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『求めない』

2008-06-20 | 詩集

求めない(小学館)

             『 求めない 』

              加島 祥造 著

   求めない すると で始まる詩集です。

求めない----
すると
心が晴れてくるのを感じるよ

求めない----
すると
驚きの心が目をさます

求めない----
すると自分が
無意識にさがしていたものに気づく

求めない----
すると
自分にほんとに必要なものはなにか
分かってくる

求めない----
すると
内から湧くものに気づく

求めない----
すると
自分のなかのものの方が
ずっと大切なんだ、と知る

求めない----
すると
「いま、ここ」のなかにいる。
心は先走らず
己のままでいる


誤解しないでほしい。
「求めない」と言ったって、
どうしても人間は「求める存在」なんだ。
それはよく承知の上での
「求めない」なんだ。

食欲性欲自己保護欲種族保存欲

みんな人間のなかにあって
そこから人は求めて動く---それを
否定するんじゃないんだ、いや
肯定するんだ。

五欲を去れだの煩悩を捨てろだのと
あんなこと
嘘っぱちだ、誰にもできないことだ。

「自分全体」の求めることは
とても大切だ。ところが
「頭」だけで求めると、求めすぎる。
「体」が求めることを「頭」は押しのけて
別のものを求めるんだ。
しまいに余計なものまで求めるんだ。

じつはそれだけのことなんです、
ぼくが「求めない」というのは
求めないですむことは求めないってことなんだ。

すると
体のなかにある命が動きだす。
それは喜びにつながっている。

だけどね、
意外にむずかしいんだ、だって
わたしたちは
体の願いを頭で無視するからね。

ほどよいところで止める---それがポイントだ。でも
それができなければ、ときには
もう求めない
と自分に言ってみるだけでいい。
すると、それだけでもいい気分になると分かるよ。

あらゆる生物は求めている。
命全体で求めている。
一茎の草でもね。でも、
花を咲かせたあとは静かに
次の変化を待つ。
そんな草花を少しは見習いたいと、
そう思うのです。


  ハッピーな気分の時って、何も求めてないですね~ 

                        

             今日も最後までお読みくださいまして ありがとう 

                                      つながっているすべての人に ありがとう 


 

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『こころうた』

2008-06-17 | BGM

こころうた  『 こころうた  』

              歌:アン・サリー

  「歌手」「医師」「一児の母」でもある

        アン・サリーさんの2007年7月に発売されたCDです。

    昨年、NHKのみんなのうたで「のびろのびろだいすきな木」を

    何気なく耳にしていたのですが、あらためて聴いてみると

    いいんですね~

       のびろのびろ だいすきな木  

       みんなみんなすきだから

       ひとりひとり そらにむかって

       いきをしているよ

       みんな みんながすき

       ひとりひとりが いきをしているから

     アン・サリーさんのファンの方もいらっしゃるのでは 

 どの曲も、暮らしの中で出会ったささやかな感情を音としてつづれ織った「こころうた」なのです。ここには、新たな生活の中で私の心に芽生えた、命が生まれる喜びと畏れと同時にかけがえのないものを得た幸福、また失うことの恐ろしさ、という様々な感情が込められていることに気付きます。

アルバムは、清々しく幸福に満ちた朝の情景のような「虹の彼方に」、陽光と希望に溢れた「翼」から始まり、すべてが夕焼け色に染まる情景の「手と手」、漆黒の夜の闇の中に響く「遠い日の子守り唄」を経て、「Travessia」にて新たに明けて行くようです。また、この13曲の流れは、この世に生まれては老いて死にゆき、また再生していく生命をも想起させます。

わが子と同じ季節に産み落とされる愛しいこのアルバムの音たちが、少しでもみなさまの暮らしの情景と重なり、いつまでも心の中を廻り続ける「こころうた」となることを願っています。
   

            五月晴れの日に  アン・サリー ライナーノーツより

収録曲

1.  オーバー・ザ・レインボー

2.  椰子の実

3.  翼

4.  のびろのびろだいすきな木

5.  はなのような人

6.  そよかぜ

7.  おまえが生まれた日

8.  ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー

9.  プレリュード・トゥ・ア・キス

10.  手と手

11.  遠い日の子守唄

12.  ナミノカナタ

13.  トラヴェシア

    初めて聴く方のために、このアルバムには、入っていませんが

      『3時の子守唄』をどうぞ  

      http://jp.youtube.com/watch?v=uqr-DyuUQf8&feature=related

      『蘇州夜曲』   情緒たっぷりです

      http://jp.youtube.com/watch?v=jzF3RELhr8k&feature=related

         

