技術者が良いと思うものを独自に追求して商品を開発し、作ってから売り方を考える、いわゆる「プロダクトアウト1」ですが、技術者の思い入れは、時に全く市場では受けず、売れず、批判の的になることもあります。その対義語である「マーケットイン」は、もっとユーザのニーズを重視し、ニーズを満たすために必要な技術は何かという視点から商品開発を行うマーケティング的R&Dです。
市場が成熟して「顧客のニーズ」というものがはっきり存在し、顧客の購買要因の特定やセグメントも容易に行えるような時期になれば、マーケティングR&Dはうまくいくと思います。何を目指して開発すべきかはっきりするので、そのために必要な開発サイクルや品質基準といった開発体制も組みやすい。前に論じたアメリカでのレクサスの成功が良い例だと思います。
しかし、市場がまだ導入期にあり、顧客のニーズがはっきりしていない時は、メーカーの側から新しい商品のコンセプトを出して、顧客のニーズを形成するという、プロダクトアウト的手法が、必ず必要となる、ということもよく言われています。だからといってこれは技術者が独自にマニアックに面白いものを開発し、売り出せということではありません。それではマニアに受けても、本当に市場に受け入れられるとは限らないでしょう。
日系のメーカーでいまどきこの意味での「マーケットイン」を意識していないところはないと思いますが、では本当に成功しているのか?は大いに疑問です。(最近のソニー然り。)
半導体の例で言うと、半導体メーカー側の論理で、車メーカーにハイパフォーマンスと開発サイクル短期化を押し付け、勝手に半導体側がプロジェクトを組んでいるように思えてなりません。
日経エレクトロニクス短期決戦の半導体業界 長期計画の自動車業界2005/03/15
論理的に考えて、将来的にどんなに処理が複雑になってパフォーマンスが求められても、車(カーナビ等情報系は除く)に必要なのは絶対に不具合が出ない信頼性とコストだけのはずで、これらは十分枯れた技術を援用すれば済むはずです。カーナビ用半導体についても「こういう世の中が来るからハイパフォーマンスが必要だ」という論理ではなく、「ハイパフォーマンスを生かそうとすると、こういうことが出来るようになる」という悪い意味での「プロダクトアウト」な発想から抜け切れていないのではないでしょうか?
更に、競合企業がパフォーマンスが高いものを出してきたら、というような不安感が、無駄にこれらの機器でのパフォーマンス競争を煽っている気がしてなりません。
私が真のプロダクトアウトだと思う例を二つ(もう以前のコメント等で出した例ですが)挙げてみます。
トランジスタが開発された時の有名な逸話を、元ソニー技術者の菊池誠が書いた「日本の半導体40年-ハイテク技術開発の体験から」という本で読みました。
トランジスタは1948年にベル研で開発されましたが、プロジェクトリーダーのケリー氏が、開発の中心メンバーで、当時はまだ学生だったショックレーをベル研に誘う時に次のような話をしたそうです。(記憶に頼って書いているので、一部誤りがあるかも知れません。後でソースを見直して訂正入れます)
これこそあるべきプロダクトアウトの姿と思いました。1930年代にアメリカ全体が電話線でつながれ、一般人が普通に電話でやり取りする時代が来ることを想像できた。そうなれば真空管による交換機がパンクする、と予言し、そうならないためには技術的には何が必要かという発想で、トランジスタの開発に至っている。
もう一つは(何度も出してる)ソニーのトランジスタラジオの例。「現在はどこの家にも大きなラジオがあって家族みんなで聞いているが、そのうち一人ひとりが手元にラジオを置き、いつでもどこでも楽しめるようになるべきではないか。そういう携帯ラジオを開発するに当たり、アメリカで開発されたトランジスタが使えるかもしれない」という井深大の壮大な夢により、開発されたものだと思っております。
真のプロダクトアウトとは、市場のニーズを全く省みないのではなく、技術者だからこそ持てる専門的知識で、10年後、20年後に何が市場で求められるべきなのか、どういう世の中になっているべきなのかという「夢」を持ち、それを実現するための技術を開発してゆく、もしくは既存技術を利用してゆくことだと思います。(別に独自に基礎から開発する必要はないと思っています。)それは、技術者のマニアックなこだわりとは違うもので、技術者は10年後とはいえ「何が売れるか」を意識し、顧客の側を向いている必要があります。
- 1 プロダクトアウトは、一般的には企業側の論理による製品の開発、生産、流通全てを指し、顧客ニーズを考えない大量生産などにも使われる言葉ですが、ここでは製品開発において、技術者が自分の独自の思い入れによって製品を開発することをそう呼ぶことにします。マーケットインも同様。
