デタうま

あたらない(?)競馬予想をまったりとしていきます。

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私の競馬歴 第4弾 「孤高の天才ステイヤー」④

2006-06-20 18:01:46 | 私の競馬歴
淀(京都)で歓喜と悲劇の両方を味わったライスシャワーの物語。

4回にわたり更新ししてきましたが、今回がいよいよ最後です。

「孤高の天才ステイヤー」① → コチラから
「孤高の天才ステイヤー」② → コチラから
「孤高の天才ステイヤー」③ → コチラから



日経賞でわずかな復活の手応えを掴み、天皇賞(春)に向けての調整中に骨折。

春~夏にかけて治療と休養にあて、傷が癒えた秋から暮れのグランプリ有馬記念に向けて調教。

この年の有馬記念

京都記念で完膚なきまでに叩きのめされたビワハヤヒデは天皇賞(秋)で屈腱炎発症により引退。

しかしそのビワハヤヒデの半弟、

圧倒的強さでシンボリルドルフ以来の3冠を達成したナリタブライアン

外国産のためクラシックレースには出走できなかったが、その強烈な末脚と

エリザベス女王杯でオークス馬を撃破して名実ともに世代牝馬最強の称号を手に入れたヒシアマゾン

世代交代を思わせる今までとは違う新しいライバルの出現でした。

ライスシャワーは、それまでの実績が考慮されてか4番人気(17.7倍)。

レースは予想通りツインターボの大逃げから始まりました。



2番手を引っ張るのはナリタブライアン。ライスも含めて他馬は、当然ブラインをマークしてスローペースに。

その間に、ペース無視のツインターボはどんどん差を広げる。

4角に向かう前にはバテたツインターボを横目に一気にブライアンが抜いていく。

ライスはぴったりブラインの後ろを追走。外にはヒシアマゾン。



直線勝負になったが、ブライアンとの差は縮まらず3着

4歳の2頭には敗れたものの、故障明けを考慮すればかなりの健闘でした。

やはり、ライスは復活しつつあると思いました。

しかし、年明け初戦の京都記念では好位追走も斤量(60kg)が響いてか6着

続く日経賞でも不良馬場と位置取りの失敗なのか6着

有馬記念で復活とおもいきや、格下相手に完敗は少し心配ではありました。

そして、天皇賞を迎える。


第111回 天皇賞

このレース、出れば確勝級だったナリタブライアンが阪神大賞典圧勝後、股間節炎で春全休という

ライスにとって、これ以上ない追い風が吹いていた。

しかも、2年前メジロマックイーンを破った時と同じ2枠3番

復活勝利への舞台は整っていた。

レース序盤は5番手で1番人気のエアダブリンをマーク。

しかし、エアダブリンはスタンド前の歓声で少しカカリ気味に2~3番手に上がっていきました。

レースも半分を過ぎて、上り坂に突入し始めると的場騎手は賭けに出ました。

「この番手にいて追い勝負になって勝ち目があるのか」

一瞬悩んだ末、掟破りの超ロングスパートを敢行。一気に先頭に立つとそのまま後続と差を広げる。



直線に入ると、大外からステージチャンプがもの凄い勢いで追い込んでくるが、ハナ差で逃げ粘りました。

実に、マックイーンを下した2年前の天皇賞(春)以来の勝ち星を同じ舞台で成し遂げました。

このレース実況・杉本アナの「マックイーンもブルボンも喜んでいることでしょう」の言葉は今でも印象に残っています。

なんとかしてこの馬に勝利をもたらしたいという陣営の必死の思いが、ライスに伝わった勝利だと思います。



この時点で、ライスを引退・種牡馬入りさせても良かったのですが

時代はすでに長距離馬の血を必要としていなかった。

なんとかライスに中距離の実績を作りたかった陣営は、激走疲れもあったが春のグランプリに出走決定。

この年の宝塚記念は、阪神大震災(私も被災)による阪神競馬場の改修工事により京都競馬場で開催されました。