           今日も最後までお読みくださいましてありがとう 

                               つながっているすべての人に ありがとう    

 

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『イルカの星』

2008-06-12 | 絵本

イルカの星(佼成出版社)

             『 イルカの星 』

                  葉祥明 絵・文 

 水族館で出会ったイルカさんと少年の海の旅。

 

「海の そこって きもちが いい。
でも、ふしぎだ。すこしも いきが くるしくない。」
そう、きみは いま まもられて いるんだ。
ここは、おもさのない せかい。
上も 下も 右も 左も ない。
海は うちゅうに ちかいんだ。
そう、それが じゆう っていうことなんだ。

海では、いままで にぶっていた
すべての かんかくが よみがえる。
そして、その中で いちばん たいせつなのが、
じぶんが 生きている っていう かんかく なんだ。
「うん、わかる わかる。ぼくは いま 生きている」

でも、きみたち にんげんは、いつも
しんぱい ばかりして、いま 生きている ってことを
こころから たのしんでは いないね。
いつも、なにかを おそれて いるように 見える。
うしなうこと、しっぱい すること、なかまはずれに されること・・・・
でも、しんぱい することなんか なにも ないんだ。
「うん、ぼくは もう こわくない」


もぐろう、ふかく。
じぶんの こころの おくふかく。
しずけさと やすらぎの 中で、
ほんとうの じぶんを 見つけるんだ。
そして、よろこびなさい、いま 生きている ってことを。
もとめている ものは、じぶんの こころが いちばん しっている。
うれしい ことも、ほんとうに やりたい ことも、
じぶんが いちばん しっている。
こころの こえに 耳を かたむけさえ すれば。

 

    生きているって 感覚 どんな時に感じていますか。

 

                 今日も最後までお読みくださいましてありがとう 

                                      つながっているすべての人にありがとう    

 

 


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『宇宙からの声』

2008-06-09 | 絵本

宇宙からの声(佼成出版社)

            『 宇宙からの声 』

                  葉祥明 絵・文 

 なぜかデンタルクリニックに置いてあった一冊で~す。

 

おおきい、おもい、かたい、くらい、あらい、
つよい、するどい、はげしい、つめたい、きつい、
これは 古い 世界のパワーでした。

これからは、
ちいさく、かろやかで、やわらかく、あわく、
あかるく、まろやかで、やさしく、すずしく、あたたかい、
と いうものが、パワーになります。

今日、あなたは だれかに やさしい ことばを かけましたか
今日、あなたは だれかに やさしく ほほえみましたか?
太陽や 星や 月、そよ風や 小川の流れ、
緑かがやく 草や 木、美しい 花たちを ごらんなさい。
これが 調和のある 自然の 姿です。

地球が 新たな 成長を とげるまでには
いろいろな ことが おこるでしょう
その多くは、あなた方の 思いや 行いによって
みだれた バランスを なおすための ものです。
それは、地球、民族、国家、
そして あなた方 ひとりひとりにまで およびます。

     クリニックにもう一冊葉さんの絵本があったので次回もお楽しみにね。

 

                 今日も最後までお読みくださいましてありがとう 

                                      つながっているすべての人にありがとう    

 

 


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『毛利衛、ふわっと宇宙へ』

2008-06-05 | 科学
 『 毛利衛、ふわっと宇宙へ 』

               毛利 衛 著 

  日本人初の宇宙飛行士への歩みと宇宙体験。体験しないとわからないことっていっぱいありますね~。

  宇宙の原風景

 ---ところで、何かふっと自分の脳裏をよぎる原風景のようなものが人にはあると思うんです。あるいは人生を決めてしまうような、毛利さんの場合ですと、皆既(かいき)日食の体験とか。そういう体験あるいは風景というものが、人にはそれぞれあるんではないかという気がするんですが、もしそれを宇宙で見たとすれば、どういうものでしょうか。

毛利 やっぱり金星と夕日ですね。子どものときから、余市(よいち)の澄んだ空に夕日が沈んで金星がぱあっと出てくるという光景を何度となく見ていた。あの太陽と金星の輝き、それが宇宙でも見えた。でも、印象は全然ちがいます。片や真っ暗な空だから。ブラックホールじゃないけれども、光はなーんにもない。光はすべて吸収されて、微塵の反射もない。たとえばこのテープレコーダーは黒いですが、こういう黒だったら光っているでしょう。ところがそんな黒じゃないんです。ほんとうに黒という色で表現できる黒じゃなくて、すべてが吸い込まれていくような黒なんですね。
そのなかで太陽も輝いているんですね。そういう吸い込まれそうな黒のなかに太陽がひとつ、ものすごい光で容赦なく照りつけている。生命ということを考える余地もないぐらい、ぎらぎら輝いている。太陽が沈むときには、金星がやはり吸い込まれていきそうな暗黒のなかに、瞬(またた)きもせずに輝いている。
考えてみれば、いろいろな原風景がありますよね。私にとっては、牧場があって、サイロがあって、羊がいたりするのがそうだと思っていますけれど・・・・。
自分が育ってきた野原、雲があって、川が流れて----。それは宇宙から地球を見たときの印象とは直接は結びつかないんですが。

