風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

しあわせの時間

2016年05月27日 | 「新詩集2016」

  幸せの時間
  
あさ
窓をあけると
庭が砂浜になっていた
知らない赤ん坊の小さな手から
さらさらと
砂がこぼれている

そこには昨日まで
たしか沈丁花が咲いていた
そうか
もう夏だったんだ
おもちゃのスコップと
バケツをもって庭にでる

はじめての砂浜
どこから来てどこへ行くのか
赤ん坊は何もしらない
私もまた
手のひらから砂をこぼしながら
幸せの時間を測ってみる

*

  耳の海

夏は山が
すこし高くなる
祖父が麦藁帽子をとって頭をかいた
わしには何もないけに
あん山ば
おまえにやるとよ

そんな話を彼女にしたら
彼女の耳の中には海があると言った

その夏
レモンの海で泳いだあとに
夜は砂の上にねて
耳から耳へ
遠い海鳴りをいっぱい聞いた

いま山の上には
祖父の墓がある
あれから夏がくるたびに
ぼくは片足でけんけんをして
耳の水をそっと出す

*

  サバイバルゲーム

ドングリを3個
ぼくの掌のうえにのせて
3円ですと娘が言った
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを3枚
娘の掌のうえにのせる

ひとりといっぴきと
ひと粒と
今日と明日のために
これを食べて生きようと言った

娘は再びドングリを拾いはじめ
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを拾う
そうやって
ぼくたちは日が暮れるまで
たっぷりと生きのびた

*

  電車ごっこ

ちいさな電車だった
いくつも風景の窓があった

乗客はいつも決まっていた
新聞の匂いがする父と
たまねぎの匂いがする母
シャンプーくさい妹と
無臭のぼく
それと

停車する駅も決まっていた
五丁目と市民病院前
電車ごっこの紐は
祖母の大切な腰紐だった

ある夜
祖母をとおい駅まで運んだ
妹はお風呂のような匂いの中でねむり
父と母は長い話をしていた
ぼくはずっと耳を澄ましていたが
だんだん話が遠くなって
知らないところへ運ばれていった

あれから
ぼく達のちいさな電車は
走っていない

*

  真夜中の水

わたしたち
滴って
真夜中の水になる

水は流れてゆく
肩から腕をみちびかれ
やがて
温かな手となって
夢の中へ

乾いたコップをうるおすように
とおい声を聞いている
苦しみも哀しみも
水の言葉で語りつがれていく


まばゆさの方へ
滴って
わたしたち
新しい水になる




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花の声が聞きたかった

2016年05月20日 | 「新詩集2016」


  

きょう
タンポポとハルジオンを食べた
すこしだけ耳が伸びて
花の声を聞いた

あしたは
スミレとバラの花を食べる
耳がまたすこし伸びたら
花よりももっと
遠い声が聞けるかもしれない

*

  白い花

小学校の卒業式の日
梶原先生が歌うのをはじめて聞いた
白い花が咲いてた……と歌った
ふだん怒ると顔が真っ赤になったけど
歌ってる顔も真っ赤だった
先生おげんきですか

先生は黒板いっぱいに
心に太陽を持て…とチョークで書いた
クラスのみんなに贈る
それが最後の言葉だと言った
教科書に載っていた
詩人の言葉だった
小さな心が熱い太陽になった

最後の日は
始まりの日でもあっただろう
あれからたくさんの
最後の日と始まりの日を繰り返して
いまがどんな日なのか
たぶん私はもう
あの頃の先生の年齢を超している