しかし京都競馬場は、予定に無かった阪神競馬場の改修工事で急遽代役が決まったこともあり

1月から5月まで使用された上に、ひと月おいて6月の宝塚から再び使用されたので馬場は限界に達していました。

宝塚記念の前日、京都競馬場では3頭の競争中止馬が出ていて嫌な雰囲気はしていました。


そして、第36回 宝塚記念


異変はすぐ訪れました。

いつも好位追走のライスシャワーが後方から上がって来れない。

なにか異様な雰囲気を醸し出して、3コーナーを過ぎ4コーナーへ入るあたりに

先頭から順番にカメラで写されていきライスが映った瞬間、ライスの波乱の人生は幕を閉じました


ライスの予後不良が決まった時、的場騎手は「ライスは俺をかばって、こちらに倒れてこなかった」

ひざから泣き崩れたそうです。


私の頭の中も真っ白になり、しばらく競馬から遠ざかっていく分岐点となりました。


ビッグタイトルは全て淀の長距離。しかも、ファンの夢を打ち砕く活躍から当初はヒールの目で見られていましたが

そのひたむきな走りから、いつしかファンに愛される馬へと変わったライスシャワー。

関東馬であるにも関わらず、京都競馬場に記念碑が設けられたのはその証拠でしょう。


今週は、あの宝塚記念以来の京都開催。

ライスがそこに眠っている限り、もう2度とあんな悲劇はおこらないと信じています。


-終-


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競馬歴 第4弾「孤高の天才ステイヤー」③

2006-06-19 17:57:48 | 私の競馬歴
私が愛したライスシャワーの歴史ブログ「孤高の天才ステイヤー」③です。

前回は、菊花賞から日経賞までを更新しました。コチラから→「孤高の天才ステイヤー」②


※便宜上、歳は改定前の表記にしています。


第107回 天皇賞(春)。

この年の天皇賞(春)は、いつもの天皇賞(春)とは雰囲気が違いました。

史上最強馬の1頭に位置づけられるメジロマックイーン天皇賞(春)3連覇がかかっていたのです。

マックイーンは中距離レースも強かったが、長距離レースでは右に並ぶものがいないほど圧倒的でした。

でも私はライスシャワーならなんとかしてくれるような気がしてなりませんでした。

メジロマックイーンが1番人気(1.6倍)、ライスシャワーが2番人気(5.2倍)。

当時のライスの充実振りは究極まできていたので、陣営はかなりハードな調教を課したようです。

その結果、-12kgという馬体減で現れた。しかし、気配はその馬体減を思わせないほど素晴らしかったです。


ゲート入り直前異変が起こりました。マックイーンが、ゲート入りを嫌ってレースが遅れました。

マックイーンの気性はおとなしいほうなので、これは珍しいことでした。これから起こる出来事を分かっているかのように。

ようやくマックイーンがゲート入りして15頭が収まりスタート。

宝塚、有馬とまんまと逃げ切ったメジロパーマーが、いつものごとくハナを切り

マックイーンが4~5番手追走。その後ろにライスとタンホイザがつく流れとなりました。

第3コーナの坂を下ると、マックイーンが仕掛け始め最終コーナ手前でハナに立っているパーマーの後ろにつけました。

ライスは終始マックイーンの後ろに付き直線勝負。



激しい叩き合いは、気力で充実していたライスに軍配が上がりました。

さらに、菊花賞に続きこの天皇賞もレコードタイム(3.17.1)での勝利でした。

この勝利で、「関東の刺客」のイメージをさらに強烈にしたレースとなりました。



レース後、究極まで仕上げた調教と激走の疲れもあり、残りの春のレースを回避して秋に向けて休養に入った。

関東のエースとしての秋復帰初戦は、9月19日の産経賞オールカマー(2200m)

