My Tokyo Sight Seeing

小坂やよい

築地 築地市場

2007-04-30 14:02:35 | Weblog

観光来日の5W会員ジェニーさんは食関係の仕事のため、築地市場を見たいとの希望で、案内することになった。
案内といっても、私も今まで行ったことはない。

築地市場といえば魚河岸。
セリ売りは午前5時ごろから始まるらしいが、仕事の取材ならともかく、観光案内で4時起きはかんべんしてもらいたい。
そこで、10時ごろのこのこと築地市場の門をくぐる。

ダンボールの山が並ぶ青果部門を横目に場内市場へと一目散。
近づくに連れ、ターレット車と呼ばれる三輪自動車が煩雑に行き交っている。
ドラム缶にハンドルを装着したような一人乗り三輪自動車に、黒のゴム長にゴム前掛け姿の男性が乗っている。そこにリヤカーや小型トラックも行き交って、部外者がボヤーと歩いているとぶつかりそうになる。
のんきに観光気分でやって来たが、ここは仕事場なんだと思わせる緊張感が漂っている。
この緊張した雰囲気のせいか、忙しそうに働いている男性たちが頼もしげで、自分の仕事に一生懸命そうで、活きのいい職場のせいか、魅力的に見えた。
電車の中でくたびれた様子で眠っている背広姿の男性だって、仕事をしているときは颯爽としているのかもしれないが。
それでもこの時間帯は一仕事終え、そろそろ店じまいの準備のころで、仕入れにやって来る街の魚屋さんや料理屋さんなどで最も混雑するのが8時ごろとか。

市場の狭い通路沿いに仲卸業者の店がびっしり並んでいた。
観光丸出しで物珍しそうに歩いていると、ジェニーさんを見て
「どこから来たの?」と店の中から声がかかる。
「イギリス」。
「あー、ベッカムね。もっと早い時間に来なきゃ」。
そう、築地市場ではせり売り現場を見なきゃね。すごい迫力なんだろうな。
そこで競っている姿はもっと魅力的かも。

ジェニーさんは築地市場に隣接の場外市場で、お土産に寿司のりとワサビを買った。
昨晩我が家で出した手巻きすしが気にいって、帰国後、寿司が好きな息子のために手巻きすしパーティをするといっていた。
140円のチューブ入りワサビは、ロンドンのハロッズでは2ポンドするとかで、すごく喜んでいた。
いずこも主婦感覚は同じようだ。




田原町 かっぱ橋道具街

2007-04-22 12:26:33 | Weblog

浅草通りと言問通りを南北に結んで全長約1Kmに、飲食用具のことならなんでもおまかせの専門店がひしめく道具街。
調理器具や厨房設備、食器、看板など、本来プロ向けなのだろうが、個人売りもしている。海外でも評判の食品サンプルを扱う店には、外国人観光客の姿が。

私は’ところ天突き’を探してここにやって来た。
細長い木製の囲いの先に、3ミリ四方ぐらいの網目が張られ、中に寒天を入れて付属の棒で押し突くと、寒天がスルスルとところ天になって出てくる用具である。
昔からあるものだが、今はスーパーやデパートに行っても、そんなレトロなものは販売していない。

テレビや雑誌でブレイクした寒天健康法にはまった友人が、寒天に黒蜜をかけて食べていたのを横から味見したら、おいしかった。
海藻が原料の寒天は低カロリーで植物繊維が豊富でと、成人病予防や改善だけでなくダイエットにも効果があるという。
私は痩せているのでダイエットとは無縁なのだが、そのときいただいた黒蜜の自然な甘さと、さっぱり味の寒天との調和が後味を引いて、これで健康にもいいならいうことないと、作るようになった。
黒蜜は「沖縄・波照間産の無添加黒砂糖から作るのがベスト」と言う友人に従って、去年那覇の国際公設市場で買い込んだ。

