今朝の信州は気温が3度、空は快晴、無風の朝ですが春の
霞がかかって、北アルプスの山並みはぼんやりと穂高連峰
だけが見えて、常念岳のあたりから先は見えません。
今朝のマイあさのラジオを聴きながら歩いていますといつ
もの畠山キャスターは高知の防災施設に出張、スタジオで
いつもの渡辺キャスターが12年目の 3.11の特集をしてくれ
ていました。
私もこの日はお客さまの所に訪問していて、ゆっくりとし
た長い揺れを感じ、これは遠くで大きな地震か起きたと思
い、早々にお客様の会社を辞して職場に戻り、職場内の点
検や我が家の点検をしながら、さしあたっての異常はなく
職員の家族もみな無事で、被害などはないことを確認して
まだ確定申告の仕事が残っていましたので、夜までテレビ
をつけての残業となりました。そして、テレビ報道の恐ろ
しい画像が流れるたびに・・これは大変な地震で、そして
津波について、生々しい画像に釘付けになりました。鉄道
道路、社会インフラ(水道、電気、ガス、食料など)も寸断
されて、津波に火災にまさに戦場のようなありさまに言葉
が出ませんでした。そして5月のGWに我が町の市のボラ
ンティア団体が募集した救援隊のバスで仙台に救援活動次
は釜石の旅館の泥の搬出作業と二回のボランティアに参加
バスの中は、みんな被災地のあの匂いの衣服で、信州帰っ
ても暫く持ち物や衣類の匂いが残っていました。でもあの
悲惨な災害で家族を亡くした人、家を流されたり大変な被
害を受けたみなさんの事を思うと、信州の田舎ですが津波
というリスクのない分、幸せないい所だな~とつくづく感
じました。その時は東日本の被災者の皆さんに募金したり
ボランティアしたりしてきましたが、その後数年して釜石
を訪れて、泥を運び出した旅館に行って、もはや跡形もな
く取り壊されていて、あの時の二日間の汗は何だったのだ
ろうと、また改めて涙したものです。国も行政も、この東
日本の災害復旧については、ほぼ終わったような感じを抱
かせていますが、福島の原発も三陸地方から関東まで沿岸
に関してもまだまだ、以前の賑わいにはなっていません。
日本は、地震国家です。いつまた東日本のような地震が起
こらんとも限りません、この地震を含む我々の身近な防災
について、改めて考えてみたい。
霞がかかって、北アルプスの山並みはぼんやりと穂高連峰
だけが見えて、常念岳のあたりから先は見えません。
今朝のマイあさのラジオを聴きながら歩いていますといつ
もの畠山キャスターは高知の防災施設に出張、スタジオで
いつもの渡辺キャスターが12年目の 3.11の特集をしてくれ
ていました。
私もこの日はお客さまの所に訪問していて、ゆっくりとし
た長い揺れを感じ、これは遠くで大きな地震か起きたと思
い、早々にお客様の会社を辞して職場に戻り、職場内の点
検や我が家の点検をしながら、さしあたっての異常はなく
職員の家族もみな無事で、被害などはないことを確認して
まだ確定申告の仕事が残っていましたので、夜までテレビ
をつけての残業となりました。そして、テレビ報道の恐ろ
しい画像が流れるたびに・・これは大変な地震で、そして
津波について、生々しい画像に釘付けになりました。鉄道
道路、社会インフラ(水道、電気、ガス、食料など)も寸断
されて、津波に火災にまさに戦場のようなありさまに言葉
が出ませんでした。そして5月のGWに我が町の市のボラ
ンティア団体が募集した救援隊のバスで仙台に救援活動次
は釜石の旅館の泥の搬出作業と二回のボランティアに参加
バスの中は、みんな被災地のあの匂いの衣服で、信州帰っ
ても暫く持ち物や衣類の匂いが残っていました。でもあの
悲惨な災害で家族を亡くした人、家を流されたり大変な被
害を受けたみなさんの事を思うと、信州の田舎ですが津波
というリスクのない分、幸せないい所だな~とつくづく感
じました。その時は東日本の被災者の皆さんに募金したり
ボランティアしたりしてきましたが、その後数年して釜石
を訪れて、泥を運び出した旅館に行って、もはや跡形もな
く取り壊されていて、あの時の二日間の汗は何だったのだ
ろうと、また改めて涙したものです。国も行政も、この東
日本の災害復旧については、ほぼ終わったような感じを抱
かせていますが、福島の原発も三陸地方から関東まで沿岸
に関してもまだまだ、以前の賑わいにはなっていません。
日本は、地震国家です。いつまた東日本のような地震が起
こらんとも限りません、この地震を含む我々の身近な防災
について、改めて考えてみたい。
こんにちは!
あれからもう12年も経つのですね。
北海道の海沿いの街の役所が浸水した場合の被害も最近特集でやっておりました。
役所を移すのは田舎はなかなか難しいらしく
別の場所に対策本部をせっちするようです。
いつまたこうした災害がくるかはわからないから備えはしておいたほうが良いですね。
思うように行かないのが人生。
卒業して中学生とか・・時は あっと言う間に立ちましたが
復興はまだ半ばです・・国の予算も、復興プランも国の
本気度は数分の一・・口先だけでは「全力を尽くして復興」
そんな政治家は要らないのですが・・
でも北海道は最近よく揺れています、だんちょう様も
気を付けてくださいね~
そこまでは、勘弁してほしいとなまづの神をよ~く
大切に接待しておかねば・・ *\(^o^)/*
地震の神様は、神出鬼没・・明日かもしれませんし
後20年後かもしれません・・
おはようございます。
確か金曜日でした。
乗っていた電車が止まってしまって、ボランティア活動に行けなくなりました。
海のそばでしたので活動自体も津波が来るとかで中止になりました。
被災地は雪が降っていましたね。
丁度3月の確定申告の時期で締め切りまで、あと数日という時
仕事が多忙で・・どうにもならない時期でしたので発生から
15日までの事は、あとで詳しく知った状況でした
そうでしたね、まだこの時期、陸奥は雪が舞っていましたよね
あの電気もなく水も食料も暖房も不十分で、家も流されて
雪の舞う夜を被災者の皆さんはどのように過ごしたのか?
ホント大変な事だったと感じています。
あの日から12年、残念ながら記憶も少し衰えてきました