木造校舎の長い廊下
工作ノリの匂いがする教室
いまも白い花がいっぱい咲いている
きみたちいつのまに
花になってしまったんだ
梶原先生の太い声が聞こえてくる

*

  さみしい桜

ことしも
その桜は咲いているだろう
スギ花粉でけぶる山ふかくで
さみしく美しく
いつものように

風も吹いているだろう
雲も流れているだろう

乾杯もなく
送ることばもなく
記念撮影もない
日がな一日
古い古い木の椅子に腰かけている
そうして花が散りおわったら
ふたたび賑わいを求めて
百年の山へ帰る

*

  花占い

花びらを
いちまいずつ風に飛ばす

行く
行かない
帰る
帰らない

立ちどまるところは
いつもおなじ

生きる
生きない
死ぬ
死なない

そこにはいつも
美しい花が咲いている

*

  水引草に風が立ち

雑草がはびこった細い道をゆく
小川のそばに水引草が咲いていた
山の麓のさびしい村
若い詩人の夢がいつも帰っていった
その夢のほとりを歩いた

小さなあかい花
見過ごしてしまいそうな花だった
ぼくの夢に出てくることはないだろう

「水引草に風が立ち

道造のことばが風のようによぎる
帰っていったのはどんな夢だったのだろうか
たよりなく夢の果てをさがした

「夢は そのさきには もうゆかない

ぼくの夢はまだ
どこへも帰ってはゆけない
溶岩の匂いを運ぶせせらぎの
浅間山の麓でみじかく眠りながら
きれぎれの夢のはざまに
水引草の栞を挿んだ

*

  シロツメグサ

シロツメグサで
花かんざしと首飾りをつくり
ぼくたちは結婚した

わたしの秘密を
あなたにだけ教えてあげる
と花嫁は言った
唇よりも軟らかい
小さく閉じられた秘密があった

シロツメグサで髪をかざり
あるときは赤ん坊になったりした
ママになったりパパになったり
ネコになったりイヌになったりした
朝だよといえば朝になり
夜だよといえば夜になった
夏だねといえば夏になり
冬だねといえば冬になった
おいしいおいしいと言いながら
シロツメグサのおにぎりばかり食べた
一日はみじかく
一年もみじかかった

いつしか
花かんざしも朽ち
首飾りも朽ち果てて
結婚ということばも忘れてしまった頃
彼女は大きく美しくなって
新しい花嫁になった
シロツメグサがいっぱい咲いていたけれど
ぼくはもう
花かんざしも首飾りも
作らなかった






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紙のイメージによる詩2編

2016年05月15日 | 「新詩集2016」

  紙のおじいちゃん

おまえに綺麗なきものを着せたったら
紙人形のように可愛いやろなあ
そんなこと言うてはったおじいちゃん
いつのまにか
紙のおじいちゃんになってしまはった

あれは風のつよい日やった
中学生やった私は下校の途中で
なんや空の方からおじいちゃんの声がしてん
ひらひらひらひら
凧のようなもんが街路樹に引っかかっとってん
そんなとこでなにしてはんの
おじいちゃんすっかり紙になってしもうてた

こんなに平べたになりはって
こんなにわやくちゃになりはって
私のリボンよりも軽いやないの
かなしいて悔しいて
紙のおじいちゃん
涙で溶けてしまいそうやった

あんなに背筋がまっすぐやったのに
おじいちゃん
朝は5時には起きだして
公園をぶらぶら
バイクを解体するヤンキーと喧嘩したり
ランドセルの小学生をからこうてみたり
啓蟄や夏越や彼岸花やゆうて
蜻蛉みたいに季語を追いかけてはった
おじいちゃん

それやのに
ただの白い紙になってしもうて
もう五文字の言葉もでてきいへん
七文字の言葉もでてきいへん
言葉をどこへ置いてきはったん

なんもかもぜんぶ
おばあちゃんが持っていかはったんやろか
おばあちゃんもとっくに
紙くずみたいになりやって
おじいちゃんが必死になって探したんやけど
終いにはなんも残らへんかった

生きるんかて死ぬんかて
最後はぺらぺらのもんや言うて
やたら紙をちぎりたおしてはったけど
おじいちゃんの体が
だんだん軽うなってしもうて
あれから

おじいちゃんは紙の眠り
おじいちゃんは紙の目覚め
すっかり紙にくるまれてしもうて
おじいちゃんはぺらぺら
もう紙のいのち

おじいちゃん
風の日はそとに出たらあかんえ
雨の日もそとに出たらあかんえ
あした私は
白無垢の紙人形になって
この家を出てゆくけれど


*


  ペーパーホーム

初潮という言葉が
海の言葉みたいなのはなぜかしら
などと考えていた頃に
おまえの家は紙の家だとからかわれ
わたしは学校へ行けなくなった

わたしは紙のにおいが好きだった
ノートのにおいとか
鼻をかむ時のティッシュのにおい
障子や襖のにおい
紙でできた家があったらすてき
そんなことを文集に書いたことがある

