陽 気 村

フィーリングを楽しんじゃおうっと

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

『初!ゲット』

2009-10-28 | Weblog
 こんにちは 

やりました~ サワラ  ゲット!!ですぅ~   

あれは3年前のこと、友人が70センチオーバーのサワラを目の前で釣ったのを

見たのが始まりでした。友人の満面の笑みと笑いがしばらく止まんなかった さ~わら わら わら っていう感じ?

それを見ていた カルちゃんも 釣りた~い ということで 

始めたのですが なかなか釣れな~い。

慣れないジギング。PEがからまったり、ブチッと切れてジグだけが遠くに飛んでいったりなんかしてました。

今年は、バラすこともありました。

いろんな思いがわいてくるなか 

ググッ   きた~  この感じ この感じ 

バラさないように 慎重に・・・・・・・・ やった~

 

 

40オーバーと50オーバーのサゴシサイズでしたが

それでも  初ゲット バンザ~ィ です  

やはり  笑いが止まんなかった~  

フィッシング まだまだ 続きそうです・・・・ 

 

  

       今日も最後までお読みくださいまして ありがとう 

 

                                      つながっているすべての人に ありがとう    

 

 

 

コメント (3)

『ミュータントメッセージ』

2009-10-23 | スピリチュアル
   『 ミュータント・メッセージ 』

                    マルロ・モーガン著 小沢瑞穂 訳  

            

     5万年前からオーストラリアで生きつづけてきた<真実の人>族というアボリジニの小さな部族の生き方、考え方が、ここにあります。

  なにも持たずに生まれ、
  なにも持たずに死ぬ。
  私は最高に豊かな人生を、
  なにも持たずに目撃した。   

                マルロ・モーガン

彼らと砂漠の放浪の旅を共にした白人女性マルロ・モーガン

きっとこれからも読みつづけられることでしょう。

   

彼らは皮膚の色で差別しないが、私たちは最初は同じ皮膚の色ではじまり、同じひとつの色に向けてもどりつつあると信じている。

 


ミュータントは特異性を持った種族だと彼らは言う。まずミュータントは野外ではもう暮らせなくなっている。ほとんどが雨の中に裸で立つのがどんな感じか知ることなく死んでいく。人工的に熱と冷気が用意された建物に住み、普通の気温でも熱射病にかかってしまう。

 


ふたつめに、ミュータントには<真実の人>族のような健康な消化器官がなくなってしまった。彼らは食べ物を砕いたり乳化したり加工したり保存したりしなければならない。自然の食べ物より加工された食べ物ばかりとる。基本的な食べ物や大気中の花粉にたいしてアレルギーを起こすまでになってしまった。ミュータントの赤ん坊には母乳さえ受けつけない子供もいる。ミュータントは自分にもとづいて時間をはかるために理解力がかぎられている。今日という時間しか認識できないため明日という時間に関心がない。

 


だが、むかしも今も変わらない大きな違いは、ミュータントが恐怖心を持っていることだ。<真実の人>族には恐怖心がない。ミュータントは自分の子供をおどす。彼らは法律や刑務所を必要としている。国家の安全さえ他国にたいする武力行為で成り立っている。この部族によれば、恐怖は動物王国の感情だ。そこでは恐怖がサバイバルの重要な役目をはたす。だが、人間が聖なる一体について知り、宇宙は偶然の産物ではなく解きほぐされつつある計画だということがわかれば恐怖を感じるはずがない。信念か恐怖のどちらかであり、このふたつが共存することはない。

 

物が恐怖を生む、とこの部族は考えている。物を持てば持つほど恐怖はつのる。ついには物のために生きることになる。

 

(中略)

 

人間界から脱出する自然な手段は自分の自由意志と選択をはたらかせることだと彼らは信じている。百二十歳か百三十歳になって永遠の世界にもどりたくなると、聖なる一体のみこころに叶うかどうかお伺いをたてた後で人生を終える祝いの会を開くという。

 


