l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

ヴォラールの隠れコレクション

2010-06-26 | アートその他
 『闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール』 ルノワール(1917)  

英国紙、The Independentの6月23日付オンライン・ニュースで、興味を引く記事が載っていました。タイトルは”For sale: The masterpieces hidden away for 70 years”、直訳すれば、「70年間隠されていた傑作が売りに」という感じでしょうか。元の記事のリンクはこちら

元のオンライン・ニュースには、今回オークションを開催したサザビーズのスタッフと思しきエプロン姿の人たちが、手袋をはめた手で出品作品3点をお披露目している画像が載っています。左端はすぐマティスだなと思いつつ、真ん中の肖像画は誰の作品?と思ったらこれがなんとエドゥアール・マネ。俄かに私のテンションも上がりました。

その傑作の元の所有者は、先般の国立新美術館でのルノワール展でも展示されていた記事冒頭の肖像画も記憶に新しいアンブロワーズ・ヴォラール(1866-1939)。そう、印象派の画家たちを擁護し、展覧会を開くなどしてその作品を世に広めようと貢献したことで最も知られるフランス人の有名な画商です。

印象派の作品(と一括りにすることには難がありますが)自体にそれほどのめり込めない私が知るのはそんな表面的なことだけなので、今回の記事はとても興味深く、大いに驚きました。

記事によると、1939年に交通事故で亡くなったヴォラールのコレクションの所在は、今現在もまだ全体が判明していないとのこと。そもそも彼は、全コレクションを網羅した管理台帳も作成しておらず、相続人も明確にしていなかったそうです。

彼の事故死後(殺人説もあるそうな)、美術館や個人コレクターに渡った作品もある中、この記事は今回のオークション出品作品を含む不思議な500点のヴォラール・コレクションについて触れています。

どのように知り合ったのか言及がありませんが、ヴォラールは一文無しながら美術が大好きなユーゴスラヴィアの13歳のユダヤ人少年、エーリッヒ・スロモヴィッチ(正しい発音はわかりませんが、便宜上これでいきます。スペルはErich Slomovic)と文通をしていました。長じて20歳になったエーリッヒ青年はヴォラールの家を訪れ、ヴォラールも彼に仕事を工面したりします。これがヴォラールの死の4年前。そしてこれが最大の謎なのですが、どういうわけかヴォラールは死の直前に、コレクションの中から500点以上にも及ぶ作品をエリック青年に渡しました。

エーリッヒは141点をパリの銀行の金庫室に預け、400点をユーゴスラヴィアに持ち帰ります。しかし1942年のナチ侵攻により、父、兄弟と共にエーリッヒもガス室に送られ、殺害されてしまいました。ナチの迫害を逃れて生き残った母親は、1944年にその400点の作品を国家に差し出し、その直後列車事故で死亡。要するに、当事者であるスロモヴィッチ一家の人々は皆この世から消えてしまいました。

その後どうなったか。

まずユーゴスラヴィアに持ち帰られた400点は、ベオグラードの画商の元から国の美術館に移された後、今日に至るまでそのまま保管され、所有権について現在もセルビア共和国政府と遺族との間で係争中。セザンヌピカソなどの作品も含まれているそうです。400点とは凄い数ですから、一体どんな作品が含まれているのか非常に気になるところです。印象派ファンが息を呑むような名画も含まれているのでしょうか?

次にパリの銀行に預けられた141点。こちらはルノワール、ドガ、ゴーギャン、セザンヌ、マティス、ピカソなどの名が挙がっていますが、何とエーリッヒ青年が預けて以来1979年まで、40年間に渡って忘却されていたそうです。先に触れたように、スロモヴィッチ一家はこの世になく、誰も箱の中身を知らないままその保管料を払う者もない状態が続いていたわけです。とうとうしびれを切らした銀行が1981年に作品の一部をオークションに出して売却しようとしますが、その所有権を主張する人が15組も登場してオークションは中止になってしまいました。

それから約30年に渡る裁判の末、やっと2006年に画商の子孫の手に渡り、その一部が晴れて今回のロンドンでのオークションにかけられる運びとなった模様です。他の作品、例えばセザンヌによるエミール・ゾラの肖像画などは来週パリのオークションにかけられるとあります。サザビーズはそのコレクションを「時代の断片が完璧に保存されたタイムカプセルが、突然姿を現した」というような表現をしていますが、いやはや。

気になるのは、セルビア共和国の美術館に保管されている400点。保管、といっても状態があまり良くないことが記事中に示唆されています。これは何とかならないのでしょうか?

最後に、彼のコレクション中、上記の他に数百点に及ぶ作品が未だに行方不明という事実にも驚きます。せめてヴォラールが記録だけでも残しておいてくれたらよかったのに、と思わなくもないけれど、逆に事務能力に長けるような人はこのような大きな仕事はできないのかもしれません。いずれにせよ、それらの作品も無傷で保管されていることを祈るばかりです。


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