風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

てんとう虫

2010年05月20日 | 詩集「カクテル」



背中の星が重いから
飛翔しても
飛翔しても落ちる
てんとう虫の
小さな宇宙


野の草よりも軽く
持ち上げたものの重みに
耐えているが


あまりにも大きなものの中で
あまりにも小さく生きる
背中の星をかなしんでいる


だからときどき
おもいきって宇宙の外へと
飛び立とうとする


(2007)


てっぽう

2010年05月19日 | 詩集「かぶとむし通信」



とっくにもう
枯野の向こうへ行っちまったけど
俺に初めてフグを食わせてくれたのは
おんじゃん(おじいちゃん)だった


唇がぴりぴりしたら言わなあかんで
フグの毒がまわったゆうことやさかいにな
ぴりぴりするフグの味なんか
俺にはちっともわからなかったよ


まるでフグみたいに
喋るまえに口をぱくぱくする
おんじゃんの言葉は蟇口といっしょで
腹巻のどんづまりからひっぱりだしてくる
言葉が出てくるか銭(ぜに)が出てくるか
俺は銭だけを待ってたけれど


俺たちは引きこもりだった
おんじゃんは入れ歯と腰ががたがたで
俺は前頭葉がばらばらだった
あさおきてかおをあろうてめしくうて
俺が五七調で口ずさむ
宗匠づらのおんじゃんがあらわれる
われはあほか
俳句には季語ゆうもんがあんのや
春には春の
秋には秋の
花ゆうもんが咲くやろが


春夏秋冬
俺にはただ
だらんとした暑い日と寒い日があるだけだった
だから花びらみたいな俳句なんか
お地蔵さんの腹巻へつっ返してやる
宗匠はフグの口になって
きんたまなんか掻いてやがる


五七五や
たったの十七文字や
われはそんなんもでけへんのか
かまぼこでも切るように
おんじゃんは言葉をきっちり揃えようとする
切って削って五七五にして
だんだん言葉が少なくなってゆくんだ
口ばかりぱくぱくやっても
言葉なんか泡ぶくみたいなもんだ
とうとう俳句ふたつぶんくらいしか喋べれなくなった
それがおんじゃんの一日だ
そして俺の一日も似たようなもんだった


唇がぴりぴりになったら
そのあと
どうなるんだろう


旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
おんじゃんの句もなかなかのもんだ
そう言って怒らしてしまった
われはほんまのあほや


そうだよ枯野をかけ廻っていたんだ
おんじゃんの夢も俺の夢も
それから四日後におんじゃんが死ぬなんて
あほな俺には考えられなかった


おんじゃんは
辞世の句も残さなかった
もちろん
フグの毒にあたったのでもなかった


     (大阪では、フグのことをてっぽうともいう)


(2004)


ヘロイン

2010年05月19日 | 詩集「ディープブルー」



とつぜん夜中におなかを痛くする
私はそんな子供だった
そのたびに
父の大きな手が
私のおなかを温めてくれた


ときには私の頬をぶった
太い血管がうきでた手
ぶ厚いふとんよりもしっかりと
私の痛みを押さえてくれた


今でも私は
夜中におなかを痛くすることがある
そんなときは
おなかに自分の手を当てたまま
しばらく痛みに耐えている
私の体には
ときどき毒がたまるのだろう


もう温かい父の手はない
私の手は
きょう娘の頬をぶった手だ
マーマ ごめんなさい
マーマ ごめんなさい
私の手はまだ濡れたままで


痛むおなかの上に
自分の手をのせていると
あたたまった毒が
じわじわと体じゅうに溶けて
私はまた
おさない夢の始めにおちてゆく


(2004)


ミルフイユ(mille-feuille)

2010年05月19日 | 詩集「風の記憶」
Card


曖昧な時間のなかへ
軽くフォークをたてる
さくっと乾いたあやうい手ごたえ
フィユタージュの薄いすきまから
あやしげに覗く
クレーム・パティシェールの甘い微笑み
私はもう逃げだせないのです


茫々とした記憶のそとへ
舞い散る千枚の葉っぱ(mille-feuille)
アントナン・カレームの
悪の囁き
くずれやすい乾いた手の
そのなかに深くおぼれてしまいそうです
葉脈の流れのさきまで


アルハンブラ宮殿の赤の
苺のように残酷につぶしてください
あまい蜜のしたたりの
壁を染めるイスラムの千の祈り
千人の唇の唇がしびれて
千本の指の指がくだけて
グラナダが燃えるグラナダが陥ちる


空しさへ満たされることの
冷たい喪失の予感のふちで
ミルフイユの層なす夢のあとは
フォークのように蒼ざめているのです
やがて首のない彷徨のとき
ルイ王朝の深い眠りに
ふたりは落ちる


(2004)


シロツメグサ

2010年05月17日 | 詩集「一瞬の夏」
Shirotume2


シロツメグサで
首飾りと花束をつくり
ぼくたちは結婚した


わたしの秘密を
あなたにだけ教えてあげる
小さな花嫁は言った
唇よりも軟らかい
かたく閉じられた秘密があった
シロツメグサで髪をかざり
赤ちゃんになったりお母さんになったり
お父さんになったり
子どもになったりした


朝といえば朝になり
夜といえば夜になった
夏といえば夏になり
冬といえば冬になった
一日は早く
一年も早かった
おいしいおいしいと言いながら
シロツメグサのパンばかり食べた


ときを忘れ
結婚していることも
すっかり忘れてしまった頃
彼女は美しくなって
ほんとの花嫁になった
手にはバラのブーケ
野には
シロツメグサがいっぱい咲いていたけれど
ぼくはもう
首飾りも花束も作らなかった


(2008)