寒天を切って食べているうちに、ところ天のような形状にした方が、口あたりがよくてもっとおいしく感じるのではないかと思いだした。

かっぱ橋道具街入口を入って、最初の調理器具店で聞いてみる。
「ああ、天突きね。ありますよ」と、店員は店の奥にどんどん入っていく。
食器や鍋やらがこざっぱりと陳列されている店の入口と違って、奥に進むほどプロしか使わないのではと思えるような調理器具の倉庫状態。
その中に埋もれて、ところ天付きは、あった。
さすが道具街、1件目で発見だ。

ところ天状態にした方が、と思いつくまで忘れていたのだが、
大阪ではところ天は酢じょう油でなく黒蜜で食べる。
酢じょう油をかけると、料理の一品のようで、
東京に住むようになったとき、甘味処で酢じょう油のところ天があるのが不思議だった。
酢じょう油で摂取する方が健康にはよいかもしれないが、
今のところ健康より味覚優先で、寒天に黒蜜たっぷりで食べている。

果たして体にいいのか、わるいのか。
それでもところ天なら黒蜜だけでいただける。
これが寒天を四角く切って黒蜜を流し込むと、さらにハーゲンダッツのアイスクリームと小豆あんを入れたくなるので、それよりはいい。




5W受け入れ記 in Kyoto

2007-04-16 14:24:33 | Weblog

私が参加している5W (Women Welcome Women World Wide 、詳細は当ブログ2月4日神宮前オリエンタルバザーの項)のイギリスからのメンバー3人が、東京、京都観光にやってきました。
私はちょうどその前後、法事で大阪にいたので、京都の鞍馬、修学院離宮の2日間だけ同行。日本メンバー3人と、日本メンバーの友人で日本滞在10年のアメリカ人女性と、総勢7人で桜満開の京都紀行しました。

私たち日本人はイギリスとついひとまとめに言ってしまうのですが、
彼女たち3人は、国籍を聞かれたときは「Britain」と言い、そしてイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを総合してブリテンと言うのだと熱心に付け加え、さらに私たちは「スコテッシュ」であると念を押します。
そこになみなみならぬ決意というか、歴史というか、反イングランドの気配を感じるのは私だけでしょうか。
彼女たちは特に政治的人間というわけでなく、ごく一般人です。
アイルランドの歴史に興味を持つまでは、the BritainイコールEnglish manと単純に思っていたのですが、ヨーロッパは民族意識が強く、複雑です。

スコットランド人一行のうち、アンさんは去年に2日間だけ初めて日本に立ち寄り、そのとき宿泊ホテル近くで、今回の私たち日本メンバー3人とランチしました。
日本は清潔で人々がrespectし合っていてとてもいい、来年は母を連れてくるとのことで、今回は本当に78歳のお母さんといっしょの来日でした。
彼女の来日目的の第一が鞍馬山に行くことで、ヨガや東洋医学に造詣の深い彼女にとって、鞍馬山は宇宙エネルギーが満ち満ちている霊的な場所として、憧れの地であったらしい。
アンさんはエネルギーをすごく感じたと言っていましたが、私は北山杉のメッカで、納まっていた花粉症をすごく感じて、その日から数日悩まされました。

京都宿泊は日本メンバーの友人の伝統的日本家屋で、御点前を披露していただけるというとてもラッキーなめぐり合わせ。しかもその家は修学院離宮から徒歩5分。
昭和初期頃に建てられたらしい貴重な日本家屋のシンプルな美しさと、日本庭園の落ち着き。こういった伝統的な日本家屋はこれからはもっと見出しにくくなるかもしれない。
主は東京に住み、お茶の先生をしていて、毎月京都に帰って、両親の残した家を守り、夫がリタイア後は京都に戻ると、さすが京都人。
彼女の献身的なホスピタリティ精神のおかげで、御点前を体験、着物を着れて、畳に布団でと、一行にとって初体験づくしの京都でした。

