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「いまここ」にさとりを選択する生きかた

2013-03-14 | スピリチュアル

[いま、ここ」にさとりを選択する生きかた』

             やまがみ てるお 著  

 

 かわいらしいイラストが本文を補っていて読みやすくなっていますよ。

    

「いまここ」に生きているにもかかわらず、私たちは記憶のなかのどこかに意識を集中させます。どこかほかの場所に意識が向けられることもありますし、過去や未来に意識を奪われることもあります。

 過去や未来、ほかの場所へと意識を向ける度合いが大きくなるにつれて、「いまここ」を自覚している意識が奪われます。
この度合いが無意識の度合いです。無意識の度合いが大きくなるにつれて私たちは過去の記憶や未来の想像、またどこかほかの場所に関する思考に、「いまここ」の意識を奪われます。

これが意識が「いまここ」をはなれる理由----「体験の主体」が思考に同一化する過程----です。これによって、「いまここ」の体験のもっている意味が見すごされる可能性が高くなります。

 すべての生命は、「いまここ」にしか生きることはできません。宇宙には、「いまここ」しか存在しません。「いまここ」だけの展開だけが存在します。
「いまここ」の展開とは宇宙のあるがままの展開です。

(中略)

 一日が経過し、地平線、水平線の向こうへと太陽が沈んでいくと、夜になります。朝が訪れ、夜になります。毎日、それはくりかえされていきます。


---晴れの日もあれば、雨の日もあります。


宇宙には、いいも悪いもありません。「いまここ」の展開がくりかえされていきます。それが宇宙のあるがままの姿です。

 

あるがまま、起こるがままへのゆだねが、自我の操作性に制限されていない、無限の可能性を開きます。これによって、「体験の主体」をとおして、「宇宙そのもの」の能力が現実世界に流入しはじめます。

 

私たちの真実はこの小さな体に束縛された存在ではなく、体の外側で起こる出来事でさえ、私たちの意識のおよばない部分の自分自身の行為です。
自我の操作性----自我の願い---こうであってほしいや、こうであるはずや、こうであらねばならない---が、それのスムーズな起こりに抵抗し、その進展---あるがままの展開---を阻害してきました。

 
我は「それ」なり
汝は「それ」なり
これすべては「それ」なり
ただ「それ」あるのみ
ほかはみなあることなし

  (古代インドの文献ヴェーダより)

 

         スピリチュアルTVでやまがみさんの映像ご覧になれますよ

   映像、音声時々とぎれますが・・・・ ⇒スピリチュアルTV

                  

           最後までお読みくださって ありがとう 

              つながっているすべての人に ありがとう 

                                           

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