市場が成熟して「顧客のニーズ」というものがはっきり存在し、顧客の購買要因の特定やセグメントも容易に行えるような時期になれば、マーケティングR&Dはうまくいくと思います。何を目指して開発すべきかはっきりするので、そのために必要な開発サイクルや品質基準といった開発体制も組みやすい。前に論じたアメリカでのレクサスの成功が良い例だと思います。
しかし、市場がまだ導入期にあり、顧客のニーズがはっきりしていない時は、メーカーの側から新しい商品のコンセプトを出して、顧客のニーズを形成するという、プロダクトアウト的手法が、必ず必要となる、ということもよく言われています。だからといってこれは技術者が独自にマニアックに面白いものを開発し、売り出せということではありません。それではマニアに受けても、本当に市場に受け入れられるとは限らないでしょう。
日系のメーカーでいまどきこの意味での「マーケットイン」を意識していないところはないと思いますが、では本当に成功しているのか?は大いに疑問です。(最近のソニー然り。)
半導体の例で言うと、半導体メーカー側の論理で、車メーカーにハイパフォーマンスと開発サイクル短期化を押し付け、勝手に半導体側がプロジェクトを組んでいるように思えてなりません。
・・・自動車業界は「早くても3年先のつもりだったのに」と長期計画の予定が,半導体業界では「半年先の商談かと期待したのに」といった具合です。それでも,カーナビなどの開発を通して,自動車業界もようやく,半導体業界のペースになじみ始めたとか。そして,これまでは枯れた部品を提供してきた半導体業界も,最先端の半導体製品を自動車に供給することを検討し始めています。今年,登場するカーナビには600MHz動作のマイコンが搭載されるようです。 ・・・ |
日経エレクトロニクス短期決戦の半導体業界 長期計画の自動車業界2005/03/15
論理的に考えて、将来的にどんなに処理が複雑になってパフォーマンスが求められても、車(カーナビ等情報系は除く)に必要なのは絶対に不具合が出ない信頼性とコストだけのはずで、これらは十分枯れた技術を援用すれば済むはずです。カーナビ用半導体についても「こういう世の中が来るからハイパフォーマンスが必要だ」という論理ではなく、「ハイパフォーマンスを生かそうとすると、こういうことが出来るようになる」という悪い意味での「プロダクトアウト」な発想から抜け切れていないのではないでしょうか?
更に、競合企業がパフォーマンスが高いものを出してきたら、というような不安感が、無駄にこれらの機器でのパフォーマンス競争を煽っている気がしてなりません。
私が真のプロダクトアウトだと思う例を二つ(もう以前のコメント等で出した例ですが)挙げてみます。
トランジスタが開発された時の有名な逸話を、元ソニー技術者の菊池誠が書いた「日本の半導体40年-ハイテク技術開発の体験から」という本で読みました。
トランジスタは1948年にベル研で開発されましたが、プロジェクトリーダーのケリー氏が、開発の中心メンバーで、当時はまだ学生だったショックレーをベル研に誘う時に次のような話をしたそうです。(記憶に頼って書いているので、一部誤りがあるかも知れません。後でソースを見直して訂正入れます)
- 「アメリカの現在の電話網は真空管で出来ている。一般には電話を使う人が少ない今でこそ、この真空管でも、十分正確な通信が出来る。でも私は、そのうちアメリカ中の人たちが、好きな時にどこからでも電話で話が出来るような時代が必ずやって来ると思う。そうなった時、真空管では処理速度が遅く、信頼性が低いので対処できなくなる。そういう時代が来る時のための、真空管の代わりになる新しいものを開発したい」
これこそあるべきプロダクトアウトの姿と思いました。1930年代にアメリカ全体が電話線でつながれ、一般人が普通に電話でやり取りする時代が来ることを想像できた。そうなれば真空管による交換機がパンクする、と予言し、そうならないためには技術的には何が必要かという発想で、トランジスタの開発に至っている。
もう一つは(何度も出してる)ソニーのトランジスタラジオの例。「現在はどこの家にも大きなラジオがあって家族みんなで聞いているが、そのうち一人ひとりが手元にラジオを置き、いつでもどこでも楽しめるようになるべきではないか。そういう携帯ラジオを開発するに当たり、アメリカで開発されたトランジスタが使えるかもしれない」という井深大の壮大な夢により、開発されたものだと思っております。
真のプロダクトアウトとは、市場のニーズを全く省みないのではなく、技術者だからこそ持てる専門的知識で、10年後、20年後に何が市場で求められるべきなのか、どういう世の中になっているべきなのかという「夢」を持ち、それを実現するための技術を開発してゆく、もしくは既存技術を利用してゆくことだと思います。(別に独自に基礎から開発する必要はないと思っています。)それは、技術者のマニアックなこだわりとは違うもので、技術者は10年後とはいえ「何が売れるか」を意識し、顧客の側を向いている必要があります。