休み明けとはいえ、断然の1番人気(1.7倍)。メンバー的にもライスの勝利は間違いないと思っていたが・・・。

このレースにはアノ馬がいた。


平成の爆走馬・ツインターボ


このレースで初めて見たのですが驚愕の馬でした。スタートしてすぐスパート。

とにかく最初から最後まで全力で走る。ライスも、それをマークする他馬も観客もバテルと思っていたが

ツインターボが最終コーナーを1頭回る時でも後続とは10馬身以上。

ここまで差があれば直線で勝負になるわけも無く逃げ切り勝ち。

ライスはよく詰めたが3着であった。油断が招いた敗戦である。

続く、春・秋連覇がかかった天皇賞(秋)でも1番人気に推されたが、好位追走も直線でまったく伸びず5着

天皇賞(春)で見せた気力がまったく戻ってこない、と陣営は試行錯誤して立て直そうとしたそうです。

その後、同じ5歳馬のレガシーワールドが制したジャパンカップ(14着)、

トウカイテイオーが奇跡の復活ランを遂げた有馬記念(8着)と全く見せ場無く5歳の秋を終えました。

もう、ライスは終わったのか・・・。

そんな気持ちがさみしく浮かんできました。


馬にやる気を起こさせるための試行錯誤はさらに続き、年明け初戦は2月13日の京都記念(2200m)

このレースには、皐月賞(2着)→ダービー(2着)→菊花賞(1着)→有馬記念(2着)と

すばらしい成績で天皇賞(春)を目指すビワハヤヒデが出走していた。

この馬もライスと同じように、頭を下げて好位追走の競馬運びをする馬。

最終コーナーでライスは詰め寄ったが、直線で激しく叩くライスを尻目に持ったままのビワハヤヒデとの差は縮まらなく5着

世代交代なのか、と思われた次のレース。3月20日、日経賞(2500m)

控えめではあったが、例のごとく逃げるツインターボを3コーナー過ぎたあたりからスパートをかけたライスが

最終コーナー手前で捉えてトップに躍り出る。直線ではステージチャンプマチカネタンホイザが追い込んでくる。

ゴール前逃げ切ったかと思われたが、ハナ差でステージチャンプが差しきった。

2着とはいえ復調気配が漂う中、天皇賞(春)連覇に向けての調教が続いた。


しかし


天皇賞(春)まで1週間に迫ったところで、骨折が判明。

3歳時にも1度骨折しているので、これで2度目の骨折となりました。

陣営は、引退か現役続行の選択を迫られることになったが

程度が軽いことと、このままでは終われないという思惑が重なり、もう1年現役を続ける選択をした。


当初、全治6ヶ月と言われていたが早い回復と軽症だったことが幸いして夏を過ぎる頃には復活の目途が立ちました。


そして、復帰初戦は暮れのグランプリ有馬記念

このレースには、シンボリルドルフ以来の3冠馬シャドーロールの怪物・ナリタブライアンや、

強烈な末脚を持つ女傑・ヒシアマゾンが出走していました。

ミホノブルボンやメジロマックイーンの夢を打ち破った、大物食いのライスにとって

復帰初戦とはいえ、何かを期待せずにはいれない状況でした。


次回(最終回)に続く・・・。


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競馬歴 第4弾「孤高の天才ステイヤー」②

2006-06-13 17:43:12 | 私の競馬歴
競馬歴 第4弾「孤高の天才ステイヤー」①の続きです。 ①はコチラから

※便宜上、歳は改定前の表記にしています。

1992年11月8日、第53回 菊花賞

ミホノブルボン、1番人気(1.5倍)。ライスシャワー、2番人気(7.3倍)

