裕次郎の玉手箱3

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思い出の和歌山電気軌道

2018年05月01日 | 日記

我がふるさとで走っていた路面電車の記事が新聞に乗っていたのを見て懐かしくなり思い出をたどりました。小さい頃から中学校卒業まで利用したものです。家のすぐ傍を通っていて学校に行く時家の前で止まってくれてよく通いました。長年の電車との付き合いで思い出が一杯今も残っています。和歌山軌道線は、和歌山県和歌山市内で運行されていた南海電気鉄道の軌道路線で 1909年(明治42年)の開業以来、幾度も経営母体の変遷と社名変更を繰り返し、和歌山市民の足として、和歌山市駅 - 海南、和歌山市駅 - 新和歌浦、 公園前 - 和歌山駅間を結び、景勝地和歌浦への観光路線としての役目も果たしてくれていました。あの頃は生活の一部でしたね 中でも私の好きな電車があり時間の有るときは、1つも2つも送らせてその車両に乗ったものです。 他の多くの都市同様にモータリゼーションの波には打ち勝てず、1971年(昭和46年)3月31日限りで全線が廃止された。最終は見届けましたが、電車との思い出はその時から一つ一つ消えていくのが、辛かったですね

 

この車両が私の友達 この頃では殆ど見かけませんが、この子は4輪なんですよ 普通は8輪ですが ですから蛇揺れが得意で電源の供給用のポ-ルが、よく外れて動かなく成るのは得意??でしね 終点駅ではポ-ルの向きを上の絵のように車掌さんが変えるんです。 かわいいんですよね よく走るし 内緒ですが私100mほど運転させてもらったこと有るんです。 又この子の検査のときは学校サボって分解しているところなど見せて貰いに行きましたね いやいや懐かしい 5月には色とりどりな電球をつけて花電車として「和歌祭」ときは厚化粧して走るんです。こんな思い出が今のキハ40への哀愁に変っているんでしょうかね でもいい時代に生きられて幸せでした。今も好きなカメラ遊びもこの頃から目覚めたもので、未だに続いています。白黒でしたから暗室で現像もしてましたね 小学校時代から 新幹線などのように早いのには関心なし 今に成ると電気より気動車がいい 走り出す時の音といい軽く吐く排煙 たまりませんね 昔の話が得意に成ると年ですかね

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