この部族の国では、数世紀にわたって新しく生まれた赤ん坊に同じ言葉が話しかけられてきた。だれもが生まれたときに同じ言葉を耳にするのだ。「あなたを愛し、あなたの道中を支えよう」という言葉を。そして最期の祝いの会でも旅立つ人を抱きしめて同じ言葉を口にする。つまり生まれたときに聞いた言葉を去るときにまた聞くのだ!そのあと旅立つ人は砂の中に座して肉体のシステムを閉ざす。二分もたたずに彼らは去っていく。悲しみも葬式もない。私がこのような知恵にたいして責任が持てるようになったら、人間界から目に見えない世界に移るテクニックを教えてあげようと彼らは言った。

 


彼らが言うミュータントという言葉は、肌の色や個人ではなく心と頭の状態をさしているようだ。つまり生きる姿勢のことなのだ。むかしの記憶や宇宙の真理を忘れたり心を閉ざしている人のことを語っているのだ。

 


 

    宇宙は「あなたを愛し、あなたの道中を支えよう」としているのかもしれないですね。 

       

   

           今日も最後まで読んでくださって ありがとう 

                       つながっているすべての人に ありがとう    

 

コメント

『COSMOSCAPE』

2009-10-16 | BGM
 CD 『 COSMOSCAPE 
 

                       SUGIZO  』

 

  最近、車の中で聴いている音楽はなぜか

元LUNA SEAのギタリスト:SUGIZOのベスト版です。

ハードなロックと思うでしょうけどそうでもないんだな~

美しい旋律もありますよ  はかなさともろさも感じます 

おそらくsugizoさんはデリケートな方なんでしょうね

エレキギターとバイオリンの音がかなたに突き抜けてひろがっていくような・・・

   

1. COSMOSCAPE
2. TELL ME WHY?
3. THE CAGE
4. KANON
5. EUROPA
6. Le Fou
7. DELIVER...
8. Elan Vital
9. Rest in Peace&Fly Away
10. RISE
11. INITIATION
12. SWEET
13. 赤い海と黒い空の素粒子
14. VOICE
15. Synchronicity

      カルちゃんは 6曲目 Le Fou  や 10曲目のRISEが気に入っています。

      15曲目Synchronicity  興味ある方は聴いて見てね

 

   

           今日も最後までお読みくださいましてありがとう 

 

                                 つながっているすべての人にありがとう    

 

 

コメント

『神道<はだ>で知る』

2009-10-09 | 生き方
 『 神道<はだ>で知る 』

                   葉室 昭 著 

                 

 

  春日大社長老 のお話からです。日本人と『神道』のかかわりを

   宇宙の成り立ちにさかのぼって切々と語ってくださっています。

今回はその中からウィルスについてです。

 

 

 ものが移り変わるには、その中間のものが大切

 

  日本人は昔から、昼から夜に移る夕方や、夜から昼に移り変わる朝方というものに神さまのお姿を見て、夕日や朝日を拝んできました。


今の人はこのようなことは、日本人の単なる習慣であると思っている人が多いのですが、これは世の中の真実のことを行っているのです。


先ほど、この世の中は、AというものがBというものに直接、移るのではなく、必ずその中間のものが現れると書きましたが、我々の祖先が行ってきた夕日や朝日を拝むということは、まさにその通りのことを行っているのです。
つまり、電気をつけたり消したりするように、昼から夜にはなりません。昼の一部は持っているが昼ではなく、夜の一部は持っているが夜ではない、つまり夕方・朝方という移り変わりの姿がなければ、昼から夜にも、また夜から昼にもなりません。


このことは後で、「中庸」のところで詳しくお話しようと思いますが、これはまさに神さまの「いのち」が伝わる姿なのです。どうしてこのようなことを日本人は知っていたのか、まことに不思議なことであります。


ところで今から三十八億年くらい昔に、ものの「いのち」から生物が誕生したのでありますが、これももちろん、ものがいきなり生物になるはずがありません。
『神道と<ひらめき>』にも書きましたが、地球上に最初に現れた生物は、原核生物、すなわち細菌です。


細菌というと、現代の人は病気をおこす悪いものと考え、やたらとこれを殺すことばかり行っていますが、これはとんでもない間違いです。神さまがこの地球上に初めに、病気をおこす生物など作られるはずがありません。
前にも書きましたが、細菌というのは全ての生物を生かすために現れてきたのです。その細菌を今の人たちは病気の原因だと考えて、殺すことばかり行ってきましたので、現在のように多くの病気が現れるようになったのではないでしょうか。