ライスシャワーが「関東からの刺客」「淀の刺客」といわれ始める最初のターニングポイントである。


この頃の私は、幼き頃みたオグリキャップの雄姿から、

走る馬を見るのは好きであったが競馬が特別好きということも無く

オグリ以来、これといって特別好きな馬はいなかった。

さらにこの年あたりから、小学生でありながら学校と習い事でかなり忙しい日々でしたので

日に日に競馬への関心も薄れていきました。


しかし、この年の菊花賞。

シンボリルドルフ以来、史上2頭目の無敗の3冠馬が誕生するということで

いやがおうにも、興味が惹かれました。

もちろん私も、それまで完璧なほどに強かったミホノブルボンの3冠は確信していました。

大部分のファンが無敗の3冠馬誕生を夢見る中、ライスの陣営は調教課程と長距離適正から

逆転できる自信があったそうです。


レースがスタートして、まず異変が起きた。

神戸新聞杯を逃げ切った11番人気のキョウエイボーガン(松永幹)が先頭に立ったのだ。

今までのレースは自分が先頭に立ちペースを作ってきたミホノブルボンにとって3歳戦以来の出来事でした。

キョウエイボーガンが逃げ、それをとまどいながら追いかけるブルボン。

ライスは5番手の好位で競馬。1週目の位置は変わらず縦長に進む。

最終コーナ手前でついにブルボン(7番)が前を行くボーガンを捉え、先頭に踊り出る。

ライスはその外を回り、直線勝負。内では10番マチカネタンホイザ。直線は3頭の叩きあい。



頭を下げてスパートをかける小さな馬体は、ブルボンに並ぶとあっという間に抜き去り観客の悲鳴とともにゴール。

2着を死守したものの、最後の叩き合いを制するにはブルボンに余力は無かった。

ライスにとって1年ぶりとなる3勝目を、菊花賞という大舞台で挙げた。

10年前にホリスキーが記録した3.05.4を、0.4上回るレコードタイム(3.05.0)のおまけ付だった。

当然のようにライスはヒーローよりも、ヒール的な見られ方をした。

しかし、私は判官びいきな気性もあって小さな馬が大きな無敵馬を負かしたことに、かなり感動しました。

一気にこの馬のファンとなりました。


ミホノブルボンはレース後故障発生で、引退・種牡馬入りが決定。

これで名実ともに4歳馬トップに躍り出たライスは、暮れのグランプリ有馬記念で初の古馬対戦となった。

陣営によると4歳最高の出来という状態で送り出した有馬記念で、ライスはトウカイテイオーに次ぐ2番人気(4.9倍)。

このレースにはトウカイテイオーの他、宝塚記念を9番人気ながらまんまと逃げ切ったメジロパーマ(15人)、

古豪ホワイトストーン(6人)、4歳だが外国産のためクラシックにでれなかったヒシマサルが出走しいた。

レースは予想通り、パーマーが引っ張る形になりそれにダイタクヘリオスが競り合う中

ライス含む、他陣営はじっとテイオーの動きを待った。その間にどんどん先頭の2頭は差を広げ

最終コーナー手前になっても、10馬身ほどの差があった。さすがにあせった他陣営はテイオーの動きを待たずに追いすがる。

しかし時すでに遅し。パーマーのハナ差逃げ切り勝ち。2着は4歳は4歳でもレガシーワールドだった。

ライスは8着。道中、いつもの好位ではなく

後方待機のテイオーの少し前で競馬をしてしまったミス騎乗と的場騎手本人も語っている。

状態が最高の出来であったため、悔やんでも悔やみきれなかったそうです。

後述するが、この敗戦がライスの末路につながったと私は思う。


