風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

温もりの季節

2018年11月03日 | 「新エッセイ集2018」

 

寒くなった。
といっても、季節を考えると、これが本来の寒さなのだろう。
やっと扇風機とストーブを入れ替えた。
石油ストーブは数年前に壊れて廃品にしたので、ぼくの部屋にあるのは、遠赤外線の電気ストーブが1本だけ。この冬もこれで過ごすことになる。

この電気ストーブには“ぬっくん”という名前が付いている。
ある人が名付けてくれた。その言葉の温もりも加味されて、このストーブは特別に温かいような気がする。
“ぬっくん”という名前のおかげで、ストーブが人格までもってしまった。ああ、またお前と再会したね、この冬もよろしく頼むよ、といったあんばいだ。
真冬の寒さのみならず、冷えきった心の中まで温めてくれる。そんな奴はこいつしか居ないような、くっついたら離れられないような、冬限定の怪しい間柄になっている。

寒いときは、とにかく温かくなりたい。言葉だけでも温かい言葉が欲しいものだ。
学生のころ、初秋の山中湖で数日間すごしたことがある。毎日ボートを漕ぎながら無為に過ごしていた。窓からみえる富士山は、まだ雪の衣装はまとっていなかったけれど、民宿の部屋には暖房用のこたつが置かれていた。
こたつの具合を点検しながら、民宿のおばさんの口から出た、「ぬくとい」という言葉が耳に残った。初めて聞いた言葉だったが、その響きは懐かしく、言葉の意味はよくわかった。「ぬくとい」(温とい)という言葉は、いかにも体が温まりそうな言葉だった。
ぼくの郷里でも、温いことを「ぬくい」とか「ぬきぃ」とか言った。暖かいよりも温いの方が、体の芯から温まる言葉だったのだ。

猛暑だった夏の反動で、この冬は厳寒ということもあるかもしれない。
ぼくは“ぬっくん”が頼りだが、外出まで“ぬっくん”を連れていくわけにはいかない。それで、ユニクロでヒートテックの下着を2枚買ってきた。数年前から、ファイバーヒートだとかヒートインパクトだとか、商品のネーミングも温いどころではなく、火傷でもしそうなほどに熱い。
ことしは水の災害が多かった。ひとの心も濡れて冷えきっているのかもしれない。

 

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