細菌によって、我々人間もまた生かされているのですから、細菌と共生し、それに感謝することによって、真実の健康が現れてくるのだと私は思います。このような病気の話は、また別の時に詳しく述べたいと思います。


話は戻りますが、ものからいきなり細菌が現れてきたのではありません。これもまた、必ずその中間のものが現れてこなければ、生物は誕生しないという仕組みの中で生まれてきたのです。


そしてこの中間のものが、いわゆる生物でもない。両方の性格をあわせ持った、摩訶不思議な存在です。


ウィルスというと多くの人は、ガンのウィルスとか肝炎をおこすウィルスだとか、インフルエンザをおこすウィルスなどをイメージして、ウィルスというのは病気をおこす悪の権化のように考えております。


けれども私は、そのような悪いものを神さまが、この地球上に作られるはずがないと思います。ウィルスというのは、ものから生物に向かう中間のもの、移り変わる途中の微妙なバランスを整えるために現れてきたのではないかと思うのです。


このようなことをいうと、世界中のお医者さんから叱られるかもしれませんが、ウィルスによっていろいろな病気が現れるのではなく、体の中にバランスが崩れた状態があるので、それを整えるためにウィルスが入ってくるのではないかと思うのです。


ですから、体の中に入ってきたウィルスを殺すというよりも、体の中のバランスを元の正しい状態に戻せば、ウィルスは入ってこないのではないでしょうか。
私はそのように思っています。けれども、どのようにしたら体の中の乱れたバランスを、もとの調和のあるバランスの状態に戻せるのか、これは本当に難しいことです。

 

 

   「なんだか知らないけれど先を急ぐ」習性から行動していることが多々あります。そんな時は、中間にあるものから意識が離れてしまってますね

              

  

        今日も最後まで読んでくださって ありがとう  

 

                       つながっているすべての人に ありがとう    

 

 

 

コメント (2)

『 毎日が冒険 』

2009-10-03 | 生き方
  『 毎日が冒険 』

                   たかはし あゆむ 著 

                 

 

    『なんでもやってみよう』という高橋さんです。
漫画のようにおもしろい。高橋流カッコよさありますよ。カウボーイにあこがれてアメリカへ行ったり、バーテンダーにあこがれて店を開店させたり、マルコメになってサイババに会いに行ったり、
まさに毎日が冒険です。 


   

ちょっくら振り返ってみると、俺の冒険はいつも同じように流れている。

 

1「これだぁー!サイコー」と感動して、


2「俺もああなりたい」と憧れて、


3「じゃ、何から始めよう」と作戦を立て、


4「とりあえずやっちまえ!」と実行し、


5「ああダメだ」と失敗し、


6「じゃ、これでいこう!」と作戦を変更し、


7「なにくそー!」と成功するまでやり続ける。

 

守ってきたことは、ただひとつ。
やっちまうことだ。


無理やりでも、やりたいことを始めちゃうことだ。


そして、うまくいくまでやめないことだ。


最後の最後にうまくいけば、すべての失敗は経験と呼ばれる。


どんなにカッコいいことを考えてても、どんなにカッコいいことを言ってても、やんなきゃ終わりだ。


実際にやるってことが勇気なんだ。


自分自身が大切だと思うことのために、他人が何と言おうが、
自信がなかろうが、「ウリャー!」と目をつむって荒い海に飛び込んでいく瞬間こそ、一番怖いけど、一番カッコいい瞬間だ。


自分の命がキラキラ輝く瞬間だ。


泳げないからこそ、海に飛び込むんだ。

 

「自由」であり続けるために


「自分」であり続けるために


僕らはこの街から冒険を始めよう

 

そう、毎日が冒険!

 

ウリャー!

 

 

   そういえば 歌に『毎日がスペシャル』ってあったような

            

       今日も最後まで読んでくださって ありがとう  

 

                       つながっているすべての人に ありがとう    

 

 

 

コメント