背景に、何度も言うけど「わたしは神のものである」と。「わたしは神の道具であって、神がもし――ミーラーバーイーが言うように、たとえ奴隷として売られようとも、それが神の意思ならば全くそれは喜びである」ぐらいの投げ出し感の上に、「わたしの神よ」なんだね。だからそれが自信があるんだったらいいけどね。
 でもアドブターナンダが言ってらっしゃるのは、われわれの心っていうのはいつもそういったエゴに逃げたがるから。あるいは傲慢さが生まれちゃうから。だからそれを自分でチェックしてたらいいね。
 だから、まあS君の場合はそれはそれで両方持ってたらいいと思う。つまり「わたしのクリシュナ」っていうイメージをいつも抱きつつ、でも同時に自分はしもべでもあると。
 あのさ、「リトルクリシュナ」のアニメとか観ても分かるでしょ? あそこでサーキャといわれる友達っていうのは――まあつまりサーキャの感情っていうのはね、『バクティヨーガ・サーダナー』にも書いてあるけど、なんていうかな、恐れがないんだね。恐れがないっていうのは、普通で言ったらさ、客観的に見たらすごいことをクリシュナはやっているわけですよ。例えばなんか巨大な鳥のお化けが現われたりとかね。巨大な蛇が現われたりして、で、それをクリシュナはバーンとやっつけるわけだよ。そうすると友達たちは、「やったね! クリシュナ!」みたいな感じで(笑)。


(一同笑)


 「すごいやあ!」みたいな。もっと驚けって感じでしょ(笑)?


(一同笑)


 普通だったら、普通の感情だったら、「ははー」って感じですよ。「あなた様は!」「いや、わたしはもうあなたに近づけません」と。「あなた様はそんな偉大な方だとは知りませんでした! ははー」って感じになるけど、彼らは「やったね!」みたいな感じでこう肩を抱き合って(笑)、「すごいや!」みたいな感じで。これがサーキャなんだね。
 でも彼らは、あれ見たら分かるけども完全にしもべでしょ? ある意味。いつもクリシュナがリーダーとなって――アニメでも面白いけどさ、なんだっけあれ、なんかの悪魔が現われたときに、「大変だ! クリシュナ! なんとかして!」って言って、「なんとかするから、じゃあみんな、目をつぶって伏せてなよ!」って言ったら、「分かった!」とか言って伏せるわけだね。完全に言うことを聞いている(笑)。つまり、すべてクリシュナの言葉は自分にとって絶対であると。すべて投げ出すっていうのは、そんなのはもう当たり前になっているんです。彼らっていうかあの境地はね。その上で、恐れなき友愛みたいな感じっていうか。神に対してもその、恐れなきっていうと変だけども――まあ別の言い方をすれば、驚かない。神の化身がね、どんな奇跡を見せたとしても――まあ言ってみれば、空飛んだって、あるいは分身を出したって、全然驚かないんだね。驚かないっていうか、「すごいやあ!」みたいな感じでね(笑)。「すごいやクリシュナ!」みたいな感じで終わってしまうっていうかね。あのゴーピーたちもそうだし、あと村のお母さん方もそうだね。そんな雰囲気の世界なので。それはそれでかまわない。
 で、もう一回言うけども、それが似非サーキャにならないようにするには、背景に、基本はしもべだと。それは当たり前の話であると。それを忘れないように念正智すればいいと思う。


(S)ありがとうございます。


 あの、何度も言うけどね、バクティのいろんな様相っていうのは、よく段階的に書かれているけれども、実際にはあれ、段階っていうよりはタイプです。
 わたしはね、わたしは今言った、確かに「わたしのクリシュナ、友よ」みたいのも好きなんだけどね。ラーマクリシュナとかもいろんなモードで修行してたみたいだけど。やっぱりわたしは、まあラーマクリシュナもそうだけどさ、個人的にはしもべが好きですね、やっぱりね。それはタイプがあるから。皆さんは皆さんのしっくりくるのでかまわない。でも、しっくりくるのを行くときも、何度も言うけどね、それが似非的なものにならないように、ちゃんと基本を押さえた上で、しっくりくるムードをバクティで進めていったらいいね。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(12)

2019-10-22 22:12:48 | 勉強会より抜粋


◎懺悔、回向

 はい。で、八番が、

「毎日夜寝る前に今日一日を振り返り、悪業の懺悔を行なう。」

「逆に善行に関しては随喜を行なう。」

「ときどきは師や聖者に直接、あるいはメールなどで懺悔を行なう。」

――って書いてるけど、具体的な指示だね(笑)。


(一同笑)


 ときどきは聖者や師に懺悔を行なうと。これもとてもいいね。もちろんね、そうじゃなくて日々は心の中でかまわないよ。日々心の中で神や仏陀や師をイメージして毎日懺悔をすると。もちろん一日最低一回。で、可能な人はもちろん何回もやってください。三時間に一回でも一時間に一回でもかまわない。徹底的に懺悔し続けるといいね。懺悔と随喜ね。

 はい。で、九番目、

「夜寝る前に回向をする。」

 「今日一日の善や修行の功徳が、自分と衆生の完全なる悟りに振り向けられますように」と祈りを捧げてから、今日の修行を終わって睡眠につくと。

 はい。で、十番はちょっと冗談みたいな話ですけどね。「といっても忘れるだろうからこれを一日一回は読む」と。ただまあ冗談じゃなくて実際に皆さん、このサマンタバドラの行をしっかりやりたいと思ったら、実際に読んでもいいかもしれない。それによって実際に一日の実践項目を忘れないようにするといいね。

 はい。ちょっと長くなっちゃいましたが、これを――もう一回言うよ、徹底的に行なうと。これだけでも皆さんは――今日はちょっとシンプルに言いますよ。最初に言った、四無量心。四無量心の追求。それから今言った――まあ言ってみれば項目としては簡単ですよね。簡単な項目を毎日徹底的に行なうと。これをやるだけでも、皆さんが別に難しい経典とかを学ばなくても、このサマンタバドラの道、あるいは菩薩の道っていうものを実際的にどんどん進んでいくことができると思う。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(11)

2019-10-20 10:31:26 | 勉強会より抜粋


◎念正智

 はい。そして六番目、

「聖典学習を時間を決めてしっかり行なう。師がいる人はときどき師の下へ行き、教えを聞く。」

 ――まあこういう勉強会に参加するとかも含めて、そして勉強会がない日も時間を決めて――忙しい人もね、少しはちゃんと経典学習を行なうと。

 はい。七番、

「日々自分の心と言葉をチェックし、教えとずれないように注意する。同時にそのときに……」

 ――あの、つまりこれはいろいろ書いてありますが、結局何を言いたいかっていうと、念正智のことですね。で、念正智って、いつも言っているように、いろんなパターンの念正智があるわけで。で、それは――まあ言ってみればなんでもいいです。ここで「フィーリングに応じて」って書いてあるけど、念正智っていろいろあるから、これじゃなきゃいけないっていうのはない。で、そのときに出てきた、なんでもいいので念正智すればいい。
 その念正智のパターンがここに書いてある、まず「教えからずれていないかの念正智」。「さあ、わたしは教えじゃない心の働きをやっていないかな?」あるいは「行動とか言葉が教えとずれてないかな?」。逆に言うと、百パーセント――最近アップした「サーダナーの指針の花輪」にもあったけども、一インチもずれないと。一インチっていうのはどれぐらいだっけ(笑)? 三センチぐらいかな? 一ミリでもいい。一ミリでもずれないと。この教えの理想がバシッとはまったところから、一ミリでもずれてはいけない。それくらいの厳しい気持ちで自分を念正智する。

 そして、「すべての衆生への平等なる四無量心がずれていないか念正智する」。これは今の発展形ですけどね。みんなを愛しているか。嫌悪が出ていないか。本当の意味でみんなの幸福を願っているのか。嫉妬が出ていないか。こういったことを日々念正智する。

 「師や神や仏陀への讃嘆」。これは逆に、日々讃嘆し続けるということですね。「ああ、師よ」と。「神よ」と。「仏陀よ」と。「おお、なんと素晴らしんだ!」と。これはバクティヨーガ的な、まあつまり「勝利あれ!」「ジャヤ!」っていう雰囲気だね。だからこれ、歌を歌い続けるでもいいですよ。そういう感じで讃嘆し続ける。

 「あるいは師や神や仏陀を頭頂や心臓に観想する」――これはいわゆるスマラナってやつね。実際にイメージとしてグッと忘れないと。ずーっと、頭でも心臓でもいいんですけど、あるいは目の前でもいいので、ずーっとそのヴィジョン、あるいはその思いっていうかな、それをずーっと持ち続けると。もちろんこれは神の御名を唱えるでもいい。「ラーム、ラーム、ラーム……」「クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ……」「シヴァ、シヴァ……」――こういった感じで忘れないでもいいよ。あるいは「ブッダ、ブッダ……」「グル、グル、グル……」でもかまわない。

 「素晴らしいものや執着の対象を心で供養する」。はい、これは日々目にする――これはなんでもいい。例えば「ああ、今日は晴れていて素晴らしい景色だな」と。この素晴らしさを供養すると。「ああ、気持ちいい空気だなあ」。ああ、供養すると。あるいはさっき言った、おいしい食べ物を供養すると。「ああ、今日は洗濯したきれいな服を着る」と。このきれいな服を供養すると。もうなんでもかまわない。自分が五感で経験した素晴らしいものを供養するということですね。はい。

