風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風の言葉を探したこともあった

2022年12月10日 | 「詩エッセイ集2022」




西へ西へと みじかい眠りを繋ぎながら 渦潮の海をわたって 風のくにへと向かう 古い記憶が甦えるように 海原の向こうから 山々が近づいてくる 活火山は豊かな鋭角で 休火山はやさしい放物線で とおい風の声を運んでくる 昔からそれらは いつもそこに そのままで寝そべっていて だんだん近づいていくと 寝返りをうつように 姿を変え隠れてしまう 空は山を越えて広く どこまでも雲のためにあり 夏の一日をかけて 雲はひたすら膨らみつづけ やがて雲は空になった 風のくにでは 生者よりも死者のほうが多く 明るすぎる山の尾根で 父もまた眠っている 迎え火を焚いたら 家の中が賑やかになった 伝えたくて伝えられない そんな言葉はなかったかと 下戸だった仏と酒を酌む かたわらで母が 声が遠いとぼやいている 耳の中に豆粒が入っていると 同じことばかり言うので 子供らも耳の中に豆粒を入れた ひぐらしの声で一日が明けて ひぐらしの声で一日が暮れた 蝉の翅は虚しく透きとおり 蝉の腹は空っぽだった ぼうぼうと風に運ばれて 終日ぼくは夏草の中へ 草はそよいで ぼくの中で風になった 風には言葉がなく 言葉にならないものばかりが 渦巻いて吹き過ぎた 風の背中を追って ぼくの中の言葉を振り返る 隠れキリシタンの洞窟から とつとつと祈りをおくってみるが ゼウスのように 風の姿は見えないまま ひぐらしの声がはや 白く近くなるころ 欠けた土器に送り火を焚いて ひとつだけ夏が終わったので 耳の中の豆粒を取り出すと 母の読経が聞こえてきた きょうは目が痛いと言う きのうは眩暈がし おとといは便秘じゃった 薬が多すぎて 飲み方がわからないと泣いている くりかえし繰り返し もう語る言葉もなくなり 母の目薬はさがしてやれないまま 汽車はいくつもトンネルを抜けて ぼくはまたフェリーに乗る とうとう風の言葉は聞けなかった



自作詩『風の十六羅漢』



 


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