道中、タクシーに乗ったとき、運転手さんが
「京都は電鉄それぞれの連結が悪うてね、不便なんです。保守的やから何か作るいうたら何でも反対でね。それでも革新的なことは京都から始まってることが多いんですよ」と、下げてもちゃんと上げることを忘れない。
「でも京都駅なんかいい建物ですよね」と建築家のメンバーが口を挟む。
京都駅建設にも当然のこと反対があったという。京都タワー建設のときも猛反対があったのに、今では京都駅より古いということだけで、京都人は京都タワーの方が許せるらしいとか。
「駅の外観がね。もっと京都らしく建てたらよかったんです。ああいう外観は東京や大阪に任しといたらええんです」と運転手さん。

京都は学生さん以外のよそ者にとって、住みにくい街とよくいわれるが、
私ははるか昔、それも承知の上で、一度は住んでみたい憧れの街だった(今は住みたい街1位は沖縄だが)。
「東京だからお茶の先生できるの。京都は家元がいてはるからね、私なんか教えられないのよ。お道具だけでもいい物揃えるのに三代かかるからね」とは先ほどの彼女の弁。
確かに京都はステキですが、歴史的厚み、民度、文化度が完成されている街は、一筋縄ではいかないようで、そこがまた味わいでもあります。


さて、比叡山の麓、東山連峰の山裾に造られた修学院離宮は、やはりすばらしい日本美を誇っていましたが、「桂離宮はもっとすごい」という声も。これよりすごいとはどんなのだろうと、紅葉は桂離宮へと目指したいです。





外苑前 青山墓地

2007-04-01 09:20:23 | Weblog


今年もまた桜の季節が巡ってきた。

数年前まで花見といえば、友人の会社が主催するここ青山墓地での夜桜が恒例だった。
花見の宴を張る場所は、広い墓地の中でも桜が多く、幅広い通路のある一角で、朝から場所取りが行われる。
夕刻から仕事を終えた人たちが集まり出して、それぞれ派手に宴会している。
鉄板持ち込んでやきそば、コンロ持参で焼き鳥と、料理も人も溢れ返って、
それを盛り上げるかのように、この時期だけ通路にライトが点く。
当然回りは墓石に囲まれているわけで、そちらは薄暗がりだ。
場所を取れなかった少人数組が、通路から外れた墓石の横、暗がりの中で座っているのを見たときは、さすがに花見とは思えない光景だった。

吉祥寺・井の頭公園の桜も優雅だが、こちらの花見は若者が多くて騒がしい。
知り合いのポーランド人女性は、井の頭公園が借景のマンションに住んでいる。
日頃は静かな場所なのに、花見シーズンは毎年うんざりするらしい。
日本人男性と結婚して、すでに日本での暮らしの方が長いのだが、
日本社会、日本人、日本文化に独自の見解を持つ彼女。
ポーランド人が2人よれば、3つの意見が出るといわれる国民性だとかで無理もないが。
そんな彼女が、桜が咲いたからといって酒を酌み交わす日本人の気持が分からないという。
自宅ベランダの前方で騒音を撒き散らす、迷惑以外の何ものでもないのだろう。

あるとき私が何気なく「昨日は青山墓地で花見だった」と彼女に言ったら、
びっくりして、「お墓でしょ。人が眠っているのよ」と。
『まったく、日本人のすることは信じられない』とでも言いたそうに、あきれ返った表情。
桜を愛でることは理解できても、お酒を飲んでのドンチャン騒ぎを、しかも墓場でというのが、
信仰心の厚い外国人の彼女に理解できないのは、最なことだろう。
桜ほど、時の流れ、人の移り変わりを感じさせる花はないが、
その日本人的心情は、外国人にとっては異文化かもしれない。

「でも、お墓の下にいる人たちも喜んでると思うけど」と私は彼女に遠慮がちに言った。
人間ウオッチングの好きな私がお墓に入ったとしたら、
どれほど美しくとも桜だけ見ているのはもの足りない。
飲んだくれていてもいい、生身の人間も見ていたいと思うのだが。



(来週日曜のブログアップはお休みします。)