 そして「教えへの強い欲求」ね。これはさっき言ったことですね。

 「神や仏陀と実際に相まみえたいと強く願う」――これもさっき言ったこと。これを、もうラーマクリシュナのように、さあわたしは本当に、ラーマクリシュナやその他の聖者がそうだったように、本当にありありと神や仏陀を見たいと。
 あの、ラーマクリシュナってもちろんカーリー女神をいつもありありと見てたわけだけど、それだけじゃなくていろんな神を普通に見てるんだね。例えばあるときはラーマとシーターを普通に見て、あるときはクリシュナとラーダーを見て。で、面白いのがさ、前も何かに書いたけど、子供のラーマの話ってあるんだよね。ラーマクリシュナがドッキネッショルにいるときに、別のある聖者が近くにやってきた。その聖者は小さな子供のラーマの像を持っていたわけだけど、それはただの像ではなくて、もう彼にとっては――あのゴーパーラ・マーみたいな感じでね、普通に、子供のラーマが普通に歩き回っていたと。で、いつもその子供のラーマを自分の、つまり自分の主、信仰の対象であると同時に、本当の自分の子供のように愛し、面倒みてたっていうんだね。普通にいろいろ料理も作ってあげて食べさせると。で、それは――何度も言うけど、理解できないかもしれないけど――妄想じゃないんです。本当なんです。
 で、それのさらに面白い話がね、この子供のラーマがラーマクリシュナを気に入っちゃった(笑)。つまりラーマクリシュナとその聖者で共通認識としてのラーマがいたんです。で、その聖者がある時期から、その自分が信仰していた子供のラーマが見当たらないっていうんですね。ラーマクリシュナのもとに行ってみると、ラーマクリシュナのところにいるっていうんだね(笑)。ラーマクリシュナを気に入っちゃって、ラーマクリシュナのところを離れないと。その聖者は叱ってね、「うちはこっちでしょって言ったでしょ!」って、子供のラーマを連れて帰るっていう(笑)。連れて帰るんだけどいつもラーマクリシュナのもとに行ってしまうと。で、ラーマクリシュナも面白いもんで、子供のラーマがいつもそばに来ててね、で、すごい腕白だからたまに怒っちゃうらしいんだね。これもなんか描写があったんだけど、一緒に沐浴してたらしいんだね。で、子供のラーマがふざけてずーっと出てこないと。で、ラーマクリシュナはちょっと――変な話なんだけど、親子の感情みたいな感じでちょっとカッときちゃって、「そんなことをする子はこうだ!」って子供のラーマの顔を水にずーっとつけちゃったらしくて。それでハッとして、「わたしはなんてことをしたんだ! ごめんよ!」ってこう、抱きしめたっていう話があって(笑)。そんだけリアルな世界なんだね。そんだけリアルな世界で――しかも、もう一回言うよ、一人じゃないんですよ。ラーマクリシュナだけの妄想でもないし、一人の聖者の妄想でもなくて、お互いに奪い合っているみたいな感じなんだね。奪い合っているみたいな感じがあって、それがしばらく続いたと。
 そして最終的にその聖者が、ちょっとステージ上がったんですね。さらにステージが上がって、その聖者が涙ながらにラーマクリシュナのところに最後にやってきてね、「わたしは今まで間違っていた」と。つまりわたしの愛する子供のラーマ、彼はあなたを――つまりラーマクリシュナを本当に愛してらっしゃると。彼の喜びはわたしの喜びだと。この子供のラーマがあなたのところに本当にいたいと思って、それで幸せなんだったら、それこそがわたしの喜びなんです、もうわたしにはなんの苦しみもありませんって言って、去って行ったんだね。そのときに、ヴィジョンではなくて子供のラーマの象徴として、実際に動いてたといわれる像があるんですけど、その像をラーマクリシュナのところに置いていったんだね。で、それからラーマクリシュナの回想としてそれがあるんですけど、最後のラーマクリシュナの結びとして、「それ以来、あの子はずっとここにいるんだ」みたいなことが書いてあって(笑)。普通に、なんというかな、神秘的なというか神の世界が日常化しているんだね。ああいう大聖者っていうのはね。
 もう一回言うけども、それを願わなきゃいけない。それは現実に可能なんだと。そこまでの境地に至るのは可能だし、そこまでいって初めてわれわれは神の愛が分かるし、あるいはわたしと神の本当の意味での関係っていうのが確立されるし。
 で、それを、何度も言うように、今そうじゃないことが許せない、と。我慢できないと。そんな、わたしはもちろん今の理想としてね、「ああ神よ、神よ」――これは素晴らしいんだけど、でもそれが、そのようなまだ自分の中途半端なイメージでしかないことが許せない。もっともっとリアルでありたいと。もっともっとわたしはこの現実的な、世俗的な目を捨ててリアルに神を見る目を得たいと。心を得たいと。このような強烈な願望を持たなきゃいけない。これを絶え間なくラーマクリシュナみたいに持つんだね。はい、これが一つ。
 そしてもう一つは、さっきの請願、懇願ね。「師や聖者がこの世に長くお留まりになるようにと強く願う」と。で、もう一回言うけど、これらのいずれか、もしくはさらに派生することでもいいけども、それで心をいっぱいにするっていうことです。逆に言うとそれ以外の世俗的な、あるいはエゴに基づいた感情、思いが一切入らないようにすると。
 皆さん、だから念正智っいうのは、まず第一に自己チェックがあるよね。自己チェックすれば分かると思うけど、自己チェックっていうのはさ、つまり何度も言っているけど、別に――つまり現代的な、最近流行っているね、現代的なテーラワーダ的なやり方で、例えば自分が「歩いている、歩いている」とか「呼吸している」とか、そういう自己チェックではない。ここで言っているのはそうじゃなくて、「自分の心が外れていないかな?」っていうチェックです。自分の心が理想以外のことを考えていないかな? どうでもいいことを考えていないかな? あるいはボーッとしてないなかな?――で、それをやると、ほとんど、九十九パーセントどうでもいいことを考えている。あるいはボーッとしているって分かるでしょ? 皆さん本当にチェックしてみてください。あるいはね、時間決めてチェックしてもいい。――ピピッピピッってやってね、アラームにして、十分後でも三十分後でもいい。「ピピ!」――そのときに考えてたか? だいたい変なこと考えてる。変なことっていうかどうでもいいことね。「さっきの店員の表情!」とかね(笑)。


(一同笑)

 本当にどうでもいいこと考えている。あるいは昔のこととかね。「あんなことやられちゃった」とかね。あるいは妄想であったり。まあ妄想って、神聖な妄想だったらいいんだけど。あの、いつも言うけど神聖な妄想はどんどんしてかまいませんよ。神と自分が遊んでいる妄想とかね。あるいは修行どんどん進めて、こういうふうな菩薩になろうとかね。そういうのは素晴らしい。じゃなくて世俗的な妄想、あるいはどうでもいいようなイメージの展開。
 わたしもね、本当に何度も言っているけど、妄想家だったっていうかイメージ人間だったから、若いころ、もうくだらないこといっぱい考えてたね。本当にどうでもいいこと。「なんでそんなこと考えるの?」みたいな――例えばわたしプロレスが好きだったからさ、「新日本プロレスの歴史」とか考えてたんだね(笑)。新日本プロレスの歴史をずっとたどってんの。「なんのために?」って感じだけど(笑)。でもそれって、人間の性向としてあるんだね。自分の中にあるデータを反芻するっていうか。反芻してなんかこうくだらない時間が過ぎていくっていうかな。昨日見たドラマの反芻であったりとかね。あるいはそこから生じる未来への世俗的なイメージであったりとかね。で、そういうのを許さない。だから逆にいうと、さっきも言ったように神聖であればなんでもいいんです。ここに書いてような神聖なパターンであればなんでもいいから、日々心にそれをイメージし続ける。そうじゃないものの侵入を許さないっていうかな。これが念正智ね。

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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(10)

2019-10-18 21:16:00 | 勉強会より抜粋


◎食事の供養

 はい。

「食事をする前に必ずその食物を師や仏陀に供養するイメージをする。」

「食実中も、自分が食べているのではなく師や神や仏陀に捧げている観想をしながら食事をする。」

 あの、カイラスでは……そうだな、わたし自体がそうだったからっていうのもあるんだけど、あんまり食事について厳しいことは言わないですね。例えばあれ食っちゃいけないとか、あんまり厳しく言わないし。あるいはあんまり食い過ぎるなとも言わない。特に食い過ぎるなに関しては、もちろん実際には小食の方がいいんだけども、小食っていうのはだんだん自然になっていけばいいわけであって。
 わたしもさ、ちょっとこう言うと言い訳になっちゃうけど、あの、O型だからわたし――全然言い訳になってないんだけど(笑)。


(一同笑)


 O型の人っていうのはやっぱり見てると、食物中心なんだね、煩悩がね。食物中心っていうか、食えば頑張れるみたいなところがあって。食わないとやってらんないみたいなところがあって(笑)。そういうところわたし昔あったから、自分で食べ物を抑えるっていうよりは、まあ食べて頑張るようなところがあった。で、それはそれでかまわない。しかし――だから例えば皆さんこの中でね、例えば人を嫌悪する――「いや、それは駄目だ!」と。「嫌悪は滅しなさい」と。あるいは、例えば性を漏らしてしまうと。「いや、それは性エネルギーっていうのはクンダリニーだから、それは絶対やめなさい」と。これはバシバシってなるわけだけど。あるいは、「いやあ、テレビいつも見ているんです」「いや、そんな情報いっぱい入れてどうすんだ」と。「瞑想やっても意味なくなっちゃうじゃないか」と。「できるだけそういったテレビとか見ないようにしなさい!」――こう言うけども、例えばY君とかが「ラーメン大好きでやめられないです」「ああ、別にいいよ」と(笑)。


(一同笑)


 「供養しなさい」と。うん。供養しなさい。で、これは何度も言っているけどさ、もしそれを皆さんが例えば本気で受け入れたら、食いしん坊であればあるほど修行は進むっていうことになるよ。だって――わたし今、小食だけどさ、結構――あんまり食べられない人がいたら、供養の瞑想あんまりできないですね。うん。ちょっとで終わってしまう。で、もしすごい大食漢だとしたら、食っている間ずっと供養できるから。「供養します、ああ、供養します、ああ……」(笑)。


(一同笑)


 で、もしいろんなものが好きな人がいたとしたら、いろんなものが供養できるよね(笑)。「ああ、供養します、供養します」。
 だから、なんていうかな、もちろん自分の中で、できるだけこう欲望を抑えるという気持ちは大事なんだけど、どうしても駄目な場合ね、抑えられない場合は、別に極端に抑える必要はない。食べ物に関してはですよ。食べ物に関しては、どちらかというとそれよりは、今よりも何倍も供養の気持ちを強めてください。ここに書いてあるように、自分が食べているんじゃないんだと。自分が身体を祭壇として供養しているんだと。
 例えば、だからそれはいつも言うように、「おいしい!」でかまわない。原始仏教とか原始ヨーガ的な発想は、どちらかというと味覚を否定する。「これは『おいしい』というのは幻影である」と。「味覚とはなんなんだ」と。「ただの過去の経験の追体験に過ぎない」と。「ただそれは舌に生じている刺激に過ぎない」とか言って食べるわけだけど、この大乗仏教や密教の供養の発想はそれはしなくていい。おいしさを充分味わってください。「うめー!」と。ね(笑)。「この美味しさを供養します!」と。だって美味しくなきゃ失礼でしょ? 供養なんだから。「おいしい!」と。「この喜びを供養します」と。「この素晴らしい供物を供養します」。
 で、何回か言っているけどね、それを本気でやると、わたしの経験でいうと、一般の味覚はちょっと減ってきます。で、もうちょっと内的な味覚っていうか内的なエクスタシーが増えていきます。だからちょっと食べるって行為が変わってくるんだね。前の、舌に依存した食べ物のおいしさじゃなくて、もうちょっと内的なエクスタシーみたいのが増大してくるっていうかな。だから逆に、食べ物の執着がだんだん減ってくる。供養をしっかりやっているとね。
 でもこれもね、何度も言っているけどさ、こういったことっていうのは、一つ一つやり続けることが大事なんだね。やり続けるか、あるいはたまにやるか、あるいは忘れてほとんどやらないかでは全然違う。だからこの供養の瞑想も、われわれは一日、多い人では三回食べている人もいるかもしれない。あるいはまあ二回、一回かもしれないけど、少なくとも毎日最低一回は食べるよね。――っていうことは、一回はできるってことです。この素晴らしい供養の瞑想がね。だからそれを習慣としたらいい。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(9)

2019-10-18 19:31:05 | 勉強会より抜粋


◎具体的にやるべきこと

 はい。で、その次が総論ってのいうのがありますが、ただ、そういってもなかなか日々これをどうするんだっていうのがあるので、ちょっと具体的にやるべきものをまとめましたっていうのが次のところですね。
 はい、まず一、

「家に祭壇を作り、毎朝起きたら必ず水、お香、燈明などを捧げる。」

 ――かなり具体的な話が出てきたけど(笑)。かなり具体的なアドバイスだけど、でもこういうのも大事です。あの、儀式的にね、よくヒンドゥー教とか仏教ではやるけども。まあもちろん、これをやらなければ駄目だとは言わないよ。やらなければもう終わりだ、までは、そこまでは言わないけども、でもまあやったらいいってことですね。だからぜひ自分の、なんていうかな、サマンタバドラの行の一つの実践として、これをやったらいいね。

 はい。次に、

「ときどきは師や聖者に対して実際にお金や物品や食物の布施を行なう。」

 布施とか供養っていうのはもちろん心の問題なので、実際にはね、いつも言っているように、マンダラ供養なり、あるいは祭壇への供養とかでも十分なんです、本当はね。心が完璧に供養の気持ちで満たされていればね。でもわれわれのエゴってずるいから、実はすごい貪りとかエゴが強くて、あるいは高い存在へのそういう供養とかの気持ちがあまりないと。でもかたちだけやって満足している場合があるからね。だからそれは日々打ち破んなきゃいけないんで、実際には具体的に、本当にそのような布施の実践、供養の実践もしたらいいね。もちろんそれはときどきでもいいし、じゃなくて常に全力でできるとしたらそれはそれで素晴らしい。

 はい。次に、

「時間を決めて五体投地を行なう。」

 はい、これは礼拝行のね、一つの一番いい修行法として五体投地がありますので、これも――まあ加行もらっている人はその加行どおりにそれをやればいいし、加行にこれが入っていない人も、自分で決めてね、それは三十分でも一時間でもいいし、もちろん十分とかでもかまわない。自分で決めて、決めた時間に礼拝を行なうというのを習性としたらいいですね。

 はい。そして、

「神や仏陀への賛歌などを知っている人は一日一回はそれをやる」

と。まあカイラスではいっぱい賛歌を提供しているから、自分の好きなやつでかまわないので、しっかり日々歌ったらいいですね。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(8)

2019-10-16 21:17:35 | 勉強会より抜粋


◎サマンタバドラの行

 はい。ちょっと四無量心について長くなり過ぎちゃったんで、最後にこのサマンタバドラの行ね。これはエッセイ集の『融通無碍』にも載っているので、読んだことある人いると思いますが。まあちょっとあまり時間ないのでパーッと表面的に見ていきましょうね。
 はい。じゃちょっと時間がないんでわたしが読みますね。
 大乗仏教の修行の一つにサマンタバドラの行というものがありますと。で、それはチベットで「七支の供養」っていうのは有名ですけども、実際にはさまざまなバリエーションがあるわけですね。で、それを、現代的に、わたし自身の経験も含めて、簡単にそれを十項目にまとめましたと。
 はい。で、一番が「礼拝」ね。実際に五体投地など礼拝行を行なうと。あるいは日々祭壇などに礼拝をする。あるいは常に心に神や仏陀を思うと。
 二番目が「讃嘆」。神や仏陀や聖者や師などの素晴らしさを日々心に思い讃嘆する。実際にその素晴らしさを口に出したり、あるいはうちでやっているみたいに歌を歌ったりすると。何があっても神、仏陀、聖者、師の素晴らしさ、完璧さを思い感謝すると。この「何があっても」っていうのはとても大事です。さっき言った「喜」とも関わってきますけども。例えば日々いろんな苦しみが出たり、あるいは疑念が出たり、いろんな心の屈折が出たりしたときに、それを決して――もちろん衆生に向けても駄目だけども――衆生に向けても駄目で、当然自分の尊敬すべき師や神や仏陀に向けるなんてあってはならない。何があってもそれは自分のカルマの悪さであって、あるいは自分の未熟さであって。神は完璧なんだと、この讃嘆の心を持ち続ける。
 はい、「供養」――供養は実際に、具体的に師や聖者にお金や物品や食物などを供養したり、あるいはイメージの中で素晴らしいものを供養したり、あるいは執着しているものを供養したり、あるいはさまざまな日々の経験自体を、心の中で日々供養するということですね。
 はい。四番目が「教えどおり生きる」。念正智の世界だね。
 五番目が「懺悔」。
 六番目が随喜。はい。この辺はいつも瞑想でやっているから分かりますね、つまり懺悔と同時に、逆に自分の修行の進歩や、あるいは自分が今修行できていることへの喜びね、こういったものを心から喜ぶと。ね。で、感謝するということですね。
 はい。七番目が「教えの請願」ね。真の教えというものに対する強い欲求を持つと。で、「欲求するだけでは駄目で、今与えられた教えの実践の項目を完璧に達成しようと努力すべきである」と書いてありますが、つまりこれは、さっき言ったように、学者になってもしょうがない。あるいは皆さんは教えのコレクターになってもしょうがないわけですね。教えのコレクターじゃなくて、一つ一つをちゃんと身に付けないといけない。一つ一つを身に付けると、そうですね、当然次の課題がやってきます。そういうやり方の方が実際はいいね。
 教えをもちろん――まあだから、例えばカイラスだったらカイラスで皆さんに与えている教学っていうのは、まあ結構厳選しているところがある。つまりわたしの見解もあって、「あ、これは利益があるだろう」と。まあ逆に言うと、これは要らないっていうのはあんまり出さないというか。これが利益あるだろうってのをバーンとこう出していると。で、その一つでもいい。あるいは複数でもいいけども、しっかりと教学し、あるいは実践し、自分のものにしようと考える。あるいは一つ一つの修行法でもいいですよ。修行法自体もちゃんと自分のものにしようと考えると。それによって、早くこれを達成し、より高い教えを得たいと。あるいはより高い、あるいはより真髄的な教えも早く伝授してもらえるように頑張ろうと。このような気持ちで一つ一つの教えを達成していくのが大事ですね。
 だから、もう一回言うけど、単純にコレクターみたいに教えの項目だけを集めてもしょうがない。一つ一つをいかに達成するかだね。
 はい、八番目が「見神、及び化身の請願」。これはまあいくつかのパターンがありますと。まず第一に共通してなさなきゃいけないのは、ラーマクリシュナもそうだったように、神や仏陀を見神したい。つまり直接お会いしたい。「どうかわたしの前に現われてください」という強い要求と祈りを持ち続ける。
 次に、まだ師と出会っていない人は「そのような具体的にわたしを導いてくれる師よ、どうか現われてください」と日々懇願し続けると。
 三番目、実際に今師がいる人は、その師が去らないように、つまり肉体を捨ててどこかへ行ってしまわないように、できるだけ長くこの世にお留まりくださいと請願すると。
 で、ちょっと付け加えになりますが、師ではなくても尊敬している聖者っていうのが今地上にいるとして、その聖者方にもそのような請願ね。できるだけ長くお留まりくださいと考えると。このような心の強い請願心ですね。これを持ち続けるっていうことですね。
 はい、九番目が「平等なる智」。これはさっき言ったのと同じですね。損得勘定のない、そして誰も抜けのない平等なる完全な慈悲、慈愛の訓練をし続けると。
 はい。で、十番目に、これらの日々の実践によって積まれた功徳、エネルギーを、すべての衆生の悟りと幸福に回向するということですね。
 はい、これが「サマンタバドラの行」の、まあまとめたやつですね。で、これを全力で極めるっていうことですね。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(7)

2019-10-16 21:11:06 | 勉強会より抜粋


◎捨

 そして四番目として――まあ四番目っていうのは、これは全部に関わってくるわけですけど――「捨」。つまり自分は捨てると。つまり、今言ったことのいわゆる背景として――ここでいう自分っていうのはもちろんエゴのことね。エゴの損得、エゴの苦楽、エゴのメリット・デメリット、これはどうでもいいと。うん。
 ラーマクリシュナがやっていた神への祈りの仕方として、「おお、神よ」と。「あなたの徳と、あなたの不徳、どっちもいりません」と。「あなたの清らかさと、あなたの与えてくれるけがれ、どちらもいりません」と。「ただ、あなたへの愛だけをお与えください」ってあるね。これは別の角度からの「捨」ですけども。つまり、二元的なわれわれの「こうなりたい、これは嫌だ」っていうものを、もちろんエゴ的なものも含め、あるいは宗教的、修行的達成も含めて放棄するんです。
 「じゃあ何のために修行しているんですか?」――一つは、今言った菩薩道でいうと、みんなのため。ただみんなのためにありたいと。で、もう一つは、何のためとかない。まあ言ってみれば神への愛のためっていうかな。損得勘定じゃない神への愛のために、それがまだ達成されていない自分を、その状態に持っていきたいがためにやっているだけであって。
 世俗的なエゴはもちろん、そうじゃなくて自分がニルヴァーナに入りたいとか、自分がその苦悩の世界から脱却したいっていうのも、もうそれもどうでもいいんだと。とにかくみんなのための存在でありたいと。あるいはバクティ的に言えば、ただの神の道具でありたいと。そこまで自分を、まあ純粋化っていったら変だけども、理想に近づけたいって感じですね。
 だから、ちょっともう一回言うけど、全部に行き渡る背景として、自分のエゴ、あるいは自分の中のさまざまな二元的な「こうなったらいいな、こういうのは嫌だな」――こんなのはどうでもいいと。つまり、宮沢賢治の言い方で言えば、自分のことは勘定に入れない、とかね。もしくは一番後の勘定に入れると。一番あとに考えると。で、何度も言うよ――みんなの幸福を願うと。みんなのために修行すると。はい。この、言ってみればシンプルな四つの柱、四つの四無量心ね。これを全力でやると。これだけでも皆さんは、ここで書かれている菩薩道、あるいはサマンタバドラ行というものを達成するでしょう。
 要はあとはやるかやらないかだね。あるいはその一つ一つを、具体的にどれだけ極め尽くす気持ちがあるかどうかですね。
 だから何度も言うけどね、ちょっといろいろ言ったけど、シンプルに言うと、やっぱり決意と忍辱が大事ですね。決意と忍辱。最初の、やるんだっていう決意。これを日々持ち続ける。そして忍辱。忍辱もだから、最初から覚悟しているといいね。つまりその、やはり耐える期間って必要です。っていうのは、自分のカルマを変えなきゃいけない。自分が生まれ変わらなきゃいけないから、当然いろんな意味での苦しみに耐える。苦しみっていうのはその実際の苦しみだけじゃなくて、自分のエゴや概念とちょっとぶつかるようないろんな現象が起きる。そこで、本当はこうしなきゃいけないんだけどエゴはこうしたいと。でもこれ、耐えているうちにやっぱり変わります。でも耐えないと変わらないんだね。っていうのは、ある程度のやっぱり期間が必要だから。
 忍辱の力がない人は、いつも言っているけど、「あれ、あと五分耐えれば良かったのに」と。あと五分耐えればY君は「ニューY」として(笑)、生まれ変わったのに、「また? また五分前でやめたの?」と。「また一からやり直しですね」と。つまりこれが、よく分かっていないというかね。忍辱の大事さを分かっていない。
 だからわたしね、本当に何度も言っているけど、今年の最初にもなんか言ったような気がするけど、いろんな人見てて、もちろん自分も含めていろんな人見てて、この忍辱、ね、「クシャーンティ」とか「カンティ」とか言いますが、この忍辱という要素というのは非常に重要です。これはぜひ皆さんの肝に銘じてほしいね。忍辱。
 この忍辱っていうのは、もう一回言うけど、あの、果てなき忍辱ですよ。限定なしです。ただ実際には、結果的には限定あるんですけどね。でも限定ある気持ちだとできません。だから一生耐えるぐらいの気持ちでいくと、もちろんある期間でパッと抜けます。でも自分のカルマ内でここまでとか思っていると抜けられないんだね。だから気持ちとしては一生ぐらいの気持ちで。まあいつも言うように、一生だまされてもいいぐらいの気持ちだね。「六十年経ったんだけどまだですか?」っていう(笑)、その状況が来るかもしれないけど、それでもいいんだと、別にね。それでもいいぐらいの気持ちで、一生耐え続ける気持ちで、自分のカルマとの戦いをこう耐え続けるっていうかな。
 はい。この決意と忍辱を一つの柱としつつ、四無量心の実践を行なうと。これはとても素晴らしい、具体的な要素ですね。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(6)

2019-10-16 21:00:02 | 勉強会より抜粋


◎本当の意味での「喜」の世界


 はい。で、このようなものを――ここから次の二番目の話に移行しますが――このような心を皆さんが育てると、いいですか?――本当の意味での「喜」の世界に入っていきます。で、この本当の意味での「喜」の世界って何を言っているのかっていうと、つまりそのような修行を進んでなかった者が進んだ喜びではなくて、そもそも自分の上にいらっしゃる――まあ例えば師であるとか、聖者、仏陀や如来方の、本当の素晴らしさが分かってきます。つまり自分の中の、比較における些末な嫉妬とかの壁がガッと崩れることによって、今まで実は――まあ変な話だけどね、皆さんはそう思っていないだろうけど、この嫉妬やあるいは比較の心があると……たぶん皆さんは自分では気付いていないだろうけど、自分の師にも、あるいは聖者にも、仏陀にも嫉妬しています。つまり壁ができているんです。で、これが完全にパッと外れたときに、本当の意味でその素晴らしさが分かってくる。あ、わたしは今までもバガヴァーンや仏陀を尊敬していたけども、それは本当に視野が狭かったと。本当のその無限なる素晴らしさが、本当の意味でやっと理解できたと。こういう世界に入ってくるんですね。で、理解できると当然、絆っていうかな、パイプも太くなるから、その上からの恩恵もドワーッてやってくる。
 この辺はだから、いつも言っているように――ちょっとこういう言い方するとさ、また打算的になっちゃうんだけど、実際には打算じゃなくて――「負けるが勝ち」みたいなもんです(笑)。負けるが勝ちって言っちゃうと、勝ちたいから負けるみたいな変な話になっちゃうんだけど(笑)。でもそれは自分の智慧のレベルで考えてほしいんですけど。つまりエゴが願っている勝ちは、実は勝ちじゃないんだってことですね。分かると思うけどね。そうじゃなくて、エゴの損得勘定を捨てて、菩薩道といわれるところに身を任せたときに、実際には多くのものを得るっていうかね。
 今の話をちょっと、分かりやすくもう一回言いますよ。自分はみんなの踏み台でいいと。ただただ、みんなのために修行したいと。それで、多くの者が自分を追い越してもかまわないと。それはそれで最高の喜びだっていうふうに心が本当に確定されたときに、パッと壁が外れ、逆に上から多くの恩恵を得ます。あるいは多くの上の素晴らしさが分かり――上っていうか、聖者方や菩薩方や如来方の素晴らしさが分かり、自分の視野というかな、世界がガーッと広がります。――っていうことは、自分が一番修行が進むってことになるね、変な話ね。うん。
 それはだから今のようなことを――まあそうだな、自分のエゴに言い聞かせるようなかたちで論理的に考えてもいいし。あるいはそうじゃなくて、まあもうちょっと率直な感じで「ああそうだな」って思って、日々そういう心の修習に励んでもいいね。
 はい。よってこの――もう一回言うよ――みんなが幸福であってほしいと。そして、みんな苦しんでほしくないと。そのために具体的に自分も修行を進めて、自分でできる範囲で、みんなをこの道――まあみんなを救うっていうのは、別の言い方をすると、もうベクトルは決まっているわけですね。ベクトル。で、このベクトルの上向の流れに乗せるっていうことです。その流れ自体の位置はそれぞれカルマがあるから、表面的にはもちろんいろいろあってかまわないんですよ。でも少なくとも、ベクトルを下じゃなくて上に向けてあげるってことです。ベクトルをできるだけ――できるだけっていうか、まあ結局上か下しかないからね。上か下かしかないので、上に向けてあげる。そのために皆さんは――ちょっと今日はいつもとは違う言い方になりますけども――救済者になんなきゃいけない。救済者。
 つまり菩薩っていうのは救済者だから。菩薩っていうのは、いつも言っているけど、ただ優しい心を持っているのが菩薩ではない。救済者なんです、本当に。つまり、みんなのために自分が役に立たなきゃいけないんです。情緒的な世界じゃなくてね。現実的に役に立たなきゃいけない。で、何度も言うけども、役にまだ立てないんだったら、立つ自分になんなきゃいけない。そのためにこの人生を使わなきゃいけないってことですね。
 そのために徹底的に修行し、で、そうだな――ちょっとあんまり話が広がらないようにするけども、やはりいつも言うように最初の発願、あるいは決意、あるいは熱意っていうのは大事ですね。さっきのサマンタバドラの話にもあったように、もうこの、なんていうかな、原子ほどにある浄土、仏陀の浄土をすべて極め尽すくらいの熱意で頑張ろうと。
 で、その強い決意と、それから――いつも言うようにね、やっぱり六波羅蜜にもある「忍辱」ね。忍辱はやっぱりすごく大事です。つまり耐えると。自分の最初の発願、自分の決意を貫くと。何があっても貫くと。どんな苦しいことがあっても貫くと。あるいはどんな自分のエゴを揺さぶられることがあっても、最初の理想を貫くと。
 この決意と忍辱ね。この決意と忍辱を一つの武器として、今言った慈愛、慈悲、そして喜びの修行を徹底的に行なうと。
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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(5)

2019-10-16 18:52:07 | 勉強会より抜粋


◎喜の世界

 はい。次、三番目に、喜、喜びという実践があります。この喜、喜びっていうのは、いつも言うように、周りの衆生が進化することを喜ぶんですね。
 これはそうだな――二つの方向性から言えると思う。一つは今言った、慈悲の延長上ね。これは何回か言っているけどさ、ここで引っかかりになってくるのが阿修羅の心ね。つまり皆さん、今回合宿で結構、逆転のアーサナ二時間もやっちゃったから(笑)、みんな喉が詰まった人が多かったけど。喉の、まあクンダリニーヨーガ的にいうと喉の詰まりである、他者に対する闘争心や嫉妬心、批判心といったものね。これがわれわれの邪魔になってくる。
 で、これがだから面白い話なんだけどさ、いつも言うように人間っていうのは面白いもので、つまりなぜ愛よりも慈悲の方が上なのか。当然愛っていうのはベースだからね。そこからさらに、みんなの苦悩を哀れみ、実際に自分がそのために修行するぞ、とかね。みんなのために自分の時間やパワーを使って、あるいはお布施してね――みんなのためにっていうのは、ただ単純に「みんな愛してます!」っていうよりは大変ですよね。で、さらにその上に「喜」、つまりみんなの修行の進歩を願うのがなんで大変なのかっていうと、そんだけ人間の心って些末なもんなんです。人間の心っていうのは非常に、ちょっとなんていうかな、狭いっていうかな。うん。
 何回も言っているけど、例えばY君が誰かを修行の道に導いて――例えばそれは五、六人かもしれない。五、六人導いて、「さあ頑張れよ!」と。「おまえ、蓮華座ちゃんと組まないと駄目だぞ」とかね(笑)。「勉強会に来い」とかいろいろ言って、こうやっているうちにだんだんだんだん、みんなが修行に目覚めてきて、どんどんどんどんこう進んでって、例えば周りの評価も高くなると。例えばわたしも、例えば褒めるとするよ。「Y君の連れてきたあの五人はすごいね」と。「ああ、こういうところもすごいね」と。「あ、こういうところもすごいね」と。「Y君も頑張んないと」みたいな感じになってくると(笑)。


(一同笑)

 そうなってくるとね、やっぱり嫉妬心が出てくるんだね。うん。つまりこれも変でしょ? 変っていうのはつまり、わたしはその五人の――この場合ね、五人が仏陀になることを願っているわけだね。『入菩提行論』にもあるように。「さあ頑張れ、頑張れ!」と。「おまえら早く解脱しろ!」と。それなのに、このどんぐりの背比べみたいな、まだね。お互いにまだまだ仏陀から見たら低い境地で、自分よりちょっと――仮にですよ。実際には人っていろんな要素があるから。例えばAさんっていう人が、Aさんのある部分がY君より上に見えても、別の部分はY君の方が上かもしれないよね。だから人の評価っていうか比較って難しいんだけど。でも嫉妬心があると、なんかそれがすべてに見えてしまう。なんか、ちょっとでも自分より上の者を見つけたりすると、強烈に嫉妬心が出る。
 で、この嫉妬心を別の言い方をすると、引き下げる心です。嫉妬心って言うとあいまいなんだけど。つまり、「おまえ、もうちょっと引き下がれ」と。ね(笑)。「おれより上行くな」と。これが非常に矛盾しているんだね。
 もう一回言うけど、その相手のジャンプアップをね、向上を願ってたのは自分じゃないかと。自分が願ってたくせに、本当に向上して自分を越そうとすると、引き下げようとする。これが、なんというか、些末な心なんだね。
 だから逆にシャーンティデーヴァとか、つまり菩薩道を分かっている人は、より逆に極端な生き方をすると。つまり、まあ前も言ったマンジュシュリーの救済みたいな感じで、「ああ、どうぞどうぞ」と。「わたしはあなた方の」――いいですか――「踏み台になりましょう」と。あるいは「縁の下の力持ちになりますから」と。「わたしがそのためにこの人生を使えるならば、それは本望だ」と。わたしが生きたこの五十年、六十年の中で、多くの人がわたしを追い越していったとしたら、それはすごいことだよね。だって自分だって修行してるんですよ。自分だって修行してるっていうことは、自分だってもちろん進歩しているわけだよ。自分の導いた人がそれより進歩したとしたら、救済者としては本望でしょ。これ以上の喜びはないというか。
 『入菩提行論』っていうのはいつも言うけど、素晴らしい言葉がいっぱいあるわけだけど、例えばその一つでこういうのあるよね。ちょっと正確には忘れちゃったけど、「わたしは世界の衆生に奉仕する」と。「世の人々の群れは……」――あ、「世界の衆生の幸せのために奉仕する」と。「世の人々は、わたしの頭に足を置け」と。「わたしを害せ」と。で、「世界の主は、満足したまえ」って書いてある。
 これはさ、一見ね、一見っていうか、まあ一面は、自分の中のエゴを滅するような言葉にも見える。つまり「わたしのエゴはもういらないから、みんなわたしを害していいですよ」と。「わたしの頭に足を置いていいですよ」と。「わたしのエゴは全部、みんなに捧げましたから」――まあ、これもあると思う。でも、もうちょっと深い意味があると思うんだね。それは今言ったのとつながることで。つまり「わたしの頭に足を置け」っていうのは、単純に自分を謙虚に見て、「わたしはもうみんなの中で全然駄目な者でいいから」っていうエゴの滅却だけをねらっているんじゃなくて、「本当にわたしをステップにしてください」と。「わたしをステップにしてどんどん上に上がってください」と。こういうその、なんていうかな、文殊菩薩的なっていうか、救済の意志みたいのを感じられるね。
 あと「害せ」っていうのも同じで、ただ「害せ」だとちょっと変でしょ。「ただわたしを害せ」っていうのはさ、なんていうか、エゴの滅却っていう意味ではいいかもしんないよ。でも害した方は悪業になるよね、単純にね(笑)。そうじゃなくて、こっち側から見ると、まるでわたしがマイナスのことを受けているように見える。しかし、それで相手の修行が進むんだったら、あるいは相手の幸せになるんだったら「どうぞどうぞ」と。だから、そういうちょっと一歩進んだ理解をするとそういう感じになる。
 だから、もう一回言うよ。わたしはみんなの幸福を願っている。で、そこにおいて自分との比較はもう関係ないと。もちろん自分は自分で頑張るけども――あのさ、もう一回ちょっと分かりやすく言うよ。例えばY君がいるとして、五人の人を導いたとして、その五人の人が――自分も頑張ってますよね。自分も頑張っている。で、五人の人がどれだけ修行を進むことを願うのか。もちろんできるだけ進むことを願うよね。できるだけ進むことっていうのは、例えば目盛りがあるとしたら、例えば一年間で十進むよりは、やっぱ二十は進んでほしいし、もし可能なんだったら二十より三十進んでほしい。これ当たり前の話ですよね。で、自分は自分としてあるわけです。自分は自分として十、二十、三十ってあるよね。例えばY君が、その人に五十進んでほしい――例えばその人のカルマが今三十だとして、「いや、もっと頑張って五十まで進んでほしい」と思ったとするね。でも自分は四十までしか進まなかったとして、でも彼は五十まで進んでほしいって願い自体はもともとは純粋なものであってね、あるわけですよね。これはだから、自分の今の状態とは関係がないというか。自分は自分で、それとはちょっと切り離した感じで頑張ればいいだけであって。それとは全く別の話で、もしこの人が――いいですか?――例えば自分は四十までいったと。で、この人は二十から――そうだな、「おまえ今二十だけど三十までいけ!」って励ましていたのが、三十じゃなくて六十ぐらいまでいったとするよ。自分は五十だと。彼は三十じゃなくて六十までいったと。
 もう一回言いますよ。二十だったはずのやつを「三十まで頑張れ!」って言ってたのが、六十までいったらどうですか? 倍の喜びでしょ、普通考えたら。「うわあ! マジ!?」と(笑)。


