『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

読書感想112  ねじれた絆

2014-01-27 17:07:49 | 日記・エッセイ・コラム

 

読書感想112  ねじれた絆<o:p></o:p>

 

―赤ちゃん取り違え事件の17年―<o:p></o:p>

 

著者      奥野修司<o:p></o:p>

 

生年      1948<o:p></o:p>

 

出身地     大阪府<o:p></o:p>

 

初出版年    1995<o:p></o:p>

 

再出版年    2002年 新章「若夏」書き下ろし<o:p></o:p>

 

出版社     (株)文藝春秋<o:p></o:p>

 

映画「そして父になる」の参考書籍<o:p></o:p>

 

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感想<o:p></o:p>

 

 沖縄で実際にあった赤ちゃん取り違え事件を17年にわたって取材したノンフィクションである。<o:p></o:p>

 

 19718月に生まれた伊佐美津子は2日後に生まれた城間初子と病院で取り違えられた。取り違えが発覚するのはそれから6年後、幼稚園での血液検査でだった。紆余曲折の後、二人は小学校に入学する前に実の両親のもとに引き取られることになった。伊佐美津子は城間美津子となり、城間初子は伊佐真知子となった。両家の親の方針で週末には育ての親のもとに行くことになった。二人は実の両親と兄弟、家庭に馴染めず、育ての親の家に行く時に伸び伸びと解放された。<o:p></o:p>

 

両家の両親はそれぞれ戦争の傷痕を残した沖縄で貧しく育っていた。しかし戦後西表島に入植した開拓農家出身の伊佐家の母親智子は、教育こそ貧乏から脱出する道と信じる父親から自宅で教育を受け、姉たちの仕送りで高校を卒業した。そうした智子は教育熱心で就学前の美津子に読み書きを教え、きちんとしたしつけもした。それに対して城間家の母親夏子は、4人の子どもがいながら育児放棄し、朝から晩まで遊んでいるような母親だった。初子は伊佐家に引き取られたときに読み書きはもちろん食事のしつけもされておらず手づかみで食べるような状態だった。城間家の子どもたちは夏子の実家で農業を営む祖父母や伯母の敏子に預けられ、食事も自宅で取れないような日々をおくった。小学校を卒業するころには伊佐真知子は落ち着いてきて実父母や弟との生活に慣れて、育ての親の所に帰ることも少なくなった。一方、美津子は城間家に馴染めなかった。そして二人が中学校に入る時に、城間家の敷地に伊佐家がプレハブの家を建てることになった。美津子はもう城間家には戻らず伊佐家に入り浸るようになった。同じ中学に入った美津子と真知子のライバル関係も熾烈になっていった。美津子は運動でも勉強でも真知子にかなわなかった。経済的な理由から高校進学を諦めるように言われる美津子…。<o:p></o:p>

 

 取り違えは確かに罪なことだ。しかし崩壊家庭の中で美津子がすがったのは育ての母親との絆だった。もしこれがなかったら、美津子の人生はもっとひどいものになっていたのではないだろうか。愛とはその人の人生に責任を持つことだ。生みの親も育ての親もそこでは同じスタートラインについている。人と人の信頼や絆が結べなければ血縁関係といっても空しいものだ。

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