休み明け初戦の目黒記念。ライスは、それまで負かしてきたマチカネタンホイザに次いで2番人気。

当然のようにタンホイザをマークしての競馬。しかし、直線でうまく内にもぐりこんだタンホイザに敗れた。

天皇賞(春)に向けてなんとか勢いに乗りたいライスは、続いて日経賞に出走。

ここで、競争馬人生初の1番人気(1.8倍)に推された。

いつものように好位からの競馬で、最終コーナー前で先頭に立つとこのメンバーではライスの相手となる馬はいなかった


いよいよ天皇賞(春)。史上最強のステイヤーとの対戦が近づいた。


次回に続く・・・。

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競馬歴 第4弾 「孤高の天才ステイヤー」①

2006-06-06 19:06:45 | 私の競馬歴
さて、怒涛の春GⅠウィークも終わりを告げ

残るは春のグランプリ宝塚記念を残すのみとなりました。

ただ、今年の宝塚はディープの1人舞台になりそうなので馬券を的中させるというより

その強さに再び酔いしれることに重きがおかれそうです。


その宝塚記念は、阪神競馬場の改装工事により11年ぶりに京都競馬場で開催されます。

11年前の宝塚記念

私の記憶は、あまりの衝撃でそのレースの記憶は白いモヤがかかって思い出せません。

淀の悲劇

私が最初に好きになった馬で、その舞台の主役ライスシャワーを振り返ってみたいと思います。

このブログのIDにも使われていほど好きな馬でしたので、宝塚までに3~4回に分けて不定期で更新したいと思います。

この馬の内容は面白おかしくは書けないので、ちょっと堅苦しい内容になると思うので興味がある方や懐かしむ方にお勧めします。


私が、ライスシャワーを知るきっかけになったのは1992年の菊花賞です。

今日はそれ以前のライスシャワーを紹介したいと思います。


1989年、ユートピア牧場で小さく地味な馬が誕生した。

母は、伝説の無敗馬マルゼンスキーを父に持つライラックポイント

父は、凱旋門5着経験をもち種牡馬として日本で1時代を築くリアルシャダイ

その小柄な黒鹿毛の馬は、幼駒時代それほど期待はされていなかったが

気性の激しかった母と違い非常におとなしい仔だったようで世話をやかせることがほとんどなかったそうです。


1991年8月新馬戦(新潟1000m)、3番手追走のライスシャワーは直線で1番人気ダイイチリュウモンとの叩きあいを制し1着。

続くGⅢの新潟3歳ステークス(1200m)では、3番人気に推されるも後方からの競馬で見せ場無く11着。

中2週で芙蓉ステークス(中山1600m)に出走。2番人気で好位につき最終コーナーで先頭に立ち

1番人気のアララットサンの猛追を振り切り1着。

賞金面で皐月賞出走の権利が取れたので休養。

休養明け1発目のスプリングステークスで3歳王者ミホノブルボンと初対戦。

ライスシャワーは休養明けということもあり12番人気。

3番手追走も先頭をスイスイ走るミホノブルボンには離されるのもの4着。

ライバルとの初めての対戦はまさに完敗でした。

ちなみにこのレースでは、後のスプリント王サクラバクシンオー(12着)やマチカネタンホイザ(5着)が出走しています。

以後、皐月賞では11番人気の8着。NHK杯(GⅡ)では9番人気の8着。と、誰も見向きもしない凡走を繰り返しました。

皐月賞からは、この後生涯手綱をとることになった的場均騎手に乗り変わっている。

特に周囲からは期待を受けることをなくダービーに出走。

しかし、陣営はその調教課程からわずかな手ごたえを感じていたそうです。