けれども紙の家は
雨にも風にもよわい家でした
とても壊れやすい家でした

紙の家の
壁に穴をあけて
弟もとうとう家出した
あんなに威張っていたけれど
穴は小さくてかわいいぬけ殻みたい
その穴のむこうに
なにが見えていたんだろうか

台所の壁にも穴があいている
3年前に母があけた
こんな家なんかもうすぐ壊れてしまう
母の口ぐせだった
いつのまにか父もいなくなった
1年以上も帰ってこないということは
この家を捨てたということだろう

残ったのは祖母とわたしだけ
ふたりとも引きこもりだから出てゆけない
祖母はわたしを愛しているという
わたしは祖母を愛していないとおもう
祖母はほとんど言葉を失って
もうわたしたちに通じあう言葉がない
猫のように眠ってばかり
そうやってすこしずつ死んでゆくのだろう
しずかに逝ける年寄りは
しあわせだと思うことにする
死ぬことも生きることも
わたしは若いから苦しい

弟が残した壁穴が
だんだん大きくなってゆく
青いしみのような空がみえる
小さな空は水たまりに似ている
水たまりは池になり
やがて海になるかもしれない

もうすぐ
紙の家をすてて
わたしも茫洋のそとへダイブするんだ
あかい血があおく染まる

その時わたしは
初めての潮になる






なみだは小さな海だった

2016年05月07日 | 「新詩集2016」

  コップ

夜中にひとり
コップの水を飲むとき
背中で
くらい海がかたむく

すぎた夏は
濾過されて透きとおっている
貝殻をひろい
小魚をすくう
たくさんの手がおよぐ
あれから

太陽の影を追った
あの海を
まだ飲み干していない

*

  水の時間

洗面器の水に
指を浸す
わたし達の海はこんなに小さい
手と手が触れ合える
ささやかな暮らしでよかったね

ときどきは
窓のそとで水音がする
あれはイルカ
あれはシャチ
わたし達の赤ちゃんも
いま広い海を泳いでいる
青い水のなかを
水よりも青く泳いでいる

夜になると
わたし達も泳ぐまねをして
小さな赤ちゃんに
会いにゆく

*

  しおざい

魚を丸ごと
皮も内臓もぜんぶ食べた
それは
ゆうべのことだ

目覚めると
私の骨が泳いでいる
なんたるこった
私を食べてしまったのは私だろうか
どこをどうやって
いままで
生き延びてきたんだろう

外では騒がしい音がしている
もう誰かが
朝の骨をかき集めている

*

  ディープブルー

どおんと
山を越えてくるものがある
大きな黒い影の下で
ひとはそのとき
ディープブルーに染まる

それは空の鯨
なだらかに背から尾鰭へ
澄みきった真昼の夢をよぎる
その吐息のようなものに
ひとの手はとどかない

どおんと鯨が
ふたたび山を越えるとき
空はなだらかに傾いて
ひとは知る
山の向うにもきっと
ディープブルーの海があると

*

  ラ・メール

…海までは石畳の道で
昼からは潮風があがってきます…
細い指で文字をおくる

どうしても鉄棒ができなかった
空を引き寄せようと
じっと見上げていた午後
空は高すぎた

つかもうとしてもつかめない
手のひらの言葉たち
どの言葉にも
おもさがあるみたいだった

…もはや夏色の海です…
石畳の道をおりてゆく
大きく海原がせり上がってきて
手にもった貝がらが
青く染まる

*

  背中の海

遠くて暗い
背中の海で泳ぐひとがいる

しずかな潮がつぶやいている
わたしたち
泡ぶくだったのね
小さな水とたわむれて
ずっとむかし生まれたのね

あなたの手が水をつかむ
あなたの脚が水を突きはなす
その水のすべてを
わたしたち愛したのね

ふりむくと
ずっと向こうの
そのまた
ずっと向こうに
もうひとつの海がある






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