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『生きててもいいかしら』

2014-08-24 | 仏教

 『 生きててもいいかしら 』

               田口 ランディ ・ 板橋 興宗

                

   「いまのひと息、ひと息以外に、地獄も極楽もない。・・・・いま生きていること以外に<いのち>はありません。理想の世界=極楽を頭に描くことは妄想です。いま生きている以外に現実の<いのち>はないのです。いまの<いのち>を留守にして何かを求める、これが迷いの根源です。」という板橋和尚。このお2人の興味深い対話から、「幸せの原点」についてUPしますね。

 

田口:足るを知る。

板橋:でもそれは、「これでもういいんだ」というのではないのです。「もうものがなくてもいいや」と自分に言い聞かせる、というのではだめ。それは自己満足ですね。そういうんじゃないです。足らないは足らないままで。いま息をしていることに問題がないことです。そういうところに、人間の幸せの原点がある。

田口:幸せの原点。

板橋:うん。

田口:幸せの原点には、幸せも不幸もないんですね。

板橋:そうですね。

田口:これが難しい。「幸せの原点」というと、幸せを求めちゃう。

板橋:幸せを求めるなら、幸せも不幸せも求めないというところにいかないと。

田口:だから、すごくたくさんの人がそれについて誤解しちゃうんですよ。幸せの原点は「足るを知る」にあるという時に、「幸せ」っていうある種幸せも不幸もなくなった状態であるというところは理解できないんです。

どーしても人はそこにひっかかっちゃうんです。百人いたら八十人から九十人の人がここでひっかかっちゃうと思います。

板橋:ハッピーになろうとがんばって失敗して失敗して、そのあげくに、「あー」とそこに気づく。解脱のことです。幸せとは、求めることがないことです。

田口:板橋さん自身は、もう幸せを求めることはない?

板橋:本堂を建てたい。百万円を寄付してくれたら「ほおーっ」と喜ぶ。がんの検査のマーカー値が。下がってくると嬉しい。それは当然のことです。

田口:んん・・・・・若い時は幸せを求めませんでしたか?

板橋:求めたから坊さんになったんでしょう。ほんとの幸せがきっとどこかにあると思って。

田口:ほんとの幸せはありましたか?

板橋:いまがそうです。

 

    (この続きは書籍でね)

                 

      最近スロジョグしてます。身体が喜んでいるのがわかります。

 やはり運動不足だったんですね。  

      

         最後まで読んでくださって ありがとう 

                              つながっているすべての人に ありがとう 

 

 

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