この年のダービー、無敗の皐月賞馬ミホノブルボンの2冠達成を期待する中、

ライスシャワーは16番人気という低評価だった。

いつものようにブルボンが逃げる中、ライスシャワーは2番手追走。直線に入ってもその構図は変わらず

前日の雨もあり追い込み勢が伸びない中、必死にブルボンを追った。

一旦は天才田原騎乗のマヤノペトリュースに抜かれるものの、持ち前の勝負根性と相手のスタミナ切れにより

ゴール前ハナ差で2着に入った。無敗の2冠馬達成に、馬連29,580円の高配当を演出した。

秋初戦は、セントライト記念を選択。ダービー2着という成績で3番人気に推されるも

後のジャパンカップを制するレガシーワールドに逃げねばられ、アタマ差の2着。

しかし、もう凡走続きのライスの姿はどこにも無かった。

次走の京都新聞杯では、4度目のミホノブルボンとの対戦。逃げるブルボン、追いすがるライスの構図は変わることなく2着。

そして5度目の対戦となる菊花賞。

次回に続く・・・。
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競馬歴 第3弾

2006-04-18 19:10:56 | 私の競馬歴
久しぶりに、私の「競馬歴」を追加したいと思います。

今日は先日無念の引退をしたシックスセンス


何度も書いているように私が競馬を本格的に見だしたのは昨秋からです。

そのきっかけを与えたのは、皐月賞でのディープインパクトの走りを見たからです。

それまでは、競馬はGⅠレースをたまに見るくらいであまり興味は向いていませんでした。

しかし、皐月賞前に父から「すごい馬」がいることを告げられ久しぶりに心を躍らせながらレースを見ることにしました。

ディープのパフォーマンスは、無事にいけば確実に三冠馬になれると思わせるものでした。

春競馬は馬券購入していなかったので、2着に入った馬のこともオッズもこの時は気にすることは無かったです。

ディープに惹かれはしたものの、その後の他のレースを見ることもほとんど無く、ただダービーが近づくことのみを楽しみにしていました。

いよいよダービーの日が来て、ここでもディープの圧倒的パフォーマンスに感動する私に、少し気になる馬がでてきました。

ディープが2冠を制しうまく夏を乗り越え、いよいよ秋初戦となる神戸新聞杯。

世代2番手のインティライミが故障とますますディープの3冠が見えてきたこの日から、馬券を久しぶりに購入することにしました。

ディープしか見ていなくて他馬のことが分からない状況だったので、皐月・ダービーの映像を見返すことにしました。

すると、ここで初めて皐月2着の馬がダービーで気になった馬であることが分かりました。

シックスセンス

私がダービーを見た感覚では、そのきれいな黒光りする馬体を持つその馬は2着に入ったインティライミより強く感じました。

ディープシックスセンス。

2頭の追い込み馬に強烈に惹かれた私は、久しぶりの馬券をこの2頭を中心に買うことに決め

この2頭とローゼンクロイツ・マチカネキララの4頭で馬連・3連複を1000円ずつ買いレースに挑みました。

結果は、ディープの圧勝。馬券も的中。馬券購入初日でいきなり、+25000円ぐらいになりそれ以降競馬にハマルきっかけとなりました。

オッズをほとんど見ていなかったので気づかなかったのですが、ここで驚いたのはシックスセンスが5番人気であったことです。

皐月2着→ダービー3着の馬が、5番人気?

よく見たら、皐月は12番人気!?