---既視観(デジャビュ)の感覚、ああ、いつかこれは見たことがあるとか、むかし自分はこの経験をしたことがあるという感覚、それを宇宙で感じたことがありましたか。

毛利 それはすぐには思い出せない。そうですね・・・。瞬間的にパッと思ったんじゃなくて、いつも、ふわ~んと浮いているときかな。シャトルが軌道に乗って無重力になった瞬間から、黙って楽な姿勢をしていると、ふわ~んという感じで浮いているんです。そういうのは、いままでどこかであったんじゃないかなという気持ちがずうっとしていました。
スペースシャトルの中はいつも騒々しいんです。装置が動いていますから、常に機械的な騒音に包まれているんです。そういうこともあって、頭がぼっーとしてます。初日は宇宙酔いのせいもありましたけれども、二日目からは宇宙酔いが完全に治って、それでもやはりいつもぼっーとしているんですね。実験の作業に追われてやっとひと息ついたときに、疲れた体をふわ~んと浮かせているときに、ああ、気持ちいいなあ、そういえば、こういうのがむかしあったような気がするなぁという・・・・。

 胎内の記憶

---あの浮かんでいる姿を見ていると、何か幼児体験というか、いやもっと前の記憶・・・。

毛利 あぁ、たとえば母親の胎内にいるときのような・・・。それかもしれない。もちろんそんな記憶は残っていませんけれども。
たとえばプールの中で浮いていると、いつも水にとり巻かれているという感覚があるでしょう、皮膚感覚が。ところが、宇宙で浮いていると、それが全くない。皮膚感覚がないんです。自分の皮膚と外とを隔てているものがないんですよ。いまこうして話しているときにも、着ているものが皮膚に触れているという感覚はある。意識はしていませんけれども、ところが宇宙に行くと、この服すら自分の体にさわってないんです。気にならない。
寝るときにはいちおう寝袋を着用しますけれども、それもまたさわっているような感じがあまりしないんです。みんな軽くて浮いている。もちろん、寝袋をピタッと押さえると、触れているなという感覚は出てますけれども。でも実際にはそうではなくて、あらゆる方向に浮いているでしょう。だから、水に入ってふわっ~と浮いているのとも違って、何も着けずに裸のまま、ふわ~っと浮いている感覚。いま言われてみると、母親の胎内で温かくていい気持ちで眠っているのと、ひょっとすると通じるものがあるのかもしれませんね。

---ふわっと何か大きなものに抱かれている感じですか。

毛利 ものに抱かれているという意味じゃなくて、雰囲気に抱かれているという感じはあります。雰囲気的に抱かれた姿勢のまま窓から太陽が沈むのを見たり、オーロラを見たり・・・。あの感覚は何時間感じていても飽きないと、宇宙飛行士がよく言うのを聞いていましたが、まさにそうですね。

globe.jpg(18912 byte)

毛利   もっと身近に空間の相対性を実感できるのは、宇宙空間では上下の区別がないということです。上とか下を見るといったって、全く差はない。何かに目が合ったときだけしか、上とか下ということはいえないんです。
無重力状態で目をつむってふーっと浮いているでしょう。
そうすると知らず知らずのうちに体が動いているんです。
動きをとめるほうが難しい。
一分後にパッと目を開けると、あれあれっ、なんだろうと戸惑っていると、いままで見た世界と全然違うものが見えてくるんですね。早いときでも一、二秒、遅いときには五、六秒して、あっ、ここかというのがやっとわかって、自分の位置がたとえばさっきとは逆さまになっていることもわかるんですね。

---空間における上下というのは、人間がものごとを考えるときの基本的な概念のひとつだと思うんですが、宇宙に行かれてそういうものがなくなったときに、地球上では上下という概念に無意識のうちにしばられているということが、逆にわかってくると思うのですが。

   ふわっと宇宙へいいですね~ カルちゃんはふわっと家中で かな~    

           今日も最後までお読みくださいまして ありがとう 

                                      つながっているすべての人に ありがとう    

 

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