(一同笑)


 「こんな嬉しいことがあっていいの?」と。ね。「おまえは三十までいってくれると思ってたけど、六十もいったの?」と。「ありえねえ!」と(笑)。


(一同笑)


 「もう、世界が終わるくらいの喜びだ」と。自分は五十なんだけどね(笑)。でもそれくらいの素直なっていうかな、自分を勘定に入れない周りへのそういうのがあっていいんだね。
 で、これを例えば客観的に見た場合、まさに今の話で言ったらね、Y君が踏み台になったように見える。踏み台っていうのは、つまりY君自体はあんまりまだ進んでいないと。しかしみんなはY君と出会ったことによって、Y君にいろいろ――まあ例えば客観的に見ればですよ、Y君はあまりその、なんていうかな、みんなの面倒を見過ぎてて、自分の修行に割けなかった分もあったかもしれない。それによって周りの方が進んだっていうそういうシチュエーションがあったとする。この場合、Y君が踏み台になったような感じがするよね。それが、変な話なんだけどね、菩薩としては喜びなんです。その方がいいぐらいな話です。逆に言うとね。うん。それくらいの発想がなきゃいけない。
 で、それができると、この三番目の世界、つまり喜の世界、喜びの世界に本当に入れるんですね。本当に――何度も言うけども、「わたしは個人的には何度も何度も繰り返し自分を高める修行をしています!」と。これはこれでもちろんしているわけだけども、それ以上にみんなの幸福を願うと。で、それはなかなか、みんなが救われるっていうのは難しい話だけども、難しいけども自分のできる全精力を傾けて手助けしたいと。で、それが達成されたとしたら、これ以上の喜びはないと。何度も同じこと言っているけどね。自分より下だった者が自分を越すぐらいになったとしたら、もう喜びの極みであると。これくらいの、素直なっていうかな、率直な、その慈悲の先にある喜びってのがあるんだね。
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「解説・マルパの生涯」(2)

2019-10-13 10:17:45 | 勉強会より抜粋



【本文】
 マルパは両親の財産の自分の取り分を強引に手に入れ、そのお金でインドへと旅立ちました。
 このころは、インド仏教のチベットへの輸入が盛んに行なわれていた時期で、マルパ以外にも多くのチベット人が、教えを求めてインドに旅していました。
 しかしマルパは、他の学者たちとは少し違った道をとりました。学僧ではなく、ナーローという密教行者の弟子になったのです。ナーローはもとはインド最大の僧院であるナーランダー僧院の僧院長として大変有名でしたが、その地位を捨て、僧院を去り、密教行者ティローの弟子になった、いわば異端者でした。


 はい。まずそのインドに行く決意をしたマルパは、ただまあまだ、なんていうかな、若かったので、お金がないと。まあつまり旅費もないし、それからまあその当時は、師について教えを受けるときには、まあお金というよりも黄金だね。黄金を、まあ感謝の印としてお布施するという習慣があったので、まあ教えを受けにインドに行くには、旅費プラスその報酬としてね、膨大なお金がいったわけですね。で、マルパはまだお金がなかったんで、両親に言ってね、自分の財産の取り分を強引に手に入れたと。まあつまり、お母さんお父さんが死んだら遺産を分けてもらうわけだけど、今くれと。ね(笑)。今、自分が分けてもらうはずの遺産を、今くれと。親の財産を、「おれの分よこせ」って感じで奪っていったわけだけど。
 マルパの人生を見てると――まあ例えばナーローパ、マルパ、ミラレーパ、ガンポパ――このカギュー派の祖師たちは、全員性格が違います。ね(笑)。で、あるいはまあもちろんほかのね、ロンチェンパとか、あるいはまあゲルク派のツォンカパね。あるいはまあパドマサンバヴァもそうだけど、みんな性格違うんだね(笑)。この辺が面白いところなんだね。
 つまり、なんていうかな、仏教、あるいはヨーガというその修行、まあ言ってみれば宗教でもあるわけだけど、それをしっかり実践するとみんな同じようなものになっていくっていうよりは(笑)、特に密教はそうなんだけど、エネルギーが強くなるので、非常に特徴が出るっていうかな。
 で、マルパっていうのは、これはマルパの全体のその生涯を見れば分かるけど、非常にね、現実的な人なんです。これがマルパのすごく特徴なんだね。現実的なんです。現実的――つまり夢を追いかけたり、ほんわかとこう――まああるいはその、神におまかせしてればなんとかなるというタイプではなくてね。もちろんそれはそれで素晴らしいんだけど、そうじゃなくてマルパの場合は、すべて現実的に力ずくで現象を動かすようなタイプなんだね。うん。だから、例えばドクミがなかなか教えてくれないっていう現実に直面したら、もうすぐさま心を切り替えてね、よし、わたしがインドに行こうと。でも金がない、ってなったら、じゃあ金を――ね、十年ぐらい、しっかり頑張って貯めようかって発想にならないんだね。親の遺産があると。ね(笑)。で、でも普通は、「でもそんななあ……死ぬ前に遺産くれなんて常識的じゃないよな。ちょっとそれはさすがに親戚にもちょっとあまりいい評判立たないだろうし……」って考えるんだろうけど、「いや、もらう」と。「おれの権利があるのだ」と言って、こう無理矢理もらうわけだね。すごく現実的で強引っていうか。それがまあいい悪いは別にしてね、マルパのスタイルというか性格だったんだね。
 で、そのようにして金を手に入れて、まあインドに旅立ちましたと。で、ちょっとここではこう、大ざっぱにしか書いてないんだけど、もうちょっと詳しく言うと、最初ね、チベットからまあインドに渡るときに、いったんマルパはネパールに二、三年留まっているんです。それはなんでかっていうと、まあその当時の考えとして、チベットっていうのはすごい標高が高い寒い国なわけだけど、インドはまあご存じのとおりすごい暑い国なわけだけど。まあその当時のね、チベット人っていうのは、まあはっきり言うと田舎者です。田舎者であまり外の世界を知らないと。で、インドっていうのは、まあある意味文化的に――まあ、現在われわれがインドっていうとさ、すごくその、なんていうかな、ヒッピーとかがいっぱいいるような、ちょっと自由な雰囲気をイメージするかもしれないけど、当時のチベットから見たインドっていうのは大文明国なんだね。すごい文化が進んだ国っていうイメージがあった。で、田舎者のチベット人達は、まあちょっとインドに対するおそれがあって、で、しかもその非常に暑いと。で、われわれが、チベット人であるわれわれがいきなりインドに行くと、熱病にかかって死んでしまうようなそのおそれが、恐怖があったんだね。だから中間地点のネパールにいったん行って、そのネパールでちょっとこう体をね、慣らして、インドに行くっていう、まあ風習っていうかな、パターンがあったみたいなんだね。
 で、マルパも同じようにそのネパールでちょっとこう体を休めるとき、途中でね、まあこれ、あとにも出てくるけど、ニュっていう名前の同行者がいたんですね。で、このニュもマルパと同じ目的で、つまりインドに行って仏教を学んで、それをね、持ち帰ろうという目的でインドに行こうとしていた。つまりここにも書いてあるように、その当時はそういうムーブメントっていうか、そういう流れがすごくあったんですね。つまり仏教を志す者たちが自らインドに行って、で、当時はナーランダーとかすごいその学問仏教が盛んだったんで、インドでね。そういうところに行って、正統的な仏教をしっかりと学んで、で、それをまあチベットに持ち帰って、研究してね、その正統的な仏教をしっかりとチベットに広めようと。まあもしくはもっと、ちょっと俗的な希望があった人は、その最先端なね、インド仏教を持って帰って、まあ偉くなろうって思ってた人もいるかもしれない。まあとにかくいろんな人達が、インドに仏教を求めに行ってた時代だったんだね。
 で、そのニュって言われる同行者と一緒にネパールにしばらくいたんだけど。で、そこで――まあここに書いてない話をちょっと言うと、チテルパとパインダパっていう二人の修行者と、このマルパとニュが出会うんだね。チテルパとパインダパという二人と出会って、で、そのパインダパっていうまあ行者がね、ある教えを説いていたと。で、そこにマルパとニュがやってきたんですね。で、そのパインダパと、それからチテルパがそれを見て、チテルパがね、「おい、あの二人は誰だろう?」と。ね。マルパとニュがやってきたわけだけど、「あの二人は一体誰だろう?」と。ね。で、そこではちょっと高度な秘密の教えを説いてたんで、「チベット人らしいけども、彼らはまだその資格があるか分かんないから、彼らにこの話を聞かれてもいいだろうか?」ってチテルパが言ったら、パインダパが、「チベット人なんてものは牛みたいなもんで(笑)、おれたちのネパール語が分かるわけがない」と。「だから大丈夫だよ」って言ってたんだね(笑)。で、まあそれはちょっと冗談っぽく言っただけだったかもしれないけど、これを聞いて、プライドの高いニュは、すごい怒ってしまったんだね。つまり自分たちを軽蔑、馬鹿にされ――まあ、つまり二人はもうネパール語を分かってたから、意味が分かってね、馬鹿にされたっていう感じで怒ってしまったんだね。でもマルパはそこで怒らなかった。
 まあこれも縁なんだけど、実はこのチテルパとパインダパっていう二人は、ナーローパの弟子だったんです。で、マルパがね、翌日またそのチテルパとパインダパのところに行こうとしたら、ニュは行かなかったんだね。うん。つまりその、「あんな人を馬鹿にするようなやつのところにはおれは行かん」って言って、ニュは行かなかった。で、マルパだけがチテルパとパインダパに会いに行った。
 その二人がね、マルパに、ナーローパに会うことを勧めるんだね。「あなたはインドに教えを受けに行こうとしているらしいですが、本当にね、――ただ表面的な学問ではなくて、本当に究極の真理の真髄を得たかったら、ナーローを訪ねなさい」と。ね。「ナーローはわたしの師匠です」と言って、ナーローのことを勧めるんだね。で、そこでマルパはニュのところに帰って、ニュにもそれを勧めるんだね。「ナーローのところに行こう」と。まあつまりマルパはナーローと縁があったから、すごく惹かれたんでしょうね。でもニュは、それをもちろん断った。まあそれは、チテルパとパインダパが嫌いだったということもあるけども、ニュはやっぱり正統的に仏教を学びたかったから、ナーロー――まあナーローのことは有名だったわけだけど、ナーローは、この間ね、「ナーローの生涯」で学んだように、一時はインド一の大学者と呼ばれる程のすごい誉れを手にしたんだけど、それをすべて捨てて、まあ密教行者ティローの下に弟子入りしてね、放浪の密教行者になったわけですね。で、それをニュはすごく軽蔑していて、彼はね、正統的な仏教で本当に高い地位に行ったにも関わらず、それをすべて捨てて、なんか乞食行者の弟子になって、なんかわけの分かんない修行をしていると。ね(笑)。だからあんなやつの所におれは行きたくないと。行きたいなら勝手に行けって言って、で、まあここで二人はね、別れて、ニュはね、正統的なっていうかな、学問的なお寺の仏教を学びに行って、で、マルパはその密教行者であるナーローを探しに行ったんだね。
 この辺の話っていうのはね、そうですね、昔、中沢新一さんの話でちょっと似たような話を読んだことがある。似たような話っていうのは、まあ中沢新一さんっていうのは皆さん知っていると思うけども、まあもともとね、宗教学者としてネパールに行ってね、で、まあ彼の師匠であるニンマ派のケツン・サンポ・リンポチェ――まあもう亡くなってしまいましたけども、このケツン・サンポと言われるニンマ派の師匠の下を訪ねて、弟子入りするんだね。まあそれももちろん、彼がそのすごくその、縁が、ケツン・サンポとあったからでしょうけども。
 まあ中沢新一さんのいろんな書いたものを読むと、まあ最初はもちろんほとんどチベット仏教ってよく分かってなくて、で、まあ、まさに縁みたいな感じでそのケツン・サンポの下に行くわけだけど。で、このケツン・サンポっていうのが、さっきも出ましたニンマ派のね、つまり密教の師匠だったんだね。で、そのニンマ派の下で、ゾクチェンって言われる、まあ秘儀的な密教の教えを学んでたわけだけども。
 で、そのころの中沢さんの回顧としてね、そのころまあネパールとかインドとかでニンマ派の修行をしていると、まあ日本人の研究者とたまに出会うらしいんだね。つまり日本人も、そのころだから、日本から中沢さん以外にも学者の人たちがネパールとかインドとかにやってきて、チベット仏教っていうのを研究してた時期だったんだね。で、そのころ同じその日本人の研究者と出会って、まあよく会話になると。そうすると、「君は何を学んでいるんだね?」ってこう言われると。そうすると中沢さんが、「はい。ニンマ派のグルの下で、ゾクチェンを学んでいます」って答えると、たいていが鼻で笑われるらしいんだね(笑)。「ああ、ヨーギーか」と。ね(笑)。なんか今のわれわれからすると、「ヨーギーか」って言われたら「いいじゃん」っていう感じがするんだけど(笑)、ヨーギーっていうのはちょっとこう馬鹿にするような言葉として使われたらしんだね。
 つまりその当時の――その当時のですよ――その当時のチベット学っていうかな、チベット仏教学の研究では、まあさっき言ったゲルク派とかね、そういったその、まあなんていうかな、学問仏教的なものがすごく重要視されていて、まあつまりニンマ派とかカギュー派っていうのはなんか、山を裸で放浪したりね、なんか何やっているかよく分からないと(笑)。ね(笑)。ちょっとこう、あまりその学問を重視しないところがあるから、ちょっとこう、野蛮なね、感じに見られたらしいんだね。
 ちょっと話を戻すけど、このマルパとニュの、この話もね、すごくそれにちょっと似た感じがありますね。つまりナーローって今でこそすごく評価されているけど、当時の、正統的にインド仏教を学ぶんだって意気込んで、インドに行こうとしていたチベットのエリートから見たら、ちょっと異端だったんだね。うん。「え、あんなのについて学んでもしょうがないじゃない?」と(笑)。ね。いや、そうじゃなくてナーランダーの偉大なね、お坊さん方、ナーランダーですごくその地位を与えられている、ね、大阿闍梨的なね、人達に学ばないでどうするんだって、多分、気持ちがあったんでしょうね。
 でも、何度も言うけども、マルパはおそらくナーローとすごい縁があったので、その正統的なエリートコースを辿らず、まっすぐにナーローの下に向かったわけですね。
 はい。じゃ、次行きましょう。
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「解説・マルパの生涯」(1)

2019-10-13 05:45:51 | 勉強会より抜粋


2010年9月29日

「解説・マルパの生涯」




 今日は「聖者の生涯」。ナーローがこの間終わってマルパね。新しいシリーズに入ります。
 はい。マルパは、皆さんも知ってのとおり、まあナーローパの弟子にしてミラレーパの師匠ですね。チベットのカギュー派に伝わる教えっていうのが、まあティローパ、ナーローパ、マルパ、ミラレーパ、そしてガンポパと続いてきているわけですけども、まあ実質的にはね、このティロー、ナーローっていうのはインド人なので、チベットにおける、なんていうかな、カギュー派の開祖というと、まあこのマルパになるんだね。つまりチベット人であるマルパがインドに行ってナーローの教えを持ってきて、チベットに定着させたわけですね。そのチベットの、カギューと言われる教えの開祖であるマルパの物語ですね。
 はい。じゃあ読んでいきましょうね。



【本文】

 マルパはチベットのロタクというところで、一〇一二年に生まれました。
 子供のころのマルパは大変乱暴でかんしゃく持ちだったので、両親は彼を仏教の師のもとに預けました。マルパはドクミという師のもとでインドの言葉や初歩的な教えなどを学びましたが、教えの深い部分をドクミが教えてくれなかったので、マルパは自らインドに行く決意をしました。



 はい。マルパは一〇一二年に生まれましたと。で、子供のころは大変乱暴でかんしゃく持ちだったと。で、子供のころだけじゃなくて、結構ずーっと怒りっぽい(笑)――ふうに描かれるよね、マルパってね。だからそれが、まあ彼の一つの性格っていうかな、性質だったんでしょうね。で、子供のころは非常に乱暴なかんしゃく持ちだったと。
 ただこれはさ、いつも「八十四人のシッダ」とかでもよく言っているけども、何がいいか悪いかって非常に分からないところがある。例えばこのマルパも、これを見るとね、乱暴でかんしゃく持ちだったので、彼を仏教の師の下に預けたと。つまり乱暴であったがゆえに仏教の道に入ったっていう(笑)、変なその、なんていうか因果関係があるわけだけど。まあもちろんすべてはつじつま合わせだけども、表面的なものっていうのはね、そういう意味では何がいいか悪いかっては分からない。
 はい。で、そのドクミと言われる師匠の下にまずついて、で、最初はね、インドの言葉や、あるいは初歩的な仏教の教えを学んだんだけど、深遠なる教えに関してはこのドクミはマルパに教えてくれなかったと。で、このドクミが、そのような深遠な教えを知らなかったわけではない。なぜかというと、これはとても面白いんだけど――まあいつも皆さんに言っているように、チベットっていうのは今、ゲルク派、サキャ派、カギュー派、そしてニンマ派とあるわけだけども――まあ前にもちょっと言ったんでそんな深くは言わないけど、このうちニンマ派っていうのは、まあ古派と言われて、つまりまあ古い――このマルパとかの時代よりもかなり前に伝わったね、パドマサンバヴァとかの時代の仏教を受け継いでいるのがニンマ派なんだね。で、カギュー、サキャ、ゲルクの三つは、そうじゃなくてこのマルパの時代と、あまりまあ遠くない時代に、新しくね――つまり新たに正統的にインドから仏教を輸入しようっていうことでムーブメントがあって、そこから生まれたのがこの三つの派なんだけども。そのうちの一つであるサキャ派っていうのがあります。
 で、このサキャ派っていうのはあまり日本では、まあ有名じゃないっていうか、あんまり注目されていないっていうかね。例えばダライ・ラマ法王が属するのはゲルク派ですね。だからゲルク派っていうのはすごくその、まあ日本でも世界でもいろいろこう布教しているわけですね。で、カギューっていうのはまあ、いつもここで名前が出るミラレーパとかマルパとかああいう世界がカギューだね。で、ロンチェンパとかあるいはパドマサンバヴァとかが活躍しているのが、まああるいはあの『虹の階梯』とかで有名なパトゥル・リンポチェとかね。あの辺はニンマ派ですね。で、そうしてみるとサキャ派っていうのはあんまりその、日本では有名じゃないっていうか、他の派に比べるとあまり目にすることがないんですが、まあサキャ派もチベットでは大きな宗派の一つで。
 で、このサキャ派の初期の教祖的人物が、このドクミの下で――あの、ニンマ派にはゾクチェンという秘儀の教えがあって、で、カギュー派にはマハームドラーっていう秘儀の教えがあるわけですが、同じようにサキャ派にはラムデーっていう秘儀的な教えがあってね。で、サキャ派の初期の教祖がこのドクミの下で、このラムデーと言われる秘儀を伝授されて、それがサキャ派の中心的な教えになったって言われているんだね。つまり、非常に面白い関係があるんだね。つまりこのドクミっていうのは、カギュー派の開祖であるマルパにも教えを与え、で、サキャ派の初期の教祖にも教えを与えているんだね。でもマルパにはあんまり教えなかったんだね(笑)。サキャ派の教祖にだけ奥義を教えたんだね。まあつまり、まあ簡単に言ってしまうと縁がなかったんだろうけども(笑)。つまりマルパはナーローパと縁があったんで、おそらくこのドクミとは縁がなかったんでしょうね。まあ、もしくは表面的には、マルパがちょっと乱暴だったんでね、教えなかったっていうのもあるかもしれない。でもまあそういうのはつじつま合わせ的な話で、おそらく縁の問題で、ドクミはね、マルパに深遠な教えは与えることがなかった。まあでもこの辺もさっき言った、何がいいか分かんないっていうのは、もしここでマルパがドクミからね、奥義を教わっていたとしたら、マルパはインドに行かなかったかもしれないからね。しかしここで、ドクミから奥義を拒まれたことによって、自らインドに行って深遠な教えを学ぼうっていう決意をしたわけですね。
 はい。じゃあ次行きましょう。

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「解説『スートラ・サムッチャヤ』」第13回(4)

2019-10-11 18:16:56 | 勉強会より抜粋


◎慈悲の実践

 はい。次に第二の実践項目は、今度は慈悲ね。慈悲の悲だね。つまり哀れみ、カルナーっていうやつですね。この哀れみ、慈悲っていうのは、今度は逆に相手の苦しみに焦点を当て――つまりその前提には今言った慈愛が前提にあるわけですけども。みんな本当に幸福になってほしいっていうまず大前提があって。で、教えに基づいて、あるいは智慧の目で、あるいは慈愛の目でみんなを見ると、幸福になってほしいのに実際にはみんな相当苦しんでいると。
 その背景には――もう一回言うけども、ヨーガ的に言うならば、みんな本当は真我であると。あるいは仏教的に言うならば、みんな仏性、仏陀の種をみんな持っているんだと。この大前提があって、それなのにみんなこんな世界で苦しんでいると。表面的に楽しそうに見えてもね。表面的になんか「出世しました」とか、「今日おいしい店見つけた」とかやってたとしても、そうじゃないだろうと(笑)。おまえ真我でしょと。おまえ本当は如来だろと。本当は如来なのに――つまり、じゃあ本当は如来の人がね、なんでですよ、変な話になるとね、本当は如来の人がなんで、例えば横浜でおいしいケーキ見つけたぐらいで喜べるの?――つまりそんだけ今苦しいからなんです。つまり如来の本質が忘れ去られ、今相当な苦界に落とされている。もう放っておいたら苦しくてたまらない。だから、本当は如来の永遠なる無限なる至福が自分の中に眠っているはずなのに、そうじゃなくて、例えば「ケーキ見つけた」とか、あるいは「出世した」とか、あるいは、まあそういう概念的な喜びね。「誰々さんに褒められた」とか。それでもう心が満足しちゃうくらいに――つまりいつも言うその、皮膚病をかいたような喜びですね。皮膚病なんだけど、それをかいて「ああ、気持ちいい」と。「わたしは満足だ」って言っているような話で、そのような欲望の喜びで満足して、自分の本性を分かっていない衆生がたくさんいると。あるいはもちろんそのような、つまり皮膚病をかく喜びすら得られない人もいる。本当に苦しい苦しいと言っている人もたくさんいると。あるいはもちろん目を広げれば、われわれの認識できない地獄や餓鬼や、その他のいろんな苦しい世界もあると。これを見ると、猛烈な哀れみがわくわけですね。
 つまりその、なんとかしてあげたいと。なんとかその――まあもちろん自分もまだいろいろけがれはあるけども、でも自分のできる範囲で救いたいと。で、ここでいう救うって、もう一回言うけども、実質的なことです。実質的なっていうのは、ただ、「ああ、哀れだな、哀れだな」じゃ駄目なわけだね。実際にこう手を持って救ってあげなきゃいけない。で、それには、何度も言うように、「今のおれには力がない」と。あと智慧もない。どうすればいいかも分かんないし、あるいはそのパワーもないと。よってそれを動機としてめちゃくちゃ修行すると。
 このあいだの勉強会でも言ったように、もし本当にね、例えばよく聞くわけだけど、「いやあ、わたしの家族が、いやあ、わたしの友達が、本当に苦しんでいる」と。救ってあげたいんだけど、あるいは修行とか教えてあげたいんだけど、全然聞く耳持たないと。――本当に救いたいんだったら、その人の分まで修行する気持ちで修行すりゃあいい。例えば十人救いたい人がいるんだったら、自分の決めてるっていうか、今の覚悟の十倍の覚悟で修行するとかね。十倍の気持ちで修行すると。
 この間もちょっと言ったけど、例えば今、一日三時間くらい修行する人がいたとしてね。「十倍修行する!」と。三十時間くらい必要になるよね。一日二十四時間しかないけど三十時間必要になる。でもそれは、さっき言った話がちょっと生きてくるわけだけど、つまりわれわれはある境地を超えると、時間も空間も関係なくなります。つまり一日三十時間できるようになります。まあもちろんそれは時間そのものが、なんていうかな、実際には概念に過ぎないからなんだね。実際にはその三十時間という言葉で表わされることを、二十四時間以内にやるのは当然可能になってくる。
 まあちょっとそれはいいとして、とにかく何十倍も修行するんだと。この気持ちが必要になってくる。それによって自分の浄化に励まなくちゃいけないし、で、実際的にそのような智慧と力を身に付けていかなきゃいけない。
 そしてそれに沿ってね――沿ってっていうのは、自分の今のできる範囲で、当然みんなを救わなくちゃいけないよね。救うってもちろんいろんな段階がある。例えばある段階においては、まあまずは話を聞いてあげるだけかもしれない。ある苦しんでいる人に対してね。あるいは修行とかを勧められるんだったら勧めてあげると。あるいはそうじゃなくて、皆さんみたいに修行してて、その後輩がいる場合ね。まだこういったヨーガとか仏教の修行の道に入ったばかりであると。で、まだいろいろ弱い部分があると。そういう場合は、例えば励ましてあげると。さあ、頑張りましょうと。あるいは、より高度なっていうかな、本質的な実践に導いてあげると。自分がかつて先輩に導かれたように、しっかりと導いてあげると。だからいろんな自分の今いるその位置において、自分のできる範囲でこう触手を伸ばし、なんていうかな、段階的に引き上げてあげると。これを皆さんの大いなる課題にしなきゃいけないね。
 で、それと車の両輪のように、お互いに進むものとして、当然、自分の修行があると。何度も言うように、自分の修行が進まないと、ただの机上の空論になってしまう。みんなを救うとか言ってもね。だから自分の修行を進める。そして、その今のステージ内でできるだけのことを周りにやってあげると。この実践ね。これが慈悲の実践、つまり哀れみの実践なんだね。
 だからもう一回言うけども、哀れみとか慈悲っていうのは単純に心で「ああ、かわいそうだな」「哀れだな」ではないわけですね。実際にもし相手のことを本当に思ってて、で、自分の中にそのような慈悲の思いがわいたとしたら、実際に救わなきゃいけない。で、何度も繰り返すけども、救う力ないんだったら身に付ければいい。それを動機として、人一倍頑張ればいい。そして自分の縁とある衆生に自分のできるだけのことをしてあげると。はい、これがまあ慈悲の実践ですね。
 だからこの「結局四無量心だよ」って言ったのは、慈愛があって慈悲がある――この段階で、もう結局それを実践しようとしたら自分の修行進めるしかなくなってくるから。うん。だから結局「四無量心」になるんだね。
 だからその「サマンタバドラの行」とも関係してくるけども、それは終わりなき修行になります。さっき言ったように、あらゆる仏陀の境地を極め尽くすくらいでないと、自分が望んでいる、すべての衆生を完全に救うことはできないから。だから結局その願いをもし持つとしたら、自分も完成しなきゃいけないし。それによって完全救済を願うっていうかな、ねらわなきゃいけないわけですね。

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