そこまで評価されていないのが不思議で、ますますこの馬に惹かれていきました。

続く菊花賞では2番人気になるものの私的には距離不安から、中心視することはできませんでした。

案の定、少し離された4着に敗れました。しかし、ディープに置いていかれないように必死に走る姿は胸を打ちました。

ディープのいないレースに出たら確勝級の1勝馬が、果敢に化け物に挑戦する姿はディープに負けないくらい好きな馬となりました。

その後の予定が決まらない中、ロブロイ・タップなど古馬にかげりが見えるので私はJCに出て欲しいと思ったのですが

香港ヴァースに出走となりました。有馬は距離的にどうかと思っていたので、そんなに悪い選択ではありませんでした。

香港でのレースはしっかり見ることができなかったのですが、

JC5着のウィジャボードの2着となりこの馬の強さが改めて証明されたような気がします。

ディープ敗戦ショックはあったものの、改めてディープの年であったその年の年末

私は友人と競馬談義をしていたところ、二人ともシックスセンスはディープとタメをはるぐらい強くなるという見解が一致しました。

この馬がディープと再戦する日を楽しみにして年をこしました。

明け4歳となったシックスセンスの初戦。京都記念はなんとライバルの主戦騎手武豊騎手ということで

いやがおうにも「2勝目」が見えてきました。

単勝180円の1番人気。1勝目をあげて以来の1番人気。もちろん、私の大本命でもありました。

レースは1枠1番ということもあり、最後方を内ラチ沿いのレース運びで直線に入ったとたん最内から大外へ。

そこからサクラセンチュリーとの激しい叩きあい。映像ではサクラセンチュリーの勝ちに見えたが

結果はハナ差勝利。これで念願の「2勝目」をあげることができました。

しかし、この「2勝目」を上げるには大きな代償を払うことになってしまいました。

京都記念で競り合った2頭とも屈腱炎


シックスセンスの競走馬生活と打倒ディープの野望はここで終わりを告げました。


私を再び競馬に興味をもたらした1頭であることは間違いありません。


第2の人生で彼が主役になれることを願いながら今後を見守っていきたいです。

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競馬歴 第2弾

2006-03-30 19:43:34 | 私の競馬歴
特に話題も無いので私の競馬歴を再び書こうと思います。

今回は馬券のエピソードを書きます。


2001年 第46回 有馬記念


私はオグリが引退して、ライスシャワーを好きになったのですが淀の悲劇以来競馬を見ることもほとんどなくなっていました。

ライスのエピソードはまた次回にします。


2001年の暮れの有馬記念

私は友人と遊びに行く前に

グランプリだし久しぶりに賭けてみようかな

と思い、直感だけで賭けてみる事にしました。

有馬はよく時世を表すというのは当時から分かっていたので、その年何が起こったかを考えました。

考えるまでも無く、同時多発テロが1番に思い浮かびました。


アメリカだな。


競馬に対してあまり興味がなくなっていた私は、馬の成績を見ても仕方が無かったので

名前だけでアメリカに関係している馬を探しました。


マンハッタンカフェとアメリカンボスしかいねぇ!!


ドトウオペラオーなどの成績はかろうじて知っていましたが、あえてここは直感を信じました。

友人との待ち合わせの時間が迫っていたので、レース自体は見れないし賭けれないので父に


「マンハッタンカフェとアメリカンボスの馬連、500円で買っといて」


と言い残し遊びに出かけました。

出かけている間は、ほとんどレースの事は忘れていました。

夜、帰ってきてからレース結果どうなったか調べてみると、


オー!!当たってるじゃないか!!


しかも4万8千円の万馬券!!


え!?500円だから24万!!?





興奮しながら、父に当たったことを報告しました。




「買うの忘れてた」



驚愕の返答でした。



ではまた次回。

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競馬歴 第1弾

2006-03-23 18:33:07 | 私の競馬歴
本当は毎日更新するつもりはなかったんですが

最初の1週間ぐらい

こまめに更新しようと思います。

今日は、私の競馬歴について語ってみます。



私が「競馬」というものを初めて直に感じたのは

「葦毛の怪物」 オグリキャップです。

オグリのデビュー当時から見ていたわけではありません。ラストランとなった

有馬記念のみです。当時、今のディープインパクトと比べ物にならないぐらい

アイドルホースだったオグリのラストラン。様々なTV特集が流されていたように

記憶しています。その中でタレントの森口博子がオグリの当たり馬券を換金せずに

大事に残すと言っていたのを今でも記憶しています。

今になって、あの有馬記念を振り返ってみるとやはり何か見えない力が働いたとしか思えない内容でした。

それまでの不調から、4番人気に甘んじたオグリは当時まだ若手のホープだった武豊を乗せ

超スローの中、中段待機。4角を曲がる時には先頭に並びそこから前3頭(ホワイトストーン・オサイチジョージ)の

激しい叩きあいと

メジロライアンの猛追を振り切り見事「有終の美」を飾りました。

競馬場にかけつけた競馬ファンは、自分の馬券の当たり外れに関係なく感動していたのでしょう。涙を流す人が多かったように記憶しています。

地方戦を入れると32戦22勝(2着6回)。当時の規定からクラシックには出れませんでしたが、

それ以上のパフォーマンスで戦跡を重ねていく「笠松の怪物」は、中央デビューから翌年の

毎日王冠(1着)→秋の天皇賞(2着)→マイルCS(1着)→JC(2着)「葦毛の怪物」を不動のものにしました。

もうこんな「とんでもローテ」をこなす馬は生まれないんだろうな。

種牡馬入りしてからは、パッとした成績は残していないですが

なんとかして、オグリの血を残す馬が現れてもらいたいものです。



なんかオグリだけで意外と長くなってしまったので、これ以降の競馬歴は次回に回したいと思います。

いよいよ、明日は初めての予想発表です。楽しみにしていてください。

あたるかどうかは